第3話 合格

 はここぞとばかりに身を乗り出した。


「…………さ、あ、鷺城さぎじょうくんはっ! 彼氏、いるんですか」


(ひゃぁああ! 訊いちゃった!)


「……えと、いません。彼女もいません」


(やだーっ! 彼氏いないって! 彼女もいないってぇぇえ!)


「あの……それで、神様に会えるんですか? あなたは…………」


(はっ、いかんいかん。表情筋引き締めてこ!)


「何度か会っていますが、最近は会えていません」


(喋っちゃった! 守万理すまりまこも、最高峰の美形と喋っちゃいましたっ!)


「そうですか……」


(愁いを帯びた表情も、良いね……っ!)


「さぎ……鷺城くんは、に会いたいのですか?」


(名前っ! 二度もご尊名をお呼びしてしまった……っ!)


「……だって僕は……人を、殺してしまった、んですよね……?」


 守万理はびくりと身体を震わせた。そうだ、駆除対象「鷺城サギジョウリク」は、近隣住民108名を無差別に殺害したのだ。


 ――駆除対象は、視認次第即刻滅殺。


 それは鉄の掟。例外は許されない。許されないのだが。守万理はこの鷺城戮最高峰の美形を喪ってしまうことが、惜しくてならなかった。


「鷺城くん。人を殺していたとしたら、君はどうしたいですか」

「僕は……」


 守万理は喉を鳴らした。鷺城戮の回答次第で、守万理の可動域が変わるからだ。お願いだから生き残って、――――。


「僕は神様に、……です」

「……そうですか。です」

「…………え?」


 首を傾げた鷺城戮の黒い瞳には、守真理のしたり顔が映っていた。



 ***



 守万理、あぎと、鷺城戮の3名は東京都内某所にある「内閣府ないかくふ高等こうとう秘匿ひとく征正せいせいきょく」本部に来ていた。本部とはいっても、本来すでに処分済みであるはずの鷺城戮は表に出せない。そのため一同は本部の空き倉庫に集まっている。そして3名の他にもう一人。


「……それで? 守万理は駆除対象『鷺城戮』の造形美にまんまと惚れ込んで、滅殺を自己判断で保留にし、連れ帰ってきたと……守万理、お前は阿呆か?」

「失礼ですが、亞國あぐに司令官……歯の間にゴマが挟まってますよ」

「ああん!? 誰のせいだと思ってやがんだこのボケナス局長が! ボケナス万理マリのせいで歯を磨いてる場合じゃなくなっちまったんだろうが! 失礼だと思ってんなら、わざわざ言うな!」


 今まさに守万理をボケナス呼ばわりしたひっつめ髪の女は、亞國あぐに秘己々ひみこ内閣府ないかくふ高等こうとう秘匿ひとく征正せいせいきょくの司令官である。


「いやぁ、亞國あぐに司令官! その見事な口のお悪さで、もっと言ってやってください。守万理さんをボロクソに言えるのは、亞國あぐに司令官ただお一人ですから!」


 咢は嬉しそうに言った。その満面の笑みが痛々しいほど、未だ両瞼は血だらけだ。


「お前もだよ、咢! 守真理は美形と対峙した途端、無能になるんだ! それを分かっていて、どうしてお前は守万理に言われるがまま、大人しくその駆除対象『鷺城戮』を連れてきてんだ! 私の出した指令は『駆除対象の即刻滅殺』だぞ? ちゃんとめろや役立たず!」

亞國あぐに司令官、さっきから悪口ばっか……」


 守万理も咢も、亞國あぐにの般若の如き形相にたじたじだった。無理もない。守万理は「局長」、咢は「副局長」という立場上、亞國あぐによりも階級は上だが、二人を育てあげたのは他でもない、この亞國あぐに秘己々ひみこという女なのだから。


「ったく、帰って来んのが遅えと思ったら……案の定グッズグズじゃねぇか、アンポンタン!」

「で、でも、でもでも、亞國あぐに司令官、聞いてください。僕はお止めしたんですよ、ちゃんと!」



 ――――――……



 遡ること4時間前。宮城県東天見市、鷺城家のリビングルームにて。


「あっ、守万理さん!」


 相変わらず両瞼を親指で押し上げ続けていたあぎとは、どこからともなく現れた守万理の姿を確認し、ようやく両瞼を降ろした。


「『【閉門】』」


 咢は血だらけになった瞼のことは気にも留めない。いそいそと両眼に目薬をしながら、守万理に歩み寄った。


「お疲れ様です。どうでした? 無事に『鷺城戮』は処分できましたか…………んんっ!?」


 守万理の背後からひょっこりと現れた青年――鷺城戮の姿に、咢は目を丸くした。


「な、な、『鷺城戮』が生きてる……!?」

「はい。鷺城くんを駆除するべきではない、というのが私の判断です」


 衝撃のあまり固まってしまった咢とは対照的に、守万理は堂々と言い放った。ある種の自信すら感じられる守万理の姿は、最早神々しい。


「だ、駄目でしょう……」


 咢は細い声を何とか絞り出した。いくら美形愛好家の守万理とはいえ、ここまで規格外のことをしでかすとは、思ってもみなかった。咢がいつの間にか汗だくになっているというのに、守万理の威風堂々たる姿勢は崩れない。


「鷺城戮は生きている必要があります」

「いや、あの、守真理さん。亞國あぐに司令官、おっしゃってましたよね?」


 恐る恐る咢が言うと、守万理は不思議そうに首を傾げた。


「……何を?」

「『鷺城戮』の参考写真を何度も何度も何度も何度も何度も何度も、あなたに事前にお見せして、おっしゃってましたよね? 『惚れんなよ』って」


「……ぃ、いっ」


(……言ってたーっ!)



 ――――――……



 事の顛末を聞かされた亞國あぐには、やはり怒りを収めることをしなかった。むしろ、咢は火に油を注いでしまったようだ。


「……なぁにが止めただ、咢ぉ……」

「ヒッ!」


 亞國あぐには怒り心頭。すでに観念した守万理は直立不動、屍のように静まり返っている。


「それで……おい、そこの駆除対象」


 亞國あぐには教え子二人に見切りをつけ、今度は鷺城戮に向き直った。唐突に白羽の矢を立てられて、鷺城戮は思わず一歩後ずさる。


「は、はい」

「お前、 “天華寺てんげじ” って知ってるか」

「は、はい……?」

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