第8話 長として


 「生き返え……らせ、る?」

 「な、何を言ってるんですか、フィルオーヌさん……?」

空気の流れが止まった広間の中で、俺とシャルの思考までもが停止する。

彼女は、フィルオーヌは確かに言った。バベリュを生き返らせられると。

だがそんな事は有り得ない。回復魔法の限界は致命傷を一瞬で癒せる事や欠損した部位を復元させる事までだ。

それでさえ上級回復魔法を使える者の中の更に一握りだけ。いわば天才の中の天才だけだ。

なのに、生き返らせる?死後何時間も経っているバベリュの事を? 

 「お、おいおい。流石に冗談きついぞ。そんなのは無理に決まって……」

 「私はこう問うたはずですよ、リューン。生き返らせられるなら、と」

 「だからそんなのは……」

繰り返そうとした時だ。背後からとてつもない殺気を感じた。

誰のものなのかは考えるまでも無い。

微かに覗き見れたキャムルの姿勢は普段の立ち姿だが明らかに魔力の奔流を思わせる空気の流れを感じる。これは警告なんて優しいモノじゃない。脅迫のそれだ。

 「フィルオーヌ様が尋ねておられるのです。早く答えなさい。担い手」

口調は普通。だがやはり殺意が込められている。

それはきっと神とさえ崇めているフィルオーヌに対する強すぎる忠誠心からなのだろうが、幾らなんでも横暴だ。

……だが逆らいようも無い。俺とシャルは今、武器も持っていない無防備だ。魔法があるとしても立っている上に真後ろにいるお陰で二手先んじられるキャムルには敵いようがない。

おとなしく答えるしか道はない。

 「……もしも本当に生き返らせられるのなら、どうして俺達を襲ったのかを聞きたい。それで、エルフィム達から持ってきた方法で解決できないのか話し合いたい」

 「貴女は?」

 「…私も同じです。きっと他のランゲドと同じ気持ちだったはずのエルフィムさん達が考えた案が本当に解決の道になるのか一緒に考えてもらいたいです」

 「ではこう言われた場合はどうしますか?『自分達の計画に利用するために生き返らせたのでは』と」

 「!!」

 「そ、それは……!」

的を射た指摘だと思った。

確かにそうだ。こんな情勢でバベリュを生き返らせでもしようものなら利用してると思われても仕方がない。

例えそうでは無くても『生き返らせてくれたから手伝う』とはならないだろう。そもそも彼は敵側で、仮に俺が同じ状況で生き返らされた場合は裏があるのではないかと必要以上に勘繰るだろう。

まして相手はあのバベリュだ。一筋縄では説得できないだろうし、もしも協力を取り付ける前に逃がしてしまった場合は間違いなく報復が始まる。

下手をすればその報復が戦争の合図にもなりかねない。……八方塞がりだ。

 「……確かに、生き返らせるのは早計かもしれないな」

 「………そうでしょうね」

知らず漏れていた言葉にフィルオーヌは小さな間の後に深く頷く。

 「蘇生とは言葉ほど素晴らしい行為ではありません。何が原因であれ死が訪れた以上受け入れるしかなく、例え受け入れられずともそうである事実は決して変えてはなりません。何故なら、果ては世の全てがあらぬ方向へと変ってしまうからです」

その上で、とフィルオーヌは続ける。

俺とシャルはその言葉に黙って耳を傾ける以外の術を見いだせず、静かに言葉を聞いた。

 「我々は彼を生き返らせる手段を持っています。そして生き返らせた場合は必ず我々に協力をしてもらいます。無論戦争を回避するためですから手段は選んでいられなくなるでしょう。……それが私とキャムルが導いた結論です」

