第28話 開催

 万物獣処内三階。

周囲に十四列にも及ぶ観客席が大円形に設けられた階。

その中央にはニ十カ所に分けられた白い石畳の武闘場がある。

それぞれの武闘場では二人一組になって既に戦いが始まっており、普段の防具と背に特大の剣のみを背負ったリューンがそのうちの一つの傍に足を運んだ時には戦いが終わっている場所もあった。

彼が立つ武闘場に最も近い観客席にはシャル達が座っている。本人達は知らないがカピーノが特別に優遇してくれた席だ。

彼女達は込み合い、あらゆる声が飛び交う中で唯一静かに席に着き、リューンのーーひいては死闘祭の行方を案じていた。

 「こ、ここが今回リューンさんが戦う場所、です。きょ、狂雷を目的とされているそうですが、そのためにはまずここで一勝を挙げて下さい。勝敗の正確な見分け方は、お渡しした参加証明書から番号が消えれば、です。そうすれば運営からの放送が入るので、その後はどの武闘場に乱入しても構いませんから…」

おどおどとした様子で説明する彼はカピーノの仕事を引き継いだという少年・モトー。

見た目がマーモットのような獣人の彼は背丈の通りに幼く、新人なのか全体的に仕事の手際があまり良くなかった。

しかしリューンにしてみればそんなモノはどうでも良く、早急に死闘祭を終了させられればーー狂雷を成せれば何の問題も無かった。そのためモトーの仕事の出来に興味は無かった。

 「そうか、ありがとう。他にも何かあるか?」

 「せ、説明は特に……。あ!えっと、一つだけありました」

両手で胸に抱えていた小さな手帳を慌てて開き、何枚も項を捲るモトー。

その捲りが末まで達し、再び初めから捲り始めた彼を見守っていたリューンは数度謝られるも微笑んで「ゆっくりでいい」と答えると、更に二巡目にしてやっと見つけたモトーの言葉に耳を傾けた。

 「え、えっと、今は予選なんですけど、この時に乱入した場合、開始とは別の放送が入るまで対象者……えっと、今回の場合はリューンさん、は、会場から出る事は出来ません。仮に出た場合はその時点でどれだけ相手を倒していても……資格の剥奪。明後日に予定されている本戦には出られません」

 「予定されてる…って言うと、いつだかのギンの時みたいに戦意喪失して参加者が来無くなれば本選は無くなるって事か?」

 「はい。もしくは…えっと……、う、運…?運、営…側……が、本戦出場の決まっている者達と明らかに力量差があると判断した…された場合も、です。なお、ここにいる参加者全員を病院送りにしたとしても、別日に参加している方々が残っているのでそれだけでは終わる事はありません」

手帳に書かれている内容を詰まりながらも読み上げたモトーの言葉に一瞬顔を顰めるリューン。

その胸中は『生半可な圧勝の仕方では駄目か?』という疑問だった。

 ーーモトーの話から考えれば明日までは予選。その間に何名が本選に上がれるのかは分からないがこの規模の大会だ、各日一名な訳は無いだろうな…。

 「…成る程な。ま、今日ここにいる奴らを全員倒すってのは前提条件だったしなんだっていいか」

新しく浮かび上がった【長引く要素】に答えを直ぐには出せなかった彼は一先ずの考えを自身に言い聞かせるように呟く。

 「ぼ…自分からの説明は以上です。対戦相手の方もそろそろ来ると思いますので、武闘場の上でおまちくだち……お待ちください……!」

 「おう、分かった。ありがとな、モトー。次があればその時もよろしく」

 「……!はい!!」

全ての案内が終了したモトーに礼を言い、会釈をした彼の後姿を見送るリューン。

あれほど緊張していたモトーだが、去り際の喜びを感じさせた足取りの意味は何なのかを薄っすらと疑問に思いつつ、同時に、この世界でも礼儀を示す作法の一つが会釈であると知ったリューンは妙な親近感を抱きつつ対戦相手を待った。

