冬眠ビジネス

ブロッコリー展

これから新しくビジネスを始める方へ

「冬眠いかがすかー、冬眠いかがすかー」


僕はこの冬から一般の方に『冬眠』を提供するサービスを始めた。だからこの商売を早く軌道に乗るために街頭で声を枯らす。


「冬眠いかがすかー、冬眠いかがすかー」


物価高と不景気で国民の大半が生活に苦しんでいる。暗い顔で足早に通り過ぎていく人たち。


このビジネスを始めたのは、みんなを助ける意味もあるのだ。


一年の4分の1、冬の間眠り続けることで出費を抑えていただき、残りの春夏秋を豊かだった頃と同水準の暮らしに引き上げていただく。利用者が増えれば幸福度は上がり、排出Co2は減る。良いことづくめだ。


いずれは国から冬の間の収入分の補填があるようになると思う。追い風だ。


このビジネス立ち上げのために信用金庫さんから融資をしていただいた。“ただ、貸す”だけではなくて、伴走型の、経営者に寄り添った金融機関を目指しているということで、いろいろ内側に入って話を聞いていただいているうちに担当の人は冬眠してしまった。


金利も凍結という具合にはいかないだろうか。


まずは借金完済だ。がんばるぞー!


携帯に、広告を見た新規のお客様から冬眠予約が入った。


「ありがとうございます、では失礼いたします」


よし、これでこの冬の目標人数はクリアだ。人の体のリズム的にやはり冬が一番冬眠に適しているので、今は冬だけの季節商売だけどいずれは海外展開して、夏には南半球で冬眠活動できるように整備していきたい。


時計を見る、もうこんな時間だ。


僕は呼び込みをやめ店舗の中へ。


もうすぐ、今日からツアー冬眠なさる団体様がいらっしゃるので準備だ。


あれやこれやしているうちに、いらっしゃった。


皆さん期待と不安の入り混じった顔だ。やはり男性が多い。


僕「らっしゃいませー」


客「冬服か夏服か迷っちゃって」


僕「大丈夫ですよ専用の冬眠服をご用意してますので」


客「このカプセルの中に入るの?この機械大丈夫?ただの冷凍庫とかじゃない?」


僕「ただの冷凍庫だったら死ぬっすよ。ご安心ください。生命維持装置がてんこ盛りですから、たとえ死んでも生き返ります」


客「そりゃ頼もしいですなー、え、ワンオペ?」


僕「はい、そうです。みんな寝てますから一人で十分っすよ」


客「なるほどでーす」


皆さんにいったんおくつろぎいただいた後で、健康状態の最終チェックをして、服を着替えてもらった。


期間限定でワンドリンクサービスなので、コーヒーを先にするか後にするか聞いた。


後だとコーヒーは春だ。


僕ならコーヒーは飲まないけど。


みんな先に飲むということで手配した。


「それでは1人ずつ入っていただきます」


滞りなくin作業は済んだ。


あとは春を待つだけだ。




⛄️ ⛄️ ⛄️ ⛄️




ところが数日後、大変なことが分かった。


僕がまだ新しい機械の操作に不慣れだったせいで、冬眠終了を2年先にセットしてまっていたのだ。


修正は効かない、リセットすると生命維持装置も止まってしまう。


まいったなー。


何も知らないカプセルの中のお客様たちは、幸せそうに眠っている。


僕はこの先の一年に世の中が大きく変わらないことを祈りながらただやり過ごすしかなかった。



◾️ ◾️ ◾️ ◾️



翌々年の春が来た。


いよいよお客様たちがお目覚めになる。


僕は準備に余念がなかった。


バレないと思っている自分がちょっと怖かった。


ひとつづつ機械扉がプシューと開いていく。


「おはようございます、おはようございます。お目覚めおめでとうございます」


お客様様たちは思い思いに深呼吸したり肩を回したり、床を手で触って確かめたりして、久しぶりの起きた状態を感慨深く味わっていた。もちろん誰も疑うことなく。


客「冬の間に何か変わったこととかありませんでした」


僕「特にありませんでしたよ、変わり映えのない毎日でしたよ」


と、なぜか個人的な感想を言ってしまうも、誰もツッコまず、これはいけそうだ。


実際は世の中めまぐるしく色々あった。


ちょっと冬眠していた方にはショッキングなこととかも……。


でも知らなければ大丈夫だ。それに一年遅れたけど春は春だ。


「それじゃあまず花見から行きますかー」と言って盛り上がるお客様たちに、次の冬の割引券をお配りしてからお見送りした。


「ありがとうございましたー、またのお越しをお待ちしております」


僕はお客様たちが見えなくなるまで何度も頭を下げた。いろんな意味で。


この反省を生かして、次からはきちんとチェックしてから稼働しよう。うん。


昨日の最善が明日の最善ではない。


でも


冬眠には“今日”しかないのだ。


初仕事を終えた僕は家に帰って泥のように眠った。


春眠暁を覚えず。最善の眠りだ。


その年の冬はさらにたくさんのお客様にこのサービスをご利用いただけた。マスコミにも取り上げていただけた。


ちなみにあの長めに冬眠してしまった団体のお客様たちからはまだこれといったクレームは来ていない。





              


            終

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