第8話 テストの点数より大切なこと

 テストの点よりも何よりも大切なことは、学習内容が子供たちの頭に間違いなく入っていくことだという考えの基に、テストの内容を全部教えてしまうという大胆なことまで試みてみた。


「きょうは、皆に来週やるテストの答えを全部教えてしまおうかなー。だから、耳をかっぽじってよく聞いておいた方がいいよ。」


「テストの答えを全部教えてくれる?・・・・・・・。」

 全員が信じられないという顔をした。


「この先生、ちょっと狂っているんじゃないか?」とでも言いたそうである。沙織は笑いそうになるのを堪えながら続けた。


 どの子もテストの答えを知りたいに決まっている。この日ほどクラス中がシーンとして全員が勉強に集中した日はなかった。


 そして、肝心な学習内容はというと、集中力のお陰で、残らずしっかりと一人一人の頭の中に入っていったから嬉しい。


 新しく覚えた漢字も、漢字ドリルをするだけでは覚えが浅い。テストの後には忘れてしまいそうだ。


 沙織は退屈なドリルの代わりに、クラス全員を学校の図書館に連れ出した。


 図書館にある本を片っ端から調べて、今習ったばかりの漢字を探して来るよう生徒たちに命じた。


 沢山出ている漢字の中から目指す漢字を見つけ出すには、まず漢字の形が完全に掴めていないと無理である。よく似たような漢字もあるからだ。


「誰が一番早く今日習った新しい漢字を全部見つけてくるかな?さぁ、競争開始!」


 子供たちはワーっと広がった。


「ウ冠があって、その下に八を書いて・・・それからカタカナのエをつけて・・・」


 などと呟いては、皆新しい漢字のリストを見ながらそれぞれの形を一度に覚えようと必死で努力している。


 それを見た沙織は、再び、


「しめしめ、大成功!」

 と微笑んでいた。


 沙織は、このように効果があると信じることを子供たち相手にどんどん実行して行った。


日本に戻った時のことを心配する教育熱心な日本人の親たちは子供を日本人補習校に送るだけでは十分でなく、ほとんどの親が日本から来る通信教育の教材も可能な限り自宅に取り寄せて、家で子供たちに追加の勉強をさせていた。中には日本人補習校に先立って予習をさせている家庭もあった。


 そのせいか、それらと同じ教材を前に授業を始めると、何人かの子供たちが口を揃えて、

「それもう通信教育でやったよ」とつまらなそうな声を出した。そのため、当然授業にも乗って来ない。


 そこで、トンプソン先生は、そういった見飽きている教科書の話に一つ一つ挿絵を付けて紙芝居の形にして見せることにした。すると、同じ内容でも新鮮さが加わったようだった。次はどんな絵が飛び出すかと彼らの表情が輝き始めたからたまらない。


 もともと絵画が得意だった沙織には、教科書全部を紙芝居にするという時間のかかる作業も結構楽しいものとなっていった。


 このように、次から次へと奇抜なアイディアを思いついて実行することで思わぬ効果を生み出し、沙織は次第に教師としての喜びを感じるようになっていた。


To be continued.

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