ーーそうして、その対戦相手が訪れたのは約五分後。

十九ある他の武闘場では早ければ三試合目が始まった頃だ。

 「お前ェが噂のマヌケ猿か。こけおどし背負いが。アゲーターも老いやがって」

挑発と共に現れたのは獅子を思わせる鬣を持った屈強な肉体の獣人の男。

裸体の上半身に革製らしきベルトを左肩から斜めに一周させ、背には太い棍のような武器を背負っている。

 「そういうお前もだろ?普段は女に狩らせてるのにこんな時だけ一丁前の男気取ってさ。滑稽だな」

 「……言うじゃねぇか。文明の代わりに脆弱を得た弱者のくせによぉ」

武闘場に続く三段の階段を上がる二人は互いに暴言を飛ばす。

が、この世界の方式に当てはまるはずも無いリューンは至って平静。対し、自種族全体を通してを的確に貶められた獅子男は頭の血管が千切れんばかりに憤慨している。

 「名ァ名乗れ。不慮の事故で死んだ時のために聞いといてやる。墓石に刻めなくなッからな」

今にも棍を抜きそうな獅子男は怒りの入り混じった声と共にリューンを睨みつける。

初めに名乗り合うーー。それがこの大会での説明するまでも無い基本の一つであると瞬時に悟ったリューンは、しかし返さなかった。

 「名乗ってどうする?依頼でもすんのか?女によ」

 「礼儀知らずの猿が……!!」

無礼な発言を合図に戦闘が始まる。

即座に棍を構えた獅子男は一回転させながら両端に手を振れる。

振れた場所に灯る魔力の冷気は二人の立つ武闘場を周囲よりも格段に冷やし、全くの別空間を創り上げる。

 「氷風棍棒。本戦まで出すつもりゃ無かったが、俺達の種族をこき下ろした罰だ。命で贖え」

 「お前ので許してもらえんのか?不思議な話だ」

リューンの挑発に獅子男は最早何も答えない。

ただ、氷風棍棒と銘された武器を構え、走り出すだけだ。

獅子男の動きに俊敏に反応し、すかさず構えた特大の剣と氷風棍棒が衝突する。

拮抗する両者だが、氷魔法を両端に纏っている分、獅子男に分があるように観客席にいるシャル達には見えていた。

 ーー見た目の割に冷静な奴だ。やり方、マズったか。

リューンの行った必要以上の挑発。それは獅子男を限界まで激昂させ冷静さを欠いたところで足元を掬うという作戦を思い立ったからだった。

無頼漢のような姿、開口一番の血気有る発言、それらを基に行った最初の挑発に対する反応。

それらから自身の判断を正しいと考えての作戦だったが、残念ながらリューンの目論見は外れていた。

この獅子男ーーライは、怒りが沸き上がれば上がるほど自制に注力し、意図的に冷静を作れる男だった。

リューンの見抜いた精神的な己の弱さを知っているが故に。

 「はん。剣は飾りじャねェか」

 「そっちこそ。冷たいだけじゃないな」

両端に纏わされた冷気が鍔ぜるリューンの身体へと伸びる。

微かに触れた軽装鎧には霜が降り、瞬く間に小さな氷結を生成する。

 ーーこの速度……。中級程度だがかなりの練度だな……!

