最終話 夫婦だけの秘密


「大丈夫かいギーナ?」


 グリフィンの背に乗って自宅までひとっ飛びで帰ってきたラルクとギーナ。

 自分に毒は効かないからと余裕な男だが、妻が毒に侵されたとなれば話は変わる。

 擦り傷だが毒の効果によっては死に至る可能性もある。

 国王に後始末を全部投げたのもギーナの体調を心配してのものだった。


「すぐに不死鳥を連れてきて心臓を取り出すから」

「待ってください。私の部屋からポーションの小瓶を持ってきてくれればそれで済みます」


 とんでもないことをしようとした夫を落ち着かせる。

 ラルクが急いで取ってきてくれた瓶を開けてギーナは中身を飲み干した。


「これで大丈夫です。私も毒を扱うので解毒薬の用意は常にしていましたから」

「そうなんだ。安心したよ……」


 脱力して地面に崩れ落ちるラルク。

 薬学に精通したギーナは毒で相手を殺すことも毒を治すことも得意だった。


「即効性もあるのでもう動けますよ」

「僕の見立てだと完治まで数週間はかかると思ったんだけど」

「心配ありません。昔から毒や呪いの耐性は高いんです。ポーションも自作の方が流通品より効果いいですし」

「へぇ、ちょっとそのポーションを見せてもらっていい?」


 予備として更にもう一本用意したポーションをじっくり観察するラルク。

 匂いを嗅いだり、少量を舐めたりした後で彼は笑い出した。


「あはははっ。そういうことか!」

「何かおかしいことがありましたか?」

「うん。このポーション、多分最高級品だよ。ヒュドラの毒でも治せると思うよ」


 ヒュドラと聞いてギーナは庭でとぐろを巻いている巨大な蛇を思い出した。

 伝説の魔物がその辺にいるのがブラッドレイ公爵邸の常識だからだ。


「そうか。どうして君のことが気になっていたのかはっきりしたよ。ギーナはね、聖女の力を持っていたんだよ」


 聖女と言われて頭が真っ白になる。

 聖女といえば魔王を倒すために呪いを弾いたり怪我した人々を癒す特殊な才能を持った人間だ。

 勇者と並んで魔王特攻のある伝説の。


「そんなわけ無いじゃないですか。私は殺し屋ですよ?」

「本当だって。そうじゃなきゃ僕が従えているとはいえ魔物に命令なんて出来ないよ。道理でギーナの用意した毒が毒無効の僕に僅かに効くわけだよ」


 ラルクはギーナが聖女である根拠を説明した。

 確かに当て嵌まる部分が多く、彼女は自分がまさかそんな能力持ちだなんて初めて知り困惑する。

 魔物達が時折怯えながら言うことを聞くのは彼の躾のおかげだと思っていた。


「これを王国側に教えてあげればギーナをどうこうしようと思わないはずだよ。聖女がいなくちゃ魔王退治なんて絶対に出来ないからね」

「いやいや。聖女がいなくても、勇者がいればどうにかできるんじゃありませんか? 過去には魔王と勇者が相打ちになっていますし」

「そうだけど、僕が生きているうちは無理かな。だって今の勇者は僕だから」


 突然のカミングアウトに再度ギーナは固まった。


「はい、証拠の聖剣」


 影の中からラルクが取り出したのは所在不明になっていた勇者しか抜けない聖剣だった。ただし、聖剣は不気味な光を放っている。


「な、なんで……」

「いや〜、勇者に勝てなかった先代の魔王が細工してたみたいなんだよね。次は勇者の力を持つ人間が魔王になるようにって」


 元々はただの村人だったとラルクは語る。

 孤児院で育った彼はある日魔王の力に目覚め、その本能に従って魔物達の王となり聖剣をこっそりゲットしたのだと。


「そんな変な話が……」

「これが現実なんだよね。魔王であり勇者でもあるから僕は最強になったんだよ。ただし、歴代の魔王と違って勇者側の理性もあるから人間を滅ぼしたくなかったんだよね」


 相反する二つの力によって悩んだラルクは人類との和平を選んだのだ。

 彼が公爵として立派に働きながら領民に慕われるのは勇者としての側面のおかげだとか。


「僕は最強だよ。でも、魔王である以上は聖女の力が有効だからギーナなら僕を殺せるよ! 君の努力は無駄じゃなかったんだ」


 そんなこと言われてもやる気はとっくに失せているとギーナは思った。

