第10話 叔父さんと、幼馴染。
「なんだコイツ、女みてーな格好してる!!」
「変なのー!きもちわるー!!」
ヒヨコのジョサイアと散歩に出掛けたロイの耳に、囃し立てるガキ、もとい。お子様たちの声が聞こえて来た。
「ぴっ!」
足元のジョサイアが怯えたらしく、ロイの靴に乗っかると小さく鳴いた。確かに無駄に大声だ。可哀想に、ジョサイアが震えている。ロイはその場にしゃがみ込むと、ジョサイアを両手で持ち立ち上がった。
「安心しろ、ジョサイア。ちょっとアイツら黙らしてやるから!」
「ぴぃ!!」
勇ましい飼い主、ロイの言葉に嬉しそうに羽根をバタつかせた。
「かわいいなぁ、ジョサイア……で、あっちか!!」
ロイは声のした方へと走った。近づくにつれ「やめてよぉ」という声も聞こえて来た。その声から「女みてーな」というお子様の言葉に違和感を抱いた。
(女の子じゃねぇか?)
泣きそうな声だったので、足を早めると公園のど真ん中で成金そうなお子様三人が誰かを取り囲んでいた。
「ジョサイア、ちょっと隠れてな」
万が一にも喧嘩になった場合、ジョサイアが危ない。茂みに下ろすと、勢いよく一団に駆け寄った。
「お前ら、何してんだ!!よってたかってヒキョーだぞ!!」
ビシッと指をさし、デカい声で捲し立てた。あまりの音量にお子様達は驚き、耳を塞いだ。
「あー?なんだオメー」
「みた事ねー顔だなぁ?」
耳が回復すると年の割に悪役じみたセリフを言い放つ、お子様その一、その二。そして、お子様その三が叫んだ。
「あ、コイツ!なりきんのウッドだ!」
合点がいったのか、その一その二がケラケラと笑い出した。
「なんだ、最近越してきたヤツか!」
「なんだよ、ビンボーが!!エラそうに!」
ミントンはジノリの首都である。そこに暮らす人々は、お金持ちが多いという。そういえば、とロイは回想していた。
「お金持ちが多いんだ、ここは」
ロイの父が越してきた夜に話していた。
「だからって偉い訳でも何でもないからな?家柄だの金だので見下してくる様な奴は、ただの馬鹿だ。気にするな」
「え?そうなの?バカなの?」
ロイの質問に笑って答えた。
「あぁ、馬鹿だ。いいな?関わらない様にするんだぞ?話が通じないからな」
なんという事だろう、積極的に関わってしまった。内心で(父上ごめんなさい)と反省したが、いじめっ子は見逃せない。助けなくては、可憐な声の持ち主を!
あらためていじめっ子三人組を観察してみよう。皆揃って身なりがいい。栄養状態のいいぽっちゃり二人に痩せてる子が一人。なるほど「良いとこの子」の様だ。が、服のセンスはいただけない。既視感溢れるあの服、あぁそうだーー
「お前らの方が成金っぽいだろ!なんだそれ、どこの絨毯だよ!!」
「じゅーたん!?」
ロイの口撃。「身体のことで揶揄うな」とはロイの父の教えだ。そこで服装を攻めてみた。見れば見るほど模様がロイの家の絨毯なのだ、仕方ない。いい服なんだろう、高いんだろう。でも絨毯なんすよ、その柄。
「う、うるさいぞ!!ビンボーが口きくな!」
ぽっちゃりその一の反撃。ロイは思わず鼻で笑った。
「じゃあお前も黙れよ、大公様のが金持ちだろ!?どーなんだよ!!」
ジノリ公国の大公様、つまり王様こそ間違いなくこの国一のお金持ちだ。それに比べれば、国民は雑魚なのだ。それも知らないで言ってるのだとしたら、成程。確かに父上様の言うとおり「馬鹿」だ。ロイはそう思った。
「大公様は関係ねーだろ!」
ぽっちゃりその二が援護した。が、ロイは睨むとーー
「ビンボーが口きくなよ、あぁ?息も吸うなよ!?」
ここぞと凄んで見せると気圧されたのか、捨て台詞も吐かずにお子様達は退散した。
「しょーもねぇ」
ふんっ、と鼻を鳴らし、感慨深げにその姿を見つめていると「あの」とか細い声がした。視線を向けると、銀髪の小柄な少女が座り込んでいた。
(やっぱり女の子だ)
手を差し伸べると、少女は手を取り立ち上がった。転んだのか倒されたのか、綺麗な洋服には土がついていた。
「あーあー、折角の服が……」
ぶつぶつ言いながら手で払っていると、緑の大きな瞳がロイを見つめていた。
「あの……ありがとう」
「おう!で、大丈夫か?怪我とかないか?」
「うん」
スカートに長い髪、大きなリボン。どっからどーみても女の子だ。アイツら本当に馬鹿なんじゃないだろうか?
