第4話 合格(2)
「 “
チッと鋭く舌打ちを鳴らし、
もちろん、初対面の鷺城戮がそんなことを知っている訳もなく、亞國の気迫に内心震えあがっていた。
(これは早く答えた方がいいやつ。絶対そう。というか早く答えなきゃ駄目なやつ。絶対そう)
「て、え、『
(よし。「早く答える」、第一関門突破だ。次は…………)
「……は?」
亞國は目を丸くして呆けた声を出した。亞國には鷺城戮が何を言っているのかが全く分からなかった。どこから「婚約」という発想に至ったのか、そもそも「婚約」は英語で「
そして鷺城戮もまた、亞國が何に驚いているのか分からず戸惑いを隠せなかった。「第一関門」は突破したはずだったのだが。
「…………えっ?」
鷺城戮が間の抜けた声を出して硬直した途端、まるで空き倉庫の中の空気が丸ごと固まってしまったかのように、その場の誰もが動きを止めた。そして鷺城戮以外の全員が、同時に悟った。
――あ、こいつ馬鹿だ。糞「馬鹿」どイケメンなんだ。
時が止まってから数秒後、亞國は苦笑を漏らした。鷺城戮を「駆除対象」だからと気を張って見ていたことが馬鹿らしくなってしまった。亞國は無造作にうなじを掻きむしると、ぶっきらぼうに言った。
「……もう分かった。もういい」
「え……」
「――ちょっと待ってください、亞國しれ……」
「鷺城戮、どうやらお前は “
「……ほ?」
亞國の意外な言葉を聞き、咢は亞國の前に飛び出したままの不格好な体勢で硬直してしまった。面構えもふいに木から落ちた猿のように間が抜けていて、何とも格好がつかない。まあ、咢が格好のついたことなど、ほとんどないのだが。
「何だよ? 相変わらず間抜け面だな」
亞國は不格好に目の前を遮りかけている咢を不思議そうに見やり、グイと押し退けた。鷺城戮と向き合うのに、目の前の「間抜け面」は亞國からしてみれば邪魔以外の何物でもなかった。
咢が視界から消えると、亞國はふんっと鼻を鳴らして鷺城戮を睨みつけた。
「これから知らないと困ることだ。鷺城戮、覚えておくといい。
“
「あ、亞國司令官……!」
押し退けられてから脇に控えていた咢は、瞳を潤ませてせっかくの整った顔を歪めた。亞國に鷺城戮を殺すつもりはないと分かり、感動したのだ。しかし残念ながら、とても不細工な顔だった。
「何だよ? 鼻糞みてぇな顔してんなよ」
(糞みたいな顔でも鼻糞みたいな顔でも何でもいい! やっぱり亞國司令官も人の子だったんだな……悪口乱射メカだと思っててごめんなさい、亞國司令官……!)
「……咢、てめぇ……」
「えっ! だから悪口乱射メカだと思っててごめんなさいって、謝ったじゃないですか、亞國しれ――――ぎゃあっ!」
咢は目にも止まらぬ速さで吹っ飛んだ。もちろん、亞國が放り投げたのだ。亞國は「司令官」でありながら、現場にも精力的に出ていくような、現役の武闘派であった。「局長」の守万理でさえ亞國の前では大人しくなるのも、罵倒が止まらないからというだけではないのだ。
「ったく、咢は何でもかんでも顔に出すぎなうえ、阿呆な奴だな。言わなきゃ看過されたかもしれないっつーのに。だからお前は鼻糞なんだ」
亞國はわざとらしく溜め息を吐いた。咢に注意が逸れたせいで、「駆除対象」のことが亞國の頭から抜け落ちてしまっていた。もし、この場に咢しかいなければ、この後も延々と亞國の罵倒は続いていただろう。しかし今、この場には何事にも――美形を除いて――無頓着な、鼻ほじりの美形愛好家がいる。
「――あの、亞國司令官。鷺城くんは “合格” ってことでいいんですよね? そろそろ説明してあげた方が良いのでは?」
右側の鼻糞をほじり終えた守万理が手を挙げて言った。まるで小学校の授業中、教師に指名されたくて挙手をする子どものように。
「最高ほ……ゴッホン、鷺城くんはご覧の通り……何というか、純粋でしょう。そう、意図的に無差別鏖殺をやってのけるようには……とても見えないでしょう?」
「――ん、まあな。 “
「ええ。では……」
「無論、私は日本政府に駆除対象『鷺城戮』の駆除処分命令撤回を要請するつもりだ。まあそもそも、
「えっ、そうだったんですか!? じゃあ今までの件、全部茶番だったってことじゃないですか! 僕だけ投げられ損じゃないですか!」
「まあ、そうだな。どんまい咢」
信じられない、僕悔しいです、と歯ぎしりをする咢、その咢を嘲笑う亞國、嬉しそうに左側の鼻孔をほじり始めた守万理。彼らの姿を鷺城戮はぼんやりと見つめていた。
(僕は、殺されずに済んでしまった……?)
「……あの、僕は、殺してもらえなくなってしまったんでしょうか」
駆除対象「鷺城戮」について 莫迦堂 @6siva
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