第20話 想定できるはずが無い対面

 

 「な、なんだここ……」

 ファズに連れられてきた場所。そこに自然は当然のように無い。

ただ、一点を除いては。

それは石材で造られた酷く風化しているアーチ状の洞穴ーートンネルだ。

ツタや雑草は無い。しかし全体がひび割れ、少しでも強い力を加えようものなら丸ごと崩壊しそうな状態であるため風化しているのは明確だ。

明らかに人工的に造られた建造物のそれは、だが何者かが住んでいるようには見えず、当然何かのための施設として稼働しているとは言い難い。

遺棄された廃墟ーー。そう呼ぶのが最もしっくりくる場所だ。

けれどそれだけの意味しかない場所に連れてくるはずが無い。

……なら?

 「ここを案内してからだとキリィとソーフィアの買い物が出来そうになかったからね。そっちが終わってからのつもりだったんだけど、あのままじゃ収まりつかなかったからプランを変えたわ。感謝しなさい」

 「か、感謝って何にだよ…全部お前の……いや、そんなのもういい」

街中でのブチギレの影はファズの後について行ってここに到着するまでの間に消えた。

代わりに沸き上がっていたのはどこに連れていかれるのかという疑問だけ。そして今は、これが何なのか知りたいという欲求だけ。

怒りなんてものに感情を割いている余裕はない。

 「中に入るわよ。大丈夫、崩れたりはしないわ。そうならないようにこの星が造り変えられたから」

 「……?」

不可解な言い回しをするファズは言い終えるとトンネルへと進み出す。

その後姿はトンネルの中に入った途端に特濃の暗闇で見えなくなる。

……が、直ぐに彼女の周囲に明かりが点いた。

 「……機械なんだからこのくらい当然でしょ?」

 「あ、ああそうだな。そうだった」

その明りはファズの身体から発せられていた。

忘れていたつもりは無いが彼女は機械だ。この程度の機能なら付いていても不思議じゃない。

 「行くわよ。見せたいのはこの先にあるわ。ニンゲン」

 「…分かった」

再び歩き出した光を放つファズについて行く。

彼女の発している明かりは非常に明るいが俺の眼が眩しいと感じる事は無く、彼女を直視したとしても特に問題は無かった。

そのせいなのかどうかは分からないが、彼女の明かりが届くのは1、2メートル程度。それより先は変わらず暗く、何があるのかまるで分らない。

なのにファズは止まる事も無ければ迷う事も無くトンネルを進んだ。

右に、左に、降りて登って真っ直ぐ行ってまた右へ。

少なくとも俺が道行を認識できたのはここまでだった。それ以降はファズの進むがままについて行った。

その間、会話らしい会話は無かった。

時々、『そこには罠があるわ』や『そこは崩れてかけてるからやめておきなさい』のような忠告があるだけでまともな言葉の交わりは無かった。

それでも分かったのは、ファズはここに何度も通っているという事だ。

でなければここまで詳しく分かるはずが無い。仮に暗視機能があったとしてもひび割れの無い地面を見て崩落の危険があるとは言えないはずだからだ。

……レントゲンのような機能があれば話は別だが。

 「ここよ」

 「……ここ?」

不意に立ち止まったファズは歩き始めてから初めて忠告以外の言葉を口にする。

彼女の視線の先に目を向けても見えるのは暗闇だけだが、空気の感覚から今まで通ってきた道とは違い広い場所に着いた事は理解できた。

 「はぁ。待ってて、今明かりを点けるわ」

俺の返事で何も見えていない事を察してくれたファズは少し面倒くさそうに言うと、数歩歩き、壁に手を這わせてーー何かを押した。

途端、暗闇が晴れる。

そうして俺が目にしたのはあまりに信じ難い光景だった。

 「な、なんだここ……」

散乱するくず鉄。壁一面に埋め込まれた本棚らしき枠に収められている膨大な数の古紙ーーそれらは溢れるほど存在し、幾つかあるテーブルの上にも平積みにされている。

なにより驚いたのは、歪な物から精巧な物まで様々ある機械群だ。

中にはファズ達のような人型ロボットを作ろうとして断念したと思われる残骸もある。

……俺が科学に疎いのは間違いないがそれでも断言できる。この部屋は明らかに転生前の元の世界と同等かそれ以上の科学技術力があった場所だ。

 「見ての通り研究施設よ。ま、プロトもプロトだから質の悪い物ばっかりだけどね。ああでも書類は全部一級品よ。あんたレベルが見たところで欠片も理解できない事は保証してあげる」