このまま冷気に纏わり付かれればやがては肉体そのものに氷結が蝕んでくる。

そう判断したリューンは特大の剣を翻し、腹で氷風棍棒を受け直し、そのまま刀身を右腕で押し出してライに数歩の後退を強制する。

 「力もあるな、テメェ。強化してねェだろ」

重心低く構えたライの言葉には反応せず、凍り付いた部位に手をかざすリューン。

数秒程度のその行為で氷は解け、元の状態に戻った。

 「……炎が使えるのか。だが、自在ってわけじャあねェみたいだな」

ライの判断通り、リューンはかざした手の内に炎魔法を僅かに灯して溶かした。

だが、見抜けていたのはそこまで。

氷を纏わせた自分のように、リューンが刀身に炎を纏わせなかったからこその[不慣れ]という判断だったのだろうが、それは間違いだ。

 「…二つ、言っておく事がある」

構えを解き、剣先を地に付かせていながらなお隙の無い立ち姿のリューンの言葉に寧ろライの構えがより張り詰める。

 「一つ。俺の名はリューンだ。さっきは答えなくて悪かったな」

 「…ライ。二つ目は?」

一層構えたライの問いにリューンは特大の剣の柄を握る左手に魔力を込めた。

 「確かに一番得意なのは炎だが、扱えるのは全属性魔法。それも自在にだ。……実践不足のせいで扱い方までは極められていないけどな」

 「…はぁ?」

彼の言葉にライは臨戦態勢の構えが緩むほどの脱力を一時的に見せてしまう。

何も知らない彼にしてみればリューンの発言はそれだけの大ぼら。馬鹿丸出しの嘘だった。

世界が変わり、法則は違えど魔法の持つ特性は同じ。

その世界に於いて相反する性質の魔法はいかなる理由があっても扱う事は出来ないーー。

獣人界にあっては移動魔法と隠匿魔法が相反しない点を除き、それ以外は同じ。

即ち、炎が使えるのなら水は使えず、戦闘魔法が使えるなら補助魔法は使えない。

なれど、リューンだけは全ての世界に於いて例外。

現状、全ての異世界でただ一人、リューンだけがあらゆる魔法を中級程度のみ扱える。

それを彼は言葉だけでなく行動で示した。

 「炎、氷、風、土、光に闇。当然水や雷や泥、特殊な毒や爆発属性すら。兎に角一通り使える。当然、一種の極意である無属性だってな」

左手から柄を通して特大の剣に流れていくそれぞれの属性を纏った魔力。

それらはあからさまなほどに特性を刀身に顕現させ、ライの度肝を抜いた。

 「だから分かるんだ。相性差が明確に出る属性魔法に頼った戦い方は慢心を産むだけでいつか足元を掬われるってな」

 「なん……、お前…!」

奮い立たせた言葉の裏にへばりつく恐怖。

それを必死に覆そうとライは努めて怒りを沸き立たせた。

 「ライ。お前の氷魔法は確かに凄い。中級の中でも相当だろうな。だが俺は炎が得意だし、不利が存在しない無属性の心得もある」

刀身を覆うようにして炎が渦巻く。

それを一瞬の内に薄く、けれど強固に定着させ、赤く発光したような状態へと変えるリューン。

 「属性魔法を操れる者にとって武器に特性を纏わせるのは一つの憧れ。だから俺も結構努力して全属性出来るようにしたんだけど、気付くんだ。『どう足掻いても不利な属性には勝てない』って。それが分かった日から俺は使うのを辞めたんだ。今のお前みたいに、絶望するのが目に見えていたから」

