第11話・幕間 過去からの贈り物


 異世界へと続く道を進む。

薄暗い極彩色が流れる様にとぐろを巻いて、行く先に吸い込まれていく[ここ]を私は再び歩いている。

隣にいるのはかつての仲間ではない。

どちらも身の丈に合わない武器を背負っているせいでこけおどしが効いてしまって弱く見えてしまうけれど、その実力は一緒に戦ったあの時の皆とも引けを取らないと私には分かる。

特に、リューンの潜在能力は計り知れない。

彼は妖精界では見せていない力をまだまだ隠している。それを扱いきれるのかどうかは分からないけれど、担い手という役目を除いてもきっとこの旅では欠かせない存在になるはずだ。

なのに、想いを通させるためにとはいえ危険だと分かっていたのに好きなようにやらせてしまったシャクリーとの戦いは反省しなければならない。

回復後、リューンには感謝をしてもらえたけれど、だからと言って流していい問題ではない。なにせ私がキャムルとシャルに状況を最後まで伝えなかったのだから。

彼は危うい。行動に自分の命が懸かってくるという事を理解していない節がある。

無茶をする彼をシャルは生来の優しさから許してしまう部分があるようだし、代わりに制するのがきっと私のもう一つの役目だ。

私には最後になるこの旅を、身勝手と葉分かっていても私は楽しく過ごしたいと思ってやまない。そのためには彼が安全でなければならず、必ず魔王の元に送り届けなければならない。

他に目的があるとは言え今回は保護者役だ。以前のように皆を困らせるばかりの存在ではいられない。

 「なぁ、フィルオーヌ」

 「なぁに?」

 「お前の話を聞かせてくれないか?ただ歩くのにも飽きてきてさ」

隣を歩くリューンに話しかけられて思わず顔がほころぶ。

 「あら、飽きただけならもう一度気絶してこの道を流されてみる?」

別に彼に恋愛感情を抱いているからとかそういうのではない。

ただーー決まっていた事だったとしてもーーもう一度こうして誰かと旅をして、世界を共有できる事が嬉しいだけだ。

それが無性に嬉しいだけだ。

……それに、キャムルの想う相手を横取りするわけにもいかないしね。 

 「それは勘弁だな。あれ、行き先が妖精界のあの場所だったから良かったけど、他の場所だったらどうなってたか分からないし」

 「そうだね……。猛獣がいるところに放り出されてたかもって思うとゾッとしちゃうな……」

 「それもそうね。いいわ、次の火氷(かひょう)界までもう少しかかると思うから話しましょっか」

疲れた顔の二人にまた顔が緩んでしまう。

彼らはすこーし弄り甲斐があるせいでついつい遊びたくなってしまうから気を付けないと。

 「そうね……。まずはキャムルとの出会いからでも話す?」

 「お、いいな。実は気になってたんだ」

 「聞きたい聞きたい!」

 「ふふ、じゃあそうしましょっか。あれはそう、四千万年前の事ね」

 「…いきなり話の腰を折って悪いんだが、まずそこなんだよな………」

 「今まではあんまり余裕なかったから流してたけどね……」

こんな風に種族間の違いに驚かれるのも久しぶりで何処か嬉しくなってしまう。

全ての世界で最も長寿なのがエルフ。ついでフェアリーで最後に龍族。それ以外は皆大差が無い。

だから妖精界の誰かに『四千万年前』と口にしても精々数千年前くらいの感覚にしかならない。

これからはそういう所で驚く二人を見れるのだと思うと顔がまたにやけてきてしまいそうになる。

 「ええ。まぁ、私はエルフの中でも特別寿命が長いから、昔話をしようとすると全部が何百万、数千万年前ってなっちゃうかしら?」

 「きゃ、キャムルは平均的なのか……?」

 「いいえ?あの子も長い方ね。下手をしたら私と同じくらい生きられるんじゃないかしら?」

 「じゃ、じゃあ平均は……?」

 「エルフやフェアリーは上位の回復魔法を使える子は寿命が二~三千万年近く長くなる傾向があるの。そうじゃない場合の平均は大体五~六百万年くらいかしら?長くても一千万年が限界ね」

