【短編】クラス転移の結果予想だにしない形で独裁者が爆誕した話

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【短編】クラス転移の結果予想だにしない形で独裁者が爆誕したした話




「えーと、モトフミ・アオエ? あなたのことを廃棄させてもらいます」

「な、何を言ってるんですか……?」




 戸惑った反応を返すモトフミ・アオエ。

 言っている意味を飲み込めていないようだ。




 今先程、私―――この世界で最も人口の多い国を統べる女神・リウは、異世界―――あちらで言うチキュウ・ニホンという国―――からの、二十人ほどの若い男女たち―――あちらで言うコウトウガッコウに所属するクラスというグループ―――の召喚に成功した。

 



 千年ぶりに蘇ったとされる魔王軍から、我が国を守るための勇者として、彼らを召喚したのだ。




 ただし、ただ一人の例外にはここでこの世から去ってもらう。

 目の前の、モトフミ・アオエには。




「鑑定の結果、貴方は一人だけ、Fランクという何のスキルも能力もないクラスだとわかりました。貴方のような人物は、強力なスキルや能力のある他の勇者たちの足を引っ張りかねません。国民にも示しがつかないため、今から転移魔法により、あなたを強豪モンスターの跋扈する遺跡へ廃棄させていただきます。今までそこに入ったどのような冒険者にも、生きて出た者はいませんので、希望などは持たないように」



 足を引っ張る、というのは、間違いではないがほぼ口実。

 転移者への心理的支配が、本来の目的の一つ。

 一人の無能者を選んで殺すことで、彼らの命は私の手中にある、という意識を持たせられる。





「た……助けてくれ!! みんな!! 廃棄なんて嫌だ!!!」


「そんなこと言ってもな……」

「俺には関係ないし……」

「そもそもクラスでもあんまり仲良くなかったじゃん……」


「そ、そんな……」




 彼を廃棄するもう一つの目的は、一人の無能を殺すことで、他の者たちに「自分は彼らよりマシだ」という意識を持たせるためだ。

 アメとムチを同時に与える、支配術の基本。

 さっそくモトフミ・アオエ以外の若者たちは、共にこの世界へ召喚されたものながら、彼を「自分とは違う愚か者」として除け者扱いしている。

 タカハシの表情が徐々に絶望に染まっていくさまが滑稽で、思わず吹き出してしまいそうになる。




「ちょっと待ってください!!」




 だが、そういう支配術を駆使しても、反旗を翻す者が一定数いるようだ。




 凛とした声だった。

 普段から、不正を許さない、堅物な女性なのだろう。

 不快な気分を隠して、私は声の主の、黒い長髪と美貌が特徴的な少女を見つめた。

 彼女の名前は、そう……マオ・ヒガシザワだ。



「いくら無力だからって、彼を廃棄だなんてあんまりです!!!」

「そんなこと言われても、結果は結果ですからねェ」



 彼女の発言を、私は鼻で笑った。

 権力者の私が廃棄しようとしている状況下で、そんな人道主義に何の意味があるのか。



「みんなも、こんなこと間違っているとは思わないの!?」




 私が話を聞かないと察したヒガシザワは、生徒たちを説得し始めた。

 負け犬の遠吠えのようで最早哀れだ。




「確かにそうだな……」

「いくらFクラスとはいえひどいぜ……」

「まがりなりにも、同じクラスの仲間だもんね……!」




 愚か者が力もないくせに善人ぶってしゃしゃり出るのは、よくあることだ。




「やっぱりみんなも黙っていられないわよね!!?? あの悪辣な行為に!!!」

「そうだそうだ!!」

「私たちの大事なクラスメイトを廃棄なんて許せないわ!!」




 だがこの状況下で、彼女の言葉などだれも聞くわけがない。





「林君も、あまねちゃんもお願い。彼を助けてあげて。あなたたち文武両道だし、さっきの鑑定でもSSクラスだったじゃない!!」

「東沢さんの頼みとあっちゃあ、引き下がっちゃいられねーな」

「真央ちゃんは、私達の大切な、たーいせつな仲間だもんね!」





 ヒガシザワ自身もSクラスの勇者なので惜しいと言えば惜しいが、仕方ない。







「衛兵の貴方たちも、主君の行為に恥ずかしいとは思わないんですか!?」

「確かにそうだな……」

「ああ、何か大切なことを忘れてた気がするぜ……!!」





 一通り悪あがきをさせたら、ヒガシザワも廃棄してやろう―――






「そこにいるドラゴン!! あなたは飼い主の蛮行に何も思わないの!?」

「グル……グルルルォォォ……………………………………!!!!」







 ………………………………………………………………あれ?














