第24話 ひと時の活動休止
マードとの戦いから三日後、俺の肉体は完全な回復を果たしていた。
「有難う、フィルオーヌ。本当に助かった」
「…良いのよ。二度と同じ事をしないでくれるのならそれで」
「ああ、肝に銘じる」
右手の包帯をフィルオーヌに解いてもらいながら感謝を伝える。
あれだけの重傷だったのに痛みが少しも無い。これなら今すぐにでも次の異世界に行けそうだ。
「たっだいま~!」
「ただいま」
「……帰ったわよ」
ふつと沸き上がる感情を塞ぐように届く三人の少女の声。それは紛れもなくキリィ、ソーフィア、ファズのものだ。
「あれ~?もう治っちゃったんです~?残念」
「滑稽な姿が見れると思ったのに。もう一回寝なさいよ」
「ははは、壊すぞコラ」
とたとたと軽快な足音で真っ先に入って来たキリィは俺を見るなり言葉通りの落ち込んだ表情を見せ、次いで現れたファズは本当に蒸し返そうとしているのか拳を握っている。
だが、これは当然照れ隠のはずだ。実際はその逆の事を考えているに違いない。でなければ曲がりなりにもプロデューサーをしていた俺に対してあまりにも酷だ。
そんな俺の心境を最後に入って来たソーフィアが代弁してくれた。
「全く君達は……。一応、病み上がりなんだぞ。冗談もほどほどにだな…」
「?」
「?」
「……?」
「待てコラ。せめてお前はなんか言えよソーフィア」
そしてそれは病み上がりの俺にはあんまりにもあんまりな反応だった。
嘘だろ?一応俺のお陰でお前ら含む機生体は何とかなったんだし、しかもラストライブできたんだよな?
「おかえりなさい、三人共。……どうだった?」
落胆に襲われる俺とは違い、普段通りの様子で三人に話しかけるフィルオーヌ。
話しかけ方が少しぎこちないのはまだあまり親しくなれて無いからだろうか。
「ん~?まぁ悪くなかったんじゃないですか~?ねぇ~」
「そうだな。心残りは無くとも『あともう一度』と思ってしまうくらいの完成度だった」
「そうね。アレが最後ってなると、すっきりとしてるのに執着しちゃう」
「…そう。それは、良かったわ」
三人の返事にーー恐らくは罪悪感を抱いたフィルオーヌは俺の右腕の包帯を解き終えながら僅かに俯く。
……フィルオーヌ。お前もなんだな。
[道]であんな言い方をしても、お前も俺と同じように。
「そう言う事だから、さっさと次の異世界ってところに行くわよ。やる事やったしね」
俺とフィルオーヌの様子を見たからなのか無視してなのか、ファズは単刀直入にここでの最終目的を口にする。
しかし、それは流石に早計だと思わずにはいられない。
確かに俺達に時間はないが別れの瞬間を削るほど切迫してはいないはずだ。少なくともこの星にはまだ魔王復活による異変は起きていないし、数分程度の別れなら誤差にもならないだろうし時間を作ってやりたい。
…のだが、ファズは俺の傍に来てベッドに腰を下ろすと真っ直ぐに目を覗き込んで僅かに怒りを帯びた声色を向けてきた。
「プロデューサー……ううん、今はもうリューンね。あんた、どうせ今『別れの時間は~』とか思ってるでしょ」
「…ああ、まぁ」
「ホンットにバカね。時間があるかどうかなんて関係ないの。ただの急ぐ旅じゃないでしょ?一刻を争う【かも】知れない旅なのに余裕があるも何も無いでしょうが。数分どころか数秒だって惜しいと思うべきなのよ。違う?」
ファズの怒気の込められた言葉に思わず息を呑んでしまう。
彼女の言葉が実際のところ正しいと分かっているからだ。
正直、俺達には時間が無いので急いでいるのではなく、時間がどれだけ残されているか分からないから急いでいるのだ。
だとすれば彼女の言うようにさっさと行動に移した方が良いのは的を得た考え方に違いない。
……しかし。
「……はぁ。あんた、まだ納得いってないのね」
「まぁな。今生の別れになるかもしれないのに不確かな要素だけで急かすのは、な」
