第10話 新しい友達


 周囲を囲んでいた不良達は俺に視線を向けられてたじろいでいる。


 いや、別にお前たちのことを睨んだらしたわけじゃないんだけどな。


「う、嘘だろ。釜高四天王の高田さんがやられるなんて……」


 一人の不良がそう言った。


 釜高……。やっぱりこの辺りで素行の悪さが有名なあの高校か。


『なぬっ! おい伊織、この世界にも四天王がおるのか! それにしては弱かったぞ』


『あー、ディア様。それ多分違うので無視して下さい』


 うん、絶対にディア様が想像するような四天王とは別物だ。


『む、そうか』


 俺は、改めて咳払いをして不良達を今度こそ睨みつける。


「うゔん……。おい、もういいだろ。早くその子からは手を引いてくれ」


 できればこれ以上は大事にしたくない。


「お、おい! こいつやべーぞ!」


「早くズラかるぞ!」


 ズラかる⁉︎ そんなベタな言葉をこの時代に使う奴がいるとはな。


 しかし、不良達はすぐに倒れた四天王と呼ばれていた男を担いでこの場を立ち去っていく。


 よかった。これ以上揉め事が大きくなっていたらどうなっていたことか。


『何を言う、妾がおるではないか。恐れる事など万に一つありはせん!』


『これ以上暴れでもしたら、あの子に危険が及んでいたかもという事ですよ』


『そ、そうじゃな! 当然わかっておるぞ。妾は魔王じゃからな!』


 絶対わかってなかっただろこの人。

 でもとりあえずこれで、一件落着だ。


「あ、あの!」


「えっ」


 声をかけられた方を見れば、先程まで震えていた女生徒が俺の近くまでやって来ていた。


「あっ、怪我とかなかった?」


 俺と目が合うと、その子はすぐに視線を逸らす。


 え、何この子普通に可愛い。

 モブの俺なんかが喋っても良いのだろうか。


「は、はい。大丈夫です」


 まるで俺の内心も含めて答えてくれたような返答を可憐な少女はしてくれた。


 ショートカットの黒髪の女生徒。大人びて見えるが制服は俺と同じだし、リボンの色を見ても学年は俺と同じはず。


 入学早々怖い思いさせちゃったかな。ただでさえ、危ない目に遭ったんだ。さぞ不安だったのだろう。


「もう大丈夫だからね」


 俺は慰めるように優しく声をかける。


 コミュ障の俺にとってはそれが精一杯だった。


「あの、ありがとうございました! 助けてくれて」


「いや、それよりも本当に怪我とかはなかった?」


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


「君、俺と同じ高校だよね。こんなところでどうしたの?」


 見たところ、この路地裏は人気もなく誰も寄り付かなそうな雰囲気を放っていた。


「大通りの方で突然絡まれて、一緒に遊びに誘われたんです。その、断ったんですけど、強引に引っ張られて……」


「あぁ、なるほど」


 すごく典型的な流れだな。


『伊織、お主友達がいない割には他人と普通に話せるではないか』


『友達がいないだけで、少しくらいならコミュニケーションは取れますよ。って、なんで悲しいこと言わせるんですか!』


『別にそんなつもりはなかったんじゃがな。なんかスマン……』


 意識の中で魔王様に謝られ、俺は気を取り直す。


「けれど、無事でよかった。じゃあ、俺はこれで」


「あっ、待ってください。何かお礼をさせて下さい!」


「えっ、そんな。別にいいよ」


『いや、待つのじゃ伊織』


 立ち去ろうとする俺の首根っこを引っ張るように、人差し指が引っ張られる。


『これはチャンスじゃ。このままこの娘と友達になってしまえ!』


『えぇっ!? 急にどうしたんですか、ディア様』


『妾の時と同じじゃ! お礼と言うのなら友になれと頼むのじゃ!』


『そ、そんな。俺はディア様さえいれば……』


『妾だけが友人なんて寂しかろう。ちゃんと人間の友も作るのじゃ。それくらいの手伝いなら、契約関係無しに力になってやる! じゃから言う通りにするのじゃ!』


『でも、俺……。友達は』


『何を迷う! お主は後悔したくないのじゃろう! なら、迷わず前に進むのみじゃ!』


『!』


 ……確かに、ディア様の言う通りだ。


 俺は昔、虐められた友達を助ける事ができなかった。

 それ以来、友人を作ることを避けてきている。人と関わらないのが最適だと考えるなんて、最悪の理由だけどな。


 でも、今は違う。俺は一人じゃない。ディア様がいる。そして、そんなディア様が俺の力になると言ってくれているんだ。


 それなら俺も、このままじゃ駄目だろ。


 見た目は成長しても中身は変わらない。ずっとそう思ってきた。

 だから、友達も作ろうとせずに生きてきたんだ。


『それでは、伊織は幸せにはなれないのではないか?』


『……いいんですかね。俺なんかで』


 俺の心を読んで、ディア様が告げる。


『確かに、関係性があるせいで誰かを助けなくてはいけない使命感や、嫌な気持も少なくはなる。じゃが、そんな事を続ければお主は孤独のままじゃぞ?』


 そして。


『それは、自分で自分を虐めているようなものじゃ』


 その言葉が、俺にはすごく刺さった。

 これは、俺が友達を救えなかった罰。

 そう思って生きてきたはずなのに。


『妾は魔王、長年多くの悩める民を見てきた。伊織に似た考えの者もいた。じゃが、そ奴らの気持ちも、お主の気持ちも妾にはわからぬ。じゃがな、一緒に考え、共に居ることはできるのじゃ』


『ディア様……』


『妾が伊織と契約した今、この世の誰よりも妾はお主の傍におる。じゃから、友として妾を頼れ。長年生きる年長者としてアドバイスをしてやろう。もう、失敗することのないようにな』


 ディア様は、初めて会った夢の中で俺の記憶を除いたと言った。だから、俺の過去のこともそれで知ったんだろうな。


『友を作ることを恐れるな。それに、妾と友になりたいと願ったのじゃ。本当は友達が欲しいのじゃろ?』


「あの……」


 葛藤する俺を見て、何も知らない女生徒は俺を心配そうな目で見つめている。


 俺、また友達を作ってもいいのかな。


『それは、聞けばわかるじゃろ』


 ディア様が俺の背中を押してくれた気がした。


「なら、一つお願いできるかな」


「はい! なんでも言ってください。私にできることなら喜んで!」


 俺は、息を吸って覚悟を決める。


「よかったら、俺と友達になってくれないかな?」


「えっ、そんな事で良いんですか?」


 キョトンと小首を傾げる少女。


「うん、高校に入ってまだ仲の良い友達がいないんだ。だから、最初に友達になるなら君が良い」


「ふえっ!」


 どこか恥ずかしそうに頬を赤らめる女の子。


 正直、俺だって恥ずかしいけど。俺から言うのが当たり前なんだ。


「わ、分かりました! 私もこの高校に来てまだ友達が居りませんので、私なんかでよければ」


『ふんっ! 本当の伊織の最初の友は妾じゃがな!』


 そんなディア様の小言はさておき。快く受け入れてくれたことが俺は嬉しかった。


「うん、よろしくね」


 こうして、俺はまた友達を作る嬉しさを思い出すことができたのだ。

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魔王様が人差し指に宿ったモブキャラの俺に友達ができるまで 桃乃いずみ @tyatyamame

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