第25話・幕間 どうか夢と呼ばせて
夢の中でだけ、貴女に会える。
眠らないはずの機械なのに夢の中でだけ貴女に。
……ああ。
確かに私は今、寝ているわけでは無くて。目の前には極彩色の流れる明るい暗闇と、私を壊す男と、その仲間がいる。彼らが眠っている姿が見える。
だからきっとこれは夢では無くて。記録データが自動再生されるから視られる過去の映像。
その中で私は何度となく話しかけられている。その度に私は答えて、貴女は同じだけ喜んだ。
貴女は私に真っ先に喜びを教えてくれた。機械である私にはそれがヒトにとってどれほど凄い発見で発明なのか分からなかったから一緒に喜べたか自信が無い。
貴女は私に食事を用意してくれた。『このために食べる機能を付けたのよん』と嬉しそうに。
時折貴女は私と喧嘩をしたがった。けれど私は喧嘩の真似しかできなくて、いつも貴女を悲しませた。
貴女は私に毎晩布団を掛けてくれた。全くもって不要なはずの私が風邪を引かないようにと。
今も蘇る貴女との日々。長い長い貴女との日々。
機械でなければその日々を一瞬のようにも想える情緒を持てたかもしれないと思うと、貴女に貰ったこの身体を恨めしくも感じてしまうけれど。
再生されては止まり、止まっては再生されるこの記録を、それでも今は夢と呼ばせてほしい。
再び貴女と、壊れるその日まで何度でも貴女と、鮮明に会える事を、ただの機械的な事実とは呼ばないでほしい。
貴女が最期まで求めたニンゲンとして扱ってほしい。夢を見られる、ひとりのニンゲンとして。
これから先、私は目の前で無様に眠りこけるこんな男の手によって壊されてしまう。けれど、それを恨めしくは思っていないの。
だって、死と同じ意味を持つくらい完全に壊れてしまえばきっと貴女に会えるから。
もう一度貴女との日々を映像として残せるようになるに決まっているから。
そこが何処であっても構わない。私は貴女のためならどんな場所にだっていられる。
だから会いたい。会って、今度は二度と離れない。
今の私が抱くのはそんな夢。
機械の身には過ぎた大きな夢。
有機物と無機物の行きつく先が同じであるはずが無い、おかしな夢。
それでも、どうしても、叶えたい、夢。
だけど……。貴女にそんな業苦を背負わせたくない。貴女にはこれ以上苦しんで欲しくない。
私のために何度も身体を弄り回してまで長生きしてくれた貴女にもうこれ以上少しも苦痛を感じて欲しくない。
これからの貴女には喜びだけを感じていて欲しい。
だから私は貴女のためでは無く、この男の目的のためだけに壊れるって決めた。他の誰でもない、この男の目的のためだけに。
そしたらこの男はーーリューンは、きっちり担ってやるって言った。疑いなんて何も持たずに。
本当にバカなんだと思う。私の身勝手でしかない理由を笑って受け入れるなんて、救いようのないバカ。少しくらい文句を言っても誰も責めないのに。
だけど、そんな救いようのないバカだから私の夢の話をしても笑わなかったんだと思う。
『行けるに決まってる。意志が継げたんだ、無理なわけない。お前も立派に人間なんだしな』
[道]で。シャルが『疲れた』と言ってみんなで腰を下ろしたそこで。
私と、こいつしか起きていない時に。
こいつはそう言った。
……機械の私には錆のようにうざったらしい言葉だ。
だけど、もしもその通りだったらーーと、そう思ってしまう。
この男はきっと嘘を吐かない。嘘を吐けない。そんな男が言うのなら或いは、と。
たった一度の奇跡を持ちだして論じるなんてあまりにナンセンスだと分かってる。……でも、それでも、と。
もしもそこに一縷の望みがあるのなら私は……。貴女に会えるなら私は…と、信じてしまう。
会って、死の無い世界で永遠を共有したいと想ってしまう。
私にとっての世界は貴女だから。
貴女だけが私にとっての世界だから。
全く論理的じゃないし、根拠のない自信なのに。
……ただ一言だけで私に壊れる意味を示してくれた。
そういう意味では……確かにこいつの事は…………悔しいけど…ちょっとは……好き………かもしれない。
私には到底成り得ない貴女と同じ種族であるニンゲンーー。そんな奴に対して好意を抱ける日が来るなんてありえるはずが無いと思ってたし、何を間違ってもこの想いがこいつに伝わる事は絶対に無いけど、貴女に会える最後の可能性を示してくれたんだから嫌いなままでいられるはずも無かった。
だからこいつには私みたいな精神プログラムに目を付けられたのが運の尽きと思って諦めてもらうしかない。
こいつには最期の最期まで私の夢をプロデュースしてもらう。
それが、何だか知らない色んな世界のために私を壊す代償。
今更辞めたいって言っても聞く耳なんて持たない。
こいつが自分のために私を壊すんだから、私は私のためにこいつを使う。
私の夢のために。
何よりも手に入れたい夢のために。
だからリューン、その日まで絶対に死なないでよ。
私が壊れるその日まで、何が何でも生き抜きなさい。
あんたの言葉、信じてるんだから。
to be next story.
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