1-7
ニーノは、クヴィト島に到着していた。スヴァールバル諸島の東に位置する小島であり、人は住んでいない。北極点に向かうならば立ち寄る必要がなかったのだが、ニーノにはぜひ訪問したい大きな理由があった。
かつて、気球で北極点を目指したアンドレー隊の面々は、スピッツベルゲン島から旅立った。しかしすぐに気球は氷面に落ち、北極点を目指すことはできなくなった。彼らは帰還を目指したが、クヴィト島にて皆が命を落とすことになる。記念碑もあり、ニーノにとっては絶対に目に焼き付けておきたい場所だったのである。ほとんどが氷に覆われており、とても人が暮らせる場所には見えない。しかしアンドレーたちは、ここで最後の日々を過ごしたのである。
せっかく陸地にたどり着いたわけだが、ここは過酷な地だな、とニーノは実感した。植物が見えないのだ。海の上にぽっかりと放り出された皿。そこに訪れる動物だけが栄養源だとしたら、どれだけ気力を保てるだろうか。目指すべき次の土地も見えない。北極圏で生まれ育ったわけでもない人々にとって、過酷すぎる環境だ。
未踏の地への挑戦。誰もなしえたことのない条件での踏破。探検にはそんなイメージが付き物だろうか。ニーノは、異なることを考える。探検とは、安全に帰れない覚悟の旅である。「着くか、着かないか」を人々は注目する。しかし、「帰れるか、帰れないか」は、探検のだいご味とはみなされない。だが、そこにこそ物語はあるのだとニーノは感じている。目的はしばしば達成されないが、再挑戦をすればよい。帰還しなければ、その機会もないのだ。
自分の探検はどうなるか。ここまでは順調すぎるぐらいだった。しかし、自分だけがうまくいっていても仕方がない。世界が、探検を許さない状況になってしまったならば。
謎の巨大生物が出現。そんなニュースが飛び込んでくる。ニューヨーク、スエズ運河。そしてさらには、日本の鳥取にも。
「どういうこと?」
ニーノは訳が分からなかったが、それはほとんどの人類がそうであった。突然現れた巨大生物。自由の女神、スエズ運河、鳥取という一見脈絡のない出現場所。すでに軍隊による攻撃が試みられているが、効果はないようである。
その生物は、人間をあっという間に飲み込んでしまう。捕食しているのかは、伝えられていない。報道ははっきりとは言わないが、死者が出ていることは明白である。
当然世界はパニックである。田舎に逃げればいいと思っていた者も、鳥取の件でどうしていいかわからなくなった。「海に近くなければ大丈夫なのではないか」という噂が広まり、高地を目指して人々が移動し始めた。
北極点とか、目指している場合か? ニーノは苦悩した。だからといって、どこに向かえばいいのかはわからないのである。
その生物は鳥取砂丘に上陸したのだが、「幸いにも」とても人が少なかった。だからこそ、「有識者」たちも困惑した。この生物の生態はなんなのか。あるとすれば、目的は何なのか。
「明らかに知的生命体です」
クランドル長官は、額に右手を当てていた。さきほどまで、疲れすぎて頭を支えきれないと愚痴っていた。
「そうは見えないけれど」
まああなたの話すことが正しいのだろうけれど、とボントイは心の中で吐き捨てた。今でも、真実がすべて明かされているとは思えない。
「人間の思考をもてあそんでいるのです。シンボルのある観光地、交通にとって重要な場所、そこからの砂丘の有名な田舎。私たちに的を絞らせないつもりでしょう。実際、四例目が先ほど報告されましたが、誰も予想していませんでした」
「チチカカ湖とはね」
チチカカ湖は、世界で最も高い場所にある湖である。勝手に「海水から」出てくるものだと思っていた人々は、完全に意表を突かれた。高地に避難しようとしていた人々は、途方に暮れることになった。
ペルーのこの湖には、いくつもの浮島がある。約500年の間、そこで現地の人々は暮らしてきたのである。それらの浮島が、あっという間にエイリアンβに飲み込まれた。
「五例目はどこか、賭けてみますか?」
「賭博で二人とも辞任することになれば面白いけれど」
「実際予測しないと対処しきれません。すでにニューヨークでは軍の攻撃が試されていますが、全く効いていません。それどころか、低空を飛んでいたヘリが一機、捕まえられました。奴には、反撃能力もあります」
「万能じゃないと」
「ただ、自由の女神にも手を出しませんし、高い空を飛ぶものにも反応しません」
「今のところは、ね。そしてそれを私に説明しているという人は」
「私は怖いんですよ、『勝ち目がないんじゃないか。私の判断で人類が滅びるんじゃないか』って。だから星長、共犯者になってもらえませんか」
「今更都合のいいことを。私に人形以上のことを期待する、と?」
「誰よりも詳しいんですよ。人類の危機だということについては。孤独では、戦える気はしません。協力をお願いします」
私はこれまでどれだけ孤独だったことか。ボントイはその言葉を飲み込んだ。星治者を辞める理由は何だっていいのだ。たとえ人類の滅亡だろうと。だったら最後に、本物のトップになるのも面白い。
「長官たちを呼びなさい。作戦を立てます」
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