 「な…舐めやがって……!!」

勇ましく叫ぶもライの戦意が喪失しているのは明らかだった。

証拠に、氷風棍棒は既にただの棍へと戻っていた。

 「…それでも、やるか?」

 「あ…当たり前だろうが。氷に相反するのは土!炎は確かに苦手だか力量でどうにかなる範囲だ……!」

 「ま、そうだよな。なら俺も久々に使うか。何も分かって無い時に創った技を」

ライの構えた棍に再び冷気が込められる。

先ほどと同等……いや、より強い冷気はあからさまなまでに空気を凍えさせ、直ぐ隣の闘技場で戦う参戦者達の意識を僅かに奪う。

対し、炎を纏ったリューンの特大の剣は。

 「…上級にまで至れる氷、か。羨ましいよ」

本心からの言葉はライには届かない。

何故なら、蒼炎にまで温度が上昇した炎がライの作り上げる氷を蒸発させる音で掻き消えてしまうからだ。

 「…ざッけんな。俺の氷魔法は、いずれ上級にだって……!!」

 「けど、相性が全てだ。今そこに至れていないのなら、俺の蒼炎に勝つ事は無い」

一際特大の剣の蒼炎が揺らめく。

それを攻撃の合図と取ったライは一足の基に距離を詰め、氷風棍棒を振るった。

 「この…!猿がァ……!!」

だがその攻撃が届くよりも早く、剣先を武闘場に突き刺したリューンは名を口にした。

かつて、相性など何も知らぬ時に創り上げた自慢だった技を。

 「炎蛇這焼・蒼爆柱(えんじゃはしょう・そうばくばしら)」

 「な……!?」

剣先を中心にして二人の戦う闘技場全域に走る亀裂。

その亀裂には視界を眩ますに充分な光を放つ蒼い炎が這うように満ち、やがて至る所から立ち上がった蒼炎の柱が天を突かんと燃え上がった。

 「ん…だよ…これェ……!!」

眼前で立ち上がった蒼爆柱を辛うじて避けたライの表情には既に怒りなどは微塵も無く、当然のように戦意も再び喪失している。

どころか、眼前にした己の氷魔法では絶対に抗えない炎魔法に腰を抜かしていた。

 「柱に触れれば蒼炎に呑まれて全身が爆裂に巻き込まれ、地を這う炎蛇に引火すればそいつが死ぬまで焼き続ける。どちらも、生きて助かるには俺が消す以外に手段は無い」

闘技場に座り込むライの周囲を囲んでいく炎蛇と蒼爆柱。

二つはライから距離を取ってはいるものの数秒毎に間を詰めている。

 「ま……参った。降参だ」

人一人分ほどの空間で孤立したライはリューンに向けてそう告げた。

同時、ライはズボンのポケットから取り出した受付で貰えたものと同じ札をリューンに見せると、書かれていた静かに文字が消えた。

 「これで裏取り取れたよな。…早く消してくれ。呼吸がしにくくなってきた」

 「ああ、分かった」

モトーの言っていた数字の消失を確認し、これ以上の戦闘は不要だと判断したリューンは特大の剣に炎魔法を流し込むのを辞め、代わりに水魔法を流し込む。

その後、少しずつ蒼爆柱の背が失われて行き、同時に炎蛇を染めるように水が流れ込み炎が消火されて行った。

 「……はは、痛感だ。お前の言う通り、自慢で鍛え続けた属性魔法に足ィ掬われた」

棍を杖代わりに立ち上がるライは先ほどまでの感情全てを掻き消し、恐らくは普段通りなのだろう何処か調子のいい少年風の口調でリューンに話しかける。

 「薄々、思ッちャいたんだ。属性魔法を使うのはどいつもこいつも上級以上を極めた奴ばかり。しかも主な戦闘手段ではなく、補助やおとりを目的とした戦い方。いッてみりャ相方みたいな使い方だ。けどよ、だからッて諦め切れるわけがねェよな。カッコいいんだからさ」

