第二章 火氷界

第12話 到着せしは矛盾蔓延る地


 辺り一面を覆い、空気ですらも紅蓮色を思わせるほどの熱を持つ炎と溶岩があふるる灼熱の地。

戦闘向けに作られた靴を履いているお陰で煮え立つ大地を踏みしめようと靴裏は僅かな軟化で済み、なんとか地面からの熱は遮断出来ている。これがもし普通の靴だったらと思うとゾッとする。

 「こ、ここが火氷(かひょう)界……。恐ろしい場所だ」

シャル達に話しかけるわけでもなく独り言ちた俺は僅かに滲む額の汗を腕で拭う。

フィルオーヌの忠告に従っていてよかった。確かにこんな世界、上等な魔法での体温調整や魔力で皮膚と粘膜を覆ったりしていなかったらあっという間に死んでしまっただろう。でなければ立ってるだけで生きたまま丸焦げだ。痛みを感じる間すらないかもしれない。

そう確信できるくらい到着した世界は異常だった。

……いや、それだけではない。

もっと異常な点がもう一つある。

 「う、うぅ!魔法で護ってるのに寒いよ~!!」

真横で両肩を抱き締めてぶるぶるかたかたと子犬のように震えるシャルは垂れそうになる鼻水を二度三度啜りながら情けの無い声で叫ぶ。

無理も無い。そもそもシャルは魔法や魔力の細かな調整というのが苦手だ。なのに、気を抜けば一瞬で氷付くような場所に立たされているんだから。

 「ふふ、シャルは魔法で寒暖を鈍らせるのが苦手なのね。待ってて、今上書きしてあげるから」

そして、灼熱と極寒の丁度狭間に立っているフィルオーヌは涼しげな顔をしながらそう言い、シャルの頭に手を置いた。

 「まぁ、魔法だけじゃなく大半の細かい作業が出来ないんだけどな」

 「あ、ありがとうフィルオーヌさぁ~ん。リューンは丸焼けになっちゃえバーカ」

 「残念。俺は器用なんだ」

 「はいはい、そこまでね。気を抜いたらマズいのはみんな同じなんだから」

ーー火氷界。

文字通り火と氷が世界の半分ずつを埋め尽くす魔境の地。

二つの狭間の地は中和されて住みやすいというわけでは無く、線で仕切ったかのように綺麗に二つに別たれている。

そんな過酷で異常な環境のせいかフィルオーヌの話では現地民である龍以外の生物は一匹として存在していないらしい。

それどころか当の龍達ですら全く二つに住み別れていて、仮に灼熱側の龍が極寒の地に足を踏み入れようものなら命の危機に晒されるというのだから最早世界の設計ミスだ。

当然極寒側の龍も灼熱の地には住めないので二つの地の交流はそれほど盛んではない。

……だが、どんな場合に於いても例外というのは生まれるらしい。

 「はい、これで過ごしやすくなったはずよ」

 「すごい……。本当に快適になってる!!」

 「ふふ、切れそうになったら必ず直ぐに教えてね。何があっても掛け直すから」

 「う、うん!死んじゃうもんね…」

不器用なシャルに変わり魔法を施したフィルオーヌから目線を外して辺りを見回す。

今回俺達が探す巫女は代々この苛酷な二つの地に完璧に適応している龍族の一人らしい。

とは言ってもあくまで前回フィルオーヌ達が仲間にした巫女がそうだったというだけで、今回も同様に巫女を抱えているという確信があるわけでは無い。なので実際のところどうなのかは分からないが、足掛かりとするには丁度良いだろうという事でこの一族の捜索から始める事になった。

その一族の名を炎凍(えんとう)龍族。

灼熱の地の炎龍(えんりゅう)族、氷の地の凍龍(とうりゅう)族の血が混ざった種族……ではなく、この二種族の血の根源である原初の種族らしい。

そんな火氷界最古にして原点の血筋がかつての巫女だったのだからフィルオーヌの以前の仲間はとんでもない。

突然変異的にそれぞれの種族に生まれる適応型とは呼ばれる特異体質とは違い、炎凍龍族は血族全員が活動限界時間を持たずに二つの地を行き来し住む事が出来る非常に稀有な存在なんだそうだ。

