第22話 引けぬ戦い

 

 ーー四日後。

とうとう、ファズの最後のライブの日がやってくる。

その間にリューンが綴った歌詞の数は二十。日に五曲のペースだ。

彼の異常なまでの作詩速度に魔法らしい魔法は使われていない。使われたのは精々、翻訳の性質を持つ補助魔法と理想的な空想の世界を脳内に創り上げる錬金魔法に類される魔法くらいだ。

他に利用したものと言えばファズ、キリィ、ソーフィアの有している国語辞典等の語彙に関する機能だけ。

これらを活用し彼が作り出した歌詞はどれもアマチュアでなら及第点前後と言える内容だった。

名曲とは言えない。しかし駄曲と言うほど酷くも無い。そんな半端な物が大半で、極めて優秀で一般販売にも耐えうる曲は四日間の間に作られた二十曲とその前の三日間に作られた十曲の計三十曲の中に一、二曲しかない。

が、この評価が当てはまるのはあくまでも彼にとっての本来の世界である探求界や人間族が支配する剣魔界での話だ。

彼が曲を披露する場は機生界。人間が創り出したとはいえ根幹が有機物ではなく無機物で構成された機生体にとって人間が作った曲は何もかもが新鮮に聞こえ、彼らの思考回路を焼くような内容ばかり。賞賛を沸き上がらせるのに足る曲ばかりだった。

そのような限定的な名曲である事をリューンは全て承知していた。

作曲中に抱いた[己は器ではなく役不足な無能だ]という事実と、それとは相反するファズ達からのOKサイン。

初めリューンは納得できずに自ら歌詞の修正を申し出たりもしたが、五曲目ではっきりと気が付いた。

『俺ではなく、生きている者であれば誰が書いた物でもいい』と。

作詞とプロデュースの仕事は本来の目的とは全く関係がない。なのだから彼は甘んじてーーというよりも寧ろ幸運であると受け取って続けるだけで良かった。

けれど彼は己の無能さを痛感し続けながらも新曲に着手する度に[前よりもより良い物]である事を大前提に置いて可能な限りベストを尽くすと胸奥で誓いながら作曲作業とそれに伴う演出の構築を続けた。

理由は聴き手のためでは決してない。また、本質的にはプロデュースしているライト・ライト・ライトのためでもなかった。

全てはファズのため。

ステージ上のファズが、そのために他の二機が、少しでも輝けるようにと。

自分達の目的のために死ぬ必要の全く無かった彼女を殺すのなら。その彼女が今最も大切にしているのだろう【ここ】に絶対に泥を掛けないため、己に出来る可能な事全てをやろうという彼なりのケジメからだった。

キリィやソーフィア、そして聴き手であるファンの機生体達がこれらに触れられるのはあくまでもその副産物に過ぎず、メンバーの二機はともかくファン達の求めるモノであるかどうかというのは二の次だった。

しかし、ファズ達の『四十は新曲が欲しい』という無理難題には努力の甲斐なく届きはしなかった。

『それでもプロデューサーなの?無能』とファズはリューンを罵った。けれど、その裏では出来上がった三十曲全てに彼女を含む三機は心から満足し、それ以上の言及は無かった。

内心で求めに応えられなかった悔しさに歯噛みするリューンにはまるで気が付かずに。

そうして訪れたライブ当日の客入りは本来の会場収容数を大きく超えた超過多員となっていた。

普段なら退場を音声による簡易プログラムとして発すれば従うはずの客達が今回は誰一機として従いはしない。

別の場で過去に似た例がないわけでは無いが、それはデモや襲撃や暴動のような感情面のシステムが暴走している異常事態時に起きる簡易プログラムそのものの完全遮断によるモノであった。

そのため今回のように簡易プログラムを受け容れた上でなお起きる不実行などは前例がなく、そもそも本来は不要なはずの娯楽にこのような事が起きた試しは一度も無かった。

会場の従業員達は対応に追われ、苦慮の末に致し方なく彼らに収音機能の一時的な開放を許し、予定していた会場音量の調整を大幅に変更し、更に夜間である事を利用し一切の予定が無かったファズ達のソリッド・ヴィジョンをリアルタイムで空に映すという対応をとった。

これほどの対応を行うのはパフォーマンス・シアター始まって以来の異常事態だった。

これによって会場の周囲一帯に文字通り溢れ返っていた観客達は簡易プログラムの一部……つまりは[会場内に入ってはいけない]という点のみを実行し始めた。

一機、また一機と外へと出ていく機生体達。彼らの思考の中には会場に入れない事自体に対する不満は誰一機として持ち合わせていなかった。

元よりパフォーマンス・シアターの入場は先着順。チケットなどは無く、入場できなかった場合は別日に別組のパフィーマンスを観ればいいという程度の認識しか無かった。

これは、本質は機械であり、娯楽を享受する事自体が人間らしさを模倣しているに過ぎない機生体達にとっては不思議でも何でもないごく当然の考えだった。人で言うところの[特にこだわりのない食べ物ならどこの店でも構わない]というような部分によく似ている。

しかし。一週間前に行われた前回のライト・ライト・ライトのステージを目の当たりにした機生体達は、そんな彼らから話を聞いた他の機生体達は、[観れない][聴けない][この場にいられない]事だけがひたすらにあらゆるプログラムの実行を否定し拒絶するような状態だった。