 「操る類の魔法を扱える者はいませんので最終的には古き良き洗脳を行うでしょうね」

 「せ、洗脳…ですか?」

あえてフィルオーヌが省いたのだろう部分の補足を行うキャムルにシャルは驚きながら振り返る。

しかしキャムルはシャルに驚いた様子も無く更に続けた。

 「ええ、洗脳です。魔法は生来の素養がほぼ全てを決めますが力づくの手段であれば多少の適性と学びでどうとでもできます。であればそれを使うのが最善の手段でしょう」

 「そ、そんな……」

 「政治ーー特に国政は綺麗事だけでは絶対に動かせませんから。酷かろうが恐ろしかろうが良くなると思える事ならばやらない訳にはいきません」

 「それは、そうかもしれないです……けど…」

張り付いた無表情のままキャムルは自身の感情を置いてきぼりにした口調で話す。

それはあまりにも怖ろしく、何より嘘ではないと理解するのに充分な迫力があった。

……だからこそ。

 「ならダメだ。俺が許さない」

認めてはならないと、理屈に甘えた答えが俺の背を押した。

 「貴方が許さないからなんだというのですか?そもそもここはあなた達にとっては他所。政治にまで口を出される謂れは……」

 「認めない手立てか?簡単だ。俺が向こうに合流する。つまりお前達の敵になるんだよ、キャムル」

瞬間。

俺を警戒するように纏わりついていた殺意が爆発的に増大する。

 「……で、あるなら。今あなたは敵地のど真ん中で呑気に座っている事になりますが?」

呼吸が、阻害される。

 「舐めるなよ?二度も来た場所だ。何がどれだけ居ようが目隠ししてたって逃げられる」

冷や汗が背筋を伝って俺に警告を寄こす。

 「これは大きく出ましたね、小僧。千万年単位で住み仕えている私の目を欺けると?」

[こいつに逆らうなら命を懸けろ]と本能が俺の尻を叩く。

 「無理なら倒すだけだ。そうだろ、小娘」

だからこそ意味がある。

キャムルは今、本気で俺を否定している。戯言だと聞き流していない。だからこそ抗議の意味が産まれる。

何よりそれを覆せないようでは彼女の上にいるフィルオーヌを説得するなんて不可能だ。

 「よくも言いました。『小娘』呼ばわりされるなんて何千万年ぶりでしょう。いっそ新鮮な気分です」

殺意が増す。

まるで質量を持っているかのような粘り気のある空気が俺を飲み込み、全身にへばりついてくる。

異常な殺意だ。彼女は本当にエルフィムやバベリュと同じ生き物なのか?こんなの野性獣じゃ比較にすらならない。

 「よろしい。ではお聞かせ願いたい。どう説得するのかを」

両肩に強い衝撃が走った。

同時に強い圧力と激痛が俺の肩を襲ってくる。

 「どう説得すれば穏便に事を進められるのかを」

キャムルに鷲掴まれている。言い逃れは出来ないぞと暗に意味が込められた両手で骨が砕け肉が裂けんばかりに掴まれている。

……下手は言えない。だが説得する自信はある。

 「真実を話すんだ」

 「……真実、と?」

 「それはどういう事でしょう、リューン」

一瞬、肩を掴んでいたはずの力が硬直し、キャムルが言葉を詰まらせた。

その代わりに口を開いたのはこれまで沈黙を保っていたフィルオーヌだ。

それは恐らく、真実が何なのかをーーエルフィム達が辿り着いた解決案の根っこを知っているという事だろう。

 「ああ。本当なら風呂上りに話すはずだった報告だけどな」

 「つまり、エルフィムらから聞いてきた、と言う事ですね?」

 「そうだ。俺とシャルがあいつらから聞いてきたのは堕天の本質。病であって病ではない特性の事だ」

遥か頭上から息を呑んだ様子が降りて来る。

 「……彼らは、そこまで思慮を及ばせていたのですか」

それは当然フィルオーヌのモノであり、彼女の中では全く想定していなかった内容らしく考え込むような雰囲気が下まで漂ってきた。

そんな雰囲気を感じ取ったのかそれまで話を聞くだけだったシャルが勢いよく立ち上がり声を荒げる。

 「な、ならフィルオーヌさん達はその事を知っていたんですか!?『堕天は極度の絶望によって引き起こされる身体・性質の変化』だって!」

シャルの目には微かに潤みがあった。

……エルフィム達から話を聞いた時と同じように。

 「ええ。私とフィルオーヌ様、そして歴代の妖精城主とその使いは知っていました」

フィルオーヌは口を開かない。

ただ、キャムルが心外だと言わんばかりに俺達の前へと移動しながら抗議の意を示している。

 「だったら!!」

 「知っていたところでどうにもできません。絶望は絶望を呼びます。負の連鎖は留まる事を知らないのはあなた達も知っているはずですよ?直近で集落一つが堕天してしまったという報告を共に聞いたのですから」

 「……!それは……」

 「極度の絶望とは即ち[己にも同じ事が怒るかもしれない]という恐怖が発する病。目の前で最愛の人が死ねば傍らにいた者が、親友が大怪我を負い危篤になれば次は自分がなるのではと友が、集落で流行れば見境なく全ての者が絶望に恐怖する。故に事実を知らぬ者達は堕天した者達を避けてきたのです。隣にいた者のほぼ全てが堕天してきたがために」