「こんな可愛い子に何してんだ、アイツら」
「あ、あの……」
「女の子に傷つけるな、ってオレの父上が言ってたぞ」
「あの……!」
目を伏せたり、もじもじとしたり挙動が不審だ。やっぱり何処か怪我でもしたんじゃ、と考えていると意外な言葉が返ってきた。
「ボク、男なんだ」
「ん?おとこ?」
ロイの手が止まった。女の子?はロイの反応を窺うように顔を覗き込んでいる。
「おとこ、なのか?」
スカート履いて?でっけぇリボンつけて??ロイは上から下にと視線を動かし、観察した。が、再び手を動かした。
「で?服装は自由だしな、うん」
「え!?気持ち悪いとか思わないの!?」
「なんで?」
「なんで、って……」
男の子なのに親の意向で女の子の格好をさせられ、いじめられていた訳だが。「なんで」と言われると、明確に答えられなかった。
「じゃあ、気持ち悪くない?」
ロイはポリポリと頭をかくと、ぼそっと呟いた。
「ポタリーじゃ見ない格好だけど、気持ち悪くはねぇな」
異端は異端らしい。確かに自分以外に、女装の男の子を見たことはなかった。
「やっぱり変なんだ……」
「あ、おい!大丈夫だって!!お前、可愛いしさ!!似合ってるし!」
「かわ、いい……?」
かわいいと言われて満更でもなさそうだ。暗い顔が輝きを取り戻しつつあるのを見て、ロイは思い出した。
「そうだ、名前は?オレはロイ、ロイ・ウッド。最近越してきたんだ!」
「ボクは……ボクはアーデン。アーデン・ドルトンっていうんだ」
「あーちゃん、何食ったらこうなるんだろうな?」
静かに寝息をたてるアーデンを見つめながら、ロイは呟いた。
(そういえば、あーちゃんの両親も美男美女だったな。背も高かったし)
遺伝ってやつか、と思い巡らせていると、いつの間にかジョサイアが居た。
「ムームー」
「ん?お前もあーちゃんが心配なのか?」
「ムー!!」
ピョンとベッドの上に飛び乗ると、二、三回深呼吸をした。そして、勢いよく体当たりーーアーデンの顔にボディプレスをかました。フサフサのモッフモフに攻撃力はあるんだろうか?重さはあるけども!
「あ!こら、どうしたんだよ!!やめろって、ジョサイア!!」
「ムッムー!ムーーー!!」
今度は鳩尾の辺りでジャンプ、尻で着地だ!これはドラゴのヒップアタックか!?