理由は誰にも分かっていなかった。人や感情を持つ者達が聞けば考えるまでも無く分かる事であったのに。

故に、[見れるのであれば][聞けるのであれば][ここにいられるのであれば]誰も文句は無く、暴動を起こすバグなど起きようはずも無かった。

そんな大量の無機物達が生み出す熱。

彼らが一身に臨むのはもう間もなく始まるであろうファズ達[ライト・ライト・ライト]のステージを何かしらの回路に焼き付ける事。

ただ、それだけ。

ーーやがて、会場の闇夜に浮かぶ雲の一つに捻じれるようにして穴が開いた。

その穴は次第に大きくなり、雲が霧散するまでに広がっていく。

一体どんな演出なのだろうかーー外にいた機生体達皆がそう思考を巡らせ、過去のライブに於ける演出から割り出そうとした。

……だが、空に浮かんだのは更なるサプライズでも、既に周知されたファズ達のソリッド・ヴィジョンでもない。

霧散した雲を細切れに蹴散らしていくのは破壊の臭いを充満させる多量の突起状の楕円ーーミサイルだった。

あまりに唐突なそれに地上にいた機生体達は視覚センサからの情報と記憶の情報を頼りに類似する何かが無いかと探した。

……だが、当然なかった。

これは前代未聞の状況だったのだから。

 「……飛べよ、異物共」

情報の照会に足を取られる彼らの頭上。残る大雲に最も初めに穴を空けた影が吐き捨てると同時、数多のミサイルが点火し轟音と共に死煙を吐き出しながら一つ、また一つと影から切り離されひと時の落下に身を任せた。

間断なく発射されていくミサイルは一瞬の自由落下との後に無作為で機械的な軌道を僅かに見せた後、ロックオンされた地上へと十数秒間に渡り降り注いだ。

その様は正しく豪雨だった。

機械とは言え今からこれらを避ける事は不可能。上空を見上げていた機生体はそれを理解していた。

『一発一発の軌道を解析するに狙いの一つは自分なのだ』と。

故に。逃げ惑う事は無かった。

被害の拡大を慮ったからではない。狙いが己であるとすれば、追尾性を持つミサイルを避け切る事など望めるはずが無いからだ。

豪雨は、豪雨らしい音を轟かせながら降り、一つ目が老人型機生体の一機に当たる。

そして、周囲にいた十数機の機生体に壊滅的な打撃を与える爆発を起こし、煌々とした炎と噎せ返る黒煙が上がった。

二つ、三つ、四つ。

至る所で雨粒達が弾け、黒い雲を発生させながら炎上していく。

その度に機生体の首は飛び、脚は欠け、腕は溶けて、燃えていく。

ーー気が付けばライブ会場は爆炎吹き荒れる爆心地に様変わりしていた。

それをシャルとフィルオーヌは被害が及ばないだろうギリギリの位置で呆然とした視線を送り続けるしかできていなかった。

 「……間に、合わなかった……の………?こんなに目の前まで来てるのに……?」

 「あと少し早く……!ここであると分かれば………!」

膝から崩れ落ちるシャルと、槍を支えに立つフィルオーヌ。彼女らの傍らに爆散した機生体のどこかの部位の破片が失速気味に幾つも飛来し地面を無感情に転がる。

闇夜に包まれた彼女達を近くの爆炎が照らす。

その姿は酷く汚れ、身に付けている服や防具は火薬で焦げて半壊状態となっている。

 「…いえ、私達があの時あの機生体に勝てさえすれば……それだけで………」

歯ぎしりをするフィルオーヌは苛立ちのまま槍の底を地面に強く突き付ける。

今より二時間ほど前、彼女達は空よりミサイルを降らした影ーー機生体のホ・ム・マードと対峙していた。

端的な数と実力で言えばシャル達が負けるわけはなかった。しかしこのマードは彼女達の知らない手段ばかりを使って戦った。

魔法とはかけ離れた理屈の上に成り立つ兵器ーー化学兵器を使って。

ミサイルを始めとした多くの化学兵器を前に、原始的な火薬による兵器しか知らないシャルと、より原始的な刃物や弓矢しか知らないフィルオーヌは尽きる事の無いマードの攻撃手段に精神をすり減らし、避けられていたはずの攻撃も受けるようになっていった。

やがてそれらの攻撃の一つが致命傷に繋がり得る痛手をシャルに負わせ、彼女達を戦闘続行不能直前へと追い込む。

完全な敗北である死を何としてでも避けなければならなかったシャル達は何とか隙を作り逃走。

戦いの最中でマードの目的を探り、直感として訪れた『リューンが目的なのでは』という不安とその結末を絶対に回避するために彼女達は逃げた。

市街へと逃げ込み、入り組んだ場所に身を隠した彼女達は傷の手当てをする中で如何にしてリューンを探し出すかを苦悩していると奇跡的にも街頭のソリッド・ヴィジョンに映し出された当人を目撃する。