◆  一年後  ◆














………………………………………………………………思ってたのと違う。









 火あぶりの刑を目前に控えた私、女神・リウは、檻の中でそう思った。


「……まぁある意味、魔王軍を倒すっていう本来の目的は達成できたんじゃないか? アンタの国ごと、だけどな」


 牢屋の番人であるモトフミ・アオエに、憐みの言葉を吐かれた。


 一年前のあの日、廃棄するはずだった少年に。




 ここは一年前、私がアオエやヒガシザワたちを異世界召喚した王国の城、その地下にある牢屋。

 私の居城だったはずの城の、牢屋の中。

 この城は、今ではとっくにヒガシザワ―――今では、【総主席】と呼ばれている―――率いる革命勢力に乗っ取られている。

 



 あの直後、衛兵たちやペット兼ガードマンのドラゴンをも洗脳して城を脱出したマオ・ヒガシザワは、山奥へ籠り【解放区】という独自のコミュニティを作ったかと思うと、三カ月後には【解放区】を都市部にまで拡大させ、我が国民の大半を洗脳した。

 やがて残りの九ヶ月で人間族の国々はもちろん、森林の奥深くに隠れて暮らすエルフ族や険しい山々に潜むドワーフ族、そしてついには魔王軍の幹部すらも人心掌握し、魔王を暗殺させて残党だけで傀儡勢力を立てることにも成功した。




 国民が新しき指導者にかしずくようになれば、旧時代の指導者はどうなるか?

 答えはまさに、火を見るより明らかだった。




 我が国を含めたあらゆる国々で革命運動が勃発し、結果他の国の王や大公に同じく私はクーデターにより、旧時代の支配者階級の代表格としてとらえられた。

 クーデターの実行者を魔法で何人殺しても、世界中の、あらゆる種族の民たちが彼女の感情に訴えるスピーチに洗脳されていた以上、数の暴力で私は押し切られるしかなかった。。



 緑の制服を着こんでマオ・ヒガシザワの格言を収録した語録を手に掲げた元国民たちから、私は現在進行形で批判され続けている。

 実際いまこうしている間にも、入り口を通じて地上から彼女のシンパたちが発しているスローガンに紛れて、私への罵詈雑言が繰り返し繰り返し聞えて来る。




 ヒガシザワの人心掌握術は正に巧妙そのものだった。

 自らの肖像、自らの名言を使用した看板やポスターをシンパに作らせ、自らの存在と理念をを何度も繰り返し訴えかける。そうすることで、聞き手が自分の頭で思考する前に自らの思想を相手の脳内に埋め込ませたのだ。




 文化方面の根回しも巧妙だった。彼女の勢力が頭角を現して都市部に進出してからは、あらゆる都市の市街地で彼女を賞賛する歌が連日響き渡ったし、劇場では彼女の革命闘争を称える演劇やバレエが日夜上演された。

 彼女の格言を収録した、赤い表紙が特徴的な本も、連日シンパが宣伝した結果、この世界のあらゆる宗教の聖典をはるかに越えるベストセラーとなった。




 まさにヒガシザワは、私はもちろん、この世界の誰よりも、人心掌握の才能に長けた人物―――独裁者だったのだ。




  私にとって最後の砦だった城も占拠され、味方だった家臣も軒並み洗脳されるか、粛清されるか、極寒の北部地方に送られて死ぬより辛い強制労働の日々を送るかという末路を辿り、私自身の公開処刑が決まった段階になった今。




