第6話 闘い、対話、戦い


 エルフィム達の拠点とする洞窟に入り、俺達は再びあの広間に足を運び入れた。

様子は先程と大きくは変わらない。エルフィム達の仲間が待ち伏せていたり罠を張ったりした様子は伺えなかった。

ただ一つ、幾つもある長い卓の内の中央の一つが埋まるほど料理が並べられている事以外は。

 「さっきの詫びも込めて…と言うと少々虫が良過ぎるが、言っていたもてなしだ。悪いが好みの把握まではしてないぞ」

 「毒は入っていないからね。安心して欲しい」

その卓にエルフィムの次に席に着いたダモルファは警戒心を解いてしまいそうになる柔らかな笑みを浮かべながら言うと料理の一つをつまんで口に運び入れる。

 「……うん。やっぱり森エビの衣上げは出来立てに限るね」

 「おいおいおい。普段はおぎょーぎがどうのって言ってる割りに随分な行動じゃないねーか」

 「ははは。たまにはね」

ダモルファは先に口にする事によって毒による危険が無い事を示す。それに対してカルサは嘲笑にも似た笑みを浮かべ彼の隣に腰を下ろした。

……まるで普段通りとでも言いたいかのように。

 「……早くしないか。これはお前達のもてなしのために用意したんだぞ。お前達が椅子に座らなければ始められないだろう」

 「心配なら先に私達から食事を始めるが、それならどうかな?」

 「ま、あ―しらは毒を混ぜるなんてなっさけない真似は死んでもしねーけどなー」

穏やかささえ垣間見える会話が俺達の耳に届く。

だがその目は、誰一人としてたるむ事の無い緊張を映している。

 ーー何かの挑戦……?いや、試しているのか?

不意にそんな事が脳裏に浮かぶ。

普通に考えて数分前まで殺し合いをしていた相手と、恐らくはそれを暫く見過ごしていたその仲間と食事などできるわけがない。

毒が含まれていようがいまいが最も緊張が解けてしまう行動の一つである食事中に襲われれば今度こそ命は無いかもしれない。

……なのに、誘いに乗るのか?これそのものが罠の可能性があるのに?

 「……リューン?」

シャルの不安さと疑念が入り混じった視線が俺に向けられる。

勿論、一切食事に手を付けずに対話をする事も出来るには出来る。だがもしこれが何かを試しているのだとしたら、それは正解ではないかもしれない。

そして間違いを犯せば恐らく……。

…………。

 「分かった。丁度さっきの戦いで腹が減ってたところなんだ。有り難くいただくよ」

 「…リューンがそう言うなら私も食べるよ。たくさん歩いてお腹はすいてるし」

悩んだ末、俺は彼らの企みに乗る事にした。

思い過ごし……の可能性はまずないだろう。まず間違いなく何かの意図がある。

だが逆に言えばその意図さえ見抜ければ戦争を止める手助けになるかもしれない。

ならこれ以上悩む理由は無い。虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。

 「それならいい。これを使え」

 「君はこっちを」

椅子に腰を下ろすと同時、エルフィムとダモルファは俺とシャルに木製の受け皿を渡してくる。

両手で抱えられるくらいのボウル型の深皿の裏底に円形の薄い皿が接着……いや、一体化している不思議な形の皿だ。卓に置いた時の安定性は抜群だし持って口元に近づけるのにも適していそうだ。熱い物を入れた時は円の所を持てば運べるだろうし、意外に機能的な形をしている。

フィルオーヌの城で使った皿は俺達のよく知る形しかなかったのは彼女が気を利かせて用意してくれたんだろうか?