これによって居場所を知った彼女達は可能な限り早く手当てを行いライブ会場へと向かった。

……けれど。間一髪のところで間に合わなかった。急ぐあまり応急処置のみにしてしまった事が、逆に彼女達の行動に制限を設けてしまった結果だった。

セオリーとして見れば対応は正しく、傷や焦り……なにより沸き上がり続ける不安によって極限を余儀なくされてしまった彼女達には前提条件を疑う事自体が出来なかったのだ。

魔法を知る者達にとっては一切の常識が真逆に位置する機生界では寧ろある程度の治療を行わなければ裏路地を素早く的確に進むのは難しいのだと。

この事実に気が付いたのは促進させた自然治癒や慣れによって傷の痛みが大方治まり思考に余裕が出来た頃だった。

 「こうなってしまえば穏便にはもう無理ね……」

 「リューンには戦ってほしくなかったのに……!!」

彼女達がマードと対峙した最初の理由である[被害の最小化]はもう叶わない。

後に過り、結果として正しかったと受け入れるしかなくなった[標的はリューン]というのも未然に防ぐ事は出来なかった。

残された選択肢は被害の拡大を阻止するためにリューンと合流するか、機生体達の救助を行うかの二つだけだった。

それに伴いシャルとフィルオーヌは新たに危惧するべき事に気が付いた。

ソリッド・ヴィジョンで観た場所であるパフォーマンスシアターに何故か来る事になっているリューンがここに既にいるのかという点だ。

 「リューン……無事、だよね……?」

 「酷な言い方だけど、あそこにはまだ着いていない事を祈るしかないわ」

 「うん……」

彼女達がソリッド・ヴィジョンで観たのは普段とは全く違う黒スーツ姿の彼と、それぞれが煌びやかな衣装を身に纏った三機の女型機生体であり、報道の内容である『アイドル』や『ライブ』、『プロデュース』などの単語は何も理解できていなかった。

そのため、リューンがファズ達と共に既に会場内で最後のチェックを行っていた事などは想像もできていなかった。

……そのため。

 「……!!」

 「あれは…!?」

会場の天井より飛び出て行った一つの影がリューンであるとは直ぐに気付けなかった。

 「リューーーーン!!!!」

 「とうとうお出ましか、イレギュラー」

遥か下方より急接近するそれに、マードは忌々し気に漏らす。

接近速度は速い。明らかにマードが知っている[人間]が出せる速度ではない。

これが[魔法]と呼ばれるモノなのか。だとすればデタラメが過ぎる。アレではそもそも人体に何らかの負の影響が及ぶはずだ。

例えば、身体負荷……とか。

なのにこいつはまるで平然と一切の躊躇いなく行っている。

 「……いや、だから【イレギュラー】か。はっ!」

嗤い、スコープ機能を使わずとも確認できる距離まで近づいたのを見計らってマードはより上空へと上昇しつつ飛行を始める。

その速度は先程のリューンと同等か少し遅い。

 「逃がすかよ!!」

 「さて、追い切れるか?皮膚持ち」

叫びと同時、リューンは移動魔法[空歩]の速度を二段階上げた。

途端に彼を襲う風が凶器を剥き出しにし、煤に塗れて至る所が爆発で焦げて裂けているスーツを切り裂く。

しかし風の刃が通ったのは一瞬の事。瞬きの間も無く、空歩と同時に展開されるリューンを覆っている魔力の膜は厚さを増し、風の刃は弾かれる。

 「へぇ、魔法ってのはやっぱデタラメだな。滅茶苦茶だ」

後頭部に付いているサブセンサによりリューンの強化した魔法の効力が発生する一部始終を確認したマードは両手を小指から順に握っていく。

その後、彼の背部より露出している穂先のような一対から鼻につく臭いが僅かに噴き出した。

 「野郎!バーニアか!」

 「御名答。手始めに追いかけっこだ、人間!!」

碧い炎になる手前の熱。それは背部の景色を揺れる水面のように歪ませる。

リューンの鼻腔を焦がす燃焼材の熱を持った不愉快な臭いをまき散らし、マードは横に一回転翻ると、僅かに遅れて響いた爆発のような着火の音が彼の身体を二つ先の空まで一気に進ませる。