しかし、彼らは一つの場所に根を下ろしたりはしないらしい。

理由は争いの種になる可能性を極力潰し、避けているからなんだとか。

環境が絶対と言えるこの世界に於いてはある意味では神とも取れる存在であるが故に、支配者として祀り上げられたり、政治の餌にされないために普通の龍族では立ち入れないような秘境を転々としながら暮らしているらしい。

その秘境というのをフィルオーヌも把握し切れてはいないのだが、当時の仲間曰く『山奥や谷底みたいな如何にもなところにいる可能性が高い』のだとか。

とにもかくにも俺達は暫くの間二つの地の境界線に沿って世界を放浪しなければならないらしい。

情報が何も無いよりは何倍もマシだがここまで分かっているのに肝心の居場所が分からないのは何とももどかしい限りだ。

 「にしても龍族は大変だな。俺達みたいに寒暖差を埋める手段を取れないんだろ?」

一先ず狭間の氷原側に移動した俺はふと思いついた疑問を誰にともなく漏らして歩き出す。

その直ぐ後ろをシャル達が付いてきながらフィルオーヌが口を開いた。

 「手段や術がない……というわけではないのだけどね。ただ、本能的な部分で身体が受け付けないらしいわ。それを感じないのが適応型と言われる短期間・短時間なら行き来や仮住まいを構えられる龍族の事なの。そういう個体は非常に重宝されていて二つの地を繋ぐ架け橋になってるらしいわ」

 「なるほどな。だからお互いの事は一応知ってるし、情報や特産物的な物も仕入れられない事は無いのか」

 「そういう事になるわね。まぁ、鮮度がどうしても…というのが殆どらしいけど」

 「どこもおんなじだね~。気候に左右されて一番いい状態で手に入らないって言うのは」

 「私の世界はそれほど差のある気候ではなかったけど、代わりに距離で痛んだり、運送中に壊れてしまったりがあったわね。温度を操れる魔法を使える者がいつでもいるとは限らないから、そこが交流の最大の難関だったわ」

世界は違えど抱える悩みは同じーーそんな親近感の湧く会話を交わしながら俺達は暫くの間灼熱側を横目に氷原を歩いた。

幾重にも氷雪が積み重なり山のように変わった氷の岩々や、どこからか水が湧いているのか大きく分厚い氷の張った湖のような窪み。或いはひび割れたように裂けた地面。

それらは慣れない地面を踏みしめ、普段は殆ど行わない魔法や魔力による環境適応で生まれる疲労を忘れるのには充分過ぎる景色だった。

真横に見える溶岩の川や、紅蓮に滾る岩、吹くとほぼ同時に冷却されて吹雪のように煌めく熱風も拍車をかけていた。それこそ物語で見る冒険のような道のりだった。

……いや、実際冒険をしてはいるんだけど、やはりこういう如何にもな世界が眼前に広がると使命や目的を忘れて高揚してきてしまう。

もしかしたら、妖精界では楽しむ暇が無かったからか反動で余計に感じているのかもしれない。

 「……おや?」

留まる事無く沸き上がる興奮を何とかたしなめつつ歩いている中、不意にフィルオーヌが小首を傾げたような声を漏らす。

何と無しに彼女の方を見ると、その視線は遥か先を見つめ、微かに眉間にしわを寄せている。

 「何か居たのか?」

 「…待って?何かいるって、それって龍なんじゃ……? 」

まるでここが普通の場所であるかのように言葉を掛けるがシャルの一言で逡巡する。

そうだ。ここには一つの生き物ーー即ち、龍しか存在しないらしい世界。

だ、だとしたら……!

