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 博士課程に進んだとたん、ニーノは面食らった。ヨオが自室にこもるようになったのである。

 「もう君は一人の研究者として歩み始めたんだ」などと言われたが、納得はしなかった。教えてもらうことが心地よくなっていたのである。

 とはいえ、セイスという後輩も修士に入り、「指導する側」に回らざるを得なかった。それもヨオの計算の内だったのだが、当初ニーノは「押し付けられた」と感じていた。

 後輩を指導しながら、ニーノはヨオが変わってしまったのだと納得した。画期的な理論を提唱する研究者から、引きこもってお金をかせぐ研究屋へ。

 だが、ニーノも研究室を維持する苦労を知ることになる。新しい研究には器具が必要で、そのお金は院生である自分には調達できない。ヨオは自室にとじこもり、ごくたまに外に出たと思えばスポンサーに頭を下げ、そしてすぐに帰ってくる。どんな研究をしているのかもうかがい知れない。しかしニーノが必要とする機材は揃えられ、研究のための資金も調達される。師匠は、弟子のために努力していたのだ。

 次第にニーノはヨオの苦労がわかるようになり、感謝もした。そして、自らの研究を突き詰めるには、目立つ何かを成し遂げる必要があるとも考えた。

「北極だ」

 彼は、ある時にピンと来たのだ。北極旅行はまだまだ一般的になっていない。だが、行きたい人はそれなりにいるはずである。また、ロマンもある。時代の潮流でもあるクリーンなエネルギーに、待避エネルギーはピッタリである。それを使って北極探検ができれば。

 こうしてニーノは、気が付けば彼のプロジェクトを動かしていくことになっていたのである。



 もはやプロジェクトがどうとか、スポンサーがどうとかではなくなってしまうのかもしれない。

 研究室から遠い遠い島で、ニーノはぼんやりとパソコンの画面を眺めていた。エイリアンβは世界各地に出没している。人々は水場のない場所を目指している。しかし世界の七割は海に覆われていること、湖にも敵が出現したことが選択を狭めている。そしてついにエイリアンβは、海に近い空港にもその手を伸ばした。それ以外にも、海や川、湖近くの鉄道や車道も人類が利用できないようにしていった。

 今のところ、人類側の兵器は通用していない。データは集まりつつある。エイリアンβは、水場から50メートルほどまで陸地に進出することができる。高さは1メートルから2メートルほど。完全に独立したため池などには現れておらず、移動は水中のみと考えられる。

 取り込まれた人間は、一人も戻ってきていない。人間以外が取り込まれた例はなく、敵意を持って殺しに来ていると思われる。

 そしてさらに、出現場所の情報が追加された。現在、寒冷地には現れていないというのである。緯度の問題というよりは、雪や氷で覆われている土地にはいないというのだ。それが水分摂取の問題か、寒さの問題かはまだわかっていない。とりあえず「極地付近は安全ではないか」と言われているのである。

「まさか、全人類をこちらに呼ぶ?」

 ニーノは首を振った。人間とて、寒冷地が得意なわけではない。元々そこに住んでいる人々もいるが、圧倒的に少数である。また、北極圏には陸地がごくわずかしかない。一時しのぎにしても、少数の人間しか受け入れられないはずだ。

 特定の地域にしか現れないならば、そこが寒くなるまでの消耗戦に持ち込むこともできるだろう。しかし地球というものは、すべての場所が寒くなるということはない。エイリアンβは、常に多くの地域で生きられると推定される。

 現状わかっているだけでも難題が山積みである。巨大ロボットや怪獣が助けてくれんものかなあ、などと考え、ニーノは嘆息した。

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