「そういえばさ……」

 ふと私は、その原因を探ろうとした。





 そして、ヒガシザワが、初めて私に反旗を翻した、一年前のあの日に記憶をさかのぼらせることになった。




「召喚された人数が二十人ってやけに少ないなーって思ってたんだよね。先代が同じことしたときは三十人とかが基本だったのに」

「いや、俺のクラスも元々は三十人くらいいたんだけどね……」

「ならなんで減ったの?」

「うん、退学退学」

「それってもしかして……」

「うん、東沢の陰口言っててそれをシンパの教師に聞かれた」




 …………………………………………やっぱり。

 歴史に語り継がれる大人物というのは幼い頃から傑出していたエピソードを持っているものだが、彼女も例外ではなかったらしい。




「だって退学した生徒、家族ごと引っ越したもんな。シンパが毎日家に嫌がらせするから」

「その頃からんだ、彼女……」

 召喚前から独裁者として完成されていたなら、私にも抵抗しようがない。



(あの日の、具体的にはどの局面でどこでこうなっちゃったのかなー……)

 私は記憶のもう少し奥深くを振り返って、一年前のあの日のどこでヒガシザワが動き出したかに思いを巡らせた。



 ……ん?



「……あのさ、一つ聞いていい?」

「何?」

 私はふと違和感を感じ、自然と目の前のモトフミ・アオエに問いかけていた。





「あなた彼女の何なの?」




 マオ・ヒガシザワが私に反旗を翻したタイミングは、アオエを廃棄する、と言った時。

 彼女たちからすれば強引にこの世界に連れてこられたわけだから、世界に転移させられた時点で、私に反抗してもおかしくなかったはずだ。

 なぜ、彼が廃棄されるタイミングで、私に異を唱えたのか?

 ふと、その点が気になった。

 



「幼馴染で、実はあなたに気があったとか?」

「いや、今の学年で同じクラスになる前は話したこともなかったけど」




 え。

 じゃあ接点ゼロじゃん。




 ……いや、待てよ。




「あなた、転移前はどんな若者だったの」

「文武ルックス、みんな平々凡々。帰宅部で友達もいない、カースト最下位の空気そのものの生徒」

「そんなあなたに、彼女はまず何したの?」

「……始業式終わってからかなー、教室に帰ろうとする俺に【青江君だよね? ちょっと目ェ見せて?】って言われた」




 ……まず弱者との距離を詰めてる……




 そう言えば山奥の【解放区】に籠った直後の彼女とシンパたちは、まず村を追われたダークエルフや、逃亡奴隷の猫娘などの弱者層を取り込んでいたと聞いた。





 ……そっか、あの時彼を庇うことから始めたのも、【弱者の味方】っていうわかりやすいポジションにいる自分を見せて支持を得るためか……






「で、しばらく見つめ合った後【すっごい魅力的な人だね、キミ!】って言われた」





 ……距離を詰めた弱者をまず賞賛してる……!

 ……もう完全に人心掌握術マスターしてる……!!

 ……既に独裁者の片鱗見せてる……!!!




「彼女、生徒会長にもなってるんだけど、俺みたいなやつにも毎日のように【何か困ったことがあったら、私にいつでも言ってね!】って言ってくれたんだよね。で実際に俺が学校の設備のこととかで何か言うと、その日のうちに教師に提言してくれたりして」





 ……下の立場の時は他者の意見積極的に聞いてる……!!!

 





「あとクラスの生徒が部活動の全国大会に出たときは、絶対応援しに行ってた」





 ……現場に出て仲間を応援してる……!!!

 今の二つ、後々になってボディーブローのように効いてくる独裁者の素質だ……




「あと生徒会選挙のときに体育館でスピーチしてるのを見たんだけどさ、内容はよく覚えてないんだけど、涙を流しながら熱弁する彼女の姿だけは印象に残ってたんだよね。聞いてた生徒たちの何人かがすすり泣いてるところも。スピーチが終ったあとはスンって泣き止んでるところも」





 …………洗脳のために自らの感情すらもコントロールしてる…………!!!






「あと、クラスだけのTシャツとかバッジとか作ってたな。生徒みんなで決めたクラスのエンブレムがプリントされた奴」






 ………………集団独自のアイテムで連帯感作ってる………………!!!!






「夏休みには、近くに宿すらない山奥の施設で合宿もやったよ。夕食後は何時間も彼女の格言を復唱したりしたなー」






 ………………世間と隔絶された場所に籠って草の根的に洗脳活動してる………………!!!

