第一幕 『サンドラセバスの結婚』

#3 『サンドラセバスの結婚』


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(燃えさかる屋敷を背景に、物語の幕が上がる。身なりの良い壮年の男は、赤子を抱き祈りを捧げ、やがて兵の一人にその子を託した)


 サンドラセバスは家の途絶えた貴族の娘でした。幼かった彼女は、その時の記憶もないままメノウ家によって拾われ養子となりました。彼女は継母や義姉妹達に虐められ、家の仕事を押しつけられながらも、拾われた恩を返す為に日が昇るよりも前から皆が寝静まる遅くまで、身を粉にして働き続けておりました。


 城下は王子の婚約の話で持ちきり。何でも隣国にいる婚約者を嫌がって、真の伴侶を捜すべく舞踏会を開くのだとか。メノウ家の女達もこぞって着飾り、お城へと出かけていきました。サンドラセバスに留守番と、山のように仕事を押しつけて。彼女は王子の結婚には興味がありませんでしたが、窓から見える大きなお城の、灯された明かりのいつまでも絶えることのない、煌びやかで楽しそうな舞踏会は、想像するたびにため息が零れました。



 そうして仕事に専念していたサンドラセバスでしたが、その日屋敷の煙突の中に挟まって抜け出せずにいた老人を助けました。煤のように真っ黒なローブを纏った彼は魔法使いでした。彼はサンドラセバスの境遇を哀れに思い、助けてくれたお礼にと、杖を振るい家中の道具たちに呼びかけました。

 すると、道具達はひとりでに動き始め、サンドラセバスが家人達に押しつけられた仕事を次々に片付けていきます。

 さらに魔法使いが杖で床を突くと、サンドラセバスの着ていた汚れたエプロンやミトンやキャップや靴が、純白の美しいドレスや手袋や髪飾りや高い踵の靴になりました。みんな彼女が洗ったお皿のようにぴかぴかで、彼女が磨いた床のように曇り一つありません。顔に被った煤は白粉に。そして、彼女がいつも餌を上げている野良猫は馬車に変わりました。みんな、いつも大切にしてくれているサンドラセバスのために、彼女を舞踏会に連れて行ってくれるそうです。


 そうして彼女は舞踏会の開かれているお城の広間へと入りました。遅れてやってきた美しい淑女に、そこに集まっていた女達の誰もが声を出せませんでした。王子は彼女を踊りに誘いました。サンドラセバスはお城の踊りなどはじめてでしたが、魔法のかけられた靴や手袋が彼女を優雅に踊らせてくれました。それは誰よりもお似合いの二人でした。二人のダンスを見ていた他の女性達は、ため息と共に会場を後にし、気がつけば彼女と王子の二人きりになっていました。

 二人は時間を忘れて踊り続けました。

 ふと、あの魔法使いに言われていたことが頭を過りました。

「私はお前が世に希な働き者だから手を貸すのだ。だから家人より後に帰って来てはいけないよ。魔法はその時に解ける。もしその時もまだ舞踏会で遊び惚けているようなら、お前はこの世で最もみすぼらしい姿を王子の前でさらすことになるだろう」

 彼女は大きな声を上げて驚き、慌てて帰ろうとします。その手を、王子が掴みました。


「行かないでおくれ。僕が真に恋した人」

「ああ、そうすることができたらどんなによかったことか。束の間の夢は、私には過ぎた幸せでした。……どうか見ないで下さい。私の本当の姿を見れば、あなたの恋も私の夢も、きっとさめてしまう」

 王子がどうしても手を離してくれなかったので、彼女は身につけていた手袋を残して行きました。そしてその手袋は、やがて魔法が解け煤まみれのミトンに変わってしまっていました。


 サンドラセバスは継母や義姉妹の帰宅には間に合いませんでした。魔法は解け、部屋は再び埃まみれ。彼女は機嫌の悪い義姉妹達に酷くなじられました。

「……やはり私には過ぎた幸せでした」

 片方のミトンは無くしたまま。掌に火傷を負い、煤で真っ黒になりながらも彼女は一生懸命に働きます。

 そんな彼女の元に、ミトンの持ち主を捜して王子がやってきました。


「この煤まみれの下女が、王子様の思い人の筈がありません」

 義妹は王子に言いました。しかしそんな義妹には目もくれず、王子はサンドラセバスに言いました。

「これはあなたのものでしょう、働き者のお嬢さん。あなたは誰よりも美しい。」


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