 「さて。まずはさっきの奇襲についてだな」

意識せず異文化の違いに気を取られている中、エルフィムの声が鼓膜を揺らす。

前置きも無く本題か。俺達に答えの用意をさせないためだろうな。

 「当然気付いているだろうが、俺達はお前らがフィルオーヌの手先だと考えている」

料理の一つ、米らしき物とタケノコに似た食材を混ぜ合わせた物を皿によそいながらエルフィムは理由を語る。

平常さを思わせる行動に騙されそうだが彼の表情は真剣そのものだ。

俺達の緊張をほぐそうとしている……と言うよりも真意を聞こうと敵意を見せないようにしているんだろう。

今更無理な話だが襲い掛かるつもりが無いのが分かるのは助かる。警戒心を強く持つ対象が減るのは精神的に楽だ。

 「はっきり言ってお前達は部外者だ。ここで手を引くのであれば俺達もこれ以上関わらない。……奇襲に関しては完全にこちらの落ち度だがそれも解決した。俺達の間に問題はもう無い事になる」

 「……随分都合がいいんじゃないか?殺しかけておいて。それを観戦しておいて」

 「否定はしない。だが矛を既に収めている事も否定はさせない。観戦に関しては何か確証があるのか?」

 「…いや」

 「なら憶測で話すのはやめろ」

強い圧迫感を覚える物言いだ。

だが、悔しい事に俺には言い返す術も無いのも事実だ。

 「けどさ、もしもお前らがあーしらに手を貸してくれってんなら、元の世界に帰る方法を探す手伝いをしてもいいぜ」

よそった料理を口に運び始めたエルフィムの代わりにカルサが口を開く。

ふと彼女の手元の皿を見れば何種類かの料理を入れて食べた形跡があった。エルフィムと話している間に相当食べたらしい。

手元の布巾も使われた形跡があるし、一通り腹ごしらえをしたって事だろうか。

とすればまた戦う事になった時、さっき以上の強さを見せるかもしれないな。要注意だ。

 「……どいう言う事だよ」

 「悪い提案じゃねーだろ?おまえらだってここにいつまでも居たいわけじゃないんだろうしさ」

 「そ、それは、そうですけど……」

 「ならあーしらに協力しな。なーに、そんな難しい事じゃねーから安心しろって」

脚を組み、椅子の背もたれに肘を乗せて、握った拳で頬杖を付いたカルサは誘うよう笑ってそう口にする。

まるで俺達に利があるかのように。

その利を産む協力ーー。

フィルオーヌ達の話から考えればそれは間違いなく戦争の手引きだ。

つまるところ二重スパイをしろと言っているんだろう。 

 「そ、そんな!裏切者になる事のどこが簡単なんですか!!」

 「そー熱くなるなってぇ。内通者って言っても悪い事させるわけじゃねぇんだから」

 「……?」

企むような笑みを浮かべたカルサは隣に座るダモルファに視線を向ける。

その彼は六本目の森エビの衣上げに手を伸ばしているところだ。

 「……食い過ぎじゃね?」

 「え、そ、そう??」

カルサに指摘され六本目を口に運ぶのを一瞬躊躇うダモルファ。しかし手元の森エビに視線を落とした彼は一息に口に放り込み数回の咀嚼で飲み込んだ後何事も無かったかのように俺達の方へ視線を向ける。

 「……悪いね、大好物で。食べ出すと手が止まらなくなるんだ」

 「いいよ。気持ちは分かる。で、提案ってのはなんなんだ?」

 「簡単さ。フィルオーヌに協力を取り付けて欲しい」

 「……何の?」

 「協力体制の、さ」

 「協力……体制……?」

初め、彼の言っている意味が解らなかった。

俺達はフィルオーヌに言われ和睦の使者としてここに来た。

勿論それだけで事が治まるとは思っていなかったし、フィルオーヌ達だってそうだろう。ランゲドの誰か一名とでも話が出来るのなら解決の道を探る決め手になる。そうすればいつかは問題が解決できる、と。きっとその程度だ。

だが今、ダモルファに提案されたのは……いいや、ダモルファ[達]に提案されたのは協力体制の取り付けの願い出だ。

これじゃ、これじゃまるで……。

 「もう、話し合いできないくらいまで緊迫してるって事ですか……?」

 「そーいう事。あーしら以外にもフィルオーヌ側と仲良くしたいってランゲド達はいるけど、勢力的にデカいとこは今にも爆発寸前なのよな。なんで、何とか今の内に話を着けて戦争を回避してーって事」

