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「ええと、はい。天候が悪くて、今日は移動しないことに決めました。別荘に来た感じですね」

 ニーノは大げさに肩をすぼめてみせる。

 「ネオニュートン号チャンネル」は、毎晩九時から配信されている。今のところそれほど視聴者は多くない。

 帰還してから動画はしっかりとしたものを作る予定だったが、即時性の時代でもある。毎日何かを伝えることによって、少しでも新しいエネルギーに興味を持ってもらおうというのがニーノの目論見だった。中には「このエネルギーは効率が悪すぎる」「本当は別の動力があるんでしょう」「全部CGじゃない?」「顔がタイプじゃない」といった嬉しくないコメントが投稿されていたが、ニーノは気にしなかった。悪意のあるコメントには、学会などで慣れていたからである。

 彼には子供のころ、毎日見ていた探検家の生配信があった。簡単な装備だけで険しい山などに挑み、徒歩で次の場所まで向かっていくのである。それだけでなく、その土地の料理を食べ、衣服を紹介し、宗教を学んだりもしていた。リアルタイムで発信する探検家の在り方は、読書とは違う憧れをニーノに抱かせた。

 だが、ある日からその人の配信はなくなった。ニーノは何かを予感したし、多くの人々が同様だった。一週間後、滑落した彼の遺体が発見された。

「探検は危ないことなのよ」

 彼の母親は言った。息子の憧れを感じ、何とか夢を諦めさせようと思っていたのである。しかしニーノは、さらに探検に夢を見た。あれだけ有名な人が命をかけているからこそ、素晴らしいことなのだ、と。

 ただ、子供の夢は何となく薄まっていくものでもある。詳しく知っていくほどに、多くの探検がすでになされてしまっていることを知った。北極に南極、深海に宇宙。人類は様々なところに到達している。工夫を凝らした探検をする者。動画編集に凝って、人気の投稿者になるもの。動画配信が収入に結び付かない時代になり、さまようように探検を続ける者。

 もう、新しいことなんてないのかもしれない。そう思った時、彼はひらめいたのだ。「科学で新しいことを見つければ、探検につながるかもしれない」

 待避エネルギー仮説というものを初めて聞いた時、彼が思い浮かべたのはアンドレー隊のことだった。北極点を新しい乗り物、気球で目指した彼らは、全員が命を落とすことになる。もし、ふわりふわりと飛んだまま、北極点に到達できていたら。なんと素晴らしいことだっただろうか。新しく発見されたエネルギーで、いつか探検がしたい。できることならば、北極へ行きたい。ニーノはそう思うようになったのである。

 夢はなかばかなったわけだが、まだ「出発した」だけでもある。探検は中身が大事だ。たとえ北極点に到達できなくても、貴重な体験を得ることになる。売り込み的には何事もなくすんなりと目的を達成した方がいいのだろうが、それでは少し味気ない。何か特別なことが起こってほしいとも、ニーノは期待していた。

「それでは明日に備えて寝ることにします。さようなら」

 ニーノはカメラに向かって、その向こうの人々に向かって手を振った。

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