1-8

「その場を動かないでほしい」

 ようやくつながった通信に出たのは、後輩のセイスではなくヨオ教授だった。

「あれ?」

「君は今、クヴィト島にいるね」

「はい」

「そこにとどまって、私の対策を手伝ってほしい」

「対策って何ですか?」

「エイリアンβ対策だ」

「エ……?」

 ニーノにとっては、知らない言葉である。

「各地に現れたピンク色の生物につけられた名前だ。宇宙由来と見て間違いない」

「え、あの、先生がなぜそんなことを」

「対外生物特殊隊のメンバーだからだ」

「た、対外……?」

 ニーノは、知らない言葉を続けられて狼狽した。

「これまでは極秘だった。エイリアンが現れた時のために、地球軍に協力するという約束だ。そのため、お前たちに見せられない研究をしていた」

「はあ」

「だが、待避エネルギーをうまく扱えるのは君の方だ。そこを拠点に、隊を手助けした欲しい」

「ですが、今は探検の最中でして」

「君、スポンサーがいなくなるかもしれないんだよ」

「ええっ」

 ニーノはまだ、そこまでの深刻さを感じていなかった。局地的に大変なことになっているが、世界のほとんどは平和だと思っていたのである。

「そんなに驚くことではない。もし相手が知的生命体だとすれば、勝算があって表れたはずだ。この後一気に攻勢に出てくると予想している」

「そんなものには見えないですけどねえ」

 ニーノの目にはエイリアンβは、コケやサンゴ礁のように見えていた。生き物で繁殖力はあるかもしれないが、頭がいいようには思えない。

「人間を中心に考えてはいけない。宇宙人がどんな生態を取っているかは無限の可能性がある」

「先生、専門変えました?」

「もともと宇宙のことは好きだった。君が極地に感じるようにね」

 ヨオは微笑んでいる。



 世界各地にエイリアンβが出現するようにあり、ある程度の傾向がわかってきた。エイリアンβは、水中から現れる。そして、体の一部を水につけたまま成長するのである。海水でも真水でも活動できる、両側回遊のようなものだと推測された。また、情報には2メートルぐらいしか体を浮かせることはできない。陸地にへばりつくような形でしか存在していないのである。

「では、水場が近くにないところは安全だと」

 ボントイの前には長官と何人かの大臣、そしていくつもの顔が映ったモニターがある。

「それはわかりません。どれぐらいの水が必要なのかはわかりません。何せ、水分不足で死滅した例がまだないものですから」

 クランドル長官は、発言を終えるたびに口をへの字に曲げた。

 臨時会議には、各国の対外生物特殊隊に所属する研究者などが呼ばれていた。エイリアンαが発見されて以来、来るべき宇宙人の襲来に備えるため極秘に組織が構成された。多くの研究者は、予算を質にとられ、協力することになったのである。実働部隊も所属しており、その指揮権は星長にあるとされている。しかしその実態を知るのは長官であり、今後の苦労を想うとクランドルは憂鬱なのである。

「待避エネルギーが何らかの役に立つかもしれません。優秀な教え子は今北極圏にいるのですが、遠隔で手伝ってくれると思います」

「君自身には能力はないということかね」

「待避エネルギーなど、科学に反したことを言っている者がなんでいるんでしょうねえ」

「北極圏なんて水だらけじゃないか。もう死んでいるのでは?」

 いろいろと言われても、ヨオは平然としていた。学会などで慣れていたのである。

「むむ……今連絡が入ったが、パプアニューギニアのポート・モレスビーとマダガスカルのトゥアマシナにもエイリアンβが現れたようです」

 クランドルのへの字が深くなっていく。いつか一周するんじゃないか、とボントイは思った。

「科学的かどうかを議論している場合ではない。とにかく敵を退けなければ、これは人類の終わりかも」

 地球で一番偉い人間の言葉だったが、その場がうまく収まることはなかった。ただ、ボントイもそういうことは議会で慣れていた。誰の言葉を聞くべきなのか。誰の話は聞き流すべきなのか、それを見極めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る