 「そ、そんな……」

 「意外とヤベーのよ?フィルオーヌのクソッタレが思ってる以上にさ」

言葉以上に深刻な表情を浮かべたカルサはそれまでの余裕気な姿勢を崩し卓に両肘を付いて頬を両手で挟む。

 「けど、あーしらが妖精城に行くのは無理。かと言ってエルフやフェアリーの誰かがここに乗り込んで話をするのも無理。出口はあっても入り口が無い状態だったわけだ」

 「そんなところにお前達が現れた。初めは戸惑ったがすぐに思ったよ。利用するしかないってな。フィルオーヌ達もそう思ったはずだ」

一通り食事を済ませたんだろう。カルサの台詞を皿を置いたエルフィムが続ける。

 「今更隠し事をする必要はないぞ。俺達は全て話した。次はお前達の番だ」

 「……だが」

 「勝手だと思ってもらって構わない。が、事は一刻を争う。さっさと話してくれ」

口元を布巾で拭い、エルフィムは射抜くような目で俺を見据える。

……彼らの言うように猶予は無いのだろう。

敵対する組織の一員と目される者達が思想を変えて敵に味方しようと考え、それを実行に移すーーそれはつまり謀反や反乱を意味する。

それはあまりに危険で取り返しがつかず、後戻りはできない最初で最後の生死を伴う決断だ。

それをエルフィム達は実行し、内容のーー恐らくは一部以上をーー俺達に話している。

ならばもう、時間は無い。

軍靴の音はそこまで迫っている。

世界を蹂躙しても終わらないかもしれない軍靴の音が。

 「……だが、さっき俺達を襲ったのは何故だ?協力を仰ぐつもりがあったんなら……」

 「おーいおいおい。察しの良いリューン君よぉお?分かり切ってる事聞くなよ。……あーしの奇襲如きでノされちまうフニャフニャヤローがここからの帰り道襲われたとして助かると思うの?」

 「それに監視の目が無いとも言い切れない。少し長めの争いを演出する事でその目が欺けるかもしれないのなら悪い事じゃないはずだよ」

 「もち、つってもーお?リューン君はそれにも気付いてるだろーけどな。それともあーしの買い被り過ぎ?」

 「………ああ。そうだよな。分かってるさ。事情を知らなければ嘘も本当になる。重要なのは事実を知ったその後どうするかだ」

 「そーそ-、そーいう事。分かってればいいの」

 「悪い事をしたとは思っているけどね。そこは本当にごめん」

 「い、いいんです。事情さえ分かれば、それで……。今はそれどころじゃないのも理解できましたし」

それまでの警戒心を解いて返答を行うシャルの隣でカルサとダモルファの言葉を頭の中で反芻する。

分かってる。彼女達の考えは正しいし、エルフィムに打ち明けられた時に同じ考えが過ったのも事実だ。

だが、だとしたら。俺達が……フィルオーヌ側が協力するって事はだ。

それはもう、事実上……。

 「でもそれって、事実上の戦争の開始……ですよね?」

 「……へぇ~」

もう黙っていられなくなったんだろうそれを、一秒違えば俺が言っていただろうそれをシャルは言葉に出した。

知らなかった、分からなかったじゃ済まされない一言だ。

 「何だよ、シャルちゃんの方も意外に察しがいいじゃん。そーだよ、お前らが動けばそれが開戦の合図」

 「じゃあ!!」

声を張り上げたシャルは身を乗り出してカルサに詰め寄ろうとする。

だがそれをカルサは右手を前に出して制止した。

 「けど、血は流れないし実際に戦争は起こらない。あーしらはそういう解決案を見つけた」

 「…見つけた?」

 「だっしょ?エルフィム」

そうして彼女はダモルファよりも奥を見つめる。

 「ああ。恐らく唯一無二の解決案だ。血を流さずに済む、な」

視線の先にいたエルフィムは頷き、その唯一無二とまで言い切った解決案を俺達に話し始める。

それはこの世界に住む者にしか分からない悩みであり、例えフィルオーヌ達が理解してエルフィム達に手を貸したとしても根本的な解決に至るかは分からない内容だった。

けれどもしも、エルフ・フェアリーとランゲドーーダークエルフ・ダークフェアリー達の間にある確執がそれだけだと言うのなら、試す価値は充分以上にあると俺とシャルは感じた。