 もう独裁者要素のハットトリック(民俗スポーツ用語)じゃん……




「何から何まで独裁者の素質だらけだったわけね、彼女……」

 暴力でしか支配できなかった自分なんか小物中の小物だったことがわかる。

 私が女神じゃなかったら、一秒で洗脳か粛清のどちらかになってるもしれない。

 間接的に私、彼女が元いた世界救ったのでは……?





「……………………………………………………ハハッ」

 自分の駒にしようと思って召喚した若者が、自分をも遥かに凌駕する指導者であったという事実。

 その喜劇のような顛末に、私は自分で自分がおかしくなった。




「まさか自分で召喚した勇者に殺されるだなんて思わなかったなー。飼い犬に手を嚙まれるじゃないけど、自分で滑稽だわ」

「俺だって、自分を廃棄しようとしたアンタのことを憐れむとは思わなかったよ」

「……なに? 憐れんでくれるの?」




 鉄格子にもたれて上目遣いで、皮肉っぽく言った。

 こんな若僧に憐憫を持たれるなんて、女神・リウも落ちたもんだ。




「俺さ、時々思うんだ。あの時アンタに廃棄された方が、いい……って言ったらおかしいけど、こう、もっと面白い人生遅れてたんじゃないかなって」

「……なんだかよくわかんないけど、あなたも彼女の被害者みたいね」




 言っている意味は完全には分からなかったが、ハヤシやアマネのようなヒガシザワの片腕として活躍する将軍・宰相ではなく、安っぽい兵隊服を着たどこにでもいそうな衛兵の彼を見て、私はそれだけ言った。



 なお、彼の鑑定結果であるFクラスが、Fabulous(信じがたい)クラスの略であり、廃棄遺跡に落とすなどの物理的心理的な刺激を与えることで魔王軍すら蹂躙できる勇者と化すチートクラスを意味していたことなど、その時の私は知る由もなかった。




「そう言ってくれるなら、やっぱりアンタをこのままにしとくのは気が引けるな」

 憐れむような口調のまま、アオエは私の頭に手をかざした。



「【スリーピー】」

 そして、状態異常スキルを発動させる呪文を詠唱した。





「……何するの?」

「俺が唯一身に付けてたスキル、暇だったから命中率だけ上げておいたんだ。これでアンタが眠れば、苦しまないように死ねる。東沢たちには、ショックで気絶したって伝えておくよ」

「そんな…………」



 私はアオエの行動に戸惑った。

 眠って意識のない私を火あぶりにしたら、国民からも不満の声が上がるだろう。

 公開で火あぶりを行うのは、みんな私の苦しむ顔を見たがっているからだ。

 密かに私にこんな助けをしたのがバレれば、彼も無事では済まない筈だ。



「あなたに……そんなことされる義り…………………………」




 と、そんなことを思っているうちに、私の意識を強烈な睡魔が襲った。



「義理でやってんじゃねーよ。同じ独裁者に抑圧される人間としての、せめてもの支え合いだ」



 薄れゆく意識の中でその言葉だけを耳に入れた私は、ふと思った。
















 ………………………………………………彼は彼ですごくない?












◆   ◆   ◆





 ふと目覚めたら、ゆりかごの中にいた。


 意識のないまま、業火にあぶられて死んだはずだったのに。


 目が覚めた私は、喋ることも、一人で立つこともできなかった。

 手を確認すると、女神だった頃の半分の大きさもない。


 どうやら今の私は、生れたばかりの赤ん坊のようだ。

 いわゆる転生というやつだろうか。


 しかし、どこの世界の誰に生まれ変わったのだろう?





 私は、白い服を着込んだ中年女性―――おそらく看護士に抱かれていた。


「おめでとうございます、東沢さん!! 元気な女の子ですよ!」

 ……ヒガシザワ……?



 看護士は私の身体を、東沢と呼ばれた三十代ほどの青年の手に抱かせた。

 青年は待ちに待った日がやっと来た、という表情で私を見つめている。

 おそらくは、私の父親。

 


「かわいくて元気な子だな、世界の中心になっても見劣りしないくらいだ! よし、この娘は【真】実の中【央】と書いて真央まおっていう名前にしよう!」

 ………………マオ………………?









 この場合は……………………………………………………………………………………





 ………………………………………………………………好き放題やるターンだよね?



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