 「舐めるなよ!」

点火したバーニアのブーストによって生まれたダウンバーストのような気流を真っ向から突っ切りながらリューンは更に空歩の速度を上げる。

再び風の刃で裂けるスーツ。今度は先程よりもほんの少し遅れて魔力の膜が強靭になる。

 ーーなるほどな。[事前に]ではなく[事後に]か。

 「随分と人間らしいな!魔法ってのは!!」

 「何を独りで!」

 「はっ!集音機能はイマイチか!とことん機械と違う!」

バーニアの炎を僅かに膨らませ、速度を増すマード。

だがそれは単に飛行速度を上げるためだけではない。

加害に転じるためだ。

 「まずは小手調べだ!」

リューンの視界の先でマードに僅かな変化が起きる。

彼の目には脚が……いや、太腿が広がったように映る。

 「!!!!」

マードの両太腿の一部が外部へと引き出しのように押し出される。

中に収納されているのは黒々としたこぶし大の楕円形のナニカ。

それは兵器に疎いリューンでも知っていた。現代兵器の中でもかなりお手軽に広範囲を破壊に導ける道具ーーグレネードと。

 「見た事あるんだろ?こーいうのくらいは」

 「野郎!!」

 「カウント式でも着弾式でもないぞ」

マードの薄い笑みを合図にグレネードを固定していたパーツが一つずつパージされる。

左右共に行われたパージは瞬く間に二個のグレネードを空中へと置き去りにし、一呼吸の間もなくリューンがそこへと達した。

 「クソッ!!」

グレネードに一瞬赤い点滅が付くと同時、リューンを包んで余りある爆発が起きる。

黒々とした煙は歪な円形を作って宙に留まる。

それ以上は膨張せず、さりとて収縮せず、風による分解は端より最低限に、爆発の威力を語るために一定の大きさを保つ。

そう、歪な円をある程度保ったままだ。

爆炎の球の中から落下する影は無い。

 「…あの膜にそんな防御力あったのか?」

遠方で止まり、爆発を見守っていたマードは己の分析を再演算する。

しかし四度行っても結論は同じ。グレネード二個の爆発に直撃すればあの膜の上からでも人体を破壊する事が可能という答えだけ。

死には至らない程度のダメージに敢えて抑えたのが仇となったのか?それともまた何かの魔法を使ったのか。マードには判別のつけようがなかった。

無かったが、何の事は無い。もう一度、今度はより防御に特化した別の魔法を使ったとしても耐えられないレベルの爆弾を用意すればいいだけだ。

 「ねぇよ、クソが。ボケ……!」

次第に晴れていく黒煙の中に浮かぶ人影ーーリューン。

スーツの損傷は激しく、最早ボロ布を着ているかのような彼の露出部位には血が滲んでいる。だがやはりマードの確認したように肉体は五体満足に付いている。

 「凄いな。大して痛手じゃないのか」

収納されていた太腿の装甲を再度展開するマード。

彼の思考の中ではリューンの怪我の度合いから既に演算の修正を行い次の攻撃に必要な火薬の量を導いている。

後は最終的な修正と仕掛けるタイミングだけだ。

 「舐めやがって。右耳がイカれてんだよ」

 ーーだろうな。恐らく、臓器類にも自覚が出来ないだけで何かしらの衝撃がいっているはずだ。もしくは隠しているか、だが。

怒りに満ち満ちたリューンの言葉から得られるダメージの度合い。それを基により正確な計算を行おうとマードは画策する。

そのためにはより本心を聞き出さなければならない。そう考えた彼は非常に明確な挑発に転じた。

 「ならやっぱり凄いな。俺はどこかしら飛ばしてやるつもりだったんだがな」

 「この……!」

まずもってあり得ないが思考を読まれぬよう、マードは表情と声色に細心の注意を払う。

挑発が成功してリューンが感情を見せれば臓器類へのダメージを隠せなくなるだろうという憶測からだ。

…しかし、マードの作戦は早々に破綻を見せる。

 「…いや、そうだな。アレはその程度の攻撃だった。『小手調べ』とも言ってたしな」

不意の襲撃による激情、感情のまま行われた追走劇、その上での肉体に無視できないダメージを負う攻撃と目に見えて増すだろう次弾の苛烈さーー。

これらを受け、ダメ押しとばかりにされた露骨な挑発によってリューンは寧ろ一呼吸を設ける冷静さを取り戻す。

そんな通常の人間からは考えられない彼の心の動きにマードは驚きを見せた。

 「へぇ。この状況で感情を抑えられるか」

 「人間だって機械に努める時があるって事だ。似た物同士なんだよ、意外とな」

挙句に放たれた挑発ともとれる発言にマードは種の違和感を感じる。

 「言うじゃないか」

その違和感が何なのか。彼はすぐさま解析を行うが、眼前での異変に気が付いた。

 「……消えた?」

視覚センサに捉えていたはずのリューンが消えてたのだ。

いつの間にーーなどという思考は意味を持たない。

魔法と言う知り得ない不確定要素がある以上、意識を向けていたとしても気付かれずに隠密に転じられる可能性があるからだ。

 「だがムダだ。俺には増設した上下左右後ろのあらゆるサブセンサがある。その手の奇襲には……」

違和感の解析に回していた一部リソースを一時的にセンサ類へ移しての全方位への索敵を開始するマード。だが、光電、レーザ、画像識別センサそのどれにもリューンは引っかからない。

 「……どこに行った。まさか本当に消えた?いや、あり得ない」

更に熱感センサを用いるもやはりいない。

いよいよ違和感の解析に割く余裕はないと改めたマードは持てる探知手段全てを同時に使いリューンを探す。

…………だが、それでも見つからなかった。

 「おかしい。姿は隠せる、熱は周囲に合わせられない事は無い、色だって迷彩を使えばどうにかなるだろう……。だが、音と超音波は生物であり物体である以上引っかからないはずが無い!!」

常識から逸脱した隠密能力に焦りを見せるマード。彼の思考は最早[リューンの備えている魔法の中に機械による探知の常識を悉く覆せるものがあるのか]だけになっていた。

真実を知る由も無い彼が気付く事は無いが、その答えは【無い】だ。

魔法と言えど万能では無い。マードの言うようにどれかを一時的に消す魔法はあるが、全てを同時に消すのは例え超級魔法と言えど不可能。

自己の存在そのもの一切を消し、あまつさえあらゆるセンサに映らないようにするなどというのは到底魔法が及ぶ域ではない。隠密魔法に於ける超級魔法【個を孕む零】による霊体化ですら熱感センサを欺く事は出来ない。

無論、すっかり消えたように生物を欺く魔法ならある。自己を意識の埒外に置くーーより簡単に説明するなら焦点から常に外れるよう意識を操作する隠匿魔法だ。

けれど機械であるマードにそれは通じない。何故なら機械による探知を総動員すれば盲点などカバーできて余りあるからだ。寧ろその魔法は対生物でしか効力を発揮しないため機械に用いたところで意味を成さない。