 「しゃ、シャル。念のため戦闘態勢に……!」

 「う、うん!」

俺とシャルはそれぞれ獲物に手を伸ばし、いつでも身体強化を行えるように魔力を高める。

しかし、相手は龍。俺達の知っている通りならまともにやり合っても勝てるわけがない。しかも見つめている先は氷原側。出会うなら凍龍族で、呼称から察するにきっと氷魔法やそれに特化した能力を有しているはずだ。

幸いここは灼熱側の真横。勝ち目がないと分かれば直ぐに逃げられる分、まだこっちが有利なのかもしれない。

……そう、諦めに寄っている推論を巡らせていると。

 「…………あぁ。そういう事なの」

フィルオーヌは小さく漏らしながら目を伏せた。

 「戦う必要は無いわ。彼らは戦いを見放しているから絶対に戦闘にはならないの。それに…」

 「そ、それに…?」

何かを含んだような言葉を漏らし、けれど彼女は黙った。

しかし直ぐにその声からは緊張感が消える。

 「どうやら、私達を待っていたみたい。遠目だけど手を振っているのが見えたわ」

 「…え?」

 「手を、振ってる……の?」

 「ええ。そういう種族なのよ、ここに住む龍族はみんなね」

フィルオーヌは微笑みながら俺とシャルに一度ずつ笑みを向けて先頭を歩き出す。

俺達の返事も待たず、警戒心も持たずにだ。

向う先はきっと……その龍族の元だろう。


                                     ーーーー 


 「す、凄いな……」

 「う、うん……。龍族とか炎とか氷とか、全部嘘みたいに思えてくるね……」

 「だろう?君達人間の世界を結構参考にさせてもらったんだ。意外に懐かしく感じるんじゃないかい?」

 氷原から大きく移動したここは灼熱側の何処か。

そしてそこは炎龍族の一部が集まって町を築いている居住区の一つ。

この居住区に……いや、正確には先頭を歩いている手を振っていた彼に会って、腰を抜かすくらいに衝撃を受けたが事がある。

それは彼ら龍族は皆俺達人間と同じような姿をしている事だ。

[人間性の程度]にはかなり差があるが、背丈のふり幅はおおよそ同じ。大体150~180センチ程度で本当に人間と大差が無い。

強いて言えば幼少期くらいの背の子がいない事くらいだろう。少なくとも今までに見て来た龍族は男女全員少年期~青年期くらいの見た目ばかりだ。見た目もそのくらいだからもしかしたら幼年期だけでなく壮年期もいないのかもしれない。

だがこれらは大した問題ではない。問題なのはその[人間性の程度]だ。

人間性の程度とはつまり、どれだけ姿が人間に近いか。

深紅の鱗の敷き詰まる筋肉質な男の太腿ほども太い尻尾以外は人間と大差の無い見た目の者から、二足歩行以外はまるで龍のような見た目の者まで幅広く、いっそ多種族の国だと言われた方が納得出来るくらいにばらつきがある。

更に言えば俺達が進む大通りらしき道は左右に所狭しと店が並び、まるで露店通りの様相を呈している。しかも驚く事に屋台も含めて目に入る全ては岩壁や巨岩を削ったりくり抜いたりして作られたらしい建物しかない。

どれもこれも俺がイメージしていた……隣でぽかんと見回しているシャルと同様に想像していた龍とはまるで違う事実ばかりだ。度肝を抜かれるとはこういう事を言うのかもしれない。

 「驚いたかい?私達の世界には木やら何やらが無いからね。建物を作るという事がそもそも難しいんだ。だから自然に出来た物か龍工的……人間風に言えば人工的に造った冷却岩や氷塊をくり抜いて内装を整えるしかない。勿論羽毛なんてのは絶対に入手不可能な代物だから君達には滞在中腰痛と戦ってもらう事になるだろうけどそこは我慢してくれ」

そう話す彼は七割くらいが人間の男だ。

両肘・両膝から先は紅鱗に覆われた龍のような肉体で、身体は細身だが筋肉質な男のそれ。服のように見えるモノは形状の変わった鱗らしく光の加減では全く布っぽさが無くなり、顔はまんま人間の男だ。優男とも力強いとも言えない顔つきだが間違いなくイケメンに分類される顔だろう。

