第5話 声なき子
いつも補習校の教室の片隅でシクシクと泣いてばかりいた一人の女の子。彼女はなぜかいつも必ず自分の顔を半分ぐらい髪で隠していた。よく観察すると、その子もまた自信のなさが真の原因で、声を出して話すことができなくなっていたようだった。
何を聞いても蚊の鳴くような声しか出さないため、クラス中が「聞こえない。聞こえない」 の大合唱。
困った沙織は、日本で英語しか話さなかった我が子、ジュリーに適応して、見事2ヶ月で日本語への転換を成し遂げる成功をもたらしてくれた「逆効果の心理」を思い起こしていた。
「聞こえない」の反対は「聞こえる」
「そうだ! 聞こえないと言う代わりに聞こえると言えばいいのだ!」
聞こえない声を聞こえる声にするには、教師である自分の耳を彼女の口元に持って行けばいい。それだけだ。
本当に声が出なくなっていたわけではないので、内緒話でもしているようにうんと耳を近付けて、
「あ、聞こえた!聞こえた!」と、沙織は嬉しそうに叫んでみた。
すると、先生の喜ぶ姿を見た子供たちまでが、
「どれどれ、僕にも聞こえるかな?」
「私にも聞こえるかな?」と皆夢中で内緒話に傍耳を立てるようになったのだ!
それからは、子供たちの間で「聞こえた!」「聞こえた!」の大合唱が鳴り響いた。「声なき子」本人までそれを聞いて思わず笑い出してしまった。
そんなわけで、「声なき子」は失っていた自信を徐々に取り戻し、少しずつ声が出始めただけではなく、次第にどんどん声が大きくなり、なんとその後7ヶ月ほど経った時点において、トンプソン先生は「声なき子」に向かって、
「今だけはちょっと静かにして、先生にも話させてね」とお願いしていたほど声の大きな子へと変貌していったことがなんとも愉快だった。
To be continued...
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