                                 ーーーー


 まるで闇を纏ったのかと勘違いしそうになるほどに暗い帰り道。

上を見上げてもあるはずの星は木々に隠れて姿を見せてはくれない。

だが代わりに、俺達の手元には彼方の星にも似た小さな明かりが一つずつ飛んでいる。

 「結構、ロマンチックじゃない?」

 「ああ。……繋いでる糸さえなければな」

 「もー、言わなくていい事を言う~~」

隣を歩くシャルはエメラルド色に照らされた顔を小さく膨れさせて両肩を強張らせる。

俺はそれを見て不覚にも笑ってしまった。 

 「悪い悪い、ずっと気を張ってたからついな。けど本当に良かったよ。まさかこんなに明るい明かりを貸してくれるなんて思いもしなかった」

 「……そーだね。なんだか、敵って思ってたのが嘘みたいに親切にされちゃってるね」

 「……ああ」

夜の闇に誘われてか互いの声のトーンが少しずつ落ちていく。

俺達は今、エルフィムの洞窟から妖精城に帰宅する途中だ。しかし、洞窟を一歩出れば外は足元が見えないほどに暗く、あの獣道を歩いて帰るのは到底不可能だった。

そこでダモルファが用意してくれたのはそれぞれが紐に繋がれた二匹の生きている通光虫だ。

 『この二匹の元の生息地は妖精城付近でね。帰巣本能があるから案内してくれると思うよ』

 『ま、安全な道のりかは分かんねーけどなー』

 『来た道より恐ろしいかもしれないな。……ふっ、死ぬなよ?』

細かな隆起が目立ち始めた道を歩きながら送り出してくれたエルフィム達の事を思い出し何とも言えない気持ちになる。

洞窟の隠し通路かつその奥からとは言え、まさか手を振って見送られるとは思いもしなかった。

最初から友好的だったダモルファと結果的には関係が構築できたエルフィムはともかく、演技とは言えいきなり奇襲をしてきたカルサにも手を振られるとは……。しかも一番大きくかつ笑顔で。

今更だが彼女からはダモルファとは違った底の知れなさを感じる。

 「それにしても結構普通の道だね。舗装されてるわけじゃないけど荒れ過ぎてるってほどでもないし……。もしかして、この子達が気を使って……?」

だんまりと考え事をしながら歩いていたせいか、つい少し前まで膨れていたはずのシャルが返事を欲しそうに話しかけてくる。

その内容は中々現実離れしていて、乙女的と言えばそうとも思える考えだ。

 「……まさかな。アレだろ、エルフィムが脅してきただけで実際のところこいつらは茂みみたいな入り組んだ所より開けたところを好んで飛ぶとかだろ。地続きなのは俺達が手綱を握ってるからで」