 「クソ、どこに……!!」

センサによる探知を最大限に行いながら、人間の目と同程度の性能しか持たない視覚センサすらをも動員してリューンを探すマード。

だがそれでも見つからない。

このままでは不意の一撃によって戦闘不能に陥りかねないーーそう結論付けた思考に苛立ちを覚える中で、集音センサに反応があった。

 「ここだよ、間抜け……いや、機械だからネジ足らずとかの方が良いか?」

 「!!」

混乱と錯乱の最中にいたマードに届くリューンの声。

音声の発信元へと視線を向けたマードは衝撃のあまり大きく目を見開いた。

 「お前…!」

 「卑怯、とは言うなよ?こちとらバックアップなんてのは名ばかりで全部次世代頼りだ。劣化する上強制力なんかねぇからな。何かをするつもりがあるなら必死に生き残らないとならないんだよ」

怒りを露わに睨みつけるマードの元へと現れるリューン。

彼の姿は消えていない。どころか、遥か下方から上昇してきた。

まるでその場にいなかったかのような顔をして。

 「……俺に、背を向けたな。再び立ち向かうとは言え、この状況で……!!」

 「やっと気が付いたか?ネジっ足らず」

マードが視覚センサに焼きつけんばかりに映しているリューンのシルエットは大きく変わっている。

背負っているのだ。ほんの数分前までは影も形も無かったはずの特大の剣を。

彼の武器を。

 「お前が機械で良かったよ。大方、魔法かなんかで消えたと思って禿げ上がるくらい必死にセンサー使って探してたんだろ?」

 「……何故そう思う。敢えて見逃したとは考えないのか」

 「思うかよ、そんな事。機械が合理性を無視してまで見逃すはずはまず無いからな」

 「なら、何故…!」

 「魔法を知ってようが…いや、知らない方が殊更か?どちらにしろ同じような生き物なら早い段階で勘繰るはずなんだよ。逃げたんじゃないかってな」

 「!!!!」

怒りを鎮めるため、状況を飲み込むため、マードはリューンに答えを求めた。

その結果返って来たのは自身でも無意識のうちに囚われていた[機械の優位性]を逆手に取られたという事実だった。

 「……は。確かにな。俺はお前がどんな魔法を使って消えたとしても見つける自信があったし、そのために必要な手段は全て備えてあると自負していた……と言うより、お前如きイレギュラーに後れを取るはずが無いとな。だがそれが俺が消したと思っていた盲点だったってわけか」

機械の優位性。それは設定された事柄なら外部的な要因が無い限り絶対に実行するという確実性を指す。

今回で言うならあらゆる手段に於ける探索がこれに当たる。現にマードは持ちうる全ての探索を総動員すれば何があっても発見が可能と考え、それが成されなかった場合は魔法に全ての原因があると結論付けていた。

それをリューンは予期し、普通ならまず行えないだろう行動に出ていた。

 「ま、そうなるな。生物なんてのは欠陥があって一人前だ。補うために賢くなろうとした奴ほどさっさと『逃げたかも』って部分に目が行くはずなんだ。断定するかどうかは別だけどな」

 「まともな頭ならするはずが無いだろ。壊し…殺しに来ている相手に明確に隙も作らずに背を向けるなんて愚行。しかも相手に見つける自信があるって分かってるのなら尚更にだ」

リューンの、気が触れているとしか思えない行動に怖気に似た感情を沸かせながらマードは拳を握る。

あの時リューンは隠密魔法によって一瞬だけマードの意識を逸らし、周囲溶け込めるよう自身に熱と色の両面で迷彩を施した後に出せる最速で地面へと急降下した後に会場へと特大の剣を取りに戻っていた。

仮にもしマードが常日頃から音や超音波による索敵や認知を行っていた場合は即座に発見されて成立しない上、『人間に寄せているのなら』意識を逸らす魔法も有効かもしれないと考えての策だったので彼にしてみても賭けだったのは間違いない。

だが、リューンが隠匿魔法を使った瞬間にマードが彼を発見する事は無かった。リューンの知らぬところで彼が思考を分けていたのを加味しても初めから音や超音波による認知等を行っていれば有り得ない事だ。

これによってリューンは賭けに勝利したと即座に判断し一切の無駄を捨てて特大の剣を取りに駆けた。

その際に目にした地上の惨状に脚を取られかけたが、今成すべきはそこに無いと自分に言い聞かせ特大の剣の保管場所である3Lの控室へと向かったのだ。

 「けど、お前には助けられたよ。あのグレネードのお陰で頭が冷えたからな。そういや手ぶらだったんだよなぁ、あの時の俺」 

背負った特大の剣に触れながら己の迂闊さにリューンは自嘲の笑みを浮かべ、あろう事かマードに感謝を述べた。

それをマードは本心からのモノとは全く理解できなかった。

 「まだ挑発が足らないか。強欲だな」

 「まさか、これは本心だ。あの程度の爆発だったから冷静になれたし、取りに行く算段も考えられた。そういう意味じゃ本当に感謝してる。ファズにもキレられたしな。『何しに行ったのあんた』って。返す言葉も無かったよ」

常人と思えない発言にマードの顔が僅かに曇る。

見え透いた殺意を抱く相手を前に感謝を口にし、あまつさえこの男は敵意も無ければ自嘲でもない笑みを浮かべている。

言葉通りの本心なのか。それとも何かの罠なのか。

機械であり模倣である感情しか持ち得ぬマードには皆目見当がつかなかった。

 「…やはりイカれてるな。だったらついでに教えろ。あの爆発の被害をどうやって抑えた」

なんであれ必ずどこかでボロが出るはずだと考えたマードはまず答えるはずが無いだろう問いを投げる。

それを。リューンは何を勘繰るでも無く答えた。

 「あれか?あれは補助魔法による肉体強化だ。と言っても皮膚と筋肉を滅茶苦茶に頑丈に出来るだけだから傷は負うし筋肉が痛みもする。それに臓器やら器官は下手に強化すると肉体の破滅に繋がりかねないからな。あの一瞬じゃ調整しながらってのは無理だった。だから鼓膜と、多分肺と他にも何個か臓器と器官がダメージを受けたわけだが……。まぁ、身体が無事だったのはそういう事だな」

