第4話 さらば鮮血姫

この日、ギーナとラルクは自国の王がいる城を訪ねていた。

 なんでも魔王と人間が協力関係になってから二年経ったのでそのお祝いのパーティーを開くというのだ。


「おめかししたギーナは可愛いね」

「旦那さまも素敵ですわ。死んでくれたらもっと素敵ですけどね」


 こっそりスカートに忍ばせていた暗器の鉄針を取り出してラルクの目を潰そうと突き出したが、目を閉じられたせいで瞼に当たって針が折り曲がった。

 鉄とはなんぞや? とギーナは考えた。


「駄目じゃないか。ここは屋敷じゃないんだからそんな危ないものを持ってちゃ」

「全身凶器の旦那さまに言われましても……」

「今日は大事なパーティーだから置いていこうね」


 これは今日の暗殺は無理だと思い、隠し持っていた暗器を出すと小さな山ができた。

 警備担当の衛兵があんぐりと口を開いている。

 荷物を預け終わるとラルクが感心するような目を向けてきた。


「あんなに沢山隠し持てるなんてすごいね」

「特注品のドレスですので」


 ラルク暗殺のためにデザインからギーナが関わったドレスだが、種がバレては次から使えない。

 周囲からチラチラと視線を向けられながら会場となるダンスホールへ入ると招待された参加者で溢れかえっている。

 弱らせるために毒を盛るなら都合がいいと壁際に並んだ料理の方へと近づく。


「ギーナは本当に器用だよね。料理や裁縫も得意で」

「生きていく上で必要でしたからね」


 ラルクが素直に褒めてくるが嫌味にしか聞こえなかった。

 ギーナが身につけた技術は人殺しのために覚えさせられたものばかりだ。

 器用さであれば魔王なのに人間から慕われ始めているラルクの方が異常だ。


「でも、ちょっと歌は苦手だよね」

「死にたいんですね? 殺して差し上げますよ」


 コンプレックスを指摘され、立食用に置かれていたフォークを喉に突き刺そうとしたがフォークに刺さった料理ごと口で受け止められた。


「残念でした」

「ちっ……」


 本気の舌打ちだが、周囲から見たら夫婦がイチャついてアーンをしているようにしか見えない。


「怒らないでよギーナ。ちょっとからかっただけだよ」

「からかう必要ありましたか?」

「だって、今日の君は普段よりピリピリしていたからね」


 表面上はいつも通りの自分を装っていたつもりだが鋭いなと思った。

 ラルクの黄金色の瞳に見つめられると何もかもを見透かされているような気になる。

 甘ったるい声もギーナの思考を鈍らせるのには十分だ。


「別に、不機嫌とかじゃないんですからね!」

「ギーナがデレた」

「デレていませんわよ!!」


 動揺して変なことを口走った自分を呪いたくなる。

 この魔王の近くにいると調子が悪くなる一方だと、ギーナは王城の専属料理人が作ったご飯に舌鼓を打つラルクから距離を取った。

 己はプロの殺し屋なのだと言い聞かせながらラルクを置いてダンスホールからバルコニーへと向かう。

 風通しも良く広い場所には何人ものカップルが甘い雰囲気を出していた。


(調子が狂う。さっさと任務を達成をしなくては。いや、いっそ私を……してくれれば)


 楽になりたいと思った。

 なんだかんだで絆されかけているのを認めそうになる。

 だが、自由と目的のためにはやはり彼を手にかけなければならないと現実が突きつけられている。


「悪い魔王だったら良かったのに」

「悩んでいるようだな鮮血姫」

「っ!!」


 耳元で囁く冷たい男の声。

 殺し屋であるギーナの気配察知能力は高く、その力があってこそ魔王の寝首を狙えていた。

 しかし、背後にいる人物の存在に気づけなかった。

 つまりは自分より格上の実力者という証だ。


「何かご用でしょうか?」

「鮮血姫にしては仕事が遅いから心配になってな」


 鮮血姫というのはギーナにつけられた異名だ。

 愛嬌のある可愛らしい娘のフリをして標的を殺し、返り血で服を赤く染める殺し屋。

 勝手につけられてうんざりしていたが、その名を口にするということは相手は自分の正体を知っている。


「余計なお世話ですわ」

「残念だがそうはいかない。お前さんは悠長過ぎたんだ」


 男が言い切るより先に嫌な予感がしたギーナは地面に転がる。

 男の手には血のついたナイフが握られており、ギーナは右手の痛みに舌打ちする。


「ちっ、正気? 私がどこの所属か知りませんの?」


 ギーナが所属しているのはこの国でも屈指の功績と実力のある権力者御用達の殺し屋組織で、だから彼女は選ばれた。

 安易に手を出せばこの世に居場所はないことを男は知らないのだろうか。


「その組織からの依頼だ。次の花嫁候補のために邪魔者を消せってな。お前は捨てられたんだよ。任務を失敗した殺し屋が処分されるなんて業界じゃ常識だろ」

(組織らしいやり口ですわね。約束を反故にするつもりなんでしょう)


 元々が奴隷商人から子供を集めて殺しの英才教育をするような連中だから碌でもないのは理解していたが、予想以上だ。

 簡単に殺されてやるつもりは無いが、生憎とギーナの手持ちの暗器は全て没収されている。

 目の前の男は堂々と武器を持っているので、差し向けたのは主催者側の人間だろう。


「逃げようとしても無駄だ。ここには俺以外にも殺し屋がいる。そいつら全員を振り切るのは不可能だ」


 それに、と男が口にしたところでギーナは視界がフラつくのに気づいた。


「毒……」


 相手はナイフに毒を塗っていたらしい。掠っただけではあるが傷口から侵入した毒が効いてきたのだ。

 本気を出せない状態のギーナでは確かに逃走は無理だ。


「あの世で見てろよ。お前の次の女が魔王を殺すところを」


 ニヤリと笑いながらトドメをさそうとする殺し屋の男。

 自分の死を覚悟しながらジーナは最後の言葉を言い放った。


「はっ。私にも殺せないあの旦那さまを他人が殺せるわけないでしょ」


 男の姿がゆっくり近づいてくるように見える。

 死に際には世界が止まったように感じると聞いていたが、まさか自分が体感するとは想像していなかった。

 これまでのラルクの子憎たらしい顔や態度を思い出しながら、これが走馬灯だと気づく。


(あぁ、殺されるならやっぱりあの時が良かった)


 従順な花嫁のフリをして行った結婚式。

 その翌日に暗殺を失敗したあの時がギーナにとって一番望ましい場面だったと思いながら瞳を閉じる。


「死ね! 鮮血姫!!」


 ………………。


 ……痛みが無くならない。


 いつまで経っても掠った右手が痛むだけだった。

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