ファズに言い当てられてしまい素直に答える。
そう、このまま俺が何も手立てを見つけられなければファズは宝玉化してしまい二度とソーフィアとキリィには会えなくなってしまう。
宝玉化の本質上、バックアップデータなども恐らく残らないはずだというのを踏まえると、多少無理してでも別れに時間を用意するべきだ。
俺のそんな考えも読み取ったのだろう。ファズは大きくため息を吐くとかなり呆れた表情でベッドから降りながら行動を急いでもいい理由を言葉にした。
「じゃあこう言えばいい?別れはとっくに済ませた。今更言う事は無いし、こうやって一緒に居るのも正直恥ずかしい、って」
「済ませた…って、この三日間にか?」
「他にあると思う?て言うか、そもそもライブの時に別れの挨拶とかするに決まってるでしょ。その時の袖でついでにしたの」
「つ、ついでって……」
「言葉のアヤに決まってるでしょ!メインは二機に対してに決まって…って、言わせないでよ。恥ずかしい」
「それは分かるが……」
言われてみれば確かにな事実に言葉が一瞬詰まる。
三日もライブをやれば……というか、一日ごとに別れの挨拶を行うに決まってる。
だからもういい、と言うのなら俺が口出す事ではない。
それに俺はこの三日間寝たきりだったので感慨も何もないが、フィルオーヌとシャルも含めた彼女達は全員ちゃんと日々を過ごしていたはずだ。
だから俺のこのモヤっとした気持ちは俺の中だけのものでしかなく、彼女らは全員次への踏ん切りをつけているんだろう。
と、すると、だ。
「……分かった。じゃあ出発だ。みんなもそれでいいか?」
俺のこの気持ちは押し付け以外の何物でもなく、みんなにはかえって迷惑になりかねない。ならおとなしくファズの提案を受け入れるのが正解だろう。
「私は構わないぞ。ファズの言うように別れは済ませたからな」
「それに~私達は過ごした日々を忘れる事は無いんですよ~。それこそぉ、初期化されたとしてもバックアップさえあれば永遠に」
「ま、そうだな」
「御心配むよ~」
二人は笑いながら己の頭を指さしてそう言う。
ーー……俺達生き物には滅多に言えない確実性だな。正直羨ましい。みんなとの……ブラフとの記憶もいつかは変質したり、多くが消えてしまうんだろうから。
「私は……そうね、シャル次第だけれど、出発には賛成」
「あー、そう言えばシャルが見当たらないな?まだ部屋にいるのか?」
フィルオーヌに名前を出されてようやく気が付く。今日起きてから既に三時間は経ってるがシャルの姿が見えてない。
そもそもの時間帯が昼なのを考えるとまだ寝ているからというのも考えにくい。
ここ二日間はマードとの戦い方に呆れて怒っているから見舞いにも来なかったんだろうと思っていたが、完治した今日には流石に顔を見せてくれてもいいはずだ。
ーー……いや、それともそれだけ怒ってる、のか?絶対に必要な時まで顔も見たくない……とか。
「なーーーーにが『そう言えば』よ!今の今まで気が付かないってどーいう事?まだ顔を合わせたくないとか!?」
なんて非常に嫌な予感が過った瞬間、寝室の入り口からかーなーり不機嫌そうな声を張り上げたシャルが現れた。
「しゃ、シャル!?いや、そういうわけじゃ無くてだな」
「じゃーどういうわけぇ~????」
ソーフィアの肩を優しく押して道を作りながらしっかり俺を睨みつけて歩み寄ってくるシャル。
俺の予想は当たらずも遠からずだったらしく、彼女の怒りは消えていない様子だ。
「こんっなに包帯でぐるぐる巻きになって!ほんっとうにお見舞い来なくてよかった!全身くまなく殴っちゃっただろうからね!」
言いながらシャルは未だ包帯が巻いたままの左腕と両脚、そして腹部に一発ずつ握った拳を入れる。
……が、痛みはまるでない。流石に魔法での強化は行っていなかったら…
……?
