第6話 ミルクたらし
男の子を育てたことのなかった沙織にとって、男の子の問題はもうちょっと難を要した。
猿のように飛び回る男の子の襟口を引っつかんで校長室に連れて行こうとして反対にこっちが吹っ飛ばされた。
その上、腕を振り回し続けていたもう一人の男の子は、先生の言うことに全て抵抗し続けてくれた。沙織が注意をしようと近付いたその瞬間、その子に突然鉛筆で頭を突き刺されそうになって驚いた。
子供だと思って軽く見ていては、こちらがケガをしそうだ。
また、よく皆の机に土足で上がっていた男の子は、沙織をなんとかして怒らせようと、次から次へと悪さを重ねてくれた。
あるときその子は、お弁当に持って来た牛乳の紙パックをまっ逆さにして、ミルクをタラタラと教室中の床に撒き散らしてくれたではないか。
しかし、沙織にはその子の魂胆がよく見えていた。
「この子は、私の堪忍袋の尾が切れて怒鳴り出すのを予期して待っている。ようし、ここはグッと耐えてみせるぞ」
沙織は何も言わずにペーパータオルを掴んで床に跪き、ミルクで白く汚れた部分を黙ったまま拭き始めた。
「先生を手伝おう!」
なんと、床を拭く先生を見ていた子供たちが、一人、二人、三人と、沙織がすると同じ様に跪いてペーパータオルで床を拭き始めたのだった。彼は自分が汚した床を黙々と拭く先生とクラスメートをジッと目を見据えて睨み続けていた。
その日の授業が終わって、ミルクたらしの男の子の父親がやっと迎えに来てくれた。
「先生、うちの子はどうでしたでしょうか?アメリカの学校では問題児になっていて困っているんですよ。ここでは大丈夫でしたか?」
もちろん、大丈夫どころではなかったが、沙織はその子の鋭い視線を背に感じていた。
「どうせあんたも同じだろう?うちの親父に待ってましたとばかりに言い付けるんだろう?」とでも言いたげにこっちを見ているではないか。
「いい子だった」と嘘をつくわけには行かないから、沙織は未来形を使った。
「大丈夫です。彼はきっと立派な生徒になると信じています」
それを聞いたその子の父親も、そして、その子自身も予期していなかった先生の言葉に驚きの表情を見せた。
それ以来、放課後に掃除をする度に、沙織には忠実なるクリーニングヘルパーが付いてくるようになった。なんとあの「ミルクたらし」だった。
彼は教室の床をせっせと磨き続けており、沙織が、
「もう遅いから、家に帰りなさい」と言って教室から彼を追い出すまでその手を止めようとはしなかった。
「ミルクたらし」は勉強でも本来の力を発揮し始めて、学年の終わり頃には、なんとクラスでトップの成績を出すようになっていったのだった。
To be continued...
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