「何してんだよ、ジョサイア!おい、どーしたんだよ!!」
「ムー!ムムー!!」
ダメだ、何を言ってるのかさっぱりだ。ただ、敵意があるのは確かだ。こんな荒ぶる姿を見た事がなかったが、放置もできない。捕まえようと腕を伸ばすと、ジョサイアはヒョイっと逃げた。
「ムームー!ムムムー!!」
ベッド横の小さなテーブルに着地すると、指を刺す様に羽根を動かしている。うん、羽根でアーデンを刺している。
「なんだ、あーちゃんがどうした?」
「ムーさん!!どうしたの!?」
騒ぎを聞きつけたバートが乱入してきた。
「危険ですぞ!?この方は危険なのです!!」
「はぁ?ムーさん、何を……」
危険、とはどういう事だろうか?バートが「何て?何って言ってんだ?」というロイの催促に言い淀んでいると「う……」と声がした。アーデンが起きたようだ。
「えぇい、もう一度ラヴ・ヒップアタックを!!」
「ムーさん!!ホラ、戻ろう?ね!?」
ジョサイアの方がよっぽど危険と判断したので、バートは羽交締めにして部屋を出た。
「何だありゃ……」
暫く扉の方を見つめていたが、そうだよアーデンが気づいたんだった。
「あーちゃん、大丈夫か?」
「あぁ、ローちゃん……僕は、ここは……」
それが、と説明しようとした時だった。
「あれがドラゴ、ここはローちゃんの部屋だね」
「お、おう!」
状況判断が的確だな、おい。
「あんな変なもん目の当たりにすりゃ、そりゃ驚くよな」
「まさか僕も気を失うとは……ローちゃんこそ、平気なのかい?」
平気、とはどういう事だろうか?ドラゴの事ならーー
「今は人畜無害だぞ、多分」
ロイに張り付いて生命力奪ったりしたが、精々今は尻を触られるくらいだ。平気、っちゃー平気……いや、平気で片付けていいのか?これって。
「どうしたの?ローちゃん、やっぱり何か影響が?」
「いや、うん。大丈夫だ!多分、きっと。ああいう生き物なんだ、うん」
最後は無理やり納得した様だが、ロイはあのドラゴが居ても平気らしい。
「なら良いんだけど……」
「せっかくの再会が台無しだな、全く」
申し訳なさそうに笑うロイを見て、アーデンは首を横に振った。
「そんな事はないよ、また会えて嬉しいよ。ローちゃん!」
ガシッと両手でロイの手を握ると、緑の瞳が潤み出した。
「大袈裟だなぁ、あーちゃん」
「そうかい?」
「俺の引越しの時みたいだ」
「あの時は、あれは仕方ないじゃないか」
数年の間、ロイの一家はミントンで暮らしていたが、またポタリーへと戻る事になった。ロイはお別れを告げにアーデンの家に行った。アーデンへの贈り物を手に。
「またポタリーに帰る事になっちまったんだ」
「え?ローちゃん、居なくなっちゃうの?」
突然の事に、アーデンは顔から血の気が引くのを感じた。ロイから貰った、誕生日プレゼントのクマのぬいぐるみも手から零れ落ちた。ロイが拾い上げて渡そうとすると、アーデンはーー
「いーやーーだーーー!!」
町内中に聞こえそうな大声で叫んだ。咆哮の直撃を喰らったロイは、耳をやられ暫く無音の世界を体験した。何を言っているかさっぱりだが、全身で「嫌だ」と表現しているアーデンが見える。ちなみにこの頃の服装は普通の男の子と変わらなかったが、容姿は女の子っぽいままだった。
「あーちゃん、何も二度と会えない訳じゃないし……」
「嫌だぁああああ!!僕も一緒に行くぅううう!!!」
目は真っ赤だわ、鼻水は垂れるわ、この短い胃間にアーデンの情緒は崩壊した様だった。持っていたハンカチで涙と鼻を拭うと、アーデンはロイの手を両手でガシッと握った。
「僕とずっと一緒にいるって言ったじゃない!」
(言ったっけ?)