怖気に似ていただけのはずの感情が明確な恐怖となりマードを襲う。

この男は、何かが違う。

奴の友人にするかのような冗談染みたこの笑みは嘘や偽りを抱えながら出せるモノではない。少なくとも統計上有り得ない。

なのに、この男はわざわざ武器を取りに行ってまで戦いを続行させようとしている。

相反している。感情に重きがあるはずの人間が、その感情を無視するような行動を平気でしている。

 ーー理解が、出来ない。なんなんだこの男は。

消す必要がある、と。マードは悟る。

この男を生かしたままではならない。生かしたままでは入念に備えたはずの【計画】が崩壊する。そう電気信号が走ったからだ。

 「…次はそうはいかない。知っているぞ。その強化はアレの三倍までの爆発にしか耐えられないとな」

 「流石にそっちは誤魔化せないか。ま、熱や音波で探れるようなヤツだもんな、強度の確認くらいはお手の物か」

マードの言葉を合図に彼らの間に緊張が降りる。

 「最後の会話だ。聞くぞ。お前は何しにここへと来た」

マードの右手が左肩へ。

 「担当のライブをぶっ壊してくれた恩返しに来てやったんだ。さもなきゃ俺が殺される」

リューンの右手が特大の剣の柄へと伸ばされた。

 「そうか。安心した。恐怖は知っているんだな」

言葉が終わるより速く、左肩より出でた全身を覆えるだけの漆黒のマントがたなびく。

 「ああ!」

風切りの音よりも速く、特大の剣が大気を圧し払いながら構えられる。

この瞬間、彼らは初めて本当の意味での戦闘態勢に入った。

惜しむ事無く戦うための態勢に。

 「温存は無しだ。フルパワーで行かせてもらう!」

初めに仕掛けたのはマードだ。

左肩より引き出され、右肩へと接続された踵まである漆黒のマントが風も無く再びたなびき始める。

それはマントの末端部に等間隔で設置された小型バーニアによる浮遊と、腰部より二基…否、四基の機械が自立飛行を行ってマントを押しのけて現れたからだ。

全長およそ十センチの細長い身体とそれを飛ばすための二枚の羽根のようなスラスター。

『まるで何かの虫のようだ』。それが特大の剣を構えたリューンが最初に抱いた感想だった。

 「オートバグズ。見た目と名で侮るなよ、人間」

マントを翻しながらマードの指がリューンを指したと同時、オートバグズと呼ばれた四基は風を切りながらリューンへと向かっていく。

 「羽虫だろ。来いよ」

 「…減らず口を」

顔は笑い、切っ先は鋭く。中段に構えたリューンを上下左右囲むようにして位置取ったオートバグズ。

音も無く静かに佇む四基はリューンの僅かな動きに合わせて位置取りを微調整している。

それが終わった時。四基から同時に高熱が溢れた。

 「黙らせてやる!」

マードの声を合図にオートバグズ本体下部から全く同時に発射される熱線。

それらは円を描くように無作為に滞空位置を変えながらリューンの全身をくまなく焼き焦がそうとする。

 「熱いな…!けど、こんなもんなら強化で…」

全身に溜まりゆく熱。

生身で受ければ当然皮膚は焼け爛れ、無視できない傷を負っていた。だが、グレネードの爆発に比べれば衝撃も熱量も大した事は無い。

これなら問題ない。眼前にマードが現れる瞬間までリューンは敵の[攻撃]をそう判断していた。

 「バカが。どう見ても足止め兵器だろうが、人間」

 「!!」

腹部に接する左の足裏。

 「いつの……!!」

『いつの間に』。そう言い切る間もなく己の腹部に接するマードの左脚に何らかの機微が見えた。

その機微が何なのか、などというのは必死に探るほど重要ではない。

蹴り飛ばさんと曲げた膝の角度は九十度を超え、全力で蹴り抜かれればどうなるかは想像に難くなかったからだ。

今、彼が考えるべきはその先。攻撃に際しすべき行為のみ。

 ーーマズい!こんなのでバーニアなんか噴かれたら……!

 「パイル・バンカーだ。こいつは知らないか?」

 「な!?」

耳を疑う間もなく、リューンの腹部に一点極致の激痛が走る。

炸裂音、射出音、衝撃。

そのどれもを感じるよりも早くーーそう思えるほどにーー一瞬を超える刹那に。

 「ぐ、あぁ…!!」

 「感覚が鈍いな。…魔力か魔法か、どちらにしろ一か所に集中したか」

くの字に曲がったリューンの身体が尋常ならざる速度で後方へと押し出されていく。

 ーーヤバい…!痛みが…!

インパクトが炸裂するまでに与えられたごくわずかな刻によって辛うじて直撃部に魔力を集めた盾を作り出し肉体の貫通を免れたリューン。

しかし魔法に昇華されていない即席の盾では擬きにすら劣る。

貫通性のみを何とか殺し、辛うじて防ぎはしたもののダメージは殆どが残り、甚大。腹部は黒く焦げ付き、貫通していないだけで抉れが見えている。

だが痛みはない。それはつまり命のやり取りをする上で最もあってはならない[痛覚の麻痺]が引き起こされているに他ならなかった。

 ーー感じない…!腹だけが何も…!!!