 「あ、ああ」

 「わ、分かりました」

フィルオーヌの言うように戦闘の準備は本当に全くいらなかった。どころか、この龍族は会った時に武器どころか防具も装備せず道具すら携帯していなかった。

ようは丸腰だったわけだ。

何か持ち歩けない訳でもあるのか、それとも罠なのか。俺には判別できなかった。

 「しかし捜す対象を最初から炎凍龍族に絞るとは無茶をするね。直進が一番近いからって泳ぎで海を渡るのと大差ない発想だよ?」

 「やっぱりそうだったかしら?でも他にアテも無かったからどうしようもなかったのよ」

 「まぁそうだろうね。闇雲にどちらかの土地を進んだ所で居住区に行きつくのは難しい。そもそも案内人無しでここに来た事自体が間違いだ。……と言ってもどうしようもないけどね」

嫌味っぽくも聞こえる言葉を口にした彼は鋭い爪先の一つで頬を強く掻く。

しかし血は出ない。どころか赤いミミズ腫れの線すらできない。

やはりどこまでいっても龍は龍なのだろう。例え人間のような部位があっても根本的な部分が違く、あの皮膚のように見える部位だって恐らくは鱗を変化させただけのモノ。半端な短刀や剣を突き立てたくらいではかすり傷もつかないはずだ。

 「でも、私達は運が良かったわ。目的の種族である貴方に会えたんだから」

不意に俺の肩にフィルオーヌの手が置かれる。

反射的に彼女の顔を見ようとした時には既に手は無く、代わりにシャルの肩に手を伸ばした微笑む彼女が目の端で捉えられた。

彼女が微笑んだ理由は考えるまでも無い。

言葉通り、何処か掴みどころの無い彼こそが俺達の捜していた炎凍龍族の一人だったからだ。

彼を見つけた氷原で種族を告げられた俺達はあまりの呆気の無さに喜びを感じる余裕すらなかった。それなりに時間が経った今でもどこか他人事だ。

だからこそ尚更に彼を怪しく思ってしまう自分がいた。

ある種の罠ではないのかと疑ってしまう自分が。

 「そういう事。けど運が良かったっていうのは少し違うね」

 「……でしょうね。待っていた…ううん、[視て]知っていたんでしょう?」

 「正解。君達が来るのを私達は待っていた。救世主になり得る少年は、私の娘を預けるに足るかを見定めるために」

そんな俺の疑いを露も知らない彼は不自然なほど自然に驚くべき事を口にする。

それは自分の娘こそが巫女であると暗に示す言葉。

 「み、見てたってどういう事ですか?」

 「そのままの意味だよ、シャルさん」

 「!?どうして私の名前を……!?」

そして、彼の前では一度も口にしていないはずのシャルの名前だ。

 「君だけじゃない。担い手であるリューンさんの事も知っているし、そちらのラ・フィルオーヌさんの事も知っている。君達が妖精界で何をしてきていて、旅立つ前に剣魔界で何をしていたのかもね」

 「「!!??」」

その上……驚く事に剣魔界や妖精界での出来事も知っていると。

 「…やっぱり、ね」

 「名前だけではないよ。君達が妖精界である種の革命を最小限の血で成した事。そのためにあるエルフは死んだ後に生き返り、再びの死を待ちながら君達や他のエルフ・フェアリーと交わした約束を果たすため粉骨砕身の努力をしている事」

 「バベリュの事まで知ってるのか!?」

 「はは、そう怖い顔をしないでくれ。知っているだけで何か手を出したりできるわけじゃ無い。いわば観測者としての立場にいるだけなんだ。君達が今纏っているマントを王様が無い懐から何とか探り出した好意の証だというのも知っているだけ。知っているだけさ」

 「!!!!!」

 「りゅ、リューン……!」

 「…ああ」

 「ははは。やっぱり睨まれたか。怖いね、どうも」

ペラペラと、彼は聞いてもいない情報を口走る。

それが意図的であれ何であれ俺とシャルが警戒心を最大以上に高めるには充分過ぎるだけの内容だった。

俺とシャルの事を……この調子ならきっとフィルオーヌの事も、何から何まで知っているんだろう。

それは敢えて言うなら彼に何一つとして隠し事が出来ず、俺達の情報が筒抜けになっているという事。

しかも彼はフィルオーヌの[みていた]という言葉を肯定していた。だとすればこれから先も情報が筒抜けになる可能性が高い。

とすれば。俺達が彼に対して優位に立つ事はかなり難しくなってくる。

逆に彼は俺達の行動を文字通り先読みして行動ができ、場合によっては俺達を思い通りに誘導して操れるかもしれない。

そんな相手を俺達はこれから信用して情報を共有しなきゃならないのか?