差し出された拳。

それの意味するところを知るわけでは無いがリューンは直感する。

 「分かるよ。俺もそうだった。だからあんなに恥ずかしげも無く名前を付けた。けど…キツいよな」

同様に拳を差し出し、ライの拳に押し当てる。

[いい勝負だった]。リューンの思った通り、そんな感情が彼の拳から流れ込んでくるようだった。

 「ああ。だからま、ワヲっちは極めてみるよ。氷魔法をさ」

 「ワヲ…!?あ、ああ。上からみたいで悪いが、お前ならできるよ。戦ったから分かる」

 「そッか?負かされた相手に言ッてもらえるんなら頼もしいぜ」

独特な一人称に一瞬度肝を抜かれたものの本心からの賛辞を送るリューン。

ライはその言葉を正面から受け取ると笑みを浮かべた。

 「じャ、頑張れよ、狂雷。そうすりャワヲっちの負けも霞む」

 「ああ、精々恥かかせないよう気張るよ」

晴れやかな表情になったライが武闘場から降りる際に告げた激励の言葉。

嘘偽りのない真摯なその言葉は知らずとリューンを鼓舞した。

 「……さて。後は放送だけだな」

振り返る事無く去ったライを一先ず意識から追いやり、マモーの言っていた放送を心待ちにするリューン。

ライとの戦闘自体は終わってから数分が経っている。確認作業があるにしてももうそろそろだろう。

 《えー、業務連絡、業務連絡》

ひび割れた武闘場で独り立ち尽くしていたリューンの耳にも届く女性の声による放送。

業務的で落ち着いた様子の声は、だが何処か隠せない熱を帯びているようで。

 《万物獣処内全階層に向けての放送。内容は死闘祭について》

この放送の後、帯びていた熱が何なのかがリューンやシャル達にも理解できた。

 《野郎共!!挑戦者のお出ましだ!!!狂雷様に身の程を教えてやれ!!!!》

音が割れるほどの声量で響き渡る合図。

途端、会場中が狂ったように歓声を上げ始めた。

 「なん……!?なんて、歓声なの!?」

 「と、とんでもないわね!集音機能抑えるのが遅かったら壊れるところだったじゃないの!!」

 「…リューン。大丈夫?本当に……?」

歓声……いや、狂声に埋もれるフィルオーヌ、ファズ、シャルの声。

当然リューンに届く事も無く、彼は狂声だけではない周囲の変化に特大の剣の柄を握り締めていた。

 「煽るじゃねぇか。良いぜ、とことんやってやる」

それまで一対一で戦っていた他の闘技場の戦士達は一斉に戦いを辞める。

更には武闘会場入口全てに控室で呼ばれるのを待っていた戦士達が集っている。

彼ら、彼女らは皆一様にリューンに視線を向け、戦意を向け、武器を向けていた。

 ーー何が『乱入しても構いません』だ。まるで逆じゃないか。

 「上等だ!!かかってこい!!まとめて相手してやるよ!!」

声量を魔力で強化して発せられた無謀なまでの宣戦布告は狂声の中であっても全ての者の耳に届く。

彼のそんな意思表明が作り上げたのは狂乱と呼べる場。

殺意無き無垢な闘争欲は、或いは何よりも邪悪と言えるだろう。

 「リューンの馬鹿…!何でいっつもそうやって……!!こんなの…!!」

シャルの嘆きは届かない。

宣戦布告を皮切りに倍増しになって上がる狂声。それを合図にリューンへと向かう大勢の戦士達。

それまで形式に則って行われていた戦いは、一瞬の内にして無法地帯の乱戦と化した。

 「武器強化[鉛]、移動魔法[疾風]…。まずはこれで相手してやる」

呪文を唱えると同時、特大の剣が鉛のように重く鈍くなり、リューンの脚から風に変換された魔力が溢れる。

多対一を想定した強化を行ったリューンに最初に切りかかったのは三人の獣人だ。

槍を持つトカゲのような女、両柄から刃が延びる剣を使うハムスターのような男、手裏剣を思わせる形状をした二対の円月輪を投げる鮫のような男。

外に一ずつ、中に縦幅を空けて同軸で飛来する円月輪は絶妙な感覚であるが故に大きく飛び上がらなければ完全な回避は不可能。

しかし、飛び上がる先には両柄の刃が待ち構え、一撃を覚悟で横に避ければ左右どちらであれ特性を遺憾無く発揮する槍の一閃が待つち、特大の剣で何かを防げばどれかが確実に当たる。