 「えー、現実的~~。せっかく異世界なんだしもっと摩訶不思議に考えてみよーよー」

 「ああ?なんだかんだ見た事あるようなのばかりがある世界だぞ?種族やちょっとした小物なんかの違いしかないんじゃそんな風になんて……」

 「それが現実的だっての!つまんない男の子だなー」

 「おま、そこまで言うか」

 「ここ何日か意地悪してきたお返しだもんねー」

 「……ガキ」

 「根性曲がりのへそ曲がり」

 「こ、このヤロ……!一度に二つも……!!」

 「ベー」

シャルの意見を発端に始まった言い合い……。

足を止める事は無いので移動に支障があるわけではないが、中々どうして心にクるものがある。

そりゃ、確かに俺は色々考え過ぎるたちだとは思うが……。

 「(シャル)」

 「(うん。[いる])」

穏やかで温かな会話が一瞬にして終わりを迎える。

だが、それでも脚は止めていない。ーー止めてはいけない。

止めれば最後。[気付かれた]と[気付かれてしまう]。

 「(どのくらいだと思う?)」

 「(……五、もしくは六)」

 「(やっぱりそう思うよね。……ホント、まさか森で獣に合わないために見に付けた技術が役に立つなんて思ってもみなかった)」

 「(全くだ。人も獣もエルフも大差はないって事だな)」

声を潜め、互いの感じた情報の交換を行う。

 「で、へそ曲がりのリューンはさー。帰ったら何したい?」

 「まだ言うか。……とりあえず家に帰って寝たいな」

 「あはは、同感」

そして気付かれていないと装うために会話の続きを行った。

俺達の世界にいた獰猛な熊や猪、ジャッカルなんかに比べればこのエルフ達の殺意なんてのは大した事が無い。俺もシャルも平静を装うのは造作も無い。

問題は彼らが何を目的として俺達に付いてきているのかだ。

 「早くゆーっくりしたいねーー」

 「だな。…そしたら、久しぶりにお前の作ったスープが飲みたいな」

 「えぇ~?もー、しょーが無いな―。でも、そしたらメインはリューンの仕事だからね?」

 「分かってる。熊か猪か、それとも他のか。その時食べたいのを言ってくれ。活きが良いのを捕まえて来る」

 「やったー!約束だからね!」

 「ああ」

 「(……今、誰かの殺気が増したよ。多分武器を取ってる)」

 「(だが襲ってくる気配はないな。準備ってところか)」

 「(ならまだ大丈夫かな?熊とかは結構待ってるけど……)」

 「(あいつらほど警戒心があるかは分からないがもう少し様子は見れるだろうな。せめて遠距離組がいるかだけでも分かればな…)」

普通を装った会話の影に隠れて交わされる陰謀めいた言葉。

その会話の中にあるのは、知っているを知られていないという圧倒的な優位性をどうするのかという一点のみ。

その一点を如何に有用に使えるかで俺とシャルの安否は大きく変わる。

……そして、出来る事ならばただの様子見であってほしいと願わずにはいられなかった。

仮にこんな暗闇で戦うとなれば、明かりが無くとも木々を渡って来れる彼らに勝ち目はないからだ。引き分けどころか大傷を負ってでも逃げられれば御の字だろう。

 「(…シャル)」

だが、そんな思いは一瞬で欠片となって落ち。

 「(大丈夫。いつでも抜けるよ)」

宵闇の虚無に呑まれる。

 「よう、そこの丸耳の生き物さん?」

俺達の会話しかなかったはずの闇に無数の枝葉の激しく揺れる音が頭上から大地に突き刺さる。

それらは周囲を囲んでいた。/無論、俺もシャルも知っている。

 「……何者だい?」

正面に立った何者かは俺達の通光虫に照らされながら訝し気に口を開く。

……男のダークエルフだ。屈強さは感じないが一筋縄ではいかないだろうという風格を有している。

背には穂が普通よりも大きい一本槍を背負っている。

その槍はどうやら彼らダークエルフにとっては基本装備のようで、穂の大きさに多少の差はあれど皆同じ物を背負っている。

対し、ダークエルフと同数程度いるダークフェアリー達には武器の所有は見られなかった。

ならば恐らくは魔法を主に使うのだろう。もしくはカルサのように服の中の何処かにしまっているんだろうか。いずれにしろ要注意だ。

……そして幸いな事に、周りに立つ誰もが初めて見るダークエルフとダークフェアリーだった。

一先ずはあいつらの裏切りとは考えなくてもいいかもしれない。……こうなってしまった以上警戒はするが。

 「さぁな。お前らとは違うって事しか俺らにも分からねぇよ」

 「はっ。気に入らないねェ。キザッタらしい男は嫌いさね」

 「別にあんたらに好かれるために生きてるわけじゃないしねー、オバサン?」

 「……男の立て方すら知らない生意気なガキはもっと嫌いさね。メスガキ」

会話をしつつ周囲を探る。

予想した通りダークエルフとダークフェアリーの数は六だ。それぞれの数は三。二名一組で動いているのか……?

何にしてもどちらも共に男女がいるが年齢は様々。エルフィム達より若そうなのもいれば、シャルが話した相手のように比較的年齢が高そうなタイプのダークフェアリーもいる。

ダークエルフとの戦闘は一応カルサと経験があるから身体能力にも気を付けなければならないとは分かるが、ダークフェアリーの戦い方が分からない。

……やはり、特に気を付けるべきはダークフェアリーか。

 「で、お前らの目的はなんだ?物取りなら覚悟しろよ」

 「おいおい、先に質問したのはこっちだぜ?会話の仕方から教えなきゃならねぇわけじゃねーよな?」

 「口が一丁前な奴ほど役に立たないって聞いた事があるな。お前はどうだ?」

 「……っは。減らず口が」

 「生憎と癖でね。面倒な相手にはこれが一番なんだ。勝手に呆れて消えるか、先に手を出してくれる」

目の前に立っているダークエルフの男……。どうやら彼がこのグループのリーダーらしい。

これだけ煽っても誰も声を荒げないのはよく統率されている証明だろう。何より彼が信の置ける相手とだという証明にもなる。

…だとすると。

 「やーねー。これだから小便臭いガキはダメなのよ。年上に敬意の払い方も知らないんだから。あ、それとも最近歩き方覚えたとか?それならしょうがないわねぇ。だってそうならガキどころか赤ちゃんなんだもん」