……そんなの、不可能に近い。

 「さて、盛大に勘違いもさせられたところで種明かしだ」

高まり続ける警戒心を他所に、彼は酷く気の抜けた態度でそう笑う。

 「別に私達は何でも視れるわけじゃ無い。視れるのはあくまで世界の事象に干渉し得る出来事で、かつ起きた事、起きている事のみ」

その態度のまま、彼は[視る]というモノのからくりを説明し始めた。

 「そうだね、料理に例えてみるとしよう。ここに一品料理があるとする。この料理が世界だ。そこには沢山の食材が使われていて調理の手順も多い。私達が視れるのはその食材達が調理された時や盛り付けられた今だけ。生まれた瞬間からこの料理になる事を運命付けられてでもいない限り、それ以外の時間は視ようとしても視れない。そういう力なんだよ。使い勝手が良いようで悪い力なんだが、事魔王の事になると大体の事が視れるから意外に使える不思議な力だ」

 「な、何を言っているんだ……?」

まるで酒場でする世間話のような調子でつらつらと淀み無く彼は意味の分からない例え話を口にする。

いや、例え話の意味は分かる。そして必然的に彼が俺達をどうして知っているのかも理解できてしまう。

だからこそ意味が分からない。

どうして彼はそんな重大な事を聞き流しても構わないといった調子で話せるんだ?

どうしてそんなにも意味が無い事のように話せてしまえるんだ?

 「…因果の観測。改めて聞いても途方も無い力ね」

彼の言葉よりも困惑ばかりが胸の中で積み重なっていく俺とシャルを尻目にフィルオーヌは聞いた事も無い単語を漏らす。

それを聞いた彼は少し驚いたように目を開くと、僅かに口端を上げた。

 「流石は一度は魔王と戦っている巫女様だ。知っているとは驚いた」

 「話だけは、だけどね」

 「因果の観測……?」

困惑を飲み込むために溢したシャルも、隣で理解しようとしている俺も、既にこの話の輪からは弾き出されていた。

意味は分かる、理解もできる。けれど話に追いつけない。[因果の観測]と呼ばれるそれができるとどうなるのかの見当がまるでつかないからだ。できた事によってどう影響が及んでいるのかが見当もつかないからだ。

 「因果の観測ーー。確かに聞き覚えの無い者には難しい響きだね。特定の事象に於いて結びつく、或いは集う、因果のみを観測する事が出来る……魔法の区分で言うのなら補助魔法に類する直感強化、その最上級に当たる千里眼の上に値する超級魔法だと言えばもっと分かり易かったかな?」

 「ば、バカにするな。言ってる事は分かってるし理解できてる。ただ…」

 「ただ、『ついてこれない』かい?シャルさんも同じ?」

 「……はい」

 「なら充分。君達が持っていればいいのはそう言う魔法に近い不思議な力が存在するって事と、更に不思議な事に私達炎凍龍族とごく一部の龍族はこれを生まれた時から使う事ができる、って事だけだ。これを持っていた結果どうなったか、なんてのは実際栓無き事でね。精々、大災害を災害に抑えられた程度の実績しかないよ」

『知らなくていい』。そう言われ俺は…フィルオーヌと俺は少しだけ眉が動いた。

俺と同様の理由だとすれば彼女は彼の考え方に微かな引っかかりを覚えている事になる。

これから先俺達は魔王と戦うために慎重に慎重を重ねた準備をしなければならない。だとすれば例えムダと言われるような情報やモノでも目に付いた以上は決して無視できないししてはならないはずだからだ。

