童貞のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな
月ノみんと
第1話
男にとっての最大の悲劇はなにか。
好きになった女に振り向いてもらえないこと。
好きになった女が別の男に奪われること。
◇
僕が高校生のころ、僕には好きな人がいた。
想像してみてほしい、クラスで一番大人しい子だ。
だけれども彼女の顔は整っていて、制服姿がどこまでも清々しい。
清楚が服を着て歩いているような少女だった。
制服からすらっとのびた長い脚。
透き通るような黒髪。
彼女が水を飲むたびに、僕はその隆起した首筋に見とれて、少し背徳的な気分になった。
横を通ると、水そのもののような、透明感のある香りがした。
彼女は成績も優秀で、先生からの評判もいい真面目な子だった。
きっと両親にも恵まれていて、育ちがいいのだろう。
運動神経もそこそこいい。
だけど、目立たない程度だ。
彼女はあまり目立たない。
成績はいいが、表彰されるほどではない。
クラスの中で、あまり目立っているわけではない。
彼女は寡黙だ。
見たところ、友達もあまり多くはない。
かといって、友達が少なくてクラスで浮いてるというわけでもなかった。
適度に世間話をするあいてには事欠かない。
だけれども、家に招いたりするような深い間柄の友人はいなさそうだ。
彼女は誰にも心を開かないような気がした。
そこがまたいい。
誰のものにもならないような、触れられないような、そんなはかなさをまとった少女だ。
クラスの男子が下品な話を大声でしていると、彼女は静かに教室を出ていくか、黙って本に集中した。
穢れを知らない、無垢な少女なのだと思った。
彼女はきっと、僕らとは違う成分でできているのだろう。
きっと彼女は排泄もしなければ、生涯性交渉もしないだろう。
そう思わせるほど、彼女には清楚な雰囲気があった。
だけれど彼女はこんな僕にも優しくしてくれた。
彼女は遠い世界の住人だと思っていたけれど、僕にも優しく笑いかけてくれる。
僕は彼女のことが本当に大好きだった。
こちらからなにかするというわけではないけれど、毎日彼女を眺めるために学校に行くことができた。
話しかけることはできなかった。
たまに、なにかの拍子に彼女が話しかけてくれるのを待つくらいだ。
卒業式の日、僕はとうとう彼女に告白しようと思っていた。
だって、彼女とはもう会えなくなるのだろうから。
きっと彼女はお金持ちのいい家の子だろうし――もちろん、僕は深い関係ではないので、実際のところどうかは知らないが――成績もいいから、きっといい大学に行くのだろう。
そうすれば、僕のような凡人とはいよいよ接点がなくなる。
彼女の美しい姿を眺めることができるのも、今日で最後だ。
せめて写真でも持っていればと思うが、あいにくそんな機会は訪れなかった。
まして、盗撮なんてもってのほかだ。
僕はそんな人間じゃないぞ。
かといって、写真をくれなんて気持ち悪いだろうし、言えない。
修学旅行に行ったとき、番号を指定して写真を買うことができた。
だけれど、僕は自分が映っている写真しか買わなかった。
写真の番号は好きに書くことができたが、先生にバレたり、親にバレたりするのが怖かった。
そして写真屋にも知られるだろうから、恥ずかしかった。
僕はそのことを少し後悔している。
あのとき恥を忍んで、彼女の映っている写真をいくつか買っておくべきだったのだ。
実際、好きな女子の写真をこっそり買っていた男子は大勢いた。
ていうか、堂々と買って、女子にきもーいとか言われてたりするやつらもいた。
そいつらが心底うらやましい。
僕も彼らのように、どうどうとできればよかったのにな……。
もちろん、僕には代わりに写真を手に入れてくれそうな友人もいない。
最後に残された唯一の希望は、卒業写真だ。
今日卒業してしまったら、僕が彼女に会えるのは、もはや卒業写真の中だけということになる。
おっとまった、まだ告白がまだじゃないか。
もしなにかの間違いで、この告白が成功すれば、僕はまだ彼女といっしょにいられる。
なんとか彼女の連絡先をゲットするんだ。
僕はドキドキしていた。
なんとか彼女が一人になるまで待とう。
呼び出したりなんてことはしない。
まず人前で彼女に話しかけるなんてできないし、手紙を入れるのはなんだかストーカーみたいでキモイ気がした。
それに、待ち合わせの約束をしてしまったら、万が一怖気づいてしまって僕が告白をやめにしたいと思ったときに、彼女が待ちぼうけをくらってしまう。
なので、彼女がどこかで一人になったタイミングで話しかけようと思っていた。
一か八かだ。
そもそも無事に話しかけることができるのかすらわからない。
僕は卒業式の間じゅう、彼女の姿を目で追っていた。
まあ、卒業式に限らず、僕はいつも彼女を目で追っていたんだけれど。
暇さえあれば僕は彼女を目で追ってしまうので、授業に集中できずにテストで赤点をとったくらいだ。
授業中は彼女のことが見えなくなる目薬でもあればいいのに。
もしくは僕が透明人間になって、もっと間近で彼女のことを見たい。
彼女のことをずっと目で追っていると、卒業式のあと、彼女が校舎裏に行くのが見えた。
ようやく人気のないところに行きそうだぞ。
僕は彼女のあとをついていった。
すると、なんと彼女には先約があったようだ。
なにやら、他の男子生徒と会話をはじめた。
彼女が男子と会話をするなんて、珍しいこともあるものだ。
もしかして、僕と同じ考えのやつがいたのかもしれないな。
きっと、あの男子に呼び出されて、今から告白されるんだろうな。
そう思って、僕は物陰に隠れて様子を見ていた。
すると、なんとあろうことか、彼女はその男子生徒とキスをしたのだ。
あたまがまっしろになった。
どういうことなんだ……?
