第9話 契約の力


 そして、現在。


「なっ⁉︎」


 不良の動揺したような声が、俺の耳に響いた。


 ディア様との出会いに耽っている場合ではなく、今は結構危ない状況にいる。

 だが、殴られる覚悟をしていたのに、痛みが全くない。


 どうしたのか思ったが、右手の人差し指の腹に何やら重みが感じられる。


「え?」


 恐る恐る目を開くと、そこには俺の人差し指が不良の拳を止める光景が広がっていた。


「な、なんだこれ! ビクともしねぇぞ! お前、何した!」


「いや、特になにも」


『伊織、ボーっとしとるでない』


 ディア様。もしかしてこれはディア様が。


『話は後じゃ、次が来るぞ』


 次?


「ちぃっ!」


 すると、不良が俺の胸ぐらから手を離して距離を取る。


 体はゴツいのを身軽な人だ。

 って、そんな感想言ってる場合でもないらしい。


「うらぁっ!」


 今度は右足で俺の顔面目掛けて左からの蹴りをかましてくる。


 ビシッ!


 今度こそやられると思い、目を瞑った。

 しかし、今度の攻撃も俺に直撃する事はなかった。


 代わりに、またもや俺の人差し指がそれを受け止めている。一体どうなっているんだ。


 たまにこういう場面にしゃしゃり出てもやられてしまうのがモブクオリティだというのに。


「くそが! 何なんだよお前!」


 それは俺が聞きたい。


 攻撃が当たらずにイラつく不良は、再び拳を引いて殴りかかろうとする。


『伊織、人差し指を親指の腹で固定するのじゃ』


 え、それはどういう。


『良いから言う通りにするのじゃ。早くせい』


ひとまず言われた通りに姿勢を変え始める。


『妾が合図したら、人差し指を弾き出せ。良いな?』


「わ、わかりました」


 目には見えない力で引っ張られる人差し指を宙に向けて、曲げた指を親指で抱え込むように抑える。


 あれ、この形って身に覚えが。


『今じゃ! 弾け!』


「はいっ!」


 バゴォっ!


 その瞬間。鈍い音が路地裏に鳴り響く。


「がはぁっ!」


 薄ら目を開けていたが、どうやら俺の弾かれた人差し指は、不良の額を捉えて直撃したみたいだ。


 目の前にいたはずの不良は後方へとふき飛ばされ、地面に背中から落下する。


「ぐぅっ……」


 そして、激痛のあまり立ち上がれない。


 これって、俺が勝ったってこと?


「……!」


「お、おい。これって」


 その光景を見た他の不良達は、何も言えず立ち竦んでいた。


『どうじゃ、妾の力は!』


「いやこれ……デコピンですね」


 今の動作に覚えがあると思えば、完全なるデコピンだった。


 しかし、なんという威力だ。人がぶっ飛ばされる程のデコピンなんて聞いたことも見たこともない。


 あれほどの威力だったというのに、不思議と俺の人差し指には痛みも感じなかった。


 これがディア様の力なのか……。


『ふっ、この程度で驚くでない』


『ディア様……』


『こんなのは序の口。妾にとって息を吹きかけるようなものじゃ。いや、それにも至らんかもしれんぞ?』


 不良の額も真っ赤に染まって腫れている。


 す、すごく痛そうだ。

 これで序の口とは、本気を出された事を考えると正直恐ろしい。


『でも、ちょっとやりすぎなのでは』


 俺は、心の中でディア様に声をかける。


『何を言う。伊織がやったのではないか』


『ディア様が、そう指示したんじゃないですか……』


 人差し指から俺の意識に語りかけるディア様。

 ディア様の声は、俺以外には聞こえない。

 これも、彼女の力の一つらしい。


 今朝起きた時に、最初人差し指から話しかけられた時は飛び上がる程に驚かされた。


 夢での出来事が、現実なんだと知り、今日の入学式もそれどころではなかった。

 校長先生や代表生徒の挨拶があったはずだが、それすらも全く覚えてはいなかった。


 ディア様は魔力量が少ないと言っていたけど、こうして念話? と言われる魔法能力で、意思疎通が出来るみたいなのだ。


 また、周りの状況は空間認識というものを使っているらしい。

 人差し指には目も口もないからな。ディア様も色々と大変なのだろう。


 結局今日の入学式の間も、学校にいるほとんどがディア様との会話で終わった。おかげで友達一人すら作れやしない。


『伊織は以前から友達がおらんじゃろ』


『そんな考えている事まで心読むのやめて下さい』


『それより、早く事を収めるのじゃ。震えておる娘が可哀想じゃぞ』


「あっ、忘れてた!」


 俺はすかさず絡まれていた女生徒の方を見る。

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