犯人は物語の序盤に登場していなければならない。
「ひとつ、確かめてもいいですか?」
少年は聡明だった。断ったところでどうせ訊くのだろう。無言を是と捉えて少年は続ける。
「楽しかったですか?」
貫の瞳が鋭く閃く。嬉々として待ち侘びた、心の解放のときだ。口角を歪ませて答えてやる。
「……ああ、楽しかったよ」
本心だ。一般人が思い描く、人間関係のストーリーからではない。アッシュとの友好などどうでもよかった。傍に、こちらの意思でいつでも爆殺できる人間がいるということ。命を手玉に取れているということ。
胸の奥が常時ざわざわと揺れている感覚。繊毛で心臓を撫でられているような感覚。
それのどこが楽しくないと言えようか。
しかしながら彼は自身の生というものに執着がなさすぎた。ゆえに己が手で死を下す前に他界してもらっては困る。必死で少年の手を掴み、現世に引き留めておく必要があった。
アッシュの唇が優しく動く。
「それは、良かった」
蔑むセリフではない。それどころか彼は、鮮やかに笑ってみせた。雑念なくただ無垢に、心の底から嬉しがってみせた。その様は宗教画に住む天使のようである。初めは悪魔だとも思ったが、少年は見る角度によって姿を変えていく。
「イズルに後ろめたさが感じられるなら、オレはこの話を進んでしませんでした」
「そうか……。生憎と俺は筋金入りでね。曲げられるけど、折れるつもりはないよ」
塗り固められた外装が剥がれていく。見方を変えるのは自分も同じか、と貫はふと気づいた。蝶の翅のように鮮烈に、鱗粉を落とし、彩を変化させていく。やっと本物の色を顕わにすることができて、肩の荷が降りたようだった。
「ようやく生きることに実感が持ててきたところです。イズルと出会えなければ味わえないことばかりで、改めて感謝しています」
「殺されたくない、か?」
「いいえ、それは違います! 生に対して実感を持てないと、死に対しても無頓着でしょう? それではあまりに、イズルに申し訳ない。初めから知っていたのに、それに気付くのには時間を有しましたが。オレはイズルにこうされるために生きてきたのです」
団栗眼を見開いて、貫の軽口を一蹴する。貫に人の情が存在していたならば先程の質問も憐憫からだと思っただろう。残念ながら青年には、何も存在しない。
幼い頃から周りとのズレがあった。同じように生活して一生懸命取り繕って、どうにか隠してきた秘密だ。やがてはそのズレを愛し、愛でて、愛おしく思うようになった。自分にしかない個性だと、確立するようになった。悟った貫はそれはもう強く、誰の信念にも負けない嘘吐きへと相成る。
どの災厄にも屈することはない。
彼自身が最狂の災いであるがために。
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