第7話

 全員が百点?


 日本人補習校でテストをする度に、沙織はまたもう一つの現象に気が付いていた。


それは子供たちが自分のテストの点をひじょうに恥じていて、他の子供たちに見られては恥ずかしいとばかりにテスト用紙をクシャクシャにして必死で点数の部分を隠し合っていることだった。


そんな風にテストの点ばかりを気にしている子供が伸びる筈がない。


 そこで、沙織はしばらくテストの点数をつけるのをやめることにした。子供たちの間違いのほとんどは単なる勘違いに過ぎないことに沙織は目を付けたのだった。


 自分自身が子供だった頃、テストの質問に何回も同じような勘違いをして悔しく思ったことを思い出していた。


「あの時もしも私の先生がセカンドチャンスをくれていたらどんなに嬉しかったことだろう?よし、自分の教え子には、その夢のようなセカンドチャンスを与えてやろう!」


 答えが当たっているところにマルをつけるだけで、間違っているところはただそのままにしてバツをつけないばかりでなく、テストの点数さえもつけずに子供たちの手元に返して反応を見ることにした。


 何もついていないテスト用紙を見た子供たちは、おっちょこちょいで有名なトンプソン先生がつけ忘れたとでも思ったのか、皆して、


「先生、先生!」

 と大騒ぎ。


 沙織は、

「待ってました!」

 とばかりに対応。


「先生は点数をつけるのを忘れたのではないよ。全員に百点をあげたいから、君たちが自分の間違いに気付くのを待っているだけだよ。みんな目を見開いて、マルのついていないところをよーく見てご覧。何かがおかしい筈だよ」


「あ、引き算なのに足し算していた!」

「あ、問題を勘違いしていたからだ!」


 ほとんどの子供たちが自分で自分の間違いに気付き始めた。


 作戦成功!


 そこで、二度目にちゃんと正しい答えを持ってやって来た子供には大きな二重マルをつけて、全部正しく直して来た子にはトップに大きく「100点」と書いてやった。

 子供たちの喜んだことといったらなかった。特に今まで一度たりとも百点など取ったこともなかった子が初めて百点をもらったときの喜びの笑顔は格別だった。


 子供たちは賢い。親には何度もやり直しをしてやっと取った百点であったなどとは言わない。


「お父さんが百点はすごいって言って寿司屋に連れて行ってくれたよ!」


 翌週、得意そうに胸を張って報告をしてくる子を見て、トンプソン先生は、 

「これが少しでもやる気の基になってくれればいい」

 と心より願うのだった。


 全員が、時期こそはそれぞれにずれていても、最終的には必ず百点を取れるようになったのだから、もうテスト用紙をクシャクシャにして隠す必要もなくなっていた。


「100点」と大きく書かれたテスト用紙を、堂々と机の上に広げられるようになった子供たちの表情は明るい。


 沙織が、

「日本の文部省に提案してみようか」 

 と真剣に考えたぐらい、これはかなり効果のあるやり方だった。


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