【尊視点】弐

思い出せない

   §




 華がくずはによって流行を学ばされていた頃。

 尊は、休日だというのに、想軍の道場で竹刀稽古に打ち込んでいた。


「次!」


 ぱんっ! ぱんっ!

 小気味のいい、乾いた音が道場に反響する。

 面の下からでもはっきりと分かる、ぎらりと輝く黄金。その気迫に部下たちは気圧されていた。


「いつにもまして恐ろしい……」

「おい、次はお前が行けよ」

「何言ってるんだよ、お前こそ行けって」


「まだまだやれる者はいないのか!」


 部下たちを見下ろす尊の前に、ひらり、と式神符が現れて竹刀に止まった。

 尊は道場の隅へ移動すると、面を外す。


(……任務そっちのけで楽しんでいるようだな)


 右手を式神符へ翳す。それは、くずはからの途中報告だった。


(恐らく、火宮華はだろう)


 現在、それをくずはが見極めてくれている。陰陽師である彼女は対象の本質を見抜く。


(あるいは、本人に気づかれないような部分に、罠を仕込まれているか……だ)


 元々、予想はついていたのだ。

 生きる目的を失い衰弱しきったところから、徐々に回復してきた彼女を見ていれば否応なく分かる。

 彼女はただ巻き込まれ、現在進行形で傷ついているだけのか弱い存在だ。


 現在、尊が追っている男。賀茂朔夜。

 彼が足を踏み入れた禁術の世界には、人心を操る術もある。

 事実として彼は生まれ育った集落全体に術をかけていた。誰もが彼を尊重し、彼の言うことに反対する者はいなかっただろう。

 そして、何も知らない人々の魂を贄として、八岐大蛇は召喚された。

 部下二人も重症を負って、今なお入院中である。


 禁術使いの存在に気づけなかったこと。

 多くの人々が犠牲となったこと。


 尊はそれらの失態を、上層部から強く詰問された。

 通常ならば降格や謹慎処分もありえたところを、賀茂朔夜を捕らえることで汚名をそそぐよう命じられるに留まった。

 処分結果には実家や土御門の根回しもある程度あっただろう。不本意ではあるものの、その分、結果で示せばいい。


 絶対に失敗する訳にはいかない。

 尊は、外からでは決して気づけないような闘志を燃やしていた。


 ……その一方で、凪のように静かな感情もある。

 華が一条家の屋敷へ戻ってきたら、伝えねばならないことがある。

 今日の外出は、その衝撃を少しでも和らげるための緩衝材でもあるのだ。   


(彼女は何と言うだろうか)


 尊はそっと瞼を閉じた。

 初めて出逢ったとき、短い時間のなかでも彼女はよく怒り笑っていたような気がする。

 しかしその笑顔をうまく思い出せない。

 今はただただ、物憂げにしか見えない。

 

(おかしな話だ。普段は、ここまで助けた者を気に留めることはないというのに)


 ――それは、ただの雑念だ。今の自分には必要ない。


 尊は再び、面を深く被り直した。

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