依存姉妹
紫之
第1話
鬱だ。何もやる気が起きない、スマホをいじることさえも体が許されない、そもそも何も見たくないし感じたくない。ただぼーっと、天井を眺めていた。そんな時、ぽた、ぽた、と水滴が垂れる音が聞こえてきた。蛇口がしっかり閉まっていなかったんだろう。少しくらいは許された体を起こし、ぽた、ぽた、とただ同じ音が続く場所へ向かう。一度水を出し、きゅっと蛇口を閉めた。いつしかの、数時間前にやったであろう洗い物。お皿やコップは左の食器棚へと畳まれている。何も無い台所、水滴が広がる水の中。そんなある時、ふと、思い立った。
「自殺しよう」
そんなことを思い付いた途端、足はすぐにお風呂場へと向かった。がらがら、とお風呂場の戸を開け、姉の熄が溜めておいたであろう湯は冷たかった。指先を入れてみると、当たり前ではあるが、水を感じた。綺麗だ。私はそのまま水の中へ沈もうとした、が、ある物を忘れていた。刃物だ。たっ、たっ、と足音が廊下へ響く。私の部屋の扉を開け、袋に詰まった大量の刃物の中から、もっとも切れ味の良いカッターを取り出した。そしてまたお風呂場へと向かう。そのまま、服を着たまま湯へと飛び込んだ。カチカチ、と不穏な音を響かせながらカッターを刃を出し、利き腕の逆である左腕へと刃を向けた。しゅっ。いつしかの知識で得た、リストカットをする時は勢いよく切った方が血が出る、と。しゅっ、しゅっ。無我夢中に何度も腕を切り気が付けば左腕は赤色で染まっていた。くす、と思わず笑みが零れた。これが、私の最後の笑顔となるだろう。ばしゃん。湯の中へ身を全て放り込んだ。目を開けると、血が水へ溶け込んでいた。綺麗だ。水色、白色。そんな水が赤色へと穢れていくのを、ただ淡々と見ていた。息が苦しい。水の中へ籠っているからだ。私は目を閉じた。苦しい、苦しい、苦しい!息が吸いたい、水から上がりたい、死にたくない!などと言った心で騒いでいる誰かの戯言を無視し、私は苦しさから目を背けようとここ15年間であった事を思い出すことにした。パパとママには捨てられたなぁ。金のかかる子供はいらない、と姉諸共捨てられたんだ。いじめも沢山されたなぁ。毎日「死ね!」「消えろ!」「帰れ!」って書かれた机に、画鋲で沢山の椅子に座ってたなぁ。ドクドク、心臓の鼓動が早くなっていく感覚がする。おやすみパパ、ママ、ね〜ちゃん じゃあね、私は今日も悪い子でした。自分がしたことを甘く見る私は、此処にいるべきではない。私は、息を止めた。
「な゛ずなぁッ!!!!!!!!!」
眠っていた。呑気に、眠っていたんだ。ドンドンドン、と鳴る玄関が耳を通り目を覚ました。なんなんだ、と扉を開けるとそこに立っていたのは私の妹、なずなのクラスメイトで。「え〜?なずなちゃんは〜?」などとコソコソ喋っている少女たちに、私は「なずなはいない。帰って」と辛辣にそう返した。なずなは、学校で相当ないじめを受けているから。そうだ、なずなはどこにいるんだろう?掃除をしているか?部屋にいるか?勉強をしているか?と考えながら玄関の扉を閉め、愛しき妹を探すべくまずは部屋に入った____
「……っ、っは?」
言葉に、詰まった。なずなの部屋は随分と荒らされていて、躁鬱であるなずなへと処方された薬がばらばらに散りばめられ、大量に飲んだであろう証拠に、空の水が放っていた。そして次に目に着いたのは、袋の中に詰められた沢山の、刃物。急いでいたんだろうか、刃物もばらばらに落ちていて。これは只事ではない、と頭を過ぎった途端足はなずなを探すため家の中を歩き回っていて。リビング、私の部屋、トイレ、今はもう居ない両親の部屋は何事も無かった。最後に捜査すべきお風呂場は、戸が閉まっていた。もしかして____そう思い浮かんだと同時に、背筋が凍った。私は付きまとう恐怖を押し退けて、戸を開けた__。
「っ……!!!!!」
目に入ったのは、捨てられたカッターと、赤く染った湯に、その湯の中へ沈んでいる妹のなずな。見る限り、なずなはもう息をしていない。
「な゛ずなぁッ!!!!!!!!!」
私は湯からなずなを出し、血だらけでいて水浸しのなずなをゆさゆさと揺さぶった。なずなの脈は、止まっていた。何がなずなをそうさせた?躁鬱か?いじめか?私たちを両親か?そうぐるぐると知識巡る頭の中、中心にいるのは今の状態のなずなであった。救急車を呼ぼう、と振り返った、途端。思ったんだ。もし救急車を呼んで、入院しても、なずなの命は助かるのか?なずなのいない世界は、楽しいか?誰かに力を借りるより、自分で何とかした方がいいんじゃないのか?と。そう思い浮かんだならばやる事は三つ程。まずはなずなを優しく座らせ、立ち上がる。行く先は私の部屋と、なずなの部屋だ。今までの24年間、なずなとの思い出が詰まったアルバムや私自身が描いたなずな、なずなとの日記帳、なずなから貰ったぬいぐるみ等をリュックに詰め込んだ。そして、なずなの部屋へ向かうとロープを探し出す。案外簡単に見つかったものだ。ベッドの棚だ。準備は完了だ、私はまたなずなのいるお風呂場へと向かった。何も変わらぬなずなに、壊れ物を扱うかのように頭を撫で、なずなとの思い出を詰め込みに詰め込んだリュックをなずなの隣へと置いた。パイプへとロープを結び、輪っかを作り。
「なずな、私も、今行くからね」
私は、なずなへ笑顔を向けて、首を吊った。
依存姉妹 紫之 @shino0s
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