しかも、今度は彼女は男子生徒のズボンを降ろし、口で奉仕しはじめたではないか。
わけがわからない。
これは本当に現実のことなんだろうか……?
もしかして二人は付き合っていたのか……?
いやいやそんな馬鹿な。
彼女に限ってそんなことがあっていいはずがない。
だって、彼女が男子生徒と話しているところなんてほとんど見たことないぞ。
それに、彼女があんな男子生徒を好きだなんて思えない。
きっとなにか脅されているんだ。
そうに違いない。
そもそも、高校生って、付き合ったりなんかするものなのか?
それに、付き合っていたとして、性行為をするものか?
そんなのは、エロマンガの中だけのファンタジーじゃないのか?
だって、僕の周りの男子で、女子と付き合ったりなんて話はとんときかなかったし、そんなのは物語の中だけのことだと思っていた。
普通の人間は、大人になるまで恋愛はしないものかと思っていた。
だって、法律で禁止されているんじゃないのか?
未成年の不純異性交遊なんて……。
それに、女子と話をするだけで、他の男子からからかわれたりするし……。
女子と話したりするのは、ほんとうにごく一部のヤンキーだけだと思っていた。
実際、クラスで男女で仲良くしているのなんて、ヤンキーくらいだった。
さっきまで、僕はあまりにものことに、わけがわからなくなって、よく見ていなかったけど、男子生徒の顔をよく見ると、僕の知っている人物だった。
彼は、同じクラスの男子だ。
しかも、僕のことをよく虐めていたやつだ。
バスケ部だったかサッカー部だったか、野球部だったか、興味がないから知らないが、とにかくそういういけ好かない連中だ。
目つきが悪くて、いかにも育ちが悪そうな感じだ。
やつはいたずら好きな悪で、よくバイクで登校してきたり、万引きをして停学になったりしていた。
悪いやつ悪いやつ悪いやつ。
なんでそんな奴が彼女と……?
きっと脅されているに違いないんだ!
だけれど、僕のその願望は願望のままだった。
彼らの話を物陰からよくきいていると、どう見ても恋人だ。
彼女はずっと、彼のものだったのだ。
僕は悔しくて涙が止まらない。
僕のほうが先に好きだったのに……!
なんでだ!
なんで奴なんだ……!
あいつは僕より意地悪で、成績も悪いし、嫌な奴だ。
なのになんでなんだ……!
悔しくて悔しくて、僕は死んでしまいそうだ。
やっとの思いで僕は告白しようと思っていたのに、僕は告白すらしないまま、振られてしまった。
僕の気持ちはどうすればいいんだよ。
あいつは性格も最悪で、評判最悪なのに!
なんでなんでなんで……!
しかもあいつはきいたところによると、底辺Fラン大学に進学するらしい。
あんなやつを選ぶくらいなら、僕を選べばいいのに……!