 「だとしても、みんなに教えるべきだったんじゃないですか!?そうすれば対策だって……!」

 「それは不可能でしょう。少なくともこの世界では特効薬が開発された病だったとしても症状が極端に酷い場合は迫害に近い扱いを受ける場合が多々ありますから。感染性が無くとも、です。それが治りもしない不治の呪いだというのです。混乱によってこの世界は瞬く間に堕天した者達によって溢れ返り、エルフ・フェアリーの本来の役目である[世界の均衡の維持]が行えなくなります。そうなればこの世界はたちまち自然を失って荒廃し、野生動物達が牙を剥く魔の世界に成り代わるでしょう」

シャルの訴えはしかしキャムルには一切届かない。

何故なら、……悔しいが彼女の考えの方が正しいからだ。

シャルのは所詮は感情論。正しくは聞こえても根本的な解決にはなり得ない。

対してキャムルの考えは事実からくる推察だ。均衡の維持っていうのはよく分からないが、みんなに堕天の理由を伝えたらどうなるのかという考えに関してだけはまず間違っていないだろう。

なにせ俺達の世界でも全く同じ事が言えるんだ。この世界は例外だと言えるはずもないし、何より似た事実が既に起きている。推察ではなく最早確信と言い換えたって過言じゃない。

……だとしてもだ。

 「だとしても、伝えるべきだ。停滞は死と大差ないんだからな」

そうだ。進化の停滞が生物・植物の死であると言えるように、精神の成長の停滞は知生体としての死と言える。

事実を受け容れられない者もいればフィルオーヌやキャムルのように受け入れられる者だっている。ならば誰もが堕天するわけじゃない。

……そして。

 「例え全てのエルフ・フェアリーが堕天したとしても、堕天した者達で均衡の維持を行いさえすればいいだけのはずだ」

堕天する事の最大の問題点が均衡の維持だというのならそれを払拭すれば話は全て解決するはずだ。

 「………簡単に」

知らぬ間に立ち上がっていた俺の視線の先。そこには俯き肩を震わせるキャムルがいる。

今の彼女に殺意こそ感じられなかったものの全身からはありありと怒りが感じられる。

その怒りは一秒と持たず爆発した。彼女の張り付いた無表情を壊し、丁寧で落ち着いた言葉遣いを巻き込んで。

 「簡単に言うな!!よそ者の、よそ者のくせに!!知った風な口を!!」

 「ああよそ者だ!!所詮俺達はよそ者でこの世界の仕組みなんか一つも理解できてない!!」

 「だったら口を出すな!!堕天するというのはそんな簡単な……!」

 「聞いたよ!攻撃的で欲求的になるんだろ!?温厚で禁欲的なはずのみんながだ!その結果小競り合いが起きて酷い時は殺し合いだってあるってな!」

 「……!よくもいけしゃあしゃあと言えたものですね彼らは。殺しをする者が殺しをしていると他者に教えるだなんて図太いにも程がある。恥という概念が無いんでしょうね。腹立たしい」

 「それは誤解だ。あいつらはあいつらなりに今の関係性を憂いてた。いくら攻撃的だからって戦争を望んでるわけでもなかった。寧ろその逆だった。これ以上嫌な思いはしたくないって、そんな顔だった。だから俺達にこの話を持たせたんだ」

 「だとしても彼らに一体何が出来ると?ランゲドはエルフィムやバベリュだけじゃないんです。それこそ無数にいる。フィルオーヌ様の力で数や生息域の全てを把握できているとは言っても一切の増加を阻止する事までは出来ないんですよ」

 「だからその無数にいるランゲドの中からエルフィム達みたいな奴らを見つけて反対派や敵対派の数を減らしていくんだ。その手始めがバベリュだ。敵対派のバベリュを説得できるんなら反対派だって説得できる!そうだろ!?」

