最終話
世界規模で見れば、人一人の人生なんてちっぽけで儚いものなのだろう。夜空を覆う流星群の一つのように、その他大勢の中に存在するものでしかない。
時には交わる星もあれば、交わることなく流れ落ちて消えてゆく星もある。
けれど。消えるその時まで、星は見る者に存在を示していく。自分は確かにここにいるのだと、光輝くのだ。
人もまた、同じ。
学は、ステラの手をぎゅっと握りしめ、彼女を見つめた。夜空には、満面の星が存在を示している。
里中叶に、ステラと言う名前をつけたのは、彼女が星のように美しかったからだ。光を放つ彼女に、ふさわしい名前だと思った。でもそれは、所詮は中学生の頃の自分の浅はかな考えでしかなかった。
ステラの奥で座る星奈もまた、星のように美しく、光り輝いている。自分で言うのは少々気が引けるが、恐らく自分もまた、星のように美しい一面があるに違いない。
里中叶だけじゃなかった。
人は皆、星のように美しく輝いているのだ。誰もが、ステラに成り得るのだ。
「ねえ、ステラ。ちょっと、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「名前、つけさせてもらえないかな? ステラっていう素敵な名前は、ナナシと君だけのものだと思うんだ。せっかくの二人だけの名前を、僕のような他人が呼んでしまうのも、少し情緒に欠けるんじゃないかな」
「――分かった。いいよ」
「ありがとう。そうだな、君の名前は――カナエ。どうかな?」
ステラは眉根に皺を寄せて、学の顔をじっと見た。そして、振り返り星奈にも、同じように難しそうな顔を見せる。
「とっても素敵な名前だと思うよ、お姉ちゃん」
星奈は、涙ぐみながら賛同した。ステラと呼ぶことに慣れてきてはいたが、やはりどこか違和感は拭えなかった。自分の知っているお姉ちゃんとは、別だと、時折感じてしまう部分があった。
また、叶と呼べるようになる。そのことが、星奈には涙が溢れるほどに嬉しかった。
「私は、カナエ。貴方は、マナブ」
「そう。そうだよ。星のように美しい、カナエだ」
「……マナブは、なんとなくナナシに似てるね」
そうかな、ととぼけて見せる。ナナシと自分が同一であることを、わざわざ強調する必要などない。大切なのは、あの時の僕たちはナナシとステラであって、今からの僕たちはマナブとカナエだということ。
自分にとってもカナエにとっても、ナナシとステラであった過去は、二人だけの世界の中で星として残されている。それで、いい。それで、いいのだ。
「ナナシ、今日も来ないね」
「そうだね。でも、僕がナナシの代わりにずっといるから。カナエ、安心して」
「――本当? 本当にずっといてくれるの?」
「うん。今度は、ずっと。約束する」
学の勝手な憶測だが、カナエには恐らく心の拠り所が必要だったのだと思った。男に乱暴されて心身共にボロボロであった里中叶が、当時中学生だった自分と一緒に過ごすようになったのは、それを望んでいたからなのだろう。
中学生とはいえ男であることに代わりはないはずなのに、それでも肩を並べて話し合った。挙句には、身体を交わせもした。行為中にも、彼女からは恐怖心などは一切伝わってこなかった。
彼女は本当に、心底安堵していたのだ。自分のことを何も知らない少年に身を委ね、溶けあえることの出来る環境に。
学もそうだった。自分のことを知らない彼女と一緒に、別人になった世界で一緒に時を過ごせる環境は、とても安心した。何も恐れることがない、優しい世界だった。
そこから逃げ出した学が正常に成長することが出来たのは、彼女と違ってまだ縋れるものが他にもあったからだろう。全てを失い、我に戻ると星一つない絶望の暗闇に放り込まれてしまう里中叶とは、そもそも状況が違っていたのだ。
だから彼女は、ステラのままでいるしかなかった。たった一つの縋れることが出来る、ナナシを信じて、待ち続けるしかなかったのだ。
でも。もう、大丈夫だ。
今はもう、里中叶に戻ったとしても、縋れるものが二つもある。従妹である星奈に、ステラを、カナエを、里中叶を愛している自分がいる。
三人で、流星群を眺めた。
星奈は、学に握られていないカナエの手を、軽く握った。カナエも返すように、握る。握ったカナエの両手に、力が込められた。次第に震えて、突然、カナエは勢いよく二人の腕を自分の胸へと寄せた。
二人は驚いたが、震えるカナエを見ると優しく微笑んだ。
流れ星が、一層激しく流れていく。まるで、地上を祝福する光のように、輝きを増していく。
光に照らされる三人の中に、ぽつりと、一つの言葉が流れ落ちた。落ちて消えたその言葉は、しかしそれでも、輝きを失うことはない。届いた二人の心には、超新星のように浮かび光っている。
「ありがとう」
星は消えてもなお。輝き続けている。
ステラ 資山将花 @pokonosuke
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