僕は意気消沈、真っ白になって、その場から動けずにいた。
しばらくながめていると、彼女はなんと、その場で上着をはだけて、胸をあらわにしたのだった。
僕はそれを見てしまった。
彼女はその小さめの胸で、男子生徒に奉仕している。
なんてことを……。
なんであんなやつに、そんな汚らわしいことを。
僕は見ていられなかった。
こんな現実、耐えられない。
だけど不覚にも僕は、最大限に勃起していた。
僕はその場で、物陰に隠れながら自分をなぐさめた。
自分の手に出したそれを握りしめて、僕は最低だと思った。
僕は逃げるようにしてその場を去った。
あとで、先ほどの男子生徒が歩いているのを見かけて、僕は居ても立っても居られなくなり、話しかけた。
「ねえ、君は、三枝さんと付き合ってるのかい?」
「あん? あー、もしかしてお前も噂きいたのかー。まあ、そうだな。付き合ってるっていうか、向こうが一方的に俺のこと好きなんだよねw。俺はどうでもいいんだけど、まあセフレってとこかな」
「驚いたよ……彼女は誰とも付き合っていないと思っていたのに」
「まあ、俺が他の男とは話すなっていってるからなw。てか、なに? お前もあいつのこと好きなの? なんかあいつ、お前みたいな陰キャに人気あるんだよなーw。あいつはキモイから陰キャは嫌いらしいけどw。てか、お前もよかったらアイツの動画買う?」
「動画……?」
「あいつのハメどりだよ。俺、とってんの。んで、お前みたいな陰キャとか、他の男子に売ってやってんの。俺いいやつだろ?w慈善事業ってやつ? あいつ、見た目はいいから人気でさぁ。いいおかずになってるみたいで、俺もいい小遣いになってんだよね。あ、あいつには内緒な。ぜってー怒るからwけっこういい乳してるぞ? それに、フェラが最高なんだよなー」
僕は心底煮えたぎり、沸騰しそうだった。
こいつを殺してやりたい。
そう思った。
別に、自分が彼女に選ばれないことはいいのだ。
それは仕方のないことだ。
僕には魅力がないのだろうし、そもそも僕はアプローチをしていない。
だけれど、最大のショックなのは、こんなふうにハメどりを売ったり、フェラがどうとか他人に言いふらしたりするようなクソ野郎を、彼女が選んだという事実なのだ。
なんて浅はかな……なんて愚かな選択なのだ……。
彼は決して、イケメンではないし、賢くもなければ、ユーモアも愛情もない――ただ、周りより少し声と顔と態度と身体がでかくて、押しの強い迷惑な害獣。
こんな性格の悪い下品な男を、なぜ選ぶ?
性格の悪い男がモテる世界なのだろうか。
僕は彼女に失望し、恋愛という幻想に絶望し、女を嫌いになった。
◇
男にとっての最大の悲劇はなにか。
好きになった女に振り向いてもらえないこと。
好きになった女が別の男に奪われること。
男にとっての最大の不幸とは、女性を勘違いしてしまうことだ。
男は最初、女性を女神だと考える。
しかし、彼女らは女神ではなく、等身大の一人の人間なのだ。
童貞という生き物は、愛する初恋の女を最悪のクソ野郎に奪われて、初めて大人になる。
このとき、俺は精神的に童貞でなくなったのだ。
◇
僕はその場で暴れ狂い、手に持っていたナイフで男を刺した。
そしてそのまま本気で殺してやろうかと思ったが、僕よりも当然向こうのほうが強い。
僕はボコボコにされた。
んで、僕は逮捕された。
僕は同級生の中で、気持ちの悪い犯罪者野郎になってしまった。
だけど、後悔はないんだ。
だって、本当にあいつを殺してやりたかったから。
◇
大人になってから、僕は制服ものや、NTRものでしか抜けなくなった。
僕の性癖は、高校生のころに形作られたのだと思う。
なぜ僕らは制服が好きなのだろうか。
それはあのころを思い出すからなのだろうか。
触れたくても触れられなかった、あの美しい少女たちを。
もはや僕は、彼女が好きだったのか、制服が好きだったのかもわからない。
彼女の顔や声、しぐさも思い出せないようになっていた。
僕が制服少女を見て自慰をするのは、ある種制服の女に対する復讐なのかもしれない。
僕の純情を踏みにじった、少女への復讐。
自慰のおかずにするというのは、性的搾取、魂の殺人だ。
自慰をしたくなるのはどんなときか。
それはなにかを傷つけたくなったときだ。
自分の精液を制服に吐き出すことで、僕はあの透明な少女を傷つけ、復讐しようとしているのではないか。
大人になった今、そんなことを思うのだ。
また、自慰は偶像の中の女性というものを無差別に傷つける行為でありながら、自傷行為でもあると思う。
自慰をするたび、僕はひどい自己嫌悪に襲われる。
それは多くの男性も同じではないだろうか。
事後のあのけだるい嫌悪感を味わって、僕はもう二度と射精などするまいと、毎回思うのだ。
