映画島の日常

きと

映画島の日常

 とある海に面した国には、映画島えいがじま、と呼ばれる観光地があった。

 名前の通り、その島では映画の撮影が頻繫に行われていた。

 はじまりは、某有名監督がこの島で恋愛映画を撮影したことだ。それまでは、観光地でもない寂れた離島だったが、映画の中の美しい風景が話題を呼んだ。いわゆる聖地巡礼が、盛んに行われるようになるのである。

 聖地巡礼による観光客の増加に目を付けた島民たちが、撮影スタジオなど映画に関わる施設の設立や招致を進めて、今では島全体が、撮影スタジオと化していた。

 何でもない道で、急にアクションシーンの撮影が始まり、観光客はそれを見て、一喜一憂する。

 そんな風景が、映画島の日常だった。


「ふー、やっと着いた」

 青年は、フェリーから降りると、溜まっていた疲れを吐き出すように言った。

 映画監督志望の青年は、1年半のアルバイト代を使って、映画島へとやってきた。

 映画を愛する人間にとっては、この映画島は、あこがれの地だ。

 もちろん、数多くの映画の風景を見ることができるのももちろんだが、島で突然始まる映画の撮影は、間近でプロの技術を見ることができるチャンスだ。青年としては、こちらの方がメインの目的になっている。

 ――まずは、メインストリートへ行ってみるか。

 島の中心のメインストリートは、運が良ければ7回ほど、最低でも2回は撮影がみられると言われるほど、撮影が頻繫ひんぱんに行われる。

 青年は、胸の高鳴りを抑えながら、島を歩いていく。

 その道中で、3回撮影を見ることができたし、有名な俳優とも遭遇した。

 否が応でも、期待が高まる。

 もう少しでメインストリート、というところだった。

「あー、君。少しいいかい?」

 青年は、背後から声をかけられた。無精ぶしょうひげの生えた40代くらいの男だった。

「はい、何でしょうか?」

「実は私、こういうものでね」

 無精ひげの男は、名刺を差し出した。

 名刺には、聞いたことがない会社名と、映画監督、の文字が書かれていた。

「最近、会社をおこして初めての映画を撮影していたんだけど、1人役者が来られなくなってしまってね。良ければ、代役として出てくれないか?」

「ええ!?」

「嫌ならもちろん断ってくれていいんだが……」

「そんな、ぜひやらせて下さい!」

 青年は、無精ひげの男に連れられ、島のメインストリートから少し離れた場所に移動する。

 移動中に説明を聞くと、映画はサスペンス系で、青年は白昼に通り魔に刺される役らしい。

 撮影場所へ着くと、何人ものスタッフが準備をしている。

 映画監督志望としては、最高の勉強だ。

 「よーい、スタート!」

 緊張の中、青年は歩き出す。目の前から、黒い服の男が走ってくる。手には、偽物の包丁。

 そう思っていた。

 青年の脇腹が、異常な熱を持つ。

「あ、…………え…………?」

 青年は、ぐらりと倒れる。

「すごい! あの若い俳優、本当に刺されたみたい!」

「本当だ、見たことない俳優だけど、有名になるだろうね。血糊もリアルだ」

 野次馬の声が聞こえる。

「違う……、こ、れ……ほんも、の……」

 青年の声は、誰にも届かなかった。


 夕方、小型のボートから黒い袋が投げ捨てられる。

「金目の物は、全部取ったな?」

「ああ。でもよ、本当にこんな雑な死体処理でいいのかよ?」

「大丈夫だよ。この光景を見られたとしても、撮影としか思われねぇさ。なんたって……、ここは映画島なんだから」

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映画島の日常 きと @kito72

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