不幸を引き寄せるアプリの原理についての検証
異端者
事件編
十一月末になり、ようやく今年も空気が冷たくなってきた頃だった。
「ああ、また今度な――」
僕、
そのままスマホをテーブルに置くと、ほうとため息を付いた。
電話の相手は
高校の頃、科学部に所属する僕に事あるごとに突っかかってきたオカルト部の由紀。その内容はいつもオカルトを科学で証明できるかというものだったが、その関係は周囲からかなり誤解されていた。
そして、大学に進学。彼女は地元の文系大学に進んだが、僕は少し離れた所の工学部電子工学科の大学に進んだ。こうして縁は切れたはずだったが――そうはいかなかった。
由紀の奴、一週間に一度はこうして電話してくるのだ。それも最近はサークルがどうだとか他愛のないことばかり……ちなみに今回は、スマホのGPSと連動して特定の場所でモンスターを捕獲できるという人気ゲームアプリについてだった。
――まったく、何を考えているのやら……。
彼女との関係は何年も続いているが、未だに分からない。分からないまま振り回されている。
でもまあ、近くに居ないので一応の安息は保たれている訳で……落ち着いて居られると思う反面、一抹の寂しさも感じる。
アパートから見える外の景色は枯野が広がり寒々としていた。
独り暮らしにも随分慣れたが、あの騒がしさが時折懐かしくなる。下らない感傷だと言ってしまえばそれまでだが、それで切り捨ててしまって良いものかとも感じる。
今はただ、現実を見よう。
僕はテーブルの上のノートパソコンの画面を見た。しなければならない課題は幾つもある。キーボードに手を乗せると軽快にリズムを刻んだ。
昔は大学生をモラトリアムだと言ったが、現実はそうでもない。それなりの大学ともなれば、こなさなければならない課題はいくらでもある。楽して遊んでいられる大学生ばかりではないのだ。
そういえば、サークルに入ってみようかと思っていたが、結局は入らずにいる。バイトもしてみようかと思ったきりだ。しかし、今は時が惜しい。それどころではない。
――それなのに、由紀とはどうしてあんなに長話をしてしまったのか……。
そう思って顔をしかめつつも、キーボードの上の手は止まっていなかった。
数日後の晩、アパートのチャイムが鳴った。
僕はドアスコープで外を確認する。スーツ姿の男女一組。どう見ても宅配便ではない。
「すみません。どちら様でしょうか?」
ドアを開けずに言った。薄いドアだから十分に聞こえるはずだ。
チェーンはしてあるので少し開けても良かったが、足でも挟まれて無理矢理にセールスでもされたら厄介だ。
「遅くに申し訳ありません。警察の者です」
女性の声。
警察? ますます意味が分からない?
「警察の方が何の用ですか? 近くで事件でもありました?」
少し考えているような間があった。
「いえ……事件と言えばそうなのですが、近くではありません。少しご協力をいただければと思いまして――」
次の一言に僕は耳を疑った。
「――例のカーナビの事件も、本当はあなたが解決したと聞きまして」
車で喫茶店に着くと、女の方は
僕はそのまま警察署に連行されるかと思っていたので、少し意外だった。
「それで? どうして、あの事件のことを知ってるんです?」
そう言いながら、運ばれてきたコーヒーに口を付ける。
「申し遅れましたが、我々の部署は情報管理が専門です。表沙汰にできない噂話も入ってきます」
神崎はハキハキとした声で答えた。だいたい二十代後半から三十代前半だろうか。仕事のできる女性を絵に描いたような風貌だが、どこか
「黙っていてほしいと言ったんですがね……」
「まあ、人の口に戸は立てられません。外部にはまずいと思っていても、身内になら話しても良いと思っている人はたくさんいます」
「なるほど……それで、協力というのは?」
「先輩~やっぱやめときましょうよ~」