ポルノ動画の中では、制服の無垢な少女が、無残にもレイプされ汚されていくというシーンが繰り返し描かれる。
僕はそれを見て、嫌な気持ちになりながらオナニーする。
僕はその透明な少女を守れなかったのだと、自己嫌悪に浸る。
大切に守ってあげたかったけがれなき少女が汚されていく、その姿を見ると、僕のなかでただならぬ背徳感、自虐的な興奮と快感が巻き起こるのだ。
バタイユ曰く、禁止は侵犯されるために存在している。
ポルノの中では、感じる女たちが描かれる。
映像の中で女たちは、身体をくねらせ、大声であえぎ、失神するかというほどイキ狂う。
しかし、男というのはペニスをしごいただけではそれほどまでの快感を感じることのできない生き物である。
僕は自慰をするたび、自分は女ほど感じることのできない、劣等種――男であると嫌ほど認識させられる。
僕らはどこか、映像の中で感じる女性を羨ましく思っているのだ。
ポルノを見て、感じる女を見て、僕らは感じることのできな敗北者であるというのをまざまざと痛感させられる。
感じない自分を痛めつけたい、これこそがオナニーをする理由である。
すべての自慰は自虐行為、自傷行為である。
自傷行為ほど甘美な快楽はない。
人間はなにかと自分をあわれんで、自虐に浸りたがる。
それは、自虐は快楽であるからだ。
僕がNTRで抜くのも同様の理由なのだろう。
NTRで抜くのは、ひどく自虐的な気分になる。
しかし、自虐は快楽だ。
これらの思想は、森岡 正博氏の「感じない男」という本を読んで考えたことだ。
男たちがなぜ制服に惹かれるのか、さらに詳しく書かれているので、興味があれば読んでみるといい。
◇
大人になってから、ある日僕は街中で、大人になった彼女を見かけた。
彼女は、別の男性を連れて歩いていた。
僕にはわからない。
なぜあそこまで深い関係になった相手を忘れて、他の相手と幸せそうにできるのだろう。
僕は運命の人を信じている。
一度愛した人は、最後まで愛さなければという考えがある。
だから、もし付き合うのなら、慎重に。
そういう思いできたから、僕は30代にして、まだ一度も付き合ったことがない。
もし付き合うのなら、結婚を前提に。
だって、そうじゃないと意味がなくないか?
結婚しないのなら、なんで付き合うのかわからない。
付き合うっていうのは結婚のためのお試しなんじゃないのか?
一度他の女性を愛してしまったら、他の女性を愛するのは不誠実だと思ってしまう。
だから、僕はセックスを一度もしたことがない。
もし僕がセックスをするのなら、その相手は結婚する相手と決めている。
離婚をする人たちもよくわからない。
離婚をするということは、運命の相手ではなかったということだ。
運命の相手意外と結婚をするなんて、運命の相手とほんとに出会ったときに、不誠実になってしまう。
だから僕は慎重なんだ。
そして僕は相手にもそれを求める。
運命の相手は、きっと処女なはずだ。
だって、運命の相手だから。
その人に出会うまで、僕は一人でいい。
だけど、その出会いはまだこない。
一度付き合ったことがあるのに、一度セックスしたことがあるのに、他の相手を愛することができる、その感覚は僕にはわからない。
じゃあ、最初の愛は嘘だったってことになるじゃないか。
愛は永遠だ。
それが本物の愛ならば。
みんなもっとよく考えて恋愛するべきなんだよ。
僕は彼女に話しかけた。
「僕のことを覚えていないだろうか」
「いえ、どなたかしら」
僕は高校のころの名前を名乗った。
今は犯罪歴があって、地元で暮らしにくいので、普段は名前を変えている。
「そういえば、そんな人がいたかも……。ごめんなさい、よく覚えていないわ」
「君の彼氏を刺した男だ」
「ごめんなさい、なんのことだか」
彼女はなにか不気味なものを見る目で僕をみた。
彼女にとっては、あの男子生徒のことさえも記憶の彼方なのだ。
「ほんとうに覚えていないのか? 君は小山田と付き合っていたはずだ」
「そういえば、そうだったかしらね……」
「あれほど君たちは深い関係だったのに?」
すると彼女は言った。
「乙女心とは、健忘症のことだから」
◇
僕はこのことを意外なエピソードとして、バーのマスターに語った。
マスターは言っていた。
「付き合ってる男が嫌いになるとそれまでの女は死ぬんだよ。次に別の男ができたときには、中身は別の女になっているんだ」
僕には到底理解の及ばぬ世界だった。
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童貞のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな 月ノみんと @MintoTsukino
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