 「だ、だろうな。そもそもどうやって電気引いてるのかも分かって無いからな……。道中にあったか?ケーブルなんて」

 「無いわね。発電設備から変圧器にその他諸々。全部ここにあるもの。ちなみに電気を飛ばして通電させる技術はここで生まれたわ。電気をニンゲンの耳では感知できない音波に変換して受信時の振動で電気へと再変換するとかなんとかって言ってたわね。ま、初期も初期の発明だから変換効率はあまりよくないみたいだけど」

得意げに……それこそ自分の事のように自慢するファズは笑った。

そう、笑ったんだ。『初期も初期』と言っておきながら。

研究を誇ったり、卑下したり、冷静に語ったりではなく、特別だと言いたげに笑った。

だとすればこの施設を創設した者はきっとファズじゃない。あれだけ風化したトンネルの中にある施設が十年やそこらのモノであるはずが無いように、それ以上に昔の研究成果であれば正規の大発見であったとしても【特別】には成り得ない。技術は形骸化して利用されるばかりになる。そんなものが特別であると言い続けられるわけがない。

俺の転生する前の世界で言うところのインターネットのように、普及し過ぎればせいぜいが凄いで済ませられてしまうだろう。

その感覚はきっと発明した当事者であるのなら尚更だ。暫くは幸福の余韻があろうと直ぐに次の研究に没頭して過去の技術にしてしまうに違いないのだから。

 「……これ、っていうかここにあるの全部、考えた奴は……死んだのか?」

 「………珍しく頭を使ったじゃない。リューン」

俺の言葉をファズは否定しなかった。

音声は冷静で淡々と。けれど微かに、震えのようなモノを感じ、悲しさを連想させた。

 「そうよ。この施設を創った人はーーニンゲンは、遥か遥か遥か昔に死んでるわ。私達[機生体]を恒久的に自動量産できる体制とこの星の完璧な生命維持技術を確立してからね」

 「に……人間、だって?」

変らぬ音声のまま答えた彼女の口から出て来たのはこの世界で一度も見た事が無い人間という単語だ。

 「そのニンゲンの名はカタヌキ・トモベ。私が初めて覚えたヒトの名よ」

 「カタヌキ、トモベ……?」

聞き覚えの無い名に額にしわが寄る。

これだけの発明を……ファズの話を信じるなら機生体すらも作り上げた人物が探求界で無名なはずが無い。だが俺は知らない。

どういう、事なんだ…………?

 「あのヒトは飽きるほどに岩と砂が広がり、僅かに草と、狭く深いほぼ一つきりの湖しか無い頃の機生界に転生したと言っていたわ。以前はニッポンという国でアイドルの追っかけの片手間に研究をしていたんだって」

俺の困惑を見た上でファズは話を続ける。その顔はとても穏やかで懐かしさを含んでいる。

 「あのヒトのこの世界での生活は偶然にも見つけた食用の石から始まったわ」

 「い、石を……何だって?」

混乱したままの俺を完全に置いてきぼりにし、穏やかな表情のまま創世記の話に入ろうとした彼女が放った言葉に再び困惑を覚える。

お、俺も確かに食うに困った時はあったが、流石に石を食おうとは思わなかったぞ……?

 「食べたのよ。他のを探す暇もなく餓死しかけたらしいからね」

 「そ、そうか。聞き違いじゃなかったか」

沸き上がった困惑に突きつけられた答えに納得する。

そうか。確かに飢えて死ぬ寸前だったら石だろうと何だろうと食うかも知れない。そしてその石が偶々食べられて、しかも栄養価があったという話なんだろう。

それが本当だとしたら奇跡的な偶然としか言いようがない。それとも人間の本能的な部分が無意識に働いて食べられる石を手にしたんだろうか。

……極限ならあり得る………か?

 「もし気になるならあの書類棚にレポートがあるから読んでみるといいんじゃない?最初のは美味しくないピーナッツ?みたいな味って言ってたわよ」

 「あ、ああ。後でな……。それでカタヌキって人はその後どうしたんだ?」

恐らくは食レポだろうそれを読みたい気持ちを抑えて話の本筋を戻す。

……いや、マジで後で読もう。気になり過ぎる。

 「石を食べながらなんとか飢えを凌ぎ、水辺を見つけたあのヒトは水中に生物を求めたわ。けれど何もいなかった。……少なくとも、生き物の身で到達できる深度までには。けど、大天才だったあのヒトはそれだけで悟ったのね。『この世界に生き物は自分だけだ』って」