はて?そんな約束した?ロイは記憶を辿ったが、該当する思い出がない。
「またミントンに来るから!絶対に!」
「いつ?明日??明後日!?」
「それじゃポタリーに帰れないよ」
ポタリーまで当時は片道一週間は掛かった。賢いくせに今日のアーデンは無茶苦茶を言うな、とロイは思った。
「また会えるって、な?」
そう言ってどうにか手を振り解くと、カバンから小さな包みを差し出した。
「何これ?賄賂?」
「何でだよ」
開けてみろ、と促すとアーデンは渋い顔のまま包みを開けた。すると、そこには小さな服が入っていた。
「これって……」
「おう、ロダンの服だ。欲しがってたろ?『裸じゃ可哀想』って」
ロダン、とはクマのぬいぐるみの名前だ。確かに欲しがってはいたが、これってーー
「絨毯じゃないか」
「その柄しかなかったんだよ、ごめん」
ロイの家の絨毯柄だった。仲良くなって家に遊びに行った時、絨毯を見て大笑いしたのを思い出した。
「じゃあ……また会えたら、ロダンに違う柄の服買ってよ」
「おう!スッゲェかっこいいの買ってやるよ!絨毯じゃねぇヤツ」
堪えきれなくなって二人は笑い出し、なんやかんやで爽やかな別れになった。
「約束は果たしてもらうよ、ローちゃん」
「おう、任せとけよ!約束だからな!!」
こうして二人は三十年近くの時を経て、また仲良く笑いあっていた。部屋の様子を伺う人影に気付く事なく。
「ほら、仲良さそうだし。気のせいじゃない?」
「いーや、今は大人しくしているだけですとも!!」
会話の内容は一切聞こえないが、見た限りでは和やかそのものだ。それとは対照的に、ジョサイアは険しい顔をしている、んじゃないかな?
(気のせいだと思うんだけどな)
さっきまでドラゴを諌めていたのに、ジョサイアの態度が一変した。曰く「アーデン様は危険」らしい。バートがいくら気のせいだと諌めても聞く耳を持たない。お陰でこうして覗きをしている訳だ。ジョサイアの身長では届かない為、片膝をついたバートの頭にしがみつく形で室内の様子を窺っている。
(後ろ頭にモフモフモフモフ)
危うくモフモフの魅力にやられそうになったが、同じくジョサイアの歯軋りの音で我にかえった。どういう理屈か気になるが「ギリギリィ」という、不気味な音を発している。見えやしないジョサイアの表情の根拠はコレだ。絶対に凄い顔だと思う。
「気のせいだって。それにさ、ムーさんのいう通りだったとして、すぐ尻尾出さないって。ね!?」
初対面のアーデンには悪いが、悪者前提で説得を試みた。ジョサイアも思うところがあるのだろう、暫く考え込むと「確かに」と呟いた。
「アル達も心配するし、戻ろう?」
「今回は見逃しましょう」
と口で言いつつも、未練がましく室内を見つめた。見つめたらまぁ、ぶり返すよね。
「いーーーや、今こそ牙を剥くかもしれませんぞっ!?」
器用にも壁に張り付くと、カサカサーっと窓まで到達、また覗き見の態勢に入った。まん丸の後ろ姿から確固たる意志を感じる。「絶対に動かない」と。
「さ、帰るよ」
恨まれても仕方ない、埒があかないのでバートは強制排除に踏み切った。意志は堅かろうが、窓から引っぺがすのは楽だった。それに見つかるのは得策ではない。
「降ろしてください!降ろせーー!バート様っ!!」
「はいはい、戻ろうねー」
抱き抱えると部屋に戻っていった。その間も「離せー!」だの「悪魔だー!!」だのと喚いていたので、口封じに好物のクッキーをチラつかせた。「はうっ!?」と一言呻くと、恨めしいんだか美味しいんだか、やっぱり変な顔で食べた。
(過去に何かあったのかな?ムーさん)
落ち着いたら聞いてみよう、そう決意するバートだった。
僕の叔父さんとアレやコレ うえのすけ @uenosuke
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