「……なんか、元気ないのか?シャル」
お仕置きの一撃になんとなく違和感を覚えて思わずシャルに問うてしまう。
何と言うかさっきの攻撃、強化していないのではなく、強化していても分からないくらい衰弱した一撃のような感じがしたからだ。
以前剣魔界で喧嘩した時に貰った一発では三日間寝込んだ事もあるし、そう考えるとかなり妙だ。幾ら強化していなかったとしても痛みがまるで無いなんてありえない。
そんな俺の質問にプチッっとイってしまったらしい。シャルの全身から怒りのオーラが溢れ出てきた。
「それは何かな?私のすっご~~く手加減したお仕置きじゃ不満だったって事かな~~?」
彼女は張り付けたような笑顔を浮かべたままドスの聞いた声を出しながらベッドに身を乗り出す。
目的はーー考えたくない。
「あ、いや、そう言うのじゃなくてだな。なんつーか、風邪…とかなんじゃないかなって。………違った?」
「違ったね~~。怒ってるなりの優しさっだったんだよ~。分かる~?このボンクラ頭君~~~???」
口は禍の下。
表面上隠せていたはずの怒りをしっかりきっかり発露しながらシャルは額が触れ合うくらいにまで顔を近付けてきた。
これだけ接近しているのに一切目を開かず笑顔のままなのが怖い。
「そ、そうか……?なら、な、ナンデモナイデス。ゴメンナサイ」
怒気と気迫に押され、思考するよりも早く謝罪の言葉が口を吐く。
これは……しくじったかもしれない。
心は籠っていただろうか。何に対して謝っているのか明確になっていただろうか。
いずれにしろ下手を打っていれば今度は本格的な攻撃が飛んでくるはずだ。
「……ま、よろしい」
そう覚悟していた俺の耳に届くのは謝罪を気に入ってくれたと読み取れる返事。
とすれば、俺はもう一度寝込まずに済んだという事になるはずだ。
良かった、何とか助かった。
「ふふ。二人のじゃれ合いが見れるまで回復していて良かったわ」
「笑い事かよ……」
完全に他人事になっているフィルオーヌは嬉しそうに笑うが、俺的にはそんな余裕はない。
と言うか、シャルの一挙手一投足全てに不安がつきまとってる。怖すぎる。
「【とりあえず】許してあげる。暫くは私の荷物持ちになってもらうけど」
「わ、分かった。それならお易い御用だ」
御赦しの代価が荷物持ち、という事は自分の特大の剣に加え戦斧二本も背負う事になるわけだが、シャルを怒らせたままにするよりはずっといい。喜んで荷物持ちをさせてもらおう。
「…で、話は終わった?終わったなら早く行きたいんだけど」
「あ、ああ悪い。その話だったな。シャルは平気か?」
殊更呆れた表情に変わっていたファズに声を掛けられて話の本筋を思い出し、シャルに改めて確認を取る。
「いいんじゃない?ファズがそう言うんだし」
彼女は俺の質問に悩んだ素振りも見せずに頷いた。
「じゃあ決定。フィルオーヌに聞いた異世界に繋がる[道]には心当たりがあるからとりあえず私についてきなさい」
話が決まり、早速と言わんばかりに部屋を出て行こうとするファズ。
が、直ぐに足を止めて俺の方を振り向いた。
「……ホンットに面倒な男ね。手伝ってあげるから早く包帯取っちゃいなさいよ」
……これに関しては流石に他の皆も俺に同情的だった。
俺、一応結構な病み上がりなんだよな。
ーーーー
ファズと一緒に十分くらいかけて包帯を取り終えた俺達は見送りに来てくれたソーフィア、キリィと共にカタヌキのかつての研究所だったトンネルの近くまで来ている。
「ここが我々機生体が創り上げられた場所、か……」
「でも懐かしさとかは無いですねぇ」
トンネルを見上げるソーフィアとキリィ。けれど二人の表情に感慨深さのようなモノは無い。
「仕方ないわ。トモベは私以外の機生体にはここが特別な場所だとはインプットしなかったもの」
「まぁそうだろうな。下手に押し寄せて何かあっては困るはずだ」
