魔王は廃業したので、腹心である私たちは失業しました。

水瀬真奈美

腹心たちの日常

魔王様が廃業を宣言してからして二〇〇年。私達、魔王様の腹心である四姉妹は時々謁見するも、魔王様は復活はしないという。そんな健気に復活を待ち続ける彼女たちの日常。


「エクリクスィねーさん起きてください。朝ごはんですよ」

「いーやだ。もう少し寝かせてってば……」


長女のエクリクスィを起こそうとしているのは、四女のアネモスであった。


「おねーちゃん……昨日のシフト……夜勤……だったから」


三女のテッラはそういい、アネモスが起こそうとするのを止めさせた。


「そうそう、ほっておきなさい。それよりも私たちは、冷めてしまう前に食べてしまいしょうか」


次女のネロは、エクリクスィのことよりも、冷たくなるご飯を心配していた。


「そうですけど……生活リズムは崩すと大変ですからね。でも、夜勤なら仕方ないですよね」


今日の朝食はハムエッグにサラダ、トーストとクロワッサンにコーンポタージュがメニューだ。

三人はモグモグと食べている。


「あっ、もうこんな時間だ。私そろそろ出なくちゃ」


お花屋さんで働いているネロの朝は早い。食べ終わると洗面台に向かい髪をポニーテールに結わいている。前髪がしっくりこないのか、念入りに櫛でそろえている。服装は水属性なためか水色のロングスカートに上は、白いブラウスを着用。


「ネロねーちゃん、お弁当忘れないでね」

「ありがとうね、アネモス」

「いえいえい、私は家に居るだけなので」

「アネモスが家に居てくれるから助かるのよ。掃除に洗濯、料理はすべて任せっきりなんだもん。いつもごめんね」


そういうと、妹の頭をナデナデしてあげた。

アネモスは左右違う色のお大きなリボンが特徴のツインテール。姉の影響か、前髪はきちんとそろってお姫様カットだ。一番幼いこともあって、服装もかわいらしいフリルを全面に使用したエプロンドレスを着ている。さらに大好きなくまのぬいぐるみの、小さなポーチを肩から下げて満足げだ。天真爛漫な笑顔が特徴の彼女の属性は風。


「ごちそさま……今日もおいしかったわ……アネモス」


三女は、食べ終わると食器を台所に片づけた。

一番目立たないのはこの三女であるテッラだ。髪の毛は伸び放題で腰の近くまであるが、艶々でお手入れを怠っているようには見えない。伸び放題なのは前も一緒で、顔の左半分が髪の毛で隠れている。服装も地味で黄土色のシャツにデニム地のプリーツスカートを履いている。属性は土。


「じゃあ……私……こもるから……」


職業は小説家のため、一日のほとんどを自室で過ごしている。小説を書くときのみ眼鏡を着用して部屋を出るのは、ご飯のある時のみの状態と不健康極まりない生活だ。


「さてと、私は洗濯をしますか」


そういいアネモスは、たらいをもって井戸へと向かう。

風の力を使い水を井戸から吸い上げると盥へそそぐ、風で洗濯物をうまく扱いながら、洗濯板に押し当てて洗う。後は脱水をするだけ。

きれいになった洗濯物を干し終えると、長女であるエクリクスィが起きてきた。


「ねーちゃん、やっと起きてきたのですね」

「ふぁい、今日も夜勤だからね。しっかり寝ておかないとさ」


エクリクスィは酒場でウェイトレスの仕事をしている。炎属性らしく肩まである赤い髪の色をしており、服装はまだパジャマのままで、寝ぼけているのか寝癖がひどい。


「おねーちゃん、寝癖がひどいよ。直してらっしゃい。その間にご飯用意しておくね」

「おう、すまんね。アネモス」


洗面所で寝癖を櫛で必死に直している姉を見ながら、遅い朝食の準備を進めた。

寝癖を直して着替えたエクリクスィは、年のころなら二〇歳中盤のきれいなお姉さんといったところだろう。革地のツーピースでヘソ出しルック。淵にファーが付いているちょっと派手めな服装だ。

冷めたコーンポタージュは、炎の力を使い皿ごと温める。

朝食を食べていると、珍しくテッラが部屋から出てきた。


「あら……おねーちゃん……起きてらしたのね」

「おはようテッラ。小説は順調かい」

「はい……書き終えたので……出版社へ……納品に行こうかと」

「おう、順調ならならよろしい」

「テッラねーちゃん、私も一緒に行っていいかな、晩御飯の買い出しもしたいし」

「……いいよ……一緒に……出ましょうか」


テッラはちょっと考えて答えを出した。テッラと二人でお出かけるするのは珍しく、アネモスはうれしくてたまらない。お財布をくまのポシェットにしまうと、洗面所で念入りに前髪をそろえている。姉の真似事だったりする。真反対にテッラは服装はおろか、髪形も気にしない。