 「だから!簡単に言うなと言っているんでしょうが!!」

 「もうやめなさい!!」

一際大きな声が俺とキャムルの声を両断し掻き消す。

声の主は探るまでも無く理解できたが、俺とキャムルは見上げる事もせずに睨み合ったまま浮き沈みする肩を鎮めるため呼吸を繰り返す。

 「もう、およしなさい。両者の意見はよく分かりました。双方の言い分が充分に正しい事は私も、そこで少し苦しそうにしているシャルも、理解できています」

フィルオーヌは小さな呼吸の後に声を普段通りの穏やかさに戻すとシャルを声の先で示しながら俺達の口論……言い合いが再発しないようになだめる。

事実、彼女の言葉通りシャルはソファに腰を下ろし肘置きにもたれるようにしながら小さく息を荒げている。

どうやら室内の酸素が薄くなりつつあるようだ。俺はまだ平気だがシャルの呼吸が落ち着く様子は見られない。

 「……大変失礼致しました。フィルオーヌ様の御前ですのに目に余る痴態をお見せしてしまいました」

 「構いません。貴女のこの世界を想う気持ちは本物です。それより通気口を幾つか解放してきてください。我々も危なくなる前に」

 「承知致しました。直ちに酸素の確保を行います」

俺よりも早く呼吸を整え、高ぶっていた感情を抑え込んだらしいキャムルは再び無表情に戻ると一瞬で姿を消す。

途端、広間には静寂が訪れ、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った。

…心なしか部屋の空気が流れているような気もする。

 「リューン、貴方も座った方がいいわ。まだ自覚していないみたいだけど、シャルよりも呼吸が乱れているんだから」

 「……そう見えるなら、座らせてもらうよ」

 「ええ。その方が落ち着きも早いはず」

言われるがままソファに座ると頭上に漂うフィルオーヌの雰囲気が柔和に和らぐ。

すると彼女は温かな日差しを思わせる優しさで口を開き始めた。

 「私はね、リューン。不謹慎かもしれないけど、嬉しいの。どうしてだと思う?」

 「……?」

唐突な問いに俺は眉を少し顰める。

それをフィルオーヌは尚更嬉しく思ったのか小さく笑ってから答えを教えてくれた。

 「それは、あなた達がこの世界について真剣に考えてくれているから。あなた達ーー正確には私達の主目的にはこの問題は関係ないから耳障りの良い言葉だけを並べて半端に話を纏める事も出来たのよ?でもそれをしなかった」

 「そりゃ…当たり前だろ。これから仲間になる奴の抱えてる特大の問題なんだから」

 「じゃあもし私の抱えている問題じゃなかったら真剣にはならなかったかしら」

 「どうだろうな。まぁ、命までは懸けなかったんじゃないか?」

再び問われて素直に答える。

と言っても、今回の件じゃ流れのまま生き死にに発展したから結局は同じだったんだろうけど。

けど、フィルオーヌは首を振ったような雰囲気を示してから口を開く。

 「いいえ。あなた達はきっと私と関係が無くてもこの問題を知れば命を懸けた。そんな確信があるわ」

 「おいおい、そりゃあ買い被り過ぎだろ。なぁ?」

あまりに突飛の無い確信に流石におかしくなり、つい鼻で笑いながらシャルに同意を求めてしまう。

 「う、うん。私も自信ないかなぁ。目的が違うし、フィルオーヌさんが困ってるのを知ってたから手を貸したいなって思っただけだもん」

そして俺と殆ど同じ考えをシャルは整い終えた呼吸で答えてくれる。

…なのに、フィルオーヌはまた笑ったような雰囲気を漂わせた。

 「いいえ、きっと。この先の旅でそれが二人にも分かるはずよ。我々は意外と自分の事を知らないんだから」

 「……そういうものか?」

 「うーん?」

 「ええ。キャムルだって、今頃自分の知らない部分と向き合っているはずよ?」

彼女の不可思議な確信にシャルと顔を見合わせて互いに小首を傾げる。

年長者の意見ーーと思うにはフィルオーヌは若すぎる外見なのでどうしても疑問を優先させてしまうが、話では何千万年と生きているらしい彼女の言葉だ。大きく間違っている事は無いだろう。

 「……ただいま戻りました。十ある通気口の内天井付近に存在する三つを解放したままにしておきましたので酸素の供給に問題が起きる事は無いはずです。また、周辺の安全も一先ずは確認できましたので会話が聞かれる心配も無いと思われます」

