解決編
由紀からあらかた聞き終えて病室を出ると、医師と良平が待っていた。
「意識が戻ったから、先生を呼んできたで」
「お待たせして、すみません」
おそらく、良平が医師を止めておいてくれたことは察しが付いた。
医師は確認のためか病室に入っていく。
「いやあ、しかし二度と目を覚まさんだら、あの運転手をただでは済まさんかった」
「運転手? 会ったんですか?」
「ああ、会った。大事な娘に何すんのやって殴りかかろうとしたら、警察の人に止められて……夜に不慣れな道をカーナビで運転していたので済まんかった、と言うとったが許せんかった」
「カーナビ……あの場所で……すみません! 失礼します!」
分かった……かもしれない。僕の足は現場へと向かっていた。
現場に着くと、ほぼ予想通りだった。
街灯も少なく、道幅は細く見通しが悪い。太い走り易い道路を優先して表示するカーナビならまず選ばない道だ。
――これで「場所」は合った。あとは……「時間」か。
僕はスマホを取り出すと、登録しておいた電話番号から神崎に連絡を入れた。
「結論から言うと、予想通りでした」
神崎は玉井と一緒に以前行った喫茶店に来ると、真っ先にそう言った。
「事故を起こした車のカーナビは同じ会社のクラウドカーナビばかり……」
「そして、例のアプリの開発会社と親会社は同じ……ですね?」
彼女は無言で頷いた。
「何も接点がないと思っていた物に、こんな共通点があるなんて……」
「でも、これで条件は揃いましたね」
「え? 親会社が同じで、事故と何の関係が――」
もはや彼を無視して、会話を続ける。
「事故を起こした車に搭載されていたクラウドカーナビはリアルタイムに通信して、道路の渋滞具合や事故による交通規制等を基にその
僕は言葉を続けた。
「つまり、スマホアプリとカーナビが連動して人と車を誘導することで、意図的に事故の起こりやすい場所と時間帯を作り出せます」
一息つくと続ける。
「実際に、僕の知人の行った時に、狭い見通しの悪い道に何台も車が走っていました」
「え~でも、誰が引っ掛かるか分からないんじゃ……」
彼が口を挟む。
「誰でも良いんでしょうね。この国の人間なら誰でも良いから殺したい……そう考えている輩はたくさん居ますよ。しかも確実に成功するのでないから、刑事さんみたいな勘の良い人でないと気付かない」
彼女は少し考えるような仕草をしてから言った。
「例の『教団』ですか……」
アプリとカーナビの会社の親会社が、とある教団と密接な繋がりがあるというのはよく言われている噂だった。
その教団は昔からこの国で反社会的な活動をしていると言われており、テロリスト呼ばわりもされていた。
「うひゃあ……あんな大企業や教団を敵に回すなんてできませんよ~。先輩、やっぱり降りませんか~?」
彼は自分だけは無事でいたいというのを、隠す気すらないようだった。
「けれど、証拠がなければ……」
「証拠は、必ずあります。ハッキングして自分で調べることも考えましたが、IT関連の会社はガードが固そうですし、何よりそれだと
「分かりました。やってみましょう」
彼女は静かにそう言った。
三日後、神崎から電話があった。
内容はそんなことはありえない、データは「個人情報が含まれているから容易には渡せない」と、両社から断られたとのことだった。
それでも、なんとか警察の上層部を説得して捜査令状を出させると言ってくれた。
だが、その二日後。突如例のアプリがサービス終了。表向きは外部からのサイバー攻撃によりデータが破壊されたということだったが……。
その翌日には、例のクラウドカーナビが重大な欠陥が見つかったためという理由で突如停止した。該当機種のユーザーには補償すると言って普通のカーナビと交換するサービスを開始した。
彼女が言っていた捜査令状は一向に出されなかった。「根拠もないのに大企業を疑うことはできない」というのが上層部の返答らしかったが、実際にはどこからか圧力があったのではないかというのが彼女の推測だった。
結局、証拠は処分され、「事件」にすらならなかった。
「本当に申し訳ありません。私の力不足で……」
数日後、またあの喫茶店で会った神崎は深く頭を下げた。玉井は下げなかった。