 「は、はは。仮にキャムルと結婚なんかした日には確実に看取られるわけだな」

 「規格がおかしくて訳が分からない……」

 「そっか。人間は百年ちょっとが限界だったわね。私の世界の野生動物より少し長いくらいかしら」

 「へぇ、妖精界は動物も長寿なのか」

 「私達と比べれば全然だけどね。大体三十年くらいかしら?」

 「七十年は誤差なんだ……」

分かっているのについ意地の悪い言い方をしてしまう。

けれど、お陰で彼らの腕を組んで頭を悩ませたり、顔を見合わせて一緒に首を傾げたりする姿が見られた。

眼福だ。とても可愛らしい。直ぐにでも二人纏めて抱きしめたい。

でも自重しないとね。私はあくまで保護者なんだから。

 「それで、キャムルとの出会いだったわね。えぇっと……」

話を本筋に戻して昔を思い出す。

あの子との出会いを話すにはまず、私がまだ幼かった頃からね。

あれは確か、日差しが強い頃だったわ。


                          ーーーー    ーーーー    ーーーー


 見る者全てが畏敬の念を抱かずにはいられなくなる女エルフが強烈に輝く太陽の光をステンドグラスを通して浴びながら座している。

彼女は妖精城の広間で、ごく普通の大きさのソファに似た一名掛け用の椅子に腰かけ、エルフには珍しい黄金の髪を細くしなやかで美しい指先で梳いている。

その女性の隣に、静かに立ち尽くす幼い女エルフがいる。彼女の名はラ・フィルオーヌ。

現・長であり三代目に当たる金髪の女エルフのレ・ケーミラル以上の補助魔法を唱える事ができ、回復魔法に至っては向こう数千万年は超える者がいないだろうと断言されるほどの能力を有する妖精界始まって以来の大天才が少女の正体だった。

その才能を見込まれ、彼女は問題のない働きを見せれば次期長を確約された状態でケーミラルの付き人に任命された。

長の政治的行動に対し唯一進言以上の立ち入った行為が許されている付き人は周囲の意見を聞き入れ長に伝える役割がある。

付き人になる者・なった者は皆これを十全にこなせなければならず、不備が多く見つかれば[付き人]という役職から降ろされる事になっていた。

とは言え、これまではまともに補助が出来るようになるのは任命されてから数百年以上は経たないと無理だった。いわばその数百年は勉強期間だ。

しかしフィルオーヌは僅か十年程度でケーミラルが舌を巻くほどの提案を行う敏腕さ発揮してみせた。無論、それ以外の仕事も極めて優秀。

正に類稀な少女だったのだ。

そんな彼女は必然的に妖精城にとって必要不可欠な存在へとなっていった。

やがて、ただ一度きりの付き人としての役割に暇を貰ってからの約一千四百万年後。

もう間もなくケーミラルが長の座を譲る頃にはフィルオーヌは目を疑うほどの巨大な身体を手に入れていた。

彼女の異常なまでの成長は原因が不明だった。

何らかの呪いに掛かった形跡も無く、当然のようにそんな病も存在しない。

幸い背が伸び続けるだけで身体や心に大きな問題は無かったが、だとしても周囲が受ける威圧感は並大抵のものではなかった。

そんな問題を抱えている最中に長になるための最初の関門である付き人選びの選別期間が始まった。

日差しの強い季節ーー人で言うところの春から夏にかけての時期だ。

妖精界全土から選ばれた選りすぐりの二十名の優秀なエルフの子達が広間に一堂に会した。

彼ら彼女らは皆フィルオーヌの事を知ってはいたがその情報は全てが噂で紆余曲折した歪な内容ばかりだ。

曰く、物語の巨人のように恐ろしい。曰く、エルフを取って喰う化物。曰く、魔なる者に魂を売ったが故に巨躯という代償を払わされた。

どれも事実無根に他ならない噂に過ぎなかったが、成長しているエルフ達はそれを承知の上で子の躾のためにまことしやかに語っていた。

その代価が、二十名の子達に植え付けられた有らざる恐怖だ。

広間に集められた二十名の子供はフィルオーヌの姿を見ずにある子は挙動不審に、ある子は怯え、ある子が泣き出すとつられて十名近くの泣き声による大合唱を起こすほどにその代価は高くつき、それを外から覗き見ていたフィルオーヌは酷く心を痛めていた。