 「ありがとうございますキャムル。いつも通り、良い手際ですね」

 「滅相もありません」

フィルオーヌとの会話の最中、突然俺の前に姿を現したキャムルは上空を見上げる事無く報告を行う。

彼女の言うように通気口が開けられたからか明らかに室内の空気の鮮度が変っていくのが分かる。時折鼻腔を刺すような冷たい空気さえある。

 「……では、決定を伝えます」

願わくばその冷たが、結末の冷酷さの表れではない事を祈るばかりだ。

 「此度の問題であるダークエルフ・バベリュの蘇生及び強制力のある協力要請ですが…」

フィルオーヌの冷淡さを覚える言葉に呼吸が僅かに詰まる。

隣ではシャルが不安げにフィルオーヌを見上げ、正面のキャムルは表情や立ち姿こそ変わっていないものの全身が僅かに強張っているのが分かる。

 「……行う事を決定します」

 「「!!」」

そして口にされた言葉を聞き、俺とシャルは目を見開きながら立ち上がった。

 「今後の展望がどちらに傾いているか。これが決定の理由です。僅かな時の流れの後、私はこの世界を離れます。そのためこの決定は長としての最後の大きな決断であり、同時に最も重いモノとなるでしょう。故に全ての責任は私にあります。後日、城内の者全てに正式な報告を行いますので歴史書にもそう記されるでしょう」

フィルオーヌは淡々と決定と理由を語る。

それをキャムルは瞳を閉じて俯きながら静かに聞いていた。

 「無論、記されたからと言って後任の者が責を問われぬという事は無いでしょう。しかし、この決定は間違いなく妖精界の歴史を大きく動かすモノです。なれば問題は多く、その責任の矛先は時の為政者に向く。結末が是であれ非であれ得る責め苦は同じでしょう。……故にリ・キャムル」

 「はい」

名を呼ばれたキャムルは僅かに屈むと一瞬の内に高く飛び上がる。

次に彼女が足を着けたのはフィルオーヌの右ひざで、そこに留まる事無く再び飛び上がる。

恐らく向かった先はフィルオーヌの胸の上か肩の上だろう。

決定の最も重要な内容を聞き届けるために。

……と、確かに思ったのだが。

 「次の長である貴女にのみ責が行かぬよう、私も共に計画を練り、共にバベリュの説得にあたりましょう。そして、計画の最終決定を示す血判は私のものにします。それが身勝手に行く末の足掛かりを作った愚長のできる最後の罪滅ぼしです」

ど、どうやら俺の予想以上に重い言い渡しだったみたいだ。

キャムルが次の、長………?

 「……もったいないお言葉です。フィルオーヌ様」

 「いいえ。寧ろあなたには償っても償いきれぬ罪になり得ぬモノを背負わせているのです。ですから、例えこれから先どんな苦難が待っていようとも絶対に自分の責任だとは思ってはいけませんよ」

 「ご安心くださいフィルオーヌ様。我が命に代えても此度の決定が間違いではなかったと示して見せます。ですので重ねて申します。どうかご安心ください、ラ・フィルオーヌ様」

上空で交わされる彼女達の会話は俺にもシャルにも明瞭に聞こえていた。

だが、フィルオーヌの言っていた『次期長』という言葉のせいでさっきまで言い合いしていたはずのキャムルが遠い存在のように思えてしまっている。

……この決定を促したのは俺の意見の可能性が高く、その責任を彼女が取るというのに話に集中できていない。

 「では早速取り掛かりましょう。リューンとシャルは早々に広間から退出してください。これより先は政。如何に旅の仲間となるあなた達と言えど一言たりとも聞かせる事はできません」 

 「さぁ、こちらへ」

己の行っていた事の重大さに改めて気づかされ、次第に大きくなっていく疑問を抱く中、いつの間にか俺達の背後に立っていたキャムルに背を押される。

 「え、え?」

 「ちょ、ちょっと待てよ!こ、これじゃお前が……!」

 「言い合いならばまた後にしましょう。今はそんな余裕ありませんので」

 「ちょ、待……!」

俺の話など一切聞かず、シャルと一緒に扉の前まで異様に強い力で背を押される。

そして閉じられていた扉は頭上から伸びた手ーーフィルオーヌによって軽々と開けられ、抗う術も無く追い出された。

 「では、また後程。世話はフェアリーに任せていますので何かあれば全てそちらに」

 「キャ、キャムル!?フィルオーヌ!!??」

振り向きながらの叫びは閉じられた扉によって完全に阻まれる。

当然返事は無い。

……結果、俺とシャルは心の準備もさせてもらえないまま蚊帳の外に追い出されてしまった。

 「……ど、どうしよっか。リューン…?」

 「どうするって言ったって……」

その後俺達は、俺達を探すために広間の前まで来たフィリーとシュイーに声を掛けられ風呂場に案内されるまで立ち尽くすしかなかった。




ーーそうして、月日は流れて一週間後。

俺達が追い出されてから今日まで一度も開く事の無かった広間の扉が大きく開け放たれた。




to be next story.

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