玉井のだるそうな声が話の腰を折った。おそらく神崎よりは少し若いのだろうが、覇気が感じられない。仕事だから渋々といった感じだ。
「あなたは黙ってて!」
彼女がピシャリと言った。これだけで二人の関係性が分かる。
「実は、事件……いえ、今はまだ事故として処理されている物に、奇妙な共通点がありまして……あなたなら、もしかしたら気付くことがあるかと――」
「守秘義務はないんですか? 三流サスペンスドラマじゃ当たり前でも、一般人に警察が捜査内容を話すのは
「ええ、その通りです。……ですが、
そう言うと、彼女は苦々しげに笑った。
「実際、最初からあなたに話すつもりはありませんでした。……ですが、警察の人間では誰に話してもそんなこと偶然だと言われて……まったく、頭の固い連中ばかりで」
「それで僕の所に来た、と?」
「ええ、そうです」
「はっきり言いますが、僕は探偵でも、ミステリー好きでもありません。例の事件だって、知り合いに巻き込まれただけで好き好んで調べた訳ではないんです」
僕は一気にそう言うと、コーヒーをあおった。
「しかし、あなたは事件を解いた……それは事実でしょう?」
「そんなの結果論です。あなたが何を言われるか知りませんが、素人判断しかできません」
「先輩、無理じゃないです――」
「黙ってて! いえ、素人判断で構いません。あなたの率直な意見が聞きたいのです」
彼女はようやく自分のコーヒーに口を付けた。
「素人だとしても、協力していただきたいのです……」
知性を感じさせる迷いのない視線。もし自分が犯人なら思わず自白してしまうだろう。
「分かりました。意見を言うだけならば……」
僕は思わずそう言った。
「それでは、本題に入る前に最近流行りのスマホアプリの――」
そう言って彼女が続けた名は、由紀が電話で言っていた例のゲームアプリだった。
「それが、車と接触事故を起こした歩行者三名のスマホに入っていたんです。しかも、ちょうど事故を起こした際には起動中でした。うち一名の証言からは『レアなモンスターが採れるから急いで来た』と」
「一人? 残りの二人の証言は?」
「残念ながら、二名は亡くなっています」
彼女はそう言うと少し俯いた。
「つまり、そのアプリが二人を殺し、一人を危険にさらしたと?」
「ええ、その通りです。偶然にしては妙じゃありませんか?」
「そのアプリに夢中になっていて不注意だったとかは――」
「捜査員の中にはそう判断した者も居ました……が、立て続けに三件も起こるとは考えられません」
沈黙。お互いに相手が話し出すのを待つかのように黙った。
――スマホのアプリが人を殺した? どうすればそんなことを……。
その静寂を破ったのは、意外にも玉井だった。
「あーっ! 二人とも考え過ぎですよ! 偶然、偶然!」
彼は我慢するのに耐えきれなくなった子どものようにそう言った。
「だいたい、そんなスマホアプリが人殺しなんてできるはずないですよ!」
「いや、そうとも言い切れません」
僕はそう言った。
「確実ではないですが、
「どういうことですか?」
「そのアプリはスマホのGPSの座標を利用しています。そして、リアルタイムでレアなモンスターが採れる場所が変化する、つまり――」
「連れて行きたい時と場所に誘導できる、と?」
やはり彼女は頭が切れるようだ。察しが良くて助かる。
「そうです。事故を起こしやすい時間帯と場所へ誘導できます。ただ――」
「ただ?」
「これだけでは、交通事故を引き起こせるかどうか……車の方にも何か原因があれば……」
「……車の運転手には何も共通点は見つかっていません」
彼女は顔をしかめて言った。
「何かが足りない。そんな感じです」
僕はそう話を締めくくった。
「気にし過ぎはよくないですよ! 事故ですよ! 単なる事故!」
話にならない彼を放置して、彼女は名刺を差し出した。
