第40話 参上

 大規模なスタンピードとはぐれのモンスターが、アミュズ王国に向かっている可能性が高い。


 そんなレレノンさんの報告に心臓が跳ねる。


「レレノンさん、この辺りの地図って――」

「私が用意しよう」


 僕達はヌヌンギさんの家にいたので、彼が地図を持ってきてくれた。


 レレノンさんは地図を指でなぞり、スタンピードの経路を示す。


「この平原をこう進むと……アミュズ王国にぶつかるわ」


 嫌な予感が的中した。


 レレノンさんが示した平原には、地理の授業で見覚えがある。


 レクシオン領と禁域の間に広がる平原だ。


 僕が普段入っている森――屋敷裏の森から東に進んだ先でもある。つまり……


「レクシオン領」

「レクシオン領? この街の名前か?」

「うん。ライアン・エル・レクシオン――僕の父さんが治めてる街だよ」


 ロロネアに答える。


 彼女と、僕の言葉を聞いたその場の全員が目を見開いた。


「な!? リベルは領主の息子なのか!?」

「まあね。息子と言っても四男だけど」


 僕は自分がレクシオン領主の四男であることと、自由時間にこっそり森で遊んでいたことを話す。


 また、僕の能力について家族は知っているのかと聞かれたので、タイミングに悩みまだ伝えられていないことも話した。


 皆は僕の話に頷いた後、納得5割、気まずさ5割という顔をする。


 僕の故郷であり、父の領地であるレクシオン領に危機が訪れようとしているのだ。


 暗い雰囲気が流れかけた時、僕は払拭するように口を開く。


「大丈夫、なんとかなるよ」


【遊者】の力は伊達じゃない。


 これまでのレベル上げと、作ってきた魔遊具の数々。


「僕は今からスタンピードのところへ向かう。父さん達も全力で戦うはずだから加勢しなきゃ」


 そう言って去ろうとした僕の肩を、ロロネアの手が引き止める。


「待て。私も付いていくぞ」

「え? ロロネアも?」

「リベルの街のピンチなのだ。友として助けるのは普通だろう?」


 ロロネアは胸を張って言う。


 嬉しいけど巻き込むのは……と思っていると、レレノンさん達も口を開く。


「私も協力するわよ。リベル君にはいろいろと楽しませてもらったし、里を襲ったスタンピードも一緒に殲滅してくれたしね」

「助けなければ戦士が廃る。俺も助太刀しよう」

「リベル君は既に里の重要な客人、多大な恩がある。できる範囲内ではあるが、リベル君をサポートさせてもらいたい!」


 最後にヌヌンギさんが言って、皆がうんうんと頷く。


 こうしてありがたいことに、強力無比な助っ人達が加わった。



 ◆ ◆ ◆



「――皆さん、転移後は開けた場所に出ますので、しばらくそこで待機をお願いします!」


 里の中央広場内、臨時で設置した転移ステーションの前にて叫ぶ。


 この転移ステーションは屋敷裏から少し離れた場所、以前ジェットバイクの試運転に使い、現在は魔力生成パネルの設置もしている草地に繋がっている。


 助っ人の皆を素早く戦地に運ぶため、広場同様に急遽ステーションを設置した。


 里から移動するメンバーは右霊隊、左霊隊、影霊隊のほぼ全員。


 ロロネア、レレノンさん、ガガイアさんが僕に協力すると聞き、自ら志願してくれた。


 無理に巻き込むつもりはないって言ったんだけど、