衝撃に圧し飛ばされる中、リューンはパニックを起こす。

痛みが無い。魔法で痛覚を遮断したわけでも鈍化させたわけでもない。だとすれば死に繋がる激痛が腹に溜まっているのに無感覚。なら脳が痛みをシャットアウトしている。

 「冗談抜きで…死ぬか、こりゃ」

無意識化の呟きによって僅かながら冷静さを取り戻したリューンは脚部を限界まで強化し、空歩によって衝撃を殺して強制飛行を停止させるために踏ん張る。

二十メートル。それが対処から停止にまでかかった制動距離。

途端、喉奥から多量の血が押し上げられ拒む事も出来ずに吐血する。

 「…っは。俺程度の魔法で回復して意味あるか…?」

文句を言いながらも腹部に手を当てて回復魔法を施すリューン。

焦げも抉れも次第に治りはしていく。だが彼の行う回復は応急処置程度の効力しか発揮せず、表層を綺麗にしただけで本質的な回復には及ばない。

一先ず吐血を何とか抑える程度には回復する事が出来たもののダメージ全体の程度で言えば十が八や七になった程度で大きく好転したわけでは無い。

寧ろ半端な治癒のせいでそれまで無痛だった痛みが絶大な牙を持って彼を襲っている。

 「さっきのはもうダメだな。二度と喰らえない。次は絶対あの世行きだ」

遥か遠方まで離れてしまったマードを見やり口元を歪ませるリューンは、しかし、視力を強化したとほぼ同時に表情を固まらせた。

 「……あいつ、まだなんかやれるのかよ」

彼が視覚に捉えたのはマードが腕を伸ばした前方に両人差し指で四角を描く姿。

指先からは帯電する線が軌跡として現れ、四角を描き終わると同時に帯電していた線が対角線上にも伸びて電磁を帯びた面に変わる。

 「今度は光速だ。思い付きが間に合うか?」

呟くとマードは右手を面の中心へと伸ばし、人差し指の先より取り出した弾丸を半分ほど通したまま腕を一気に後方まで引き抜く。

それに合わせ面は中央から引き延ばされ、四つ角が反発力を持ちながらも一直線の線へと形を変えていった。

 「超圧縮電磁砲(ネオ・レールガン)だ。貫通力はさっきの比じゃないぞ」

指先から弾丸を離してなお宙に固定される電磁の線。

直線に纏わるようにして走る稲光のような電流。その一つ一つがヒトを感電死させるに足る力を持っている。

電流纏う直線の末端。僅かにはみ出た弾丸の底目掛けてマードは拳を振り抜いた。

そしてーー眼前に在った。

弾は既に、リューンの眼前ーー眉間の直前に存在した。

 「終わりだ、イレギュラー。タイミングが悪かったな」

その音は鋼鉄と鋼鉄が衝突したかのような音だった。

物同士ですらそれぞれの死を過らせる破滅音。それがマードの遥か先にいるリューンの頭部から鳴り渡った。

そのコンマの時間の後、超圧縮電磁砲が駆けた空間には迸る電雷の残光と灼け消えた灰燼の匂いが発生していた。

 「…人間でもその音か。確かに、似た者同士なのかもしれないな」

誰もが…機生体ですら耳を覆ってしまう音が残響に沈んでいく中で彼だけが独り言を溢していた。

そのはずだった。

 「………秒だ」

 「!!」

小さく、弱く、だが確実に。

マードの集音機能が声を捉える。

彼の中では二度と話すはずが無いと、話せるはずが無いと断じた相手の声だ。

 「何秒だ。それ撃つのにかかった時間は……!」

 「何故!!」

 「聞こえてるだろ!!おい!!」

スコープを通し確認する着弾先。

黒煙が上がっている。銃弾が通過しただけでは上がらないはずの黒煙だ。

 「命中している!なのに、何故、生きている……!!人間!!」

マードは生産されてから初めての混乱を口に出していた。

超圧縮電磁砲は彼の持つ攻撃の中でも最大級を誇る一撃だ。

何であれ貫く。何をもってしても回避は不可能。放てば最後、直線状にある物全てを貫き、焼き焦がし、対象を破滅へと導く。そんな代物だ。

そのはずなのに、何故。

 ーー何故……!

 「そこに立っている!人間!!!!」

リューンは落下する事も無ければ死に体とも見て取れない立ち姿で、マードを睨みつけていた。

 「お前!どんな小細工を…!魔法を使った!!」

音声のボリュームを大きく引き上げて怒声を放つマードの声にリューンは眉間を強張らせる。

 「天牢堅守。使い勝手の悪い一点守衛の中級魔法だ。けど、そんなのはどうでも……」

 「っ…!!ふざけるな!!そんな時間の余裕、あるはずが無いだろう!!」

マードは叫ぶ。模倣とは思えない怒りを露わに怒声をまき散らした。

だがそれを優に超えるリューンの怒りが彼の声を覆うようにして掻き消した。

 「ふざけてんのはどっちだ!!テメェの全部を押し付け合ってる時に三秒もだと!?笑わせるな!!」

怒鳴るリューンの眉間より流れる鮮血は皮膚よりも奥、肉の部分から流れ出ている。

 ーー当たってはいる!?なのにダメなのか!?