室内を見回しながらファズは語り続ける。

まるで案内人のように分かりやすく、簡潔に。

 「だからあのヒトは決めたわ。共に過ごせる存在を造り出そうって。それからのあのヒトは持ちうる知識を総動員して科学を発展させていった。初めてコンピュータを作り上げるのにどれほど時間がかかったかは言わなかったけど、私が起動した時に見た姿をあのヒトは『おばあちゃん』と言っていた。……年寄りが自分だけじゃ寂しいから老体の機生体も作ると言っていたわ」

 「……そうか」

コンピュータを原始時代から一世代で創り上げるーー。

それは例えどんな天才だろうと一筋縄ではいかず、道のりはあまりにも遠い。普通なら不可能と断定して孤独に終わりを迎えるだけだろう。

けれどカタヌキ・トモベという人間は不可能を成し得た。独りでは悠久とも呼べる時間の上に文明を建立したんだ。

なんて、とてもじゃないが信じられない話だが現にその最大の成果が目の前にいる。

ファズと言う機生体が。

 ーー凄いな。ファズが得意げに話すのも分かる。

………などという感動は一瞬でかき消される。

 「まぁ、その後わりと直ぐに肉体を若返らせる薬を発明してたけどね。大喜びしながら世紀の大発明と言っていたわ。代償にぎっくり腰になっていたけど」

 「え。そ、そうなのか…?」

 「ええ。一も二も無く飲んで若返ってたわ。ぎっくり腰は引き継いだままだったけど」

 「へ、へぇ……。本当に凄いんだな。カタヌキって……」

 「でしょう?トモベは本当に凄いんだから」

想定を超えた天才具合に驚愕を通り越えて呆れにも似た感情が俺を襲う。

何だそれ。流石におかしいだろ。作り話にしたって無茶苦茶だ。作者を呼べ。

 「他にも、私を造る過程で永久機関を発明したと言っていたし、大気中から水を自在に造り出したり、食用石を人工的に作り出したり、生き物の知識から味を抽出する技術も発見したわ。お陰で機生体しかいないはずのこの星にも飲食物が充実してる。この技術さえあれば飢えて死ぬ事だけは有り得ないっていつも自慢していたわ」

次々明かされるとんでもない発明にいよいよ本格的に呆れの感情が沸き上がる。

このカタヌキ・トモベという人間の凄さというのは規格外どころの話ではないらしい。水やら石やらはまだ分からなくも無いが、永久機関と知識から味の抽出ってなんだよ。理解できないぞ????

 「……そして。初めての機生体がこの私、ロ・ル・ファズ。この世界で最も最初に生まれた、全ての機生体のプロトタイプよ」

カタヌキの功績に呆れていた俺の耳に届くファズの言葉。

彼女のその言葉は、俺の意識を即座にカタヌキからファズへと引き寄せる。

 「全ての…プロトタイプ、だって?」

……いや、考えれば分かった事だ。

これだけの事を知っている存在が彼女と無関係なわけがないんだ。

 「ええ。設計や組み立ては勿論、感情の模倣の仕方やニンゲンらしい所作のプログラムに、永久機関の埋める場所の模索。全てが私を作り上げる際に決定していったとあのヒトは言っていたわ」

 「…ここまで来るとバケモノだな、カタヌキって奴は。お前にそう言われて思い出したよ。お前はロボットだって。……本当に、まるで普通の人間といるつもりになるんだからな」

何度目かも忘れたこの感覚に小さくため息を吐いてファズを足元から頭頂まで眺める。

そうだ。彼女はあくまでもロボット。機械。ニンゲンを模しているとは言え見た目から既にそうであるように、行動や口調が幾ららしくとも人間ではないし、勿論生物でもない。

それでも忘れてしまう。同じ人間で、年頃の少女のように思えてきてしまう。

彼女にしているわけでは無いが、場合によっては恋愛感情だって持ってもおかしくはない。そう思えて納得してしまう。

それほどまでに自然で、そんなのは探求界の技術では不可能だった。

 「でしょうね。あのヒトがとことんまでこだわり抜いた点だもの。……それだけ苦しかったんでしょうね。何十年の孤独っていうのは」

 「人間は独りじゃ生きていけないらしいからな。例え孤独を好むような人種だったとしても。見知らぬ世界でなら尚更のはずだ」

 「ええ。そんな事をあのヒトも言っていたわ」

言い終え、ファズは部屋の中央に向って歩き出す。

歩く先の地面に転がっているのは幾つもの鉄片ーー恐らくは機生体の試作品だったろう者達。

 「私を完成させるまでに十体以上の試作機を作ったと言っていたわ。その八体目に永久機関に繋がる理論を見つけ、十体目に無理なく組み込む方法を閃いた。それからは軽微なミスによってトライ&エラーを繰り返し、私の機体が出来た。並行して作成していた感情プログラムも同時期に完成したと言っていたわ」