考えるまでも無く、敵があらかじめ想定していた陣形を目の前にリューンは思考するよりも早く鉛化の魔法が施された特大の剣の先を正面に構えた。

攻撃を目的として。

 「!?」

 「な…!」

 「こいつ、避けない!?」

特大の剣で軌道が僅か逸れた上下の円月輪を除き全てを肉体で受け、薄皮を切った側頭部から血を流したリューンを見て驚愕の内に思考が停止したハムスター男。

飛び上がって来た先で待ち構えているはずだった彼は当然空中に飛び上がるための行動をしており、停止命令される間もなかった筋肉達はリューンの想定していた位置に彼を誘った。

驚愕冷めやらぬ中残影の如き思考の残りをもって構えられた両柄の刃。そしてそれを掴む腕。

リューンは、ハムスター男が武器を手にしたままの腕を握り、大きく身体を捻って乗せた遠心力のまま槍ごと薙ぎ払う。

そのままトカゲ女とハムスター男に更に半回転の力を加え、迫る右の第二陣に向けて力任せに投げ捨てた。

 「遠距離野郎は…!」

鮫男を探すも姿は無い。

見えるのは多種多様な多数の獣人達のみ。

 ーー逃げたか…?それとも機を伺ってるか…。いずれにしろ次に見かけたら潰す。

鮫男の姿を負うのをやめ、正面と後方そして左から迫る第二陣。

彼らも一先ずは味方である者達に誤って攻撃したくないのか自陣から攻撃者として送り出すのは精々が二名までだ。

 ーーつっても、数の差じゃまず勝てないな。なら、欺くしかないか。

脚より溢れ出る風はリューンの移動速度を飛躍的に上げる。

それは強化魔法による肉体強化とは方向性が違い、扱いが難しい代わりに身体に負荷を掛けない点に利があった。

 「炎蛇這焼・蒼爆柱!」

技を叫ぶと同時に突き刺される特大の剣を見た瞬間。半数以上の獣人達が身構える。

が、大地に亀裂は走らず、蒼炎の柱は立ち上らない。

代わりに上空へと上がったのは、[疾風]によって多くの目には捉えられぬ移動速度を手に入れたリューンだ。

大多数が特大の剣を大地に突き刺したまま突然姿を消したリューンを探している。だが、補助魔法によって動体視力を上げていた者や、種族的な特性で捉えられていた者達は空を見上げる。