 「だとしたら充分なのでは?大災害を最小限以上に留められる力なんて、魔法にだってそうないもの」

だからこそ、俺と同様の引っかかりを覚えていたらしいフィルオーヌは彼の話を遮ってまで意見を求めた。

本当に意味が無いのかを確かめるために。

……その結果返ってきたのは辛酸を舐めさせられたような気持になる答えだ。

 「一つの世界を治めていた女王様が言うだけあって重みはあるけど、実際に体験した身から言わせてもらえば[そんな程度]ではカスだよ。被害を…少なくとも龍族そのものに起きる被害をゼロにできないのならあっても無くても似たり寄ったりだ。『君の大切な恋人は死んでしまったけど彼の婚約者は生き残ったから一緒に喜ぼうよ』なんて言えるのかい?」

 「敢えて言う必要はないはずよ。悲しみは誰のモノでもないし、喜びは誰かと分かち合わなければならないモノでもない。避ける事ができたのか、得る事ができたのか、それだけが重要なはずではないかしら」

 「なら殊更無意味だったね。この力がもっと融通の利く完璧な力なら不幸は私達の心の中だけで留める事が出来たんだから。意味の有無がそもそもの選択肢に上がっている時点で話にならないと思うけど?」

 「けれど本当の意味では無意味ではなかった。だとすれば、知っている事で変えられる何かがあるのだとすれば、やっぱり知っておいて損はしないのではないかしら?例えそれが力の仕組み側の情報だったとしても」

ただの一度も引かず、フィルオーヌは引っかかりの全てを彼にぶつける。

その衝撃を当然のように彼はいなし、受け返し、同等の疑問をぶつけてきた。

けれど彼女の最後の考え。それを聞いた時彼はこれまでの即答が一瞬だけ止んだ。

そして小さく、本当に小さく笑みを浮かべると納得を示す頷きを見せた。

 「……うん、成る程。これは確かに女王様だ。そこを突かれると反論が難しい。なにせ証明のしようが無い。前例が無いからと言って今後ないとは限らないんだからそもそもの否定ができない。だから拒む事自体が無茶になる。うん、降参だ。判明している部分だけにはなってしまうけど教えてもいいよ」

さっきまでの言い合いが嘘のように彼は素直にそう言葉にする。

 「それなら文句はないかい?そっちの二人もさ」

 「…ああ。助かるよ、ありがとう」

 「私も…大丈夫です」

意味が分からない。あれほどに話したくないと示していたくせに反論が無理だと感じた途端にこれだ。幾ら種族が違うからと言ってここまで急激に態度や考えを変えられるのか?

 「ふふ、『ありがとう』か。本当に面白いよね、人間って。そこは『やっと言う気になってくれたか』じゃない?ホント、面白い生き物だよね君達ってさ」

 「前置きはいりませんよ。切迫具合はそれほどではないとはいえ余裕があるわけではないですから」

嫌味にしか聞こえないこの言葉だって恐らく彼にはそんな意図は微塵も無い。

だからと言って『自分達の方が優れている』なんて優性思想が根底にあるわけでもない。彼は本心から純粋に考えの違いを面白いと感じているんだ。

それは言うなれば勉学に対して持つ姿勢に近いのかもしれない。だからと言って研究対象として俺達を見ているわけでもない。

完全に俺の知ってる理屈の外の考えだ。頭が痛くなってくる。

だからなのか、フィルオーヌもどこか困ったような色を浮かべながら彼に返事をするしかなさそうだった。

 「確かに。じゃあ実際に力を見せつつ話せる場所に行こうか。つまりは私の家だね。遠いけど問題は?」

彼の質問に俺達は問題が無いと答える。

……本当にこの男はどんな考えを持っているんだろう。

普通、そんなあっさり家に招待するだなんて言うか?同じ龍族ならいざ知らず、俺達は完全にこの世界とは埒外の存在だ。そんな相手が素直に言葉を信じると本気で思っているのか?