 「え~?なにするにも介助が必要なおばあちゃまが歩き方がどうのとか言えちゃうんだ~。って言うか、妄想酷過ぎて怖いなー。認知症の初期症状かも知れないから見てもらった方がいいよ?孫からのじょ・げ・ん」

 「あーたみたいな孫を持った覚えないわよ!!妄想してるのはどっち!?」

 「私じゃない事は確かかな~。だって嫌味で言ってるって理解してるし。おばあちゃまにはむつかしかった??」

 「む、む、ムキーーーー!!!」

……だとすると、隣でシャルとやかましく言い合ってるこのダークフェアリーの女性は彼の次に偉い立場なのか、それとも口数が多いだけの本当のリーダーなのか。これだけ自由な行動が許されているんだ、少なくともただの部下じゃないだろう。

どちらにしろ彼ほどの冷静さは無いみたいだ。付け入るならこっちだろう。

 「…ダークフェアリーのお姉さん」

 「なにさね!!」

売り言葉に買い言葉の全くもって実りの無い会話に割り込み、彼女の標的を俺に無理矢理変えさせる。

その顔は相当に怒って見えるが、通光虫に照らされているせいで必要以上にそう見えるだけで実際は気のせいだと思いたい。

 「そいつと言い合うのはよした方がいい。口先から産まれたような女だからな」

 「なによリューン!あっちの味方するの!?」

 「味方も何も言い過ぎだ。言うほどの年齢じゃないだろ。寧ろ一番魅力的な年齢に見えるぞ?」

 「な、な、な!リューンのバカ!知らない!!」

歯が浮いて飛んで行ってしまいそうになる俺の言葉に大きく目を見開いたシャルは言葉を失ってそっぽを向いてしまう。

…が、その目に浮かんでいたのは失望や混乱の色ではなく、俺の意図を読み取ったので協力するというサインだ。

 「はぁ。全く困ったもんだ。悪かったよ、……えぇと?」

 「……シャクリー。別にいいわよ。アタシも言い過ぎたしね」

 「そうか、あいつとは違うな。助かるよ」

 「…別に」

形としては彼女ーーシャクリーに味方して仲裁に入った俺だが、当然本気で彼女に味方しているつもりは無い。

いや、シャルが口喧嘩に強いのは確かだがそれはそれとしてだ。

シャクリーのように冷静さを欠きやすい性格なら僅かにでも味方をしていると思わせららればうっかり目的を漏らすかもしれない。

そう思って話しかけたのだが。

 「おい、シャクリー」

 「あ、ああ、ごめんよ!」

ダークエルフの男の呼びかけ一つで彼女は我に返ったように表情を一変させると彼の下へと飛んで行ってしまう。

どうやら彼は怒りすら抑制させてしまうほどの統率力を持っているらしい。厄介この上ない。

 「やり手なのは認めるけどよ……あまり俺の仲間を都合よく使おうとすんじゃねぇぞ?よそ者が」

 「………まてまて、そりゃ誤解って…」

 「舐めるなよ。たかだか口論如きで仲違いするような奴らならあのエルフィムん所から逃げられるわきゃねーんだからよ」

彼の怒りをなだめようと言い訳を口にしようとするが遮られてしまう。

だがそれが彼にとっては命取りだった。

 「…へぇ。エルフィムを知ってんのか」

 「…チッ。話し過ぎたか」

彼が口にしたのはエルフィム達とは別に動いているという証言だ。それはつまり、少なくとも彼らの仲間ではない事を証明し、だとすれば俺達を陥れたわけでは無いと分かる。

しかもあの口ぶりからするとエルフィムを好ましくは思っていないようだ。

 「じゃあ何か?お前らは俺とシャルがあいつらに襲われてるところを見てたって事か?」

 「どうだかな。そうかもしれねぇしそうじゃねぇ―かもな」

作戦とは少し違ってしまったが重要な話が聞けた。まだ、揺さぶれるか?