「だとしてもなーんにも感じ無さ過ぎですけどね~」
三人はそんな会話をするとソーフィアとキリィはそれ以上の興味を示す事は無く、トンネルを見上げるのをあっさりと辞める。
僅かに心惹くモノすらない、という事なんだろう。ゆかり深い場所ですら何も感じないのを見ると、やはり機械と人間の違いを感じて心が苦しくなる。
彼女達はこんなにも人間らしいのに。
「じゃ、本題。[道]はこの中には無いわ。あるのはここ」
ファズはそう言うとトンネルの正面に位置する何もない場所……と言うより、空間を指さす。
「……?」
「えっと、どこ……?」
当然、俺とシャルは何も分からずファズを見直し、一緒に見ていたソーフィアとキリィも小首を傾げている。
が、フィルオーヌだけが大きく頷き、「そういう事…」と呟いた。
「トモベさんは私の教えた通りにしてくれたのね」
「そ。と言うか、私以外にはフィルオーヌさんだけに分かるようにしていたって言うのが正しいかしら」
「「「「????」」」」
彼女達の中でだけ進む話に残された俺達は顔を見合わせるばかり。
かつての戦いの際にフィルオーヌがカタヌキに何かを教えてその通りにしてくれたってのは話の流れで分かったが、それが何なのかが分からない。
「それなら、今度は私が応える番ね」
そう言ってフィルオーヌは槍を地面に突き立てると空いている右手を正面ーーファズの指さした空間にかざし、何かの魔法を行う。
その魔法は多分、隠匿魔法の下級上位に位置する[虚影簒奪]。
下級の隠匿魔法によって施された術者以外の認知を遮断する魔法を解くために使われる解除系の魔法だ。
そして俺の推測は当たっていたらしく、魔法の効力が効き始めると何もない場所に見る見るうちに[道]の入り口が現れた。
「…いざ目の当たりにすると言葉が無いわね。こんなに凄いの?魔法って」
「そうね。トモベさんに教えた唯一の魔法だけど、練習の時点であの人はかなり上手にかけていたわ。意識していなければ私にも分からないくらいに」
「……そう。聞いていた通り、欲しい言葉をくれるのね」
「ふふ、どうかしら。そういうつもりは無いわよ?」
「………ちょっと、ムカつく」
「同じ事をトモベさんにも言われたわ。やっぱり、あの人の子ね」
「あっっっっそ」
彼女らの会話を聞いていると、どういうわけかファズはフィルオーヌに対して怒っているような恥ずかしがっているような声をぶつけ、そのまま真っ直ぐに[道]へと進み始めてしまう。
その後姿をフィルオーヌは何処か嬉しそうに見つめ、俺達を一瞥すると後を追うようにしてゆっくりと歩き出した。
「…?フィルオーヌさんとファズって、相性悪いのかな…?」
「どうかな。多分自分とカタヌキの間にフィルオーヌが割り込んできたから…だとは思うが」
「親しい相手が増えるのがイヤって事なのかな?何で?」
「さぁ?やっぱ相性かもな。どっちもクセあるし」
喧嘩する要素が判然としなかった俺とシャルは互いに顔を見合わせて小首を傾げ合う。
彼女の言うように、もしも相性が悪いのだとしたら今後の雲行きが不安だ。面倒な事にならなければいいが……。
「ああ、そうだ。プロデューサー」
「なんだ!?」
「あ~~。クセが抜けてないですね~?」
「……みたいだな」
これからの旅に僅かな不安を感じていると、不意にソーフィアに呼ばれて反射的に振り向いてしまい、それをキリィに笑われる。
一週間程度しかやって無いのにまさかの職業病だ。しかも勢いよく振り向き過ぎて首が痛い。
「だがそれだけ私達の活動に真剣だったのは素直に嬉しい。今までは言う機会が無くて流してしまっていたが、改めて礼を言わせてくれ。有難う」
「私からもありがとでっす。なんだかんだ、今まででも特に楽しかったし、感謝してるんですよ?」
「…そうか。それなら良かったよ」
二人の偽りない言葉に胸の奥が少しだけ痛む。
