第5話 祖父が遺してくれた言葉

 祖父が以前使っていた日記帳は、あの人にとって、そして俺にとっても呪いのアイテムとなった。

 俺の転生にまでついてきたそれは、意味深な輝きを放っている。

 まるで、祖父が遺してくれた言葉を強調するようだ。


「ええと……、『君子の交わりは、淡きこと水の如し––––––荘子』。あー、この部分か」


 祖父は元々高校の教師をやっていて、科目としては国語を担当していた。

 だからなのか、中国の格言などにも詳しく、日記にも所々教訓的な言葉が書かれている。


「これって確か、私利私欲のために近付いてきた奴はどんなにベタベタと媚びてきたとしても、すぐに手の平を返す。人間性がまともな人間との付き合いはあっさりとしていても長続きするものだ。みたいな意味だったかな。確かに実感としてあるよな……」


 自分の妻の顔を思い出しながら、ため息と共に日記帳を閉じる。


 何もかも適当に生きてきた俺だったが、日記だけは続いた。

 それはこうして、祖父が遺してくれた言葉の数々に何となく励まされていたからだ。

 毎年読んでいたはずなのに、前の人生で全く役立てられなかったのが祖父にバレてなければいいけれど……。


 いい格言だと思うが、それが何故今強調されるように俺の前に開かれたのかが分からない。


「じいちゃん、俺に何か伝えようとしてる?」


 独り言を呟くと、扉の方からコンコン……とノックする音が聞こえ、俺は飛び上がるようにして振り向く。

 日記帳に集中しすぎて足音を聞き逃してしまった。


「だ、誰だ?」

「私よ。話があるの。開けてくれる?」


 この冷たい声……この世界の俺の母親だ。

 まるで俺が帰ってくるのを待ち構えていたかのようなタイミングじゃないか。


「あー、ちょっと待ってくれ」


 母親と話をするのはだるいが、無視するとだんだん当たりが強くなるから、早いうちに済ませておいた方がいい。

 鍵を外して、少しだけ扉を開く。


 相変わらず無駄に顔がいい女だ。

 真っ赤な長い髪に、冷たい美貌。

 こうして無表情でいても惹きつけられてしまうような魅力がある。


 そんな彼女は手に中型のハンマーを持っている。DIYか何かでもしていたんだろうか?

 何か不穏なものを感じつつも、表情には出さないように気を付ける。


「今日は何の用だ?」

「貴女、悪魔の件はどうなったの? プロヴァル枢機卿の元にも足を運んだんでしょう? あのお方だったらもう悪魔が憑いているのかどうか明確になったはずよね。結果を教えなさい。貴女の兄達が目撃した怪物は偶然その場に居合わせたモンスター、そうでしょう?」


 母親はハンマーを自分の手で何度も握りなおすようにしている。

 緊張しているのだろうか?

 悪魔憑きの件を調べてもらうように言ったのがこの人だから、ちゃんと結果を言わなければ部屋を出ていってくれなさそうだ。


 彼女が俺に対して興味を示す理由。

 それはおそらく俺が出来損ないな理由が彼女の所為だと思いたくないからなんだろう。


 エルコズモ派の司教の話では、俺は悪魔憑きなのではなかった。

 それどころか、この世界の誰もが欲しがる天賦の才を持っていることが判明した。

 今この人に伝えたなら、俺に対してもの凄く優しくなるんだろう。

 俺の父親や祖父、祖母にしているように、そして幼少期の俺にそうしていたようにベタベタと媚びるんだろう。

 だけどまた媚びられたとして、何になる?


「……じいちゃん。俺の周りにまともな奴がいないのは、俺自身が……」

「じいちゃん? やっぱり貴女って頭がおかしいわね。貴女のお祖父様は––––」


「俺は悪魔憑きだった」


 俺は母親の言葉を遮るようにして嘘をつく。


「何ですって?」


 空気が薄く、少し息苦しさを感じる。


 天賦の才の件を打ち明け、彼女のプライドを一時的に満足させたとしても、要求は高くなり、俺はただ愛されるために努力を続けなきゃならないんじゃないのか?

 そんなの前世だけで終わりにしたい。

 

「プロヴァル枢機卿には”悪魔憑き”だって言われた。あんた達の予想通りだったな」

「……っ、冗談じゃないっ!!」


 母親は部屋にツカツカと入って来てくるなり、俺の胸ぐらを掴んだ。

 何気なく窓の方を向くと、そっくりな女2人が言い争っているのが見えた。


「あんたが生まれてから、この屋敷に寄り付く精霊の数が減ったって聞くわ」

「ふーん、で?」

「だから貴女のお兄様達も、学校で本来の能力を引き出せないのだわ! すべて貴女だけの所為よ! けして私の所為なんかじゃない!」


 ヒステリックな声を上げたかと思うと、思い切り突き飛ばされる。俺の少女の体ではあっけなく床に崩れ落ち、足首を捻ってしまった。


「……殺すのか、俺を?」

「出来損ないを始末するのも母親の仕事なんだよ。死になカス」

「仕方がない」


 腰に下げた本に触れるのと、ハンマーが頭に振り落とされるのはほぼ同時だった。意識を失いながら、汚い女の悲鳴を聞いた気がしたが、きっと気のせいだ。


________

代理者より

作者が殺されたため、連載不可能となりました。じゅうぶんな供養をされなかったため、

次の人生にご期待下さい。

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転生幼女は前世妻の浮気相手に殺されたオッサン〜ネコ耳聖女を育成し、復讐する〜 @29daruma

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