第8話 契約
俺は契約のメリットとやらに耳を傾ける。
「お主の願いを一つだけ叶えてやる。それが妾との契約の条件じゃ」
「俺の……願い」
「そうじゃ、お主が願えばドラゴンや魔物を倒せるような力も、」
「いえ、それはいらないです」
魔王様がいうような願いの候補をキッパリと断らせてもらう。
「なんじゃつまらんのう」
俺の答えに口を尖らせる魔王様。
でも、願いか。
それは確かに俺にもメリットがある。むしろ、俺の方が返ってくるものはでかい。
「願いはともかく、契約するという事で良いのか? 人間よ」
「……まぁ、周りに迷惑がかからないのなら。あと、俺自身にも」
案外、俺もちょろいところがあるよな。
自分の願いに目が眩むなんて。
「むぅ、不本意じゃな」
「不本意?」
「お主の態度じゃ。本来魔王との契約といえば、喉から手が出るほど欲しい偉大な事なのじゃぞ。もっと敬意を払い、妾に跪きながら、」
「そこまでいうなら辞めますか?」
「嘘じゃ嘘じゃ! ちょっとした魔王ジョークじゃ!」
なんだよ魔王ジョークって。意外とこの魔王様もちょろいな。
それに、ここまででわかった事として、俺の思考全てが読まれているわけではないようだ。
この慌てようがその証拠である。
俺に少しだけど、心の余裕が生まれた。
「わかりました。では、お願いします」
「うむ! よろしく頼むぞ人間……」
そこで、魔王様は俺の顔をジッと見る。
「魔王様?」
「今更じゃが、お主の名は何という。契約するにあたり、お主の名を知っておきたい」
「あっ、そういえば名乗ってなかったですね」
本当に今更だな。
魔王様は胸を張ってあんなにまで恥ずかしいくらいの自己紹介をしてくれたというのに。
「
「そうか伊織か、良い名じゃな。では伊織、お主も妾を呼ぶときは名で呼ぶことを許そうぞ」
「名前か……では、ディア様で」
「む、ディアとな?」
「ディアブレーナ様だと長いので」
「……変わらず失礼な奴じゃな」
「だ、だめですか?」
ついそう言ってしまったけど、怒られたりはしないだろうか。
「じゃが、愛称か。悪くない」
「えっ」
「理由は気に食わんが愛称で呼ばれるというのも意外とよいな。今までそんな者はおらんかったからのう。よかろう、好きに呼ぶがよい」
「わかりました」
少し顔の赤いディア様。
見た目が少女のせいだからか、その表情には可愛らしさすら感じる。
「では、最後に契約じゃ。そうじゃな……。伊織よ、利き手はどっちじゃ?」
「えっと、右手ですけど」
「それなら、妾に右手の人差し指を差し出すのじゃ」
「切り落とせと……」
契りを交わすってまさか、けじめ的なものなのか?
「そんなことは言っとらん!」
突然そんなことを言うから何事かと思ったけど、早とちりしすぎたか。
「妾がお主の人差し指に宿るのじゃ!」
「あっ、そういうことですか」
そういえば、体の一部って言ってたな。
ようやくディア様の考えを理解して、俺は人差し指を差し出す。
「これでいいですか?」
「うむ!」
「あの、できることなら食事とかは自分の意志で手を動かしたいんですけど」
「安心せい。基本は伊織の自由じゃ。自由を奪うのは妾が何かしたい時のみ。伊織は普段通りに生活するがよい」
ふぅ、よかった。それくらいでなら別に契約しても問題なさそうだ。
日常生活にもそこまで影響は及ぼされないだろう。
「それで、伊織の願いは決まったか? 契約するにはそれも必要なのじゃが」
「……」
願いか……。
「……なんでもいいんですか?」
「うむ。人間の願いなど残った魔力でも十分なはずじゃ。申してみよ」
それって、結構な量残っているんじゃないか?
ディア様の魔力が万全ならどうなるのか逆に興味が湧いた。
「そうですか、それなら」
ディア様が相手なら、問題ないよな。
「俺と、友達になってくれませんか?」
「なぬっ! 魔王にともになれと申すか!」
ディア様が目を大きく見開いた。
「なんでもって言ってくれたじゃないですか」
「そ、それはそうじゃが。……そんなことでよいのか?」
「はい」
俺にとっては、そんなことじゃない。
「……ふむ、わかった」
もしかしたら断られるかもと思ったが、それも杞憂に終わる。
「約束しよう。妾は伊織と友になることを誓う」
「!」
「始めるぞ」
ディア様の胸のあたりに赤い光が輝きだした。
「我、第三の魔王ディアブレーナ=ルイスの名において、ここに契約する」
両手を広げながら唱えるディア様が俺を見据え、掌を向ける。
「契約者、名を柴崎伊織。彼の者の人差し指に我が身を宿してここに……成立させる!」
「うわっ!」
光の輝きが増し、一帯を包み込む。
ディア様が最初に現れた時と同じだ。
「これから、よろしく頼むぞ。伊織」
その声を最後に、俺の意識は途切れた。
こうして、俺と異世界の魔王、ディア様は契約を交わしたのである。
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