(三)偽装計画?

   §




 華と尊は馬車に乗り帝国想軍へと向かった。

 道中、終始、無言。重たい沈黙が車内を包んでいた。

 尊がずっと何かを考え込んでいたので、華も俯いたままでいた。

 そもそも朝に解雇を言い渡されたばかりである。何事もなかったかのように戻るのは気まずい。


(ううん。何事もなかったどころか、朔夜が捕まったんだ……)


 賀茂朔夜は帝国想軍に捕らえられた。これからは法に則って然るべき処罰が下されることだろう。

 華は両膝の上で拳を握りしめる。


 あっという間に目的地に着いてしまった。

 空気が慌ただしい。それは、禁術師が捕らえられたからに他ならないだろう。

 そんな状況だというのに、尊は、華を己の執務室へと招きいれた。


「……失礼します」


 先に入室した尊は『八重垣』を外して奥の台に置いたところだった。


「座ってくれ」

「はい」


 執務室の右側には応接用の長いすと机。

 華は、言われるままに腰かける。遅れて尊も机をはさんだ向かいに座った。


「単刀直入に言おう。父は……いや、父の先にいる人物は、賀茂朔夜の術中にある可能性が考えられる」

「……え?」

「これはあくまでも、私とくずはの間での仮説だ。賀茂朔夜の目的が神剣だということを踏まえると、帝国想軍へ入り込んで隙を伺おうとしていると考えるのが妥当だ。奴は、目的のために言葉巧みに他人を操る。帝都を嫌って隠居した父がわざわざ現れた理由は、賀茂朔夜による、君を使った帝国想軍に対する攪乱だろう」

「……」


(そんなことがありえるの?)


 とはいえ、ないとも言い切れないのが、朔夜ではある。


「だからこそ君には説明する必要があると考えた。くずはにも許可はもらってきた」


 華は、先ほど朔夜から聞いた話は伏せて尋ねることにした。

 関係性や、くずはであれば能力的にも申し分ない結婚だと考えて、仮定を述べる。


「つまり……土御門家の偉い人に言われて、くずはさんが婚約者になるということですか」

「それはない」

「へ」

「絶対にありえない」


 被せ気味に否定された華はかえって拍子抜けしてしまう。


「……君と同じで、私には親の決めた許嫁がいた。名を藤田みどり。くずはの実の姉だ」

「藤田?」


 一呼吸置いて、華は質問を重ねた。


「くずはさんは、土御門家の方ではなかったのですか」

「土御門にはいくつかの分家がある。その内のひとつ、藤田家に生まれた、髪までも黄金で生まれた能力者がくずはだ。強すぎる力を一族がもてあましたせいで、幼い頃のあいつは座敷牢に閉じ込められていた」


 黄金の双眸は異能の証。

 しかし、髪の毛までが黄金というのは稀も稀なことなのだと、尊は付け加えた。


「みどりは活発な少女だった。そしていつも妹のことを憂いていた。私に、くずはを救い出す相談を持ち掛けた。私は幼さゆえの正義感から計画に乗った……」


 ――そして封印から抜け出たくずはへと襲いかかる妖。

 ――くずはと尊を庇って命を落とした、みどり。

 

「……!」


 想像に余りある話に、華は口元を両手で覆った。


「くずはは元々引っ込み思案な子どもだった。姉の死をきっかけに、まるで姉のような性格に変わった。己自身を交渉材料として土御門家の養女となり、そのまま当主になるくらいには破天荒になった……ならざるを得なかった」


 くずはの言葉が、華の脳裏に蘇る。


『こうやって一緒に出かけられるような妹がほしかっただけなの。お姉ちゃんってこんな感じなのかしらね』


(だから、くずはさんは、わたしのことを妹のように……)


「父は今回、陰陽師二大派閥のひとつである芦屋家の一人娘を私の妻に据えると言ってきた。関西の名家だが、これまでに交流はほとんどない。不自然も不自然だ」


 いろいろなことが腑に落ちて、かえって、華は何も言うことができなかった。 


「君を一条家に戻すのも危険だ。しばらく土御門家に避難してもらおうと考えている。これはくずはからの提案だ」


 それでも。


「一条さま。一条さまは、それでいいのですか?」


 華は、まっすぐに尊を見据えた。


「どういう意味だ?」

「もしお父さまが朔夜に踊らされているのだとしても、言いたいことを言えないままでいれば、一生後悔すると思います。わたしは……そうでした」


 父である仁志ひとしに対して、鍛冶師になりたいという想いをきちんと伝えることができなかった。

 華は、過去と少しずれた世界ではっきりと口にすることができて、己の心残りのひとつだったということを、はっきりと自覚した。


「これは好機です。一条さまがお父さまに、ご自身の想いを伝えるという」

「……」


(よその家の事情に首を突っ込むべきでないのは分かっているけれど……。あの人の態度を見ていたら分かる。一条さまとお父さまはたぶん、ちゃんと腰を据えて話をしていない)


 かつての自分が、そうだったように。


 だからこそ華は引かなかった。

 すると、尊ががっと前髪をかきあげて天井を仰いだ。


「ははははは!」


 突然の爆笑に、華はびくっと肩を震わせる。


「……え?」

「そうだな。君の言うことには一理ある」


 先ほどまでの陰鬱さを吹き飛ばすような笑いだった。

 事実、尊の口元には、華の見たことがないような笑みが浮かんでいる。


「目が覚めた、というか、覚悟ができた」

「そ、それならよかったです」


 華はようやく胸を撫でおろした。


「君のおかげだ。ひとつ頼みがあるのだが、聞いてくれるか」

「わたしでできることなら何なりと」


 すると、尊は華に向かい合った。

 まっすぐに華を見据えて、告げる。


「この一件が落ち着いたら、父へ、婚約者として君を紹介したい」

「……はい?」


(はい?)


 尊は何を言い出したというのか。

 華は疑問符でいっぱいになったが、すぐに己を納得させる。


(あぁ、なるほど。港町へ行ったときみたく、婚約を偽装して、お父さまを安心させつつ、新たな婚約を結ぶことを阻止するという計画か……)


 というか、納得せざるを得なかった。

 自分が尊と婚約するなんて青天の霹靂。釣り合わないどころの話ではない。

 しかも先刻、尊は誰とも結婚するつもりはないと発言したばかりなのだ。


「分かりました。わたしでよければ、精一杯、婚約者を演じさせていただきます!」


 尊が戸惑いの眼差しを向けてくる。

 演技力が不安なのだろうと思うと、華の闘志に火が点いた。


(がんばらなきゃ。一条さまに満足していただけるような演技をするんだ!)

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