頷き、歩き出したこの男に対する疑問や疑いは晴れない。

当然だ。これまでの事があった上、更に彼はまだ自分の名を明かしてすらいない。そんな話題にすらならないようにしている節すら感じる。

避けているのか、単に忘れているのか。それすらも判断が付かない。

だとしても俺達は彼について行くしかないだろう。

本当だろうが罠だろうがこの世界での活動が一つ先に進むには違いないのだから。


                                      ーーーー


 未だ名を名乗らない彼に付いて行った俺達は再び灼熱と極寒の境目に来ていた。

しかし、場所はさっきと同じではない。見栄えが大きく変わるような世界ではないが、これほどの違いがあれば嫌でも分かる。

……フィルオーヌがかつての仲間に聞いたという秘境だ。

幾つもの抉れた地面には渦巻く炎と氷が絶えず螺旋に沸き立ちながら互いを殺し続け、溶岩の丘は炎の尾を狂ったように弄び、樹氷に似た氷が灼熱の地に侵入し氷結と融解と蒸発を続ける。

異様どころの騒ぎではなかった。

まともじゃない。いくら常識の外にある世界の秘境だとは言ってもこんなのは自然に反し過ぎてる。これじゃまるっきり魔境だ。

俺の中にある根源的な部分がーー隣にいるシャルとフィルオーヌの表情にもーー恐怖を訴え続けてる。

本当に、こんなところに誰かが住んでいるのか?本当に?

 「驚いた?秘境っていうのは案外近くにあるモノなんだよ?」

 「驚くなって言う方が無理だろ。あの居住区から一時間も歩いてないぞ」

 「灯台下暗し、ってところかな?あはは……」

 「良く見つからなかった……と言うのは野暮ね。こんな場所、現地民だとしても足を踏み入れたがらないわ」

俺達は沸き上がる恐怖を押し殺し、努めて平静さを装う。

呑まれてはダメだ。吞まれれば最期、二度とこの場所に足を踏み入れられなくなる。

この恐怖はその手の類の恐怖だと確信がある。屈せばこの世界での冒険に大きな支障を及ぼすに違いない。

 「フィルオーヌさんの言う通り。ここは例え慣れている龍族でも下手をすれば命を落とす禁足区域。だからこそ身を隠すにはうってつけでね。お陰で危機管理力も格段に跳ね上がったよ」

 「龍族でも命を落とす…ね。なら人間の俺やシャル、エルフのフィルオーヌはどうなるんだろうな」

 「当然、自殺行為だね。道を知る案内人がいなければ」

 「軽々しく言ってくれる」

何一つ顔を曇らせる事無く……どころか、明るさまで浮かべている彼は俺の返事を聞くと前へ向き直り歩き始める。

この男、一体なんだと言うんだろうか。

目的が俺達同様に魔王の討伐ならいいが、今さっき[命を預けろ]と言ったにも関わらず素性を明かそうとはしない。

それともこっちが聞き出そうとするまで黙っているつもりなのか?

 「どうしたんだい?後から君達だけで来れるかい?来れるなら先に行ってもいいけど?」

どこからどう聞いてもバカにしている以外には聞こえないはずの彼の言葉は、だが確かに俺達の行動を尊重しようとして出ている言葉だ。

それがどうしても解せない。意図的なのか彼の性格的な問題なのか、情報が全くないせいで判別がつかない。

 「リューン、ここは素直に従うべきだと思うわ。少なくとも、ここを進むには彼の助けが必要だもの」

 「私もフィルオーヌさんに賛成かな。……気は進まないけど」

両隣りにいるシャルとフィルオーヌはそう言って一歩俺より前に踏み出す。

どうやら彼女達も無条件で彼を信じているわけでは無いようだ。寧ろ疑いの方が強い。

それでもついていくべきだというのは……それ以外の道は得策ではないからだろう。

 「……そうだな。こうなったらどこにだってついて行ってやるさ」

だとしたら選択肢は無いと言って良い。

俺はシャル達に倣って一歩前へと進み、男の後に続くよう更に脚を踏み出した。





to be next story.

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