鉄片の一つを拾い上げた彼女は少し眺めると地面に放り投げる。

 「これで言いたかった事の一つは終わり。本題はもう一つの方よ」

そう言い、彼女は更に進んでパーソナルコンピューターのような機械を起動した。

パソコンのようなそれは驚くほど静かに、その上非常に素早くモニタに明かりを灯すと[知識の風達ーーverトモベンテル]の表示を映し出し、ファズとのツーショットを壁紙にした画面に切り替わった。

 ーー仲が良かったんだな。

若返ってからなのだろうその写真に写っているカタヌキは丸眼鏡でボサボサとした黒髪の女性だった。

少しぎこちない笑顔でファズの身体を抱き寄せる彼女は無邪気さも相まって幼く見える。

 「ボサッとしないで来なさい。あんたにこの世界の巫女が誰で、後を継いだのが誰なのかを教えたげるから」

 「…!?はぁ!?!?」

パソコンの背景を見て身に覚えのないはずの懐かしさを感じた俺の意識を呼び戻すファズの一声。

それはあまりに衝撃的で思わず前のめりになってしまった。

 「おまっ、マジに言ってんのかそれ!!」

 「……はぁ。なら今から冗談言ってみせましょうか?」

 「いやいい!早く教えてくれ!!」

ここに来て出て来た[巫女]というワードに高鳴った心臓を動力として急いで駆け寄る。

プロデューサーの仕事とシャル・フィルオーヌの捜索で忘れていたがそもそもそのために俺達は機生界に来たんじゃないか。なに忘れてんだ俺は!

 「全く……。感謝なさい。そしてあのヒトにひれ伏しなさい。いつかのーー今日この時のために、あにヒトは、トモベは、魔王の姿も映像に収めておいてくれたんだから」

 「な!?」

大きく呆れて天井を仰ぎながら彼女が告げたのは更に衝撃的な内容だった。

[魔王の姿を捉えた映像がある]ーー。質量すら感じるその言葉は、確かに聞いているはずの俺に自身の五感全てを疑わせた。

 「な、何だよそれ!写真でも撮ったって言うのかよ!!」

 「バカなの?私を創り上げられるようなヒトなのよ?映像に決まってるじゃないの」 

 「はぁ!?」

挙句絵でもなければ写真でもない。映像という、記録媒体としては恐らく最も優れた手段での保存に腰が抜けそうになる。

聞いた事無いぞそんな手段での魔王との初対面だなんて!いっそ卑怯にも思えてくる!!

 「…ま、科学が発展した異世界はここだけだったみたいだから魔法とか魔力とかが文明の基盤にある他の異世界を動画で撮ると酷くノイズが混じっちゃったらしいけどね。だから音声とかは無いし、映像も断続的。でも、姿を見る事は出来るわ。全体像をしっかりとね」

 「贅沢言うもんかよ!何だって良い!早く見せてくれ!!」

まるでお預けを喰らった犬のように俺はファズをせっついた。

それを彼女は何を嬉しく思ったのか口元を緩ませる。

 「…ふん。初めてあんたを面白いと思ったわ。普段もこのくらい素直だといいんだけどね」

 「努めるさ!だから見せてくれ!早く!!」

鼻で笑うファズを急かし、まだツーショットのままの画面に食い入る。

分かってる。姿を見たところで何が変わるわけでもない。変わるわけでもないが、それでも。

……それでも。

 「ここまで来たんだ!隣に仲間はいないが、映像だってんならいつだって見られる!何にも知らない所からだぜ!?三つも世界を渡った甲斐があったってもんだ!やっとだ、やっとクソッタレの姿を拝んでやるとこまで………!!」

それでも、高揚を隠せなかった。

多くの生き物の生涯を狂わせようとし、巫女なんていう呪縛を生み出し。……ブラフにあんな選択を選ばせやがった野郎の姿を拝める所まで。

 「…あっそ。なら感動の御対面よ。腰を抜かさないようにね」

 「ああ!!」

ファズはマウスを使って左端にあるファイルの一つをクリックする。

開かれるのは[クズ野郎]と書かれたデータただ一つ。

……高揚で、込み上げてくる怒りを抑える。

 ーー見てやろうじゃねぇか。魔王ってヤツを。

首から掛けている巾着を胸に当てながら。

ブラフと共に見られる幸運に感謝を覚えながら。




to be next story.

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