第5話 魔王劇場
「……あれ?」
「大丈夫かい、ギーナ」
瞼を開くと至近距離に見慣れたラルクの顔があった。
「旦那さま?」
「うん。僕だよ」
ラルクに肩を支えられるような体勢だったギーナは何が起きたのか辺りを見渡した。
「ば、化け物……」
殺し屋の男が突き刺そうと伸ばしたナイフがラルクの体によって受け止められ、くしゃくしゃになっていた。
間一髪のところで彼が助けに入ったのだ。
「貴族達の話がしつこいから抜け出したら君がピンチだったからね。急いで駆けつけたんだよ」
「……それであの有様ですか」
ラルクの来た方向を見ると、ダンスホールとバルコニーを遮るガラスの壁が人の形に砕け散っていた。
おまけに力いっぱい踏み込んだせいでダンスホールの床が陥没している。
「く、くそったれ! こうなれば魔王諸共!」
ナイフを使い物にならなくされた男が号令をかけるとバルコニーにいたカップルに偽装していた刺客達が武器を持って襲いかかってくる。
「無駄だよ」
ラルクが手を薙ぎ払う。
それだけで突風が吹いて刺客が全員吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
「僕と戦うなら全兵力を揃えなきゃね。おいで、僕の仲間達」
指を鳴らすと足元にあったラルクの影が不自然に大きく広がり、中から魔物が複数匹飛び出してきた。
魔王だけが使える召喚の魔法である。
「ポチ、ドラドラ、ピーちゃん」
壊滅的なネーミングセンスで名付けられた名前を持つのは伝説の魔物と呼ばれるフェンリル、レッドドラゴン、グリフォンだった。
(庭でよく放し飼いになってる三匹だ)
餌やり係のギーナや魔王のラルクからすればペットだが、それ他の人間にとっては恐ろしい怪物で刺客もパーティーの参加者も全員が恐怖に支配されて身動きが取れなかった。
「威嚇は許すけど食べちゃだめだよ」
体を上手く動かせないギーナをお姫様抱っこしながら三匹の魔獣を引き連れてラルクは怯える人々を見た。
「僕の大事なギーナをこんな風にしてくれてさ、忘れちゃったのかな? 僕が誰なのかってこと」
耳元で聞こえた声がいつもより低かった。
もしかして怒っている? と思いながら顔を上げると、金色の瞳の視線が敵を射抜いていた。
「本気を出せば全員始末するなんて簡単だよ。面倒事は嫌だけどこんな真似をされちゃね」
言葉の一つ一つに重みがあった。
この魔王がその気になれば自分達なんて簡単に消されるという圧倒的な力の差がのしかかってくる。
「君達が言ったんだよね。家族を大切にして守るのが人間と一番仲良くなる方法だって」
それは魔王を縛りつけるため、暗殺者を送り込むための口実だった。
とはいえ間違いでもなく、同じ価値観を持つことが友好に繋がる第一歩である。
だが、先に破ったのは人間側だった。
「さて、どうしようか。この子達にはまだ餌を食べさせてないんだよね」
凄惨なお食事会を止めようと顔を上げるとラルクが視線を落としてウインクする。
怒っているのは事実だが、本気で食べさせるつもりはないらしくギーナは安堵した。
真っ青な顔で悲鳴も出せずに腰を抜かしている参加者の中から一番最初に飛び出してきたのは頭に王冠を載せた男だった。
「ブラッドレイ公爵! この度はまことに申し訳ない!」
この国の王はそれは見事な所作で額を床に擦り付けた。
カランと王冠が落ちるのも構わずにそれは綺麗な動きだった。
「我が国の馬鹿供が其方を傷つけたことを代表として謝罪する。だから命だけは助けてくれないか!!」
「「へ、陛下!」」
国王についてギーナはよく知っている。
ラルクと関わる以上、この男がよく話題に出てくるからだ。
強硬派と穏健派の部下達に挟まれて毎日のストレスで頭が禿げ上がってしまった苦労人。魔王との和睦に命を賭けて挑んだ男でもある。
「責任は儂がとる。必ずこの事件の犯人を捕まえて其方の納得いく結果を用意する」
「……陛下にそこまで言われては仕方ありませんね。今回だけは見逃してあげましょう」
ですが、とホッと安堵しようとした貴族に釘を刺すラルク。
「今後ギーナに何かあればこうしますからね」
再度彼が指を鳴らすと、城よりも大きな岩が空に現れた。
偉大な魔王はこう言いたいらしい。次はあの大岩を頭の上に落としてペシャンコにしてやるぞと。
その場にいた全員が全力で首を上下に振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます