第21話

 当人には受け止めてもらえない告白のようだった。今のステラには言葉の意味が分からないだろうと、学もステラに向けてではなく星奈に向けて言った。


 星奈はゆっくりと目を瞑って、一言「お願い」と呟いた。ステラの意思を無視しているような気もしたが、文句は後で聞くとしよう。


「ステラは、明日もここに来るの?」


「うん。ナナシが来るの待ってる」


「……そっか」


 ステラの脳裏に浮かぶナナシは、二度と現れない。死ぬまで待ち続けても、絶対に出会うことはない。


 そんな残酷な事実を伝えても、彼女は認めはしないだろう。ナナシとステラが出会ったあの場所あの時に、彼女の心は置き去りにされている。なんとか世界の時の流れに乗せてあげたいと思うが、焦る必要はない。


 ゆっくりでいい。僕らのペースで。


「僕も一緒に、ナナシのこと待ってもいいかな?」


「――ん。別にいいよ」


 これから毎晩、学がステラの横に座ることで何かが変わる保証はどこにもない。しかし、それでもよかった。自我を失ってはいても、愛した人の側で同じ景色を眺めることが出来るのは、快楽のためだけの性行為とは比べ物にならないほど幸福なことだった。


 これもまた、自分勝手だろうか。


 微笑して、学は星空に指を差した。


「あの三角形に見える星。夏の大三角って言うんだけど――」


「あれがデネブ、そしてあれがアルタイル。あっちのがベガ」


「よく知ってるね」


「ナナシが、教えてくれた」


 胸の奥が熱くなった。何時も聞き流されているだけかと思っていたのに、そうではなかったらしい。


「ステラは、星が好き?」


「普通。でも、ナナシが見せてくれる星は好き」


「――そっか」


「学君、少しにやけてない?」


 星奈に指摘されて、両手で頬を確認する学。星奈は「冗談だよ」と軽やかに笑う。

 星奈が自分に好意を抱いてくれていることは分かっている。彼女の心中を察して、申し訳ない気持ちになってしまうが、星奈の心を救ってあげる、なんてことを思えるはずもない。

 

 抱いてあげることは出来る、と言って、以前、星奈に怒られた。そうすることで、少しばかりでも気持ちが楽になるんじゃないのか、とそう思った。

 

 けど、ステラのことを愛していると分かった今なら、その言葉がどれだけ本気の相手を馬鹿にしているのか、分かる。本気の愛には、しっかりと向き合わなければいけないのだ。


「星奈、僕はステラのことを愛してる。君の言った通り、僕がずっと、自分すらも分からなかった場所に隠してた気持ちだ。だから、君には悪いけど――」


「ストップ。もしかして、謝ろうとしてる? 抱いてあげる、っていうのも最悪だったけど、振った相手に謝るのも良くないよ。学君は、何か悪いことしたの?」


「……君を振った」


「でも、それは素直な気持ちからでしょ? 何も考えてないわけじゃないんだから、悪いことじゃないよ。振られた相手は傷つくだろうけど、だからって、振った相手が気負う必要なんて全くない。私も、学君に迷惑かけたくないしね」


 ありがとう、と返答するのもおかしいのか。学はこれまで愛のない交際を続けてきたせいで、正しい対応が分からなかった。何度も女性の方から告白されたこともあって、その度、手で払うように振ってきたわけだが、星奈相手にはそのようなことが出来そうになかった。彼女をより傷つけてしまう、とそう思うと適当にあしらえない。これもまた、ステラに向けているものとは違う、愛、なのだろうか。


「――あ」


 ぽつりと呟いたのは、ステラだった。二人はステラの方へと視線を向けて、彼女の目の先を追う。

 その先には、無数の星々が夜空の中を流れ落ちていた。


「あれが、僕の見たかったペルセウス座流星群だよ」


 時の流れのように、次々と流れ落ちて行く星。学は、踊る心をなんとか抑えてステラと肩を並べながら眺めた。やっぱり、自分はまだ星が好きなんだな。ステラの愛と共に、そのことを再確認させられた。


「貴方が見せてくれたの?」


 首を傾げながら、ステラが学に問いかける。その様子は、どこか昔のステラのようで、思わず顔が熱くなった。


「そうだよ、お姉ちゃん。学君が見せてくれたの」


 照れて当惑している学の代わりに、星奈が答える。ステラは一度、星奈に顔を向けると、納得した様子でまた夜空を見上げた。流星群に興奮しているのか、口を開けて目を大きく見開いている。


「マナブが見せてくれる星も、好き」


 ナナシと学が同一人物であることに気が付いたわけではないのだろう。単純に、今の感情を述べただけ。

 しかしそれだけでも、学はステラに自分が受けいられたような気がして、喜ばずにはいられなかった。


 加えて。思えば、ステラに【学】と呼ばれるのは、初めてだった。意中の相手から本当の名前を呼ばれることで、こんなにも穏やかな気持ちになれるなんて、知らなかった。


 地面に着けているステラの左手に、学の右手がそっと重なる。ステラの身体が一瞬びくっと震えて、静かに震えが止まる。

 流れる流星群のその中で。光り輝く人影が、溶け込んでいく。

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