 「隠すなよ。さっきの口振りじゃ一部始終を見てた事に…」

 「しゃらくせぇんだよさっきっから!!」

俺の質問を遮る彼の怒声が森に響き渡る。

しかし、本当に怒っているわけではなさそうだった。

恐らくはこれ以上の失言を失くすために敢えて大声を張り上げ黙れる状況を作り上げたんだろう。

…失敗か。もっと話を引き出したかったが彼はそこまでバカじゃなかったみたいだ。

 「てめぇら、武器ぃ抜け。こいつらが何だろうと俺達の目的は変わんねぇんだ。邪魔になるなら殺す。それだけだ」

 「りょーかいよ、頭」

そして話し合いが無理だとなればこうなるのは必然。

話し合いで決着できなければこうなるのは決まっていた事とは言え厄介だ。

暗闇も、森も、下手をすれば単なる地面でさえも、俺達には不利に働く。

 「……なら、やるしかないか」

 「ああ。やるしかねぇのさ」

ダークエルフが槍を、ダークフェアリーは利き手に明かりを灯らせながら距離を測るようにジリと歩み・浮かび寄ってくる。

 「(シャル、俺の合図で眼を閉じてくれ。いいって言うまで絶対開けるなよ)」

 「(……分かった)」

視界は最悪。土地勘は無く明かりが無ければ足元すらおぼつかない。

ならば、明かりを作るしかない。通光虫では到底及ばない莫大な光を。

 「[創造][欠落][熔解][回帰]」

 「…何をぶつぶつ言ってる。おい」

目の前に立つリーダー格のダークエルフが微かに目を見開きながら疑うような視線を向けてくる。

だが当然辞める気はない。

俺は、光を作り出す。

 「四循の理を尊び、蹂躙し、有らざるを肯定し存在を拒む。其は形を帯びた否定である」

 「……!!お前ら!!」

 「な、何する気!?」

 「虚構の光よ!月下を侵せ!!」

糸で繋がれていた俺の通光虫を引き寄せ、掴み、魔力を込めて空へと打ち上げる。

それは暗黒に消え去ると、刹那に[形]を成す。

 「シャル!!!!」

 「う、うん!!」

俺の合図を掻き消すような破裂音は無い。だが確かにそこで何かが炸裂した。

ーー極大の、光だ。

 「しまっ!?お前ら目を瞑れ!!」

 「れ、錬金魔法!?あーーー!もーーー!!!」

リーダー格とシャクリーの切迫した声が上がる。だがそんなのが間に合うはずが無い。

音速ですら光速には勝ちようが無いのだから、狙い通りに俺達以外の視界を光が奪う。

 「クソ!クソ!!目が!!」

 「痛いわよちくしょーー!絶対潰れたわよこれぇぇぇ!!」

瞬間的に太陽を曝したかのような白ささえ覚える光が辺り一帯を覆い潰す。

それは文字通り光速で広がり、俺とシャル除く全員は空を見上げていたせいで一時的に視界を焼かれている。

光は僅かな間爛々とすると、球状に形を整え落ち着いた輝きに変わっていった。

ーー薙ぎ払うならこの瞬間しかない。

 「眼を開けろ!!やるぞ、シャル!」

 「りょーかい!!!」

合図とともに特大の剣を背から引き抜く。隣では一瞬遅れたシャルが戦斧の一本を引き抜いている。

 「おおおおお!!」

 「やぁぁぁぁぁ!!」

特大の剣の腹で、戦斧の腹で、薙ぐようにして近い相手から迅速に部位を破壊していく。

脚を、腹を、肩を。決して戦闘が続行できないように破壊していく。

二、四。

累々と血が飛び交い、照らされた大地が赤黒く染まっていく。

悲鳴は無い。皆戦士として一流なのだろう。武器を落とし、地に伏すしかなくなっても、恐らくはまるで見えないだろう瞳で俺とシャルの姿を探すばかりだ。

だがそれでもシャルと共にダメージを与えて行く事で敵の戦力は瞬く間に、確実に壊滅していった。

そして残ったのはリーダー格とシャクリーだ。

 「終いだ!!ダークエルフ!!」