「何か気付いたことがあれば、連絡をください。我々の方でもできる限り調べてみます」
「そうですか。お役に立てなくて申し訳ありません」
「いえいえ、そんな……帰りは送ります!」
「結構です。少し頭を冷やしたいので、歩いて帰りますよ」
僕は店を出て二人と別れると歩き出した。
夜風は冷たく、物思いにふけるにはちょうど良かった。
高校を卒業とした時に事件とは無縁の生活に戻ったと思っていたが、こうも向こうからやってくるものなのか。
名探偵が都合よく事件に巻き込まれる小説が急にリアルに思えてきた。
アパートに着くと、ベッドに横になって天井を見上げる。
スマホを手にすると「あのアプリを消せ」とだけ入力して由紀に送った。
まだ何も分からないし、彼女が聞くかどうか……まあ、どうせ念のためだ。
ガタン、ゴトン、ガタン――
単調な音が続いている。
僕は、帰郷する途中の電車内に居た。
大学を休んでの想定外の帰郷だった。
――由紀……馬鹿……。
心の中で毒づいたが、自分でも勢いがないと分かった。
昨晩、由紀が道を歩いている際に車と接触して頭を強打して意識不明だというのだ。彼女の父親、
おそらく、例のアプリを消さなかったのだろう。そして――
まだ、例のアプリが事故を引き起こしているという確証はない。しかし、僕にはそうとしか思えなかった。
――彼女は、僕にとって何なのだろう?
ふいにそう疑問に思った。友人や知人と言ってもいいし、これまでも他人にはそう説明してきたつもりだ、誤解はともかく。ただ、彼女が意識不明だと聞いて、こうまで動揺している自分が分からなかった。
昼過ぎにたどり着くとまず実家に少しだけ顔を出して、病院へと向かった。
最初家族以外面会謝絶だと言われたが、待っていた良平が僕なら構わないと医師を説得してくれた。
彼の案内で病室に入ると、白い世界に寝かされている由紀が目に入った。
眠っている姿は、いつものお喋りな様子を感じさせず、どことなく気品すら感じられた。そのせいか頭に巻かれた包帯が余計に痛々しく見えた。
「由紀……史郎君が来てくれたで」
彼は泣きそうな顔をしていた。それは娘がもう二度と目を覚まさないのではないかと、心配しているようだった。
僕は彼女のベッド脇のパイプ椅子に腰かけると、その顔を覗き込んだ。
白く、生気を失ったかの顔……ふいに自分の頬を涙が伝うのを感じた。
なぜ泣いているのか、自分でもよく分からなかった。
「例のアプリ……消さなかったんだな……どうして……」
涙が流れている。それを拭う気にもなれない。
彼女がピクリと動いた気がした。
そのまま、まぶたが少しずつ開いていく。
「……え? シロー? どうしてここに?」
彼女は理解できないという様子だった。
「おお! 由紀、目が覚めたんか!?」
良平は嬉しそうに言った。
彼女は一気に体を起こすとベッド脇の僕に抱き着いた。
「良かった……! 私、生きてるんだね! シローとまた、居られるんだね!」
「ああ、しっかり生きてるよ」
僕は無意識に彼女の背中に手をまわした。
「さてさて、お邪魔虫は退散しましょか」
彼はそう言ってこっそり病室から出ていった。
「例のアプリ……消さなかっただろ?」
「ごめん。何のことか分からなくて」
「いや、責めてる訳じゃない。ちゃんと説明しておくべきだった」
僕は彼女から体を離すと、これまでの顛末を話し始めた。
「じゃあ、あのアプリはやっぱり――」
一部始終を聞いた由紀は目を見開いて言った。
「ああ、原因だと見て間違いないだろう」
「でも、どうやって?」
「それを今から調べる。事故現場と行った理由を教えてくれ」
「えっと……時間限定でそこでレアモンスターが出るとか表示されて、それで行ったら車が何台も――」
彼女は事故の状況と場所について語り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます