Dear lovey dovey love song

月(ゆえ)

prologue


 The madness of love is the greatest of heaven’s blessings.(恋という狂気こそは、まさにこよなき幸いのために神々から授けられる)。

-Plato(プラトン)- ( 古代ギリシアの哲学者 / 紀元前427~前347)




ー入場門 ゲートエリア チケット売り場にてー


  悪いことをしたら地獄に堕ちるって教わった。生前の罪の重さの分だけその重みで堕ちるらしい。なら、私は地獄へ一直線のはずだ。だって、私はとぉっても悪い子になるために頑張ってきたの。思いつく限りの悪いこと、してきたつもり。

 そしたらきっと会えるでしょ?

「…だと思ったんだけどなぁ。おっかしいなあー?なーんにもない真っ暗けっけ!」

 わざとおどけた調子で私は辺りを見回してみるが、やはり何も見当たらない。あるのは“光一つない闇”だけ。

「私、来るとこ間違えちゃったのかな?」

「いいえ、間違ってなどおりませんわ」

「…っ!」


 突然現れた声の主は音も無く背後の闇に溶け、優雅に佇んでいた。

「お待ちしておりました」

 その人物は、細く美しい手を前で重ね凛と背筋を伸ばした姿は高貴な貴婦人を思わせた。

「…びっくりしたなぁ。いきなり後ろから話しかけないでよ“知らない”お姉さん」

 私は八重歯を見せて目の前の人物に懐っこく話しかけた。

「…これは失礼いたしました。どうやら、噂は本物のようですのね」

 流れるような所作で彼女が辞儀じぎをする。

「噂?」

 私は首をかしげた。

「ご存じないので?」

「うん。ご存じない」

 私はコクリと頷く。

「…そうでございますか。いえ、わたくしの独り言でございますゆえ。お気になさらないでください」

 少しの間を置いて目の前の人物は妖艶に微笑むと突然「ふぅっ」と自分の手の平に息を吹きかける。

「わぁ、綺麗!」

 息を吹きかけた彼女の手にはボゥッと青いほのおが浮かび上がり辺りの闇にゆらゆらと揺らめいていた。

 私は彼女に駆け寄ってジッと青い焔を見つめる。

「…本当に、無邪気な子供のようですのに…」

 ポツリと、私を見下ろす彼女が呟く。

「なぁに?」

 私が問いかけると、彼女は聖母のような頬笑ほほえみでにっこりと笑い返す。

「いえ、『お持ちのランタン』をこちらにお貸しいただけますか?」

「…ランタン?私そんなもの持ってな———」

 言いかけた私を上品な黒レースの手袋が制す。そして、細く美しい指が注目させるように私の右の手を指差した。私は反射的に指差された方を見た。

「…へぇ」

 自然と自分の口角が上がるのが分かった。

私は"いつの間にか”持っていたランタンをジッと見つめる。

「不思議。これもお姉さんの手品まほう?どんな仕掛たねけがあるの?」

 私は興味津々に彼女の袖を掴んで問いかける。

「ふふふ。興味を持っていただけて光栄ですわ。そうですね、セオリー通りならば『種も仕掛けもございません』でしょうか。ですが“それ”は元より貴方様のもの。何も不思議なことはございません。そして、“これ”も」

 そう言って、彼女はまた微笑みを浮かべこれまたいつの間にか手元から消えていた私のものだと言うランタンにを灯す。青いほのおがランタンを灯して、仄暗ほのぐらく辺りを照らした。

「さて、これで準備は整いましたわね」

 パンッと彼女は手を鳴らし、

「では、はい♡」

 そう言った彼女は語尾に♡(ハートマーク)付きの愛想媚びい声で、先程までの慈悲深い頬笑かおみはどこへやら、『にっこりと形式的な微笑み』を浮かべて私に手を差し出したのだ。

 否、それを世間では営業スマイルとも言うらしい。

「…」

「…」

「…もしかして、お金取るの?」

 私の言葉に彼女は更に笑みを深める。

「勿論でございます!これは『決まり』ですから。それにもし、支払っていただけないとなると…このランタンをお渡しすることは残念ながら出来ません。その場合、ランタンをお持ちでないという状態はあまりお勧めいたしませんわ。貴方様も永遠に“ジャック・オ・ランタン(彷徨さまよう魂)”なんてことはお嫌でしょう?」

