幼いころの夢の話

寄鍋一人

ゴミ捨て場

 あれは小学校一年生のころだっただろうか。初めて自分の足で通う新しい環境に慣れ始めていた時期だった気もする。

 なにせ幼いころのことだから、よほど記憶力があるとかでない限り当時の記憶は薄れていて、もはや消えていると言ってもいい。

 その中で大人になった今でも頭の片隅に残っているのが、見た夢と目覚めたあとの会話だ。

 

 正直、夢の内容を事細かに鮮明には覚えていない。

 そういう趣旨の夢を見たということと母親が言った言葉の衝撃と恐怖が、私の中に居座り続ける。

 

 

 夢の中で私はゴミ袋を持ってゴミ捨て場に向かっていた。おそらく親に頼まれたのだろう。

 ゴミ捨て場の前にはすでに収集車が止まっていて、急がないと間に合わない! と小さい体には大きいゴミ袋をゆっさゆっさと揺らしながら駆けていく。

 近くまで来て違和感があった。

 普通なら作業員がゴミを持って収集車の後ろにひっきりなしに投げ入れて、収集車は唸りながらそのゴミたちを潰して食べていく。朝の音の一つとも言えるものが鳴り響いているはずだ。

 それがなかった。想像していた光景も、音も。

 

 足元にあったのは横たわる人と二羽のカラス。

 おそらく作業員だったのだろう。その人が身に纏っていた服には穴が開いていて、そこには赤というか黒というかその類の、とにかく皮膚ではない色のが見えた気がした。


 

 幼い私にはそれが直視できず、限界だった。逃げるように現実に戻り、気づけば声を張り上げて泣きじゃくっていた。

 騒ぎを聞きつけた母親が「どうしたの、どうしたの」と焦りと困惑を隠しきれないまま私を抱きかかえて、肩口で泣く私の頭を撫でてくれた。

 言ってくれなきゃ分かんない、と必死に聞いてくれる母親の胸元で、止まらない涙を流し声を引きつらせながら夢の内容を伝えていく。

 たしかに小学一年生の子どもにとってはあまりに過激で、ほんの一瞬の体験だけでも戦慄する。

 だが恐ろしいのは夢だけではなかった。


「ママも今まったく同じ夢見てた」


 二人で震えあがり、母親の腕の中で再び泣き叫んだ。

 落ち着くまでは決して短い時間ではなかったが、私が安心してまた眠るまで、大丈夫、大丈夫、と母親は慰めて続けてくれた。


 それから今日まで、これを超えるような怖い夢を見たり体験をした記憶はパっと浮かばない。

 もしくはそれらが霞んでしまうほど、当時の私にとっても今の私にとっても衝撃的なのかもしれない。

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幼いころの夢の話 寄鍋一人 @nabeu

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