「確かに残念ですが、これ以上の被害は出なくなったので良しとするしかありませんよ」
僕はここ数日、自分に言い聞かせていた言葉を言った。
「あの~、証拠も結局はなかったんだし、二人の妄想だったんじゃないかなあ……まさか大企業が無差別テロとか陰謀とか、映画じゃあるまいし……」
彼がそう言うと、彼女がキッと睨んだ。
「何も問題がなければ、金になる人気アプリを手放すはずはないだろう! 少しは考えろ! 馬鹿!」
「す、すみません!」
彼は口ではそう言っていたが、おそらくは事の重大性を理解していないだろう。
「あの……向こうが知らぬ存ぜぬならば、こちらもそうしたらどうでしょうか?」
僕はなるべく落ち着いた口調で言った……が、内心は許せなかった。
「どういうことです?」
「いえ、難しいことではないんです。ただ、今後何があっても『知りません』で通していただければ……」
それを聞くと彼女は少し考えているようだったが、口を開いた。
「分かりました。でも、こちらはあくまでも警察ですから『一度だけ』ですよ」
「ありがとうございます。一度機会があれば十分です」
僕は深々と頭を下げた。
「え? いや、一体何を?」
彼だけがその意図を図りかねているようだった。
僕は僕の大事なものを傷付けた相手を許さない。
一週間後、例の教団の不正に関するデータがネット上に流出した。
政治家等の権力者との癒着、多額の所得隠し、信者に対する過剰なお布施強要と、果ては拷問、殺人した疑惑――この世のありとあらゆる悪事が含まれているような醜悪な内容に多くの人が眉をひそめた。
教団はそれを捏造だとして否定したが、事実を裏付ける証言が次々に上がってとどまる所を知らなかった。
それから数週間は、ニュース番組はそればかりで持ち切りとなった。
TVをつけたらちょうど教団に便宜を図った政治家が糾弾されているところだった。
こうして、あらゆるメディアから叩かれ、教団は活動の制限を余儀なくされ、名義を変えたり代表を変えたりして誤魔化そうとしたがいずれも失敗に終わった。
「『一度だけ』と言ったはずですが……」
「いえ、僕がしたのは最初の一押しだけですから、嘘は言ってません。ただ、今まで言えなかっただけで不満を持っていた人が大勢居たようで」
僕は神崎と電話で話をしていた。
「しかし、アプリとカーナビが連動して……私だけでは思い付きませんでした。あなたに協力してもらわなければ、偶然と済まされていたでしょうね」
「そうですかね。案外、他の誰かが気付いたかもしれませんよ」
「いえいえ……ご
彼女はそこで言葉を切ると、こう言った。
「どうです? 刑事になってみる気はありませんか?」
冬休み。僕も周囲の学生と同じように帰郷した。
それを知った由紀は僕の実家を訪ねてきた。
もうすっかり包帯も取れ、幸いにも後遺症も何も残らなかったそうだ。
「ごめん。結局逃げられてしまって……」
僕の部屋で、今までの経緯を説明し終えるとそう言った。
「ううん。シローは凄いと思うよ。このまま放置してたら何十人、何百人もの犠牲者が出てたかもしれないもの」
「でも、由紀を守れなかった」
そうだ、僕は一番守りたい人を守れなかった。
「ううん。あれだってアプリを消すように忠告してくれたのに守らなかった私が悪いんだし……シローが気にすることじゃないよ」
彼女は笑ってそう言った。僕は少しだけその笑顔に救われた気がした。
「で、どうするの?」
「は?」
「刑事にならないかって話。シローならどんな謎でも解けるし、向いてると思うんだけどさ……」
「さあて、どうするかな? 刑事になったら、今の大学に入った意味が大してなくなっちゃうしな」
「え~、かっこいいじゃん。どんな謎も解き明かす敏腕刑事。私は良いと思うんだけどね」
「そうかな……まあ、考えておくよ」
正直、先のことは分からない。刑事になるかもしれないし、何か専門職に就くかもしれない。その辺りをどうするかはまた考えるとして……
「なあ、由紀」
「ん? 何?」
僕は彼女を抱きしめた。
「好きだよ、由紀」
今はただ、この幸せを感じていたい。
完
不幸を引き寄せるアプリの原理についての検証 異端者 @itansya
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