 数分前に私のものだとのたまわったばかりの私のランタンを彼女は自身の顔の横でユラユラとかざす。

 青く澄んだフェルメール色の焔が照らし出したのは血を塗ったような赤い唇、から零れた悪魔のような囁き。

 色の対比もやけに相俟あいまって、優美に笑んだ彼女の口元からチラリと覗いた純白の牙が邪悪なまでに歪んだ微笑かおを際立たせた。

「…ねえ、お姉さん。名前教えてよ」

 私の言葉を聞いた彼女が大げさに目を丸くする。そして、

「まぁ、とんだ失礼を!わたくしったらお客様ゲストに名前をお名乗りするのを忘れていたなんて!」

 そう声を荒らげた彼女は改めて私に恭しくお辞儀をする。

「…こほん。大変失礼いたしましたわ。申し遅れました、わたくし遊園地の案内役・・・を務めております”カロン”と申します。以後、お見知りおきを」

 ドレスのすそを軽く持ち上げ、優雅に会釈したその姿は一枚の絵画のように美しい。のに、こちらを見つめるひとみはさながら獲物を狙う蛇を彷彿・・させるように冷たかった。

 そう言えば、最初から彼女から人間ヒトの匂いがしない。

 いつか嗅いだ、あの懐かしい香りと同じ。


 死臭と、少しの、枯れた薔薇の香り。


 “最初に彼女の言った通り”だった。

「代金は“1obolus(オボロス)”でいいの?お姉さん」

 私は彼女に舌を出し、ずっと口の中で転がしていた一枚の硬貨こうかを見せた。

「ええ。結構ですわ」

 私が硬貨を差し出すと、彼女は満足そうに笑って私のコインを受け取った。


————ボトリッ。

 暗く、堅い地面に明らかに不快で不気味な音が響く。

「あら?うふふ。これは大変失礼いたしましたわ」


『ククク。何やってんだよ“カロン”。アンタってホント間抜けだよな』


 「…え?」

 唐突に、目の前の美しい淑女女性から、おおよそ似つかわしくない乱暴で攻撃的なセリフが吐かれた。

「仕方ないでしょ?“私たち”の身体は腐敗・・していてとても脆いんだから。それに、いつも再三言っているけど私の許可なく勝手に出てこないで頂戴。お客様ゲストが混乱するでしょう」

「はぁ?“この身体”がいつアンタのモンになったつーんだ?一応、アンタの方がだってことになってるけど『アタシ』はまだ認めた訳じゃ……って、ああ」

 不意に、目の前の人物がこちらを見た。

「お客さんそっちのけだったね。悪かったね、お嬢ちゃん」

 そう言って彼女・・は、暗闇の地面から“自分の千切れた右手”を何事もなかったように淡々と拾い上げる。

 そう、今しがた私から受け取ったコインが光る、生白い手を。

「…“一人芝居”って訳じゃないよね?お姉さん」

 一人、蚊帳の外だった私の質問に彼女はただ怪しく笑みを深めた。

「あら?随分察しの良いことで。驚かれないのですね?」

 美しい淑女はコツコツと靴音を鳴らし、私と向き合う形を取るとズイッと私の顔を覗き込む。

「いえ、貴方様はここへ来られた時も何事も無かったかのように振る舞われていた。まるで、“最初から何もかも知っている”ような素振りですわ」

 クルリと反転したように、目の前の一人・・の女性は口調も顔つきもガラリと入れ替わる。それがさも当然の様に慣れた様子で。

「…うん。そうね。ここは“最初”からおかしなことばかり…普通は驚いたり困惑したりするのかな。でも、お姉さんの言う通り。私は『ここ』が『どこ』で何なのか理解分かっしていて自分・・から望んでここに来た。だから、この不気味な場所も、怪しいアナタたちも、そして今から姿を現すこの“遊園地”もね」

 私は思いっきり両手を広げて、最大級の笑みを浮かべて言い放つ。

 まるで、舞台に立つヒロインのように大げさに声を張り上げて。

「みんなみんな、みーんな知ってるよっ!そう、全部、全部知ってる!ねぇ、だから、余興おふざけはもうおしまいにしよう!私は“まだ”子供だから、知らない演技フリや我慢を続けられるほど大人じゃないわ。ねぇ、きっと“ここ”なら思う存分楽しめるんでしょう?ねぇ!ねぇ!早く始めましょう!」

 私は鼓動を高鳴らせて盛大に叫ぶ。

 そんな私に、

「最初から隠すつもりなど無かったように思われましたが…やはり噂は本当でしたのね。何と嘆かわしい」

「ハッ。キチガイが」

 一方は憐み、もう一方は蔑んだ。

 そして、重苦しい溜息と共に吐き出された『明確』な私を区別する言葉と視線侮蔑

 何千、何万と向けられた反応かんじょう

 そんなもの、もう、お腹一杯だわ。


「Who killed Cook Robin ? I,said the Sparrow,with my bow and arrow,I killed Cook Robin.(誰が駒鳥殺したの?それは私とスズメが言った。私の弓で私の矢羽で私が殺した。駒鳥を。)そう、“スズメ”はだよ!」


 たっぷりの皮肉を込めて、私は“いつも”のように歌を唄う。

 そして、これ以上無いくらいの笑みを浮かべて、もうこれ以上話すことは無用だと目の前の人物を促す。

 どうやら目の前の人物はそれを察したようで、

「…当遊園地での規則ガイドのっと凶器パートナーは“一人”までとなっております」

「せいぜい、この遊園地を満喫たのしみしな」

 彼女カロンは丁寧に会釈をすると、もう何度目かのあの慈悲深い笑みを見せる。


「では、Underlandへいってらっしゃい」


「っ…!」

 お決まりの文句セリフを合図に深淵しんえんの闇が一瞬で無遠慮ぶえんりょな照明の下に照らされる。

「………」

 眩しさにまぶたおろしたをゆっくりと開けば、そこには黒を基調としたゴシック様式の夢の国。ユニコーンにテディベア、薔薇や天使、悪魔をかたどっった美しい模様ときらびやかなインディゴに染まる豪奢ごうしゃな装飾たちが其処そこかしこに飾り付けられ、見目麗しい美しさとよこしまな空気に満ち満ちた悪意の巣窟そうくつがお腹を空かして「早くこちらに来い」と私に手招きをしていた。

「………」

 見上げれば、私を待ち望んでいたかのように大きく開かれたゲートよだれらして私を今か今かと見下ろしている。

「…っ」

 それを見て、私はゾクゾクっと全身が逆立つのを感じた。

 私はレッグホルスターから顔をのぞかせているに優しく触れる。

「…待っててね。“フルーレティ”」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dear lovey dovey love song 月(ゆえ) @yue20191120

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