躾のためである事は理解している。悪気があって言っていた者がいない事も知っているし、この子達も成長すれば私が悪者ではないときっと理解してくれるはずだ。

そうは分かっていてもやはり胸を締め付けてくる苦しさがあった。

 ーー『ああ、そうだわ。私は誰の助けが無くてもこの世界を治められるじゃない。ケーミラル様から継承した千里眼だってあるんだから、付き人を取るのはやめればいいんだわ』

誰に言うでもなく独り言ちたフィルオーヌは寂しい決意をケーミラルに伝えようとその場を後にした。

ーーしかし、ケーミラルは断じて許さなかった。

何万年、何百万年経とうとも必ず付き人を見つけなさいと今わの際まで言い続けた。

そうして四千と八百万年の月日が流れた。

独りきりになろうとも政治に大きな間違いを起こさずにきたフィルオーヌは、ケーミラルの遺言に従いもう何度目かも分からない付き人選びの召集をかけていた。

時期は決まって日差しの強い季節。

開催の時期に特に意味は無いが、慣例としてそうなっていた。

今度集まったのは十七名。前回よりも五名ほど少ない。

しかし、今回もまた子供達はフィルオーヌを見るなり緊張したり涙を浮かべたりと恐れている様子だった。

 ーー『ケーミラル様。遺言に従い此度も行いましたが、また見つかりそうもありません』

思わず吐きそうになるため息を堪え、フィルオーヌは端から子供達を流し見した。

誰も彼も、見られた瞬間身構え、目を離すと緩和する。いつもと同じだ。

……同じはずだった。

 『貴女、お名前は何というのかしら』

名を聞かれたのは最後から四番目の少女。

その少女は誰とも違い物怖じせずに口を開いた。

 『リ・キャムルです』

 『……そう。少しの期間お城に残れそうですか?』

それはただの興味本位だった。

広間に集められる子供は皆何かしらが優れた天才だ。だがフィルオーヌは少女が何の天才かは聞いていなかった。

本当にその場で降って湧いただけの興味でしかなかった。

私に恐れを抱かない不思議な子だというただそれだけの。

だが、この興味がフィルオーヌの全てを変えていった。

彼女自身も知らぬ間に、緩やかに、徐々に、僅かずつ。

 『フィルオーヌ様。書類はどちらに?』

 『ありがとうございますキャムル。六番まではここ、七番から十一番まではあっちにお願いします』

五十年後の同日、キャムルは未だ妖精城でフィルオーヌの付き人をしていた。

内容は書類整理等の雑務の手伝いに始まり、フィルオーヌの食事や入浴に睡眠等の一日の管理。

それらをキャムルは約二十年で理解し、十年で最適化し、次の十年で完璧なものにした。

以降の十年間、彼女は最適化によって生まれた自由時間を使いフィルオーヌが別日に予定した仕事に目を通し助言または進言を行うようになっていた。

これほどの速さで付き人としての仕事を完璧以上にしたのはフィルオーヌを除けば初めての快挙だった。

 『ありがとうございましたキャムル。今日はもう休んでいいですよ』

 『承知致しました。フィルオーヌ様もあまり根を詰め過ぎないようお気を付けください。そちらの仕事は全て来月以降に済ませればよいモノですから』

 『ええ、分かっています。おやすみなさい』

 『おやすみなさい』

恭しく一礼し部屋を後にしたキャムルの背を扉が閉まるまでの間見送っていたフィルオーヌは椅子の背もたれに背を深く預ける。

彼女の口から洩れるのは大きく吐かれた息。瞳には疲労以上に満足感に満ちた安らぎが見える。

 『……キャムルの採用によって私の仕事は大きく変わった。ううん、正しくは[大きく先を視れる]ようになった。今までは殆どの場合少し先までの仕事をこなすだけだったやり方がひと月やふた月先の問題もあらかじめ知る事が出来るようになって先手を打てるようになったし、解決方法を幾つも練る・見直す余裕が生まれた。これは最早今までとは全く別のやり方だわ。それもこれもキャムルのお陰。あの子が居なければ私は大きな問題以外は見送っても仕方がないと思っていたままでしょうね』

