宇宙の虎(後編)

「ふう……」


 深く溜息を吐き、青年は虎との生体間脳接続ブレイン・ブレインインターフェイスを切り、虎の目線を見せてくれていたゴーグルヘッドセットを外した。


 終わった。間に合うかどうかは賭けだった。レイノルドを噛み殺した虎はもう老齢で、生体間脳接続ブレイン・ブレインインターフェイスによる青年の助けなくしては自分からはほとんど動こうとしない、死に体の身体であった。その老体に鞭打って、復讐の道具にしてしまったのは紛れもない事実で、青年は心を痛めた。

 だが、あの虎はレイノルドが軍事基地を建てる為に犠牲にしたラゾフスキーの森林に住んでいた最後の生き残りだ。青年は自分の勝手なエゴであることを承知で、どうしてもあの虎と共に森を焼いた復讐を遂げたかった。


 森だけではない。ラゾフスキーにある森林保護区の管理人をしていた青年の父を、部下に秘密裏に命じて弾いたのもレイノルドだった。

 レイノルドは、ラゾフスキーの森林への基地建設を反対していた保護団体の長であった青年の父を、迅速な作戦行動の障害であるとして殺害した。


 確かにレイノルドの行動がなければ、戦争は終わらず、世界が焦土となっていたと言う彼の主張も、間違いではなかったのだろう。だが、そんなことは青年には関係がなかった。

 理不尽な死。たとえその死が今の世界の平和の礎になったのだと言われたところで、ああそうですかと許せることではない。


 だから、レイノルドを殺した。レイノルドは青年のことを最初、日本人テロリストグレート・ジャパンの残党かと推測していたが、レイノルドへの復讐を果たすべく幾多の活動をしていた青年は知っている。日本人テロリストグレート・ジャパンの残党は、確かに生きてこそいれど、最早かつての本隊のように、自ら武装蜂起をしようという気概も待ち合わせていない。ただ死を待つだけ。仲間の信念の為に復讐を果たそうなどという者は一人として存在しない、腑抜けの集まりだ。


チャオ・カカオバイバイ、レイノルド。そして、ニキータ」


 青年は未だ宇宙空間を漂っているであろう虎の名前を呟いて、マグカップを手にした。

 マグカップの中には熱々のホットココアが注がれている。

 青年の父が好きだったホットココアは、いつも父がチャオ・カカオいってらっしゃいの挨拶と共に青年が学校に行く時に持たせてくれた、二重の意味で温かな飲み物だ。


 ニキータは、最期の時を宇宙空間でどう過ごしているだろう。

 仲間を失ったニキータに、宇宙を見せてやりたいというのも、この計画を立てた理由の一つでもあるが、そんなことニキータにとっては本当はどうでもいいだろうし、余計なお世話どころか、ただ徒に恐怖を与えただけという可能性だってある。


 罪滅ぼしのつまりで、罪に罪に重ねているだけ。俺はただ、目を瞑っているだけ……。


 そうなのだとしても……、これが何かの救いになることを、祈りになることを願わずにはいられなかった。


 青年はマグカップを空に向け、ニキータへの祈りの代わりとした。


 そしてまた復讐をやり遂げた心の渇きを潤す代わりにと、ふうふうと息をかけて飲み易く冷ましてからホットココアを飲む。


 世界がどうだの、国がどうだの、そんなことは青年にとってはどうでも良いことだ。目の前にある復讐の機会を諦めたのならば、きっと明日からの人生を満足に生きることなんてできない。そう思ったから、行動した。

 そのことを、レイノルドは最後まで理解できなかったようだったが。


 温かな液体が喉を通り、身体全体に熱が広がる。

 ホットココアの温かさは青年の胸を満たし、寒いラゾフスキーの森の中でも、孤独さを忘れさせてくれた。






……to be contenued.

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アウトホールシティ 宮塚恵一 @miyaduka3rd

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