 「悪く思わないでね!!」

俺とシャルの攻撃はほぼ同時に振るわれた。どちらも当たれば戦闘続行が不可能になり得る一撃だ。

しかし、それらは共に振るい切る事が出来ずに力を殺される。

 「……あんまりよぉ」 

 「ちょーしに乗るんじゃ…ないわよ……!」

 「「!?」」

リーダー格の目は閉じられていた。彼より気付くのが遅かったシャクリーも当然閉じているはずだ。

なのに彼は俺の特大の剣を槍の柄の中腹で防ぎ切り、シャクリーはシャルの戦斧を透過する円盾で受けきっている。

 「俺達がどうやってこの暗闇を木伝いに来たか分かるか?」

 「初級隠匿魔法の[反響]を使ってきたからよ」

 「だからよぉ」

 「こんなの、奇襲でもなきゃ」

 「「なんて事も!!」」

 「な!?」

 「くぅ!?」

彼らの叫びと同時、特大の剣が押され、弾かれてしまう。

反対ではシャルが同様に円盾で押し飛ばされている。

 ーー甘く見ていた。こいつら、かなりできる!!

背を抜けていく衝撃を、切っ先を大地に付き刺す事で殺し即座に姿勢を立て直す。

同様に、シャルは身軽なバック宙を行うと背後にあった木の幹を蹴って飛び降りながら姿勢を立て直していた。

 「何だよ、一発技かと思ったら結構根性あるじゃねぇの?」

 「そりゃあお互い様だ。まだ見えてねぇはずだぜ?俺達の姿はよ」

 「さっきは赤ちゃんだなんて言って悪かったわねぇ。お嬢ちゃんに昇格よ」

 「どーいたしまして、おねーさん……?」

光を落とす空の下にて見合う。

いや、俺達以外未だ誰の目は見えてないはずだ。それでもさっきの奇襲は防がれた。

手抜かりはなかった。だが予想が足りなかった。

 「反響、か。使用者にしか聞こえない音に変換した魔力を飛ばして物体からの跳ね返りを使って位置を割り出す隠匿魔法の初級中の初級魔法。すっかり忘れてたぜ」

 「確かに、言われてみればどうやってこの暗闇で付いて来れたのって話だもんね。……足元をすくわれた気分」

奇襲を防げた種が魔法だった以上、視界を奪っての奇襲は意味をなさない。俺達は絶好の勝機を逃した事になる。

 「…やっと視力が戻ってきたな。全くもって不快な気分だ」

 「……随分とやってくれたわねぇ。お尻ぺんぺん……いいえ、ケツ叩きじゃあ済まないと思いなさいよね」

薄っすらと目を開き始めた彼らは俺達の位置を確認するよりも先に仲間達を見回している。

 「楽に死ねると思うんじゃねぇぞ、魔物が」

 「全力で殺ってあげる」

それは数秒で終わったが目に見えるほどの怒りを全身に滾らせていた。

 「強化![鋼鉄]![尖鋭]!」

リーダー格が魔法を唱える。

瞬間、構えた彼の槍が青白く発光し、穂が千枚通しのように細く鋭くなる。

 「[両槍]!」

彼の隣から上がった声で視線を向ければシャクリーが右手に、柄の両端に穂が付いた青白く光る槍を作り出している。

最悪だ。これでもう無傷で終わらせる事は出来ない。

 「……リューン。そっち、手伝ってあげよっか?」

 「言ってろ。手伝うのはこっちの役目だ」

ともすれば挑発のようにも聞こえるシャルの言葉。

だが、その声は僅かに震えていた。

 「さぁ、反撃の時間だ」

 「覚悟なさいよ!」

怒りで意気を上げた彼らとは対照的だ。

それでも俺達は武器を手放さない。

 「………じゃあ、先に倒した方が手伝いに行くっていうのは?」

 「ああ、それがいい」

シャルはただ、無事に戦い抜くための理由を探していただけだ。

俺と同じように。



to be next story.

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