独り言ちた彼女はより深く背もたれに身体を預け、天井を見上げる態勢へと変わる。

見上げた真っ白な天井に思い浮かぶのはケーミラルの顔と在りし日の言葉だ。

 『……ケーミラル様。貴女の仰っていた事はきっとこの事だったのですね。確かに、私だけではここまでの成果は挙げられなかったと思います』

瞳を閉じ、静かに息を吸ったフィルオーヌはゆっくりと背もたれから身体を起こして卓に積まれた普通の大きさの書類を見下ろす。

 『さて、大きさを調整する魔法の実験も兼ねてもうひと頑張りしないとね』

何処か喜びを纏わせた独り言を口にしたフィルオーヌは、無機物になら作用するようになった大きさを自在に変えられる魔法を書類に掛け、夜を更かしていった。


                             ーーーー    ーーーー    ーーーー


 「……と、これが私とあの子の出逢いよ。面白かった?」

 ありとあらゆる時系列をかいつまんで要点とその前後を話終え、私は興味を持っていたリューンとシャルの様子を伺った。

けれど、彼らは何とも言えない表情で私の後に着いてくるだけで感想の[か]の字も出せそうになかった。

理由はきっと、私が少し辛い思いをしていたと聞いてしまったからだろう。

 「ま、そんなものよ。思い出話とかなんてね。だいじょーぶ、今更何千万年も前の事で怒ったりなんてしないから。勿論、もう何とも思ってないからそこもへーき」

少しだけ気を遣ってそう言い、彼らの表情を覗き見る。

 「…そ、そっか。うん、そう、だよね。気にしていないなら、良かった」 

 「とは言え、やっぱり気持ちのいいモノじゃないな。優しい相手だって分かってて怖い存在だとして教えるなんて」

私の言葉がリューンとシャルの心根を開いたんだろう。彼らは難しい表情を崩してそんな感想を言葉にしてくれた。

 「ふふ。そう言ってもらえるだけで私は充分なの。それに、お陰で身長を変えられる魔法も開発できたし、次の罹患者に同じ思いをさせないで済むようになったわ。…まぁ私がいる間にはエルフにもフェアリーにも現れなかったけど。でもそれでもいいの。いつか現れた時のために私はこの魔法を開発したんだから」

 「やっぱりすごいね。そんな風に前向きになれるの」

 「ああ。俺もそう思う。俺達じゃ想像もできないくらい長い間いいように言われてたんだろ?だったら恨み言の十や二十あってもいいと思うぜ」

 「あらあら、今更おだててもななーんにも出せないわよ?お城じゃないもの」

なんて言いつつも彼らの真っ直ぐな言葉に年甲斐も無く胸の奥が熱くなってくる。

……すっかり忘れていた。誰かに裏表のない想いで褒められる事がこんなにも心を高揚させるって。

キャムルでさえ、仕事中は多くの事を考えなければならないせいで[素直さ]に靄がかかっていた。

でも、リューン達は……ううん、彼らだけじゃない。これから出会う私を私として見てくれる誰かは、今のような言葉をくれる。

一つの世界の長として生き続けて来た私が忘れてしまっていた素直さという自由をきっとくれる。

 「あー、そうだ。さっきの話で一つ気になった事があるんだ」

 「なにかしら?」

何処か感慨深さを覚える心持の中、思い出したようにリューンが口を開く。

疑問に思い尋ねてみると彼は少しだけ俯いた後、「誤解しないで聞いてほしいんだが」と前置いてから続けた。

 「俺が思うに、け…ケーミラル?が付き人にこだわった理由は仕事の効率化がどうこうって理由じゃないと思うんだ」

 「……え?」

彼の疑問は私が予想もしていなかった部分についてだった。

[統治において発生する業務や仕事の効率化を著しく飛躍させてくれるのが付き人だから必要だ]。というのが私の考えだったわけだけど、リューンは何を疑問に思ったんだろう。