 「ああそうだ!当たってる!ダメージもデカい!脳みそシェイクされて最悪の気分だ!」

 「なら!!」

 「だが死んでない!それで採算は取れてんだよ!」

 「何を!!」

 「『ダメージを受けたくない』なんて考えて護ったと思ったか?違う!『死なないように』つって守ったんだよ!そう決めてればなんて事は無い!展開したら他の防御が掻き消える魔法だろうが何だろうが使えるんだよ!その程度の事をするのに三秒は長い!!一秒あれば充分だ!なのに!!」

言葉を放ち終えると同時、リューンは一気にマードとの距離を詰めながら袈裟懸けに特大の剣を構える。

 「テメェは甘えたんだ!!初めての殺し合いで!今までのやり方に!!」

 「そんな余力どこに…!」

 「ねぇよ!んなもん!!!」

音速に迫るまで速度を跳ね上げた彼の空歩は自身の肉体を空気という凶器に晒す。

全身がくまなく切りつけられ、その傍から凍傷を起こしていく。

空気中にまき散らされる凍った血液はまるで小さな宝石が降る雨のように輝いた。

その光景にマードは永久機関が凍結するほどの恐怖を見た。

 「お…お前は!!お前は!!!」

 「うるせぇ!!」

遥かに遠かった彼我の距離は無い。

有るのは、特大の剣を振り下ろすに足るだけの至近距離。

故にリューンは全霊を持って振るった。

 「う、あ…!クソ………!クソ!!!」

大気を裂く轟音と金属を破壊する複数の奇怪な音が空間を支配する。

切断された。

マードの左腕は肩口より両断され、残骸と変わり果てた腕は衝撃に耐えきれずバラバラに崩壊していきながら地上へと落下していった。

けれど彼はそんなモノに脇目も振らず、リューンから逃げるようにしてマントと背部のバーニアを激しく焚いて空へと身を乗り出した。

 「……悪いが、今回だけは逃がしてやれないんだ」

特大の剣を背負い、空歩を使ってマードの後を追うリューン。

速度は比べるべくもなくマードの方が早い。

瞬く間に詰められていたはずの彼我の距離は再び離れ、あっという間にリューンの攻撃圏内からも出られてしまう。

それでもマードは安心する事などできなかった。

怖い、恐ろしい、理解できない。

あんなものは知らない。あんな生き物は存在しない。あんなのはいてはいけない。

奴は死を恐れている。絶対に死にたくないと行動の全てが物語っている。

なのに、一寸違えば命を落とすような手段をとっている。

今も尚。寧ろより激しく。

 「来るな、来るな!来るな!!!!!」

 「何言ってるか分かんねぇってんだよ!!」

全身至る所から赤い宝石をまき散らしながら埋まるはずのない距離を僅かずつだが着実に埋めながら飛行を行うリューン。

来ているスーツは最早ボロ切れまで劣化し、戦闘では付いていなかったはずの傷を身体に幾つも増やしている。

 ーー……来るな。

 ーー…遠い。

 ーー来るな。

 ーーまだ遠い……!

 ーー来るな。来るな。

 ーーまだ、もっと!

 ーー来るな、来るな、来るな!

何としても振り切って逃げるために右へ、左へ、或いは宙返りを行うマード。

彼の動きはどれもが幻惑的でどれもが決定的だった。

けれどリューンは決して離れなかった。

右へ行くのなら共に。左へ行くのなら共に。宙返えるのなら急停止をしてでも。逃がさぬためならばどんなに負荷の掛かる運動だとしても惜しげもなく肉体を砕いた。

両者の軌道はバーニアの閃光と魔力の残光により地上からでも確認が出来た。

シャルも、フィルオーヌも、彼女らに発見されて共に行動する事になったファズ、キリィ、ソーフィアも。

誰もが視た。

二本の光が命を燃料に自身の望みを叶えようと燃やす姿を。

 「何故…!何故……!!何がお前を、そうまでさせる!!!!」

後頭部に備えた視覚センサよりリューンを確認し、忌々し気にマードは叫ぶ。

その声をリューンは今度こそ耳に出来る距離だった。だが、鼓膜は既に両耳とも破裂している。

全身は傷口より凍傷を起こし、臓器はズタズタ。器官も彼が生きる上で必要な分しか稼働できてはいない。

だがリューンはマードの言葉に答えた。

例え事実として知る事が出来なくとも、その表情から何を言ったのかを推測して叫んだ。

 「こんな終わり方じゃ!ファズを満足に殺してやれないんだよ!!!」

両手を脚と同方向に伸ばして飛んでいたリューンの右腕が動く。

膜として使える魔力を可能な限り集めていた顔から僅かに、瞬間だけでも今の速度に耐えられるよう右腕に魔力が移譲されるが、コンマ間に合わずに手首から先が風の刃で切り落とされた。

それでも構わずリューンは振り下ろす。

とうとう追いつき、頭半個分追い抜いたマードの肺部目掛けて。

再びバーニアを使って逃げられないように、叩き折るつもりで全霊を持って。

 「負けられないんだ、俺も」

衝突音は、超圧縮電磁砲の比では無かった。

マードは落下する。

彼を支配していた恐怖心と共にーーではなく。

リューンのその姿を映した映像と共に。

墜落し、大地に叩きつけられた。

シャルとフィルオーヌが彼と対峙したスクラップの山々が連なる大地へと。



to be next story.

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