エメラルドと競争


「さて。お主の反応も楽しんだ事じゃし、仕事をするかのう」


 散々勇者をからかい遊んで満足したエメラルドは、早速と言わんばかりにこのエリアの最初のステージに勇者を連れて行く。出来れば帰りたかった。


「なんじゃ? どうしたんじゃ?」


 勇者の考えを読んでるかの様に、前を歩いていたエメラルドは振り返って問いかける。

 その動作すら可愛いと思ってしまえるからもう嫌だ。

 彼はエメラルドの愛らしさを無視して、思っていたことを口にする。


 何故そこまで強いのに自分の力が必要なのか、と。


「……ほう」


 勇者の言葉を受けてエメラルドの表情が変わった。

 家族以外の他人に対してお気に入りの玩具への興奮を抱くエメラルドだが、今の勇者に対してはーー。


「分かるのか? ワシの力が」


 自分の事を正しく認識してくれる強者への喜悦だった。

 100年以上魔王軍を退けて来たエメラルドの力は人類の中で卓越しており、唯一彼女と渡り合えるのは魔王ただ一人だった。

 しかしその魔王相手にだって彼女は負けたことがなかった。

 お互いの事をライバルだと言いつつ――何処かで孤独感を抱いていた。


 勇者は言った。ルビーやサファイアから聞いていただけだと。しかしそれと同時に初めて会った時から「あ、この人強い」と彼の体が認識していた。

 だからこそ――自分は本当に必要なのか? と疑問に思ってしまった。


「そうさのう。ここで全て答えるのは簡単じゃが――」


 トンっと彼の隣にジャンプして勇者の耳元に口を寄せて囁く。


「――教えてあげない♡」


 ゾワッとして勇者はササッとエメラルドから離れた。

 そんな彼の反応が面白かったのか、満足げに笑うエメラルド。


(普通にワシの動きを目で追ったなぁ……面白い)


 さらに警戒して距離を開ける勇者に、エメラルドは年甲斐もなくワクワクした。




「さて、例の如く魔王軍がステージ弄っている様じゃが……」


 ステージ1に続く井戸を前にしてエメラルドはふむふむと顎に手を添える。

 おそらくこのステージも一人でしか入れない仕掛けがあるのだろう。

 慣れて来たとはいえ少し怖いなぁと勇者が思っていると……。


「まっ、ワシには関係ないじゃろ」


 そう言ってエメラルドは突然ギュッと勇者の手を握って来た。女の子の体の柔らかさと温かさにドキンッと心臓が高鳴り止まりそうになる勇者。そんな彼の様子に気付きながらもあえて無視して愉しみながら、エメラルドはグイっと引っ張る。

 穴の中に落ちながら。

 当然勇者は抵抗などできるはずもなくエメラルドに引っ張られる形で落ちていき、魔王軍が仕掛けた罠がバチバチと二人の体に干渉していく。


「やかましい」


 しかしエメラルドが一言言い、起動させたアタッカー型のギアを振るうと魔王軍の罠は搔き消された。

 同時に二人はステージへと転送されていき……。


「せっかくこんな面白い奴とステージ攻略デートができるんじゃ。邪魔するでない」


 そのまま、光となって消える。




「上手くいったようじゃな」


 一体何をしたんです? と勇者は問いかけた。

 過去のエリアでは色々と理由があり彼だけがステージに入って攻略していた。しかし、今回はどういう訳かエメラルドも一緒に入ることができている。

 説明を求めるようにジッとエメラルドを見ると、彼女はニシシと悪戯が成功した様に笑いながら答える。


「元々奴らの技術は、ワシの技術の猿真似じゃからの。あの程度の妨害システムを弄るのは容易いわい」


 大したことをしていないかの様に言うが、魔王軍からしたら溜まったものじゃない。

 しかし、そうなると疑問に思うことが一つ。 

 それだけの力があるのならここのエリアのワープゲートの解放……もっと言えば勇者が歩んできたエリアも解放してくれれば良いのに、と。


「できなくはないが、それすると魔王アイツ全力でワシの妨害してくるじゃろうし」


 加えて魔王軍の方が戦力が多い為、各エリアに戦力を分散させて各個撃破……というのがエメラルドの戦略との事。


「それに楽しくないしのう」


 楽しく……ない……?

 彼女の言動に勇者が理解できずに混乱していると「さて」とエメラルドはステージ奥にあるゴールを見る。


「さて、ワシら二人が居れば攻略は容易い――勇者よ、ちとお主の力を見せてくれんか?」


 え? と疑問に思っているとエメラルドは笑みを浮かばてとある提案をする。


「共闘ならぬ競争――どちらが早くゴールできるか勝負じゃ」

「???」


 何でそんな事を? と聞けば、力を見せろと言ったじゃろと少し呆れたように言う。


「じゃがな。それとは別に遊んでみたいと思ったんじゃ」

「……?」

「ルビーもサファイアも真面目じゃからのう。二人には肩の力を抜けと言うておるが、まだ若いからそうも行かん。そしてそれは勇者お主もじゃ――たまには遊べ。ふざけろ。楽しみな」

「――」


 転生してから生き苦しく感じる事が多々あった。周りは真面目な性格な人たちばかりで、すぐに村の為に働く者が多かった。彼はその空気が苦手だった。

 だから遊べと言われたのは初めてで――。


「それじゃ、よーいどん!」

「!?」


 エメラルドがフライング気味にダッシュをしたのを見て、勇者も慌てて追いかける。

 了承もしていないのに強引に事を決めるエメラルドは苦手だ。ただ、今この瞬間だけはーー好ましい、と思った。


 その後勇者はエメラルドと一緒に魔王軍を蹴散らしながらステージの中を駆け巡った。

 その時の兜の中は……笑みが浮かんでいた事を誰も知らない。

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「俺は陰キャ、ゲーム世界に転生したランカー、でもストーリーはニワカ……どうしよう」 カンさん @kan_san102

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