俺はあくまでファズのために心血を注いでいたのであって彼女達が楽しめるようにプロデュースしていたわけでは無い。
だがそれをわざわざ告げるのは二人の気持ちに水を差してしまうだけ。
……なんと言うか、俺は最低な人間だ。
「ファズが抜ける事でライト・ライト・ライトは解散だ。再結成もまずないだろう。だが可能性はゼロではない。私達はそう思っている」
「だから私達は[ライト to ライト]として活動する事にしましたぁ。今更アイドル辞められないですしねぇ~」
俺の罪悪感を知りようがない二人はそう言うと、いつの間に考えたのか二人専用の決めポーズを披露してくれる。
「わ…。カッコいい」
「ふふ、そうか?考えた甲斐があったな」
「ねぇ~」
隣で話を聞いていたシャルは二人のポーズを見るなり釘づけだ。
実際かなりの完成度で、たった一つしか見ていないというのにライト to ライトにはこれ以上のモノは無いだろうと妙な確信が湧いてしまう。
だが…それでも。この二人の間にファズが居ないのはどうしても違和感を覚えてしまう。
「……だがまぁ、見ての通りこのポーズは僅かに未完成だ」
「元プロデューサーなら何が足りないのか分かりますよねぇ」
「………ああ」
ソーフィアとキリィは落胆した様子でポーズを解く。
正しく、俺が瞬時に思った[ファズが居ない事]だ。
見慣れる、見慣れないではない明確な違和感。それこそ風景画のパズルの一ピースが欠けているかのような未完成具合。
それはアイドルという完璧な偶像を売る商売に於いては絶対に容認してはいけない部分だ。
それを俺はこれから……。
「なのでぇ~、ちゃーんとファズちゃんの事返してくださいね~?フィルオーヌちゃんから話は聞いたけど、あくまで貸すだけですから。……破っちゃヤだよ?約束」
「……使えるもの全部使って努力する」
「[約束する]とは言ってくれないんだ?」
「……………すまない」
『話は聞いた』、と。キリィは確かにそう言った。
だとすれば宝玉化の事もきっと知っている。
その上で彼女は……いや、彼女達は俺に約束を求めた。
だが、俺には……。
その気持ちに応える術が、無い。
俺の発する約束はあまりに軽く、気が遠くなるくらい虚無だ。最期の最期に縋る一本の藁くらいの価値しかない。
「期待する結末を私達に結ぶ言葉はなんだっていいさ。キリィはこう言っているが、本心では君を信じてる。あんな戦い方を見せられればさっきの言葉が本当だと嫌でも思い知るしな」
「……ま、そーいう事ですケド。乙女心的に?無理かもしれなくてもかっこよ~く約束して欲しかったんですぅ~」
そういう彼女の視線の奥は深淵(ふか)い。
彼女の思う所はソーフィアとは間違いなく別だ。過程ではなく求める結果のみを求める、そういう瞳をしている。
「そうか、それは……悪かった。……けど、な。俺のはちょっとたちが悪いんだ」
それでも俺にはもう、約束を口にする権利は無い。
結末の末の結果をキリィから受ける事でしか彼女に応える術はない。
「ふぅ~ん…。誠実なだけの男なんてイマドキ需要有るんです?」
「無くは無い、みたいだ」
「そうだな。少なくとも私は安易に嘘を吐く相手は好かないな。そういう意味ではリューンは満点だ。恋愛は禁止、では無かったよな?」
「も~~~!!ソーフィアはどっちの味方~~~!?」
「はは、すまんすまん。冗談だ」
「慣れない事して!」
言葉を交えれば交えるほどに深淵く黒く重くなっていくキリィの瞳がソーフィアの言葉によって瞬時に輝きを取り戻す。
それで今更ながら理解できた。他の二人以上にキリィにとってはこの居場所(アイドル)が大事な場所だったのだと。
「……キリィ」
「…何です?」
呼びかけと同時に彼女の瞳が刹那に深淵くなる。
彼女の中で俺はもう敵なんだろう。大切な場所を奪った許し難い敵なんだ。
