探偵自身が犯人であってはならない。

「オレは嬉しいのです。信頼するイズルの手で育ち、そして終わらせてくれる。貴方は神になるのですよ。それが、我らが父を絞め殺した、貴方の役目です」


 咄嗟に布を巻いたのは、首だった。どこでも良かったはずなのに、黄金像が横たわるのを見て一番引っ掛けやすい場所だと認識した。締め上げる感覚は固かった。が、興奮していた。殺人に夢中になっていた。嗤っていた。


 このままくびり殺すことができればよもや、恍惚に浸り、貫は炎に呑まれていたかもしれない。


「アッシュ、俺は偶像じゃない」

「もちろんです。イズルは生きる暴君であればいい。かつて実在した、世界の王のように。王であり神であり、人である存在として生きればいいのです」


 その言葉が妙に、貫の中にすとんと落ちた。ついにあるべき場所へと導かれた感覚だ。人の想いは多数あり、そのすべてに聞き従うことには疲労を感じていた。そもそも成分が違うのだから、異なっていて当たり前だったのだ。


「そうです、イズルの助けになると思いまして、車の中に読み終えた本を置いておきました。良ければ、お読みになってください。彼の王も、偉大で高慢であったゆえ」

「そう、気が向いたらな」


 別れの言葉とは思えない。ただ少年はそれで満ち足りていた。それでこそ貫であり、自分が全てを委ねようと思えた人物たるやだった。ここで誰かの指示を聞いていたら、感情のほうが爆発しそうであった。アッシュとて他人の琴線に触れ、様々な感情を知ったのだ。


 喜び、怒り、哀しみ、そして楽しみ。いまなら心から、美しいと思える。自らの意思で息の緒を差し出せる。彼の芸術として命を飾れることが、ここまで誇らしいとは。


 貫と相対していれば、いつまでも興味が失せない。


「ええ、もちろんです。では」

「そうか。ならば俺も、そろそろ行こう」


 もう長く語る必要はない。死は嘆くものではない。崇高で美しいものだ。

 アッシュは両手を広げて細い肢体を見せつける。まるで空中に磔にされているようであった。


 貫は腰のホルスターから拳銃を取り出す。一月にアッシュの腹に仕込んだ爆薬の場所は、よく把握している。病院で処置がなされていたがために稀な病状でも無事だった。良かった。


 慎重に狙いを定める。銃弾も残っていて良かった。もっとも一発で充分だが。何のために、いままで心を、生き様を、信念を偽ってきたと思っている。


 安全装置を外し、引き金を引いた。


 飾り気のない住宅街に閃光が走る。耳鳴りが収まるまで、己の心音を近いところで聞いていた。思わず漏れた感嘆の声は、誰にも聞き取ることはできなかった。


 気付けば肉片が爆散している。壁に床に血液が飛び、その上から細かい内臓がへばりついている。頭からも被ったのか、髪からは赤い水が滴り落ちていた。目線を落とすと、ごろりと色黒の頭部が転げている。薄く笑いながら、光を失った遠い空の色の瞳でこちらを見上げている。アッシュだったものが立っていた場所には、二本の棒が刺さっていた。鉄に混じって、焼け焦げた香りが薄く漂っている。病気も何も関係なく、こうなってしまえばもう、元に戻る術はない。


 笑っていた。嗤っていた。互いの表情が長閑に溶け合った瞬間だった。心から感情を出したのは双方とも同じタイミングだった。


 最高だ。少年は死しても生き続けるだろう。この昂ぶりを刻んだ者として。貫の脳幹部で。


 ふらりと貫が外へ足を向ければ、褐色の足だったものがずるり、とくずおれた。まだ頭がぼうっとする。つい数分前まで意見を交わし合っていた者はもういない。最高だ、最高だ。


 こうして貫は神に成る。誰にも理解できない世界を、彼は進むことにした。

命を燃やすことは、世界に冠たる美を誇る。




          愛する親友 編     終幕

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近代バビロン叙事詩 猫島 肇 @NekojimaHajimu

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