 殺せる可能性はあっても、途方もない時間がかかりそうだからだ。それこそ一生分ぐらい。


「馬鹿馬鹿しいです。私はもう旦那さまを殺すつもりはありませんよ。理由が無くなりましたし」

「僕を殺したら自由な身分を保証するって約束だよね。それから同じ境遇の子供達の解放」

「知ってたんですか!?」


 ラルクにはこれまで話したことは無かった筈だ。

 自分が殺し屋だとは教えたが、その経緯や取引の内容は口にしたことはない。


「たまに君が落ち込んだり悲しそうな顔をしていたからね。気になって調べたんだよ」


 諜報能力に優れた魔獣や、公爵として繋いだ人脈を利用したのだという。

 それでも全てを知ったのはつい先日のことらしい。


「まぁ、安心してよ。今回の件で王様には大きな貸しが出来たからそれで約束を守ってもらうよ」


 また悩みの種が増えて国王の頭皮にダメージがありそうだが、元はといえば国王の管理不十分のせいだ。

 奴隷制度が残ったままだからギーナに起きた悲劇が繰り返され、権力目当ての暗殺が横行している。

 ブラッドレイ公爵領に移民が押し寄せてくるのも税金関係で他の貴族に不満が溜まっているからでもある。


「……でしたら旦那さま。いっそこういうのは如何でしょうか?」


 ギーナはふと頭によぎった案をラルクの耳元で囁いた。

 妻からの大胆な提案に驚いた彼だが、自分と彼女なら不可能じゃないという確信があった。

 きっと恨まれたり危ない目に遭うかもしれないが、それで救われる人がいるなら勇者として、聖女として本望だと思えたのだ。ついでに魔王の使命も果たせる。


「流石は魔王の妻だね。そんな悪どい計画なんて僕じゃ思いつかなかったよ」

「殺し屋としてターゲットの弱点を探したり、場を整えたりするのは慣れていますから。おかげで組織に復讐できます」

「「ふふふふふふ……」」


 悪い笑い声が屋敷に響き渡り、庭の魔物達は酷く怯えてしまったらしい。

 本気になったラルクとギーナの夫婦が王国の領地をぶんどってブラッドレイ公国を建国するのだが、それは未来の話。

 魔物による圧倒的な軍事力と勇者のカリスマ性、そして聖女の慈悲によって王国は国力を削られて最終的に取り込まれることになる。

組織も綺麗さっぱり解体され王国の君主だった男は自分の情けなさに悲しみながらもストレスの原因が綺麗さっぱり無くなって喜んだとか。




♦︎




「ラルクさま。起きてますか?」


 ギーナ・ブラッドレイは夫のことを名前で呼ぶようになった。

 彼女がこれまで『旦那さま』と呼んでいたのはどうせすぐに終わる関係だったからである。

 しかし、これから一生付き合うとなれば彼だけ名前でギーナのことを呼ぶのは不公平だと思ったからだ。


「よし。寝ていますね」


 昨晩に食事に盛った睡眠薬のおかげでラルクがぐっすり眠っていることを確認したギーナは笑みを浮かべた。


「こうでもしないと休んでくれないラルクさまが悪いんですよ」


 自身の体の丈夫さを理由に、建国して以来ラルクは働き詰めだった。

 ギーナにはしっかり体を休めるように言いながら自分は無茶をするのでとうとう強硬手段に出た。


「……ギーナ大好きだよ……愛してるちゅちゅ……」

「寝言がうるさいですね」


 いい夢でも見ているのか穏やかで幸せそうな寝顔だった。


「では私は……」


 元殺し屋の技を使ってギーナは音も立てずラルクの側に寄る。

 無防備な状態の今の彼になら何をしても問題ない。

 口元を緩ませながらギーナはそっとラルクの首に抱きついた。


「ちょっとくらい寝坊してもいいですよね」


 陽だまりのような温かさを感じながら、ギーナは二度寝を決行する。

 腕の中の大切な人とずっと一緒にいられるように願いながら。


「お慕いしてますよ。ラルクさま」









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さようなら旦那さま。とっとと死んでくださいませんか? 天笠すいとん @re_kapi-bara

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