1-6

「生物です」

 映像を流しながら、クランドル長官は言った。

「どこかが作った兵器?」

「現在確認中です。が、その可能性は低いと見られています」

 ボントイは首をかしげた。

 ピンク色のナマコのような物体が、アメリカのニューヨーク、リバティ島を覆いつくしているのである。時折波打つように表面が動いている。

「しかし、そこにいた人々は」

「飲み込まれたと推測されます。命はないかと」

「兵器ではないとしたら、もっと大変なことなのですか?」

「ボントイ殿には明かしていませんでしたね……実は、これは発見されてはいたのです」

「発見?」

「エイリアンβ……そう名付けられた宇宙からの飛来物です」

「大真面目に? αではなく?」

 クランドルは何度か頷いた。

「そうです。このことは内密にされていました」

 庶民は、エイリアンαのことも知らない。その宇宙人はおよそ一千万年前、地球にやってきたと推測されている。宇宙船の中で亡くなっているのが、偶然海中で発見されたのである。当時の地球上の生物が応戦したとは考えられず、環境自体が彼らにあっていなかったのだ、と調査チームは結論付けた。そしてそのことは公表されることなく、極秘裏に「宇宙人対策チーム」が作られた。

「私にも内密とは、どういうこと?」

「……あなたに何かを決定されたくなかったのです。地球の命運にかかわってほしくなかった」

「残酷な正論」

 ボントイも、自らがお飾りであることはわかっていた。指導できない指導者なのだ。しかし面と向かって言われると今でも傷つく。

「とはいえ、今は決定してもらわなければ。実は……想定外でもあるのです」

「今この時に現れたことが? それとも、自由の女神に恋したこと?」

「大きいのです」

「え?」

「私たちが採取した死骸は、狐ぐらいの大きさでした。研究チームからの報告では、象より大きいことはないだろうと」

「それが、リバティ島よりも大きい」

「個体ではないのかもしれません。が……近づいていいものかもまだ……」

「とにかく、周辺に立ち入り禁止を求めて。あと、各国に同様の者が現れていないか確認を」

「すでに手配しています」

「……よね」



 二体目のエイリアンβは、スエズ運河に出現した。やはりそこにいた人々は飲みこまれた。リバティ島のものよりもはるかに大きく、さらに成長を続けている。

 スエズ運河は使用できなくなった。ここにエイリアンβが現れたのは偶然か否か、世界政府はまだ判断しかねていた。だが、調査チームより驚くべき報告が上がる。

「それはそういう生物、という可能性は」

「無きにしも非ずですが……」

 クランドル長官は、歯切れが悪かった。

 彼にはこれまで、地球上の危機を事前に知っている、という優越感があったのである。星長さえ知らない危機に対して、全力で準備している。自分は正義のヒーローではないかと思うことがあった。しかし実際には、予想外の敵に翻弄されている。自らの立ち位置は「やられ役」ではないかと疑い始めていた。

「もし報告のようにDNAが一致するとすれば、分裂するということですね」

「もしくは、同一個体であると」

「ニューヨークとスエズが?」

「可能性です」

 ボントイはため息をついた。もっとすんなり、自分が無能であると思い知る展開になってほしかった。このままでは、自分がすべき仕事が多そうである。

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