そこには手をかざすリューンがいた。

 「生まれし星 輝きの地を隠し 刹那を持って永久(とこしえ)を成して 従属の滴りを吊るす 我、汝の王 我、汝に宿命を与えん」

上空にて使役魔法を唱えるリューン。

かざす先は空中ーー否、大気。

 「纏めて運んでやれ。…っと。観客席にはいかないようにな」

命令が大気に与えられる。

それは微かなうねりを創り上げ、やがて目に見える形でーー竜巻のように変わり、リューンの後方を陣取っていた獣人達を武闘会場端へと連れ去っていく。

命令通り、観客席には微風のみを届かせるに留めて。

 「んでもって!」

移動魔法[空歩]を使って空中に一時的に留まったリューンは自身よりもより上空に巻き上げられた砂や武闘場の破片の元へと移動し、それらに両手をかざす。

 ーー形は……雹(ひょう)でいいか。

 「[欠落][創造][熔解][回帰]四循の理を尊び 蹂躙し 有らざるを肯定し存在を拒む 其は形を帯びた否定である」

彼の唱えた呪文は錬金魔法。

初級までは対象物と特性を同じくする別の形にしか変えられない事を絶対原則とする魔法だが、リューンの操る中級からは一部がこの原則が無視される。

中級に於いて無視される原則は全く異なる物質への変換だ。

 「…結構量があると思ったが、そんな事無かったな。……下の奴ら半分削れるか?」

創り上げられたのはリューンの上空に滞空する数えきれない数の雹。

冷気は会場全てを満たし、彼の眼下では白い息を吐く獣人さえいる。

 「ま、結構集まってくれてるしいけるか」

楽観的な言葉を呟きながら両手を振り下ろすリューン。

それを合図に滞空していた雹の群れが獣人達に向け一斉に降り注いだ。

最早轟雷を思わせる降雹音は、降る姿そのものですらあれほど上がっていた狂声の一切を黙らせるに足るだけの衝撃があった。

 「あいつ……こんなに強かったのね」

 「底が知れないとは思ってはいたわ。けど、これほどとは思わなかった。前からこんなにも強かったの…?」

もう間もなく振り終わる雹から目を離せずにいるファズとフィルオーヌは戸惑いながら……僅かに、何処かで、恐ろしさを覚えながら、リューンを最もよく知る隣の少女に疑問を向ける。

 「ねぇ、シャル…?」

問われ、けれど答えない。

シャル自身、知らなかったからだ。

こんなにも己が茨を進むような戦い方をする最も親しき少年を、彼女は知らなかったからだ。

その瞳は見つめる。

知っているのに知らない、何よりも心を置いている、特大の剣の柄を握り締めた少年を。

 「……さて、半分ってほどは減んなかったが、それでもそこそこ削れたな」

地に降り、突き刺したままだった特大の剣を引き抜いたリューンは右肩に担ぎ、残った戦士達を見遣る。

数は当初の約五分の三。

倒れ伏す戦士達は皆再び立ち上がる事は叶わず、多くが意識を失っている。

さりとて立っている戦士達も無傷で在る者は少なく、傷の大小に関わらず誰もが大きく戦意を削られていた。

 ーー『奴は強い。それも比類すべき相手が一人しか……いや、それ以上にかもしれない』

いずれかの戦士の感情から漏れ出た脅威という名の恐怖。

言葉にせずとも、行動に示さずとも眼差しからは溢れ。その眼差しを受けた、または目にしてしまった戦士にも恐怖が伝搬していった。

『勝てないのではないか』『人数差は無意味かもしれない』『まだ何かを隠しているのでは?』『いや、そもそも今までの技は隠してすらいなかったのでは?』

『……だとすれば』

『『『『隠すに足るだけのより恐ろしい攻撃があるのではないか?』』』』

一人より伝搬していった恐怖が全ての獣人達に渡り切った時、彼らは武器を握り締める。

それまでに心を覆っていった恐怖などという愚かしい思考を圧壊するかのように。

『『『『舐められている?戦士たるこの俺(私)が!?』』』』

瞬間、彼らは恐怖に怯える獣人から、恐怖を超えようと足掻く戦士へと戻った。

 「……目付きが戻って…いや、より凶暴になったな。獣は獣でも志を持った獣か。恐ろしいな」

観客席に座る獣人達であろうと怯んでしまうほどの眼光を前にリューンは一瞬の虚を露わにする。

先ほどまで彼が彼らに与えていた怯えだ。

だが即座に己を律した。

何のためにこの場に立っているのかを思い起こして。

 「来い!全員潰してさっさと本戦だ!死ぬんじゃねぇぞ!!!」

身体の真正面に両手で握った特大の剣を構えたリューンの叫びを合図に再び乱戦が始まった。

だが、先ほどの時のように狂声は無い。

誰もがただ、勝ち残る者を心待ちにしていた。

あれほどの圧倒的攻撃を受けてなお立ち向かう者。大勢をたった一人で相手する者。

今日この日に於ける勝者はーー真の戦士はいずれなのかを知るために。

やがて。

およそ三十分にも渡った戦いは終わる。

傷はあれど致命傷も大怪我も全くない、殆どが返り血の赤黒を流す男いる。

 「……本戦への支障はないな」

 「余裕かよ、クソ……」

返り血の中に倒れ掛かった最後の戦士は意識を失う。

戦いは決した。

まるで勝利宣告のように悪態を吐いた女の戦士を横たわせ、勝者は武器を収める。

勝ち残ったのは、特大の剣を背に負った男・リューンだ。



to be next story.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る