「ねーちゃん行ってきまーす」

「おねーちゃん……行って……きますね」

「おう、気を付けてな、留守は私に任せとけ!」


二人は家を後にした。アネモスはウキウキでたまらない。いつも部屋にこもっているテッラと一緒に出掛けられるからだ。ふとテッラがいつもはかけていない眼鏡をしているのに気づく。


「ねーちゃん今日は眼鏡して出かけるの?」

「人気作家……だからカモフラージュ……うそ……校正の時に……ないと困るからよ」

「そっそうなんだね、えっへへへへ」


テッラねーちゃんがうそを言うなんて、珍しいこともあると思うアネモスであった。

しばらく歩くと市場へ行くテッラとは、ここでお別れに。


「今日は……校正で……ご飯いらなくなるかも……だから気にしないで」

「わかった。今日はシチューにするつもりだから、お夜食にでも食べてね」

「うん……ありがとう……」


そういい二人は別れた。

市場に着いたアネモスは人ごみの中で、いつもの店をちょこまかと回る。


「アネモスちゃん今日は鶏肉が安いよ。買っていくかい」


肉屋のおばちゃんが声をかけてくれた。シチューにはちょうどいいですねと思い、いいただくことにした。

あとは小麦粉に牛乳、人参と玉ネギはあるから、ジャガイモだけ仕入れるだけで今日の買い物は終了。

思いのほか早く終わったので、ネロねーちゃんのお店に立ち寄ることにした。

ネロは水属性を活かして、お花見水をあげていた。それはまるで水芸の様である。


「ネロちゃんが水をあげると、元気に育つから助かる」

「店長ったらもう」

「いや嘘じゃないさ、本当なんだから……あら、ネロちゃんの妹さんじゃないの?」

「やっほー、ねーちゃん来たよ」

「アネモスお買い物?」

「うん、店長さんこんにちは」

「はい、こんにちはアネモスちゃん。今日も元気だね」


店長さんは街でもモテモテのいい男トップクラスだ。もちんネロねーちゃんも美人だから、二人を目当てで来るお客さんがほとんどで、いつも繁盛している。


「そうだ。よかったらこれをテッラさんに渡してくれないかな」

そういうと花束を一つ作って渡してくれた。店長さんはテッラねーちゃんの小説の大ファンなのだ。

「はぁーい、店長さんからって渡しておきますね。今日ねーちゃん出版社に行ったので、新作もうすぐ出ますよ」

「本当かい? それは楽しみだな。発売したら早速読ませてもらうよ」


店長さんは目を輝かせて、本の発売を楽しみにしているようだ。

店長さんから預かった花束を持って、ネロねーちゃんの働くお花屋さんを過ぎて市場を後にする。


「ただいまー」


家に着くと、エクリクスィねーさんは水晶玉を使って、魔王様の様子をご覧になっていた。


「ねーちゃん、魔王様を見ているのですか?」

「早かったね。そうなんだ、魔王様の復活の兆しが見えたから、もしかしてと思ったら人間の国を一つに領に収めたようだ」

「ってことは、私たちも出番に!?」

「なさそうだ。その後で人間を仲間にしたみたいだ……」

「そんなぁ、私たちはどうなるのかなぁ?」

「安心しろ、私たちの魔王様だ! きっと必要になったときは、必ず私たちを呼ぶ!!」


そういうとエクリクスィは、不安そうなアネモスに抱き着き頭をなでてくれた。耐えられなくなったアネモスは大泣きをしてしまった。そのままエクリクスィになでられて、ソファの上で安心したアネモスは寝てしまった。

いつも元気な子ではあったが、いつか魔王様のためにと、頑張りすぎてしまったようだ。エクリクスィは、アネモスを抱きかかえるとベッドに寝かしてあげた。



─ - ─ - ─ - ─ - ─ - ─ - ─ - ─



いつの間にか寝てしまったアネモスは、ベッドの上に居た。

ロビーがいつもよりも騒がしいのに気づくと、部屋の中も外も暗闇に包まれていた。

涙を拭くと、ゆっくりとドアを開ける。するとテーブルを囲んでみんな揃っているではないか。


「あれ、エクリクスィねーちゃん夜勤のはずじゃ。テッラねーちゃんも今日は校正で遅くなるって言っていたのに……」


「「「ハッピーバースデー、アネモス!」」」


──パンパーン。


お祝いの言葉とともにクラッカーの音がこだまする。

テーブルには、ケーキやチキンの丸焼きにシチューやパンなどが並んでいた。


「みんな起きてくるのを待ってたんだよ」

「私のために……」


アネモスは涙をこぼして、またぽろぽろと泣き出してしまうが笑顔だった。こんなにうれしいことはない。


「みんな、私の誕生日覚えてくれてたんだ」

「そうだぜ、うちら四姉妹じゃないか」

「当り前じゃなくて。大切な家族だのも」

「そう……だから校正……すぐに終わらせてきたの」

「みんなありがとう」


こうして魔王の腹心達、四姉妹の暖かい日常は平和に過ぎていくのであった。

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魔王は廃業したので、腹心である私たちは失業しました。 水瀬真奈美 @marietanyoiko

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