だとすれば、俺が言えるのは一つしかない。
「俺ははっきり言ってお前らのために動くつもりは無い。けど、その分ファズに心残りが無いようにだけはする。それだけは覚えておいてくれ」
「………それは約束と捉えてもい~んです?」
「好きなように受け取ってくれ」
「ふぅ~ん。言霊とかジンクスとか信じちゃってるんだ。私達には出来ないなぁ」
見透かされ、それでも覗き込んでくる視線を真っ直ぐに受け止める。
…だが、少ししてキリィは深淵い瞳を普段通りに戻した。
「ま、今はそれで信用してあげます。期待外れ、なーんて事にさえならなければいいわけですし~~」
「…有難う」
キリィは少しだけ微笑むと跳ねるようにソーフィアの傍に戻る。
と、ほぼ同時。[道]の方からファズの声が届いた。
「ねぇ、いつまで話してるの。先行っちゃってもいいの?」
「ほらほら呼んでますよぉ~」
「あいつは怒らせると怖いからな、早く行ってやれ」
「…そうだな。じゃあ、また」
悪戯な笑みのキリィと苦笑いを浮かべるソーフィア。
その姿にどうしようもない苦しさを感じながら、俺は背を向けて逃げるようにして足早に向かった。
どれだけ自分を虐める戦い方をしても所詮はこれなんだと、己を責めながら。
「……でも大丈夫。私が代わりに約束するよ。リューンは嘘は吐かないって」
リューンがファズ達の元へと向かってから少ししてシャルは二機にそう言う。
彼女の言葉は先ほどの話の流れに不安があって出て来たモノではない。
確信に満ちた彼女の表情の通り、本心から出た想いだ。
それに対し二機はリューンに見せていた表情とは少し違う、何処か柔らかみのある顔つきで応えた。
「ははは、知っているさ、そのくらい。あいつは器用を気取ってるが不器用そのものだ。そんな奴に嘘は吐けない」
「そこは認めるしかないですよねぇ~。許すかは別ですけど」
「あはは。そっか、それなら大丈夫かな」
あのように責める態度だけでなく恐らくは今のも本心なのだろう。
そう感じ取ったシャルは、リューンが傍らの寂しさに気が付いて振り向くよりも前に足早に彼の元へと向かった。
僅かに覚束ない足取りを隠すようにして。
ーーそうして二人が[道]の前で待っていたフィルオーヌ達に追いつくと、ファズは二機に振り返り、ボリュームを上げた声で、平時と変わらない心持ちのまま告げた。
「……じゃあ、二人とも。今までありがとね。私なんかいなくても大丈夫だから。アイドル、頑張んなさいよ」
その言葉からだけではファズの本心は決して読み取れない。
けれど、ソーフィアとキリィは彼女と同様の設定にした声で応える。
「分かっているさ。帰ってきた時に居場所がなくなっていても文句を言うなよ?」
「いちおーオーディションはしてあげますけどぉ、鈍ってたら容赦な~く落とすので忘れないよぉ~に」
「……そうね。分かったわ」
言葉を交わし終えると同時、ファズはリューンの手を取って[道]へと片足を踏み入れる。
そうして完全に飲み込まれる前に、リューンはシャルの手を、シャルはフィルオーヌの手を取って、[道]の中へと進んで行った。
「…さてと、まずは言葉通り、居場所を失くすための三人目を探すか?」
「ま~た下手な冗談言ってる。会わないからやめた方が良いんじゃない?」
「はは、そうだな」
二機は笑い合いながら立つ者がいなくなった[道]が再び見えなくなるまでそこに立っていた。
待っていても直ぐに帰ってくるわけでは無いと分かっていたのに。
今日ばかりは合理性を捨てて待っていた。
もしかしたら時間の流れが違く、戦い終えた彼らが直ぐに帰ってくるのではないかと二機で話しながら。日暮れまで。
ただ、待ち続けた。
to be next story.
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