 「人間とエルフ・フェアリーじゃ価値観が違うのかもしれないけどさ。生き物に必要なのはいつも同じ目線に立ってくれる相手だと思うんだ。俺達はそれを友人だったり仲間だったり、時には恋人や夫婦・家族に見出してる。と言うか見出したからそういう関係になってる。そう思うんだ」

 「そうね。私達エルフやフェアリーもそれは同じだと思う」

 「だとしたらさ、ダントツに寿命が長いエルフやフェアリーにはそういう相手が尚更必要な気がするんだ」

そこまで言われ、私に衝撃に似た強烈な気付きが訪れる。

でも、言葉にするにはまだ一歩、何かが足りない。

その何かを、リューンは私の求めに気付かないまま答える。

 「いつまでも自分を理解してくれて、何かあってもずっと覚えてくれるような相手ってのが必要なんだと思う。けど王様だとかなんだとかっていう偉過ぎる人はそういう相手が作りにくいと思うんだ。だからケーミラルってエルフは最後までこだわったんじゃないか?自分と同じようにフィルオーヌにも信の置ける相手を作って欲しくて」

 「……そう、だったんですか…?」

 「…?フィルオーヌ?」

遥か昔の記憶が掌(たなごころ)を指すように鮮明に蘇ってくる。

それはケーミラル様に認められて付き人見習いになった日から、ケーミラル様がお亡くなりになり野辺の送りを行った時までの事。

膨大な記憶のはずなのにどれも直ぐに蘇ってきては次の記憶に移って行った。

どれも……。どれも楽しくも懐かしい幸せな日々だ。

その日々は私にとって欠ければ替えの利かない出来事で……。

 「あ……あら、あらあら。いけない。歳かしらね。情緒がおかしくなってしまっているみたい」

同じくらい、キャムルと過ごした日々も大切で大切で大切な。大切な思い出だ。

この二つの時代の思い出があれば、記憶があれば私は何も恐れる事無く業火の中にだって飛び込んで行ける。身を裂く劣悪な所業にだって耐えられる。

それをもしも、もしもケーミラル様も同じように想ってくださっていたのなら。

なによりリューンが言うようにこれこそがケーミラル様が付き人にこだわっていた理由なのだとしたら。

 「……リューン、シャル、あなた達に一生のお願いを使わせてください」

 「急に大げさだな。気にせず何でも言ってくれ」

 「うん、出来る事なら何でもするよ」

 「……キャムルに伝えて下さい。付き人を探しなさい、と。どれだけ時間がかかっても構わないから、必ず見つけなさい。と」

私の生涯で最も重要な頼みを、リューンとシャルは快く頷いてくれる。

愚かで間の抜けた私の願いを、彼らはきっと果たしてくれるだろうと心から思える、そんな心強い笑顔だ。

 「…ごめんね。急に改まっちゃって。さ、そろそろ道の果てよ。気を引き締めて」

 「ん、もうか。意外と早かったな」

 「だね。話してたからかあんまり疲れも気にならなかったなー」

自分の万感を隠すように話を逸らして彼らの意識を逸らせる。

次の話題に上がったのは道の先にある異世界・火水(かひょう)界。

けれど私は、その異世界の説明をする裏でたった一つの想いを膨らませている。

 ーーありがとうございます、ケーミラル様。私に、覚悟に至る幸せを与えてくださって。教えて下さって。何も、何も怖くはありません。貴女様のように安寧と安らぎの中にある寝床で生を終えるのが至難だとしても、恐怖はありません。私にはもう、全てがありますから。

その想いは留まる事無く膨らみ続ける。心を篤く包み続ける。

 ーーそしてその全てを更に輝かしくしてくれた、気付かせてくれた彼が居ます。彼を慕い、信じる彼女がいます。……故に。

やがて私達の足は道の果ての狭間に届いた。

 ーー故に、持てる何もかもで貴女に約束致します。この幸せを絶える事無く連綿と続かせると。

私の決心を形にしたかのような次元の狭間に。

 「さ、いきましょっか!この異世界は暑いし寒いしで大変だから体温調整に応用が利く魔法を常に自分にかけてね!」

そして大きく跨ぎ、地を踏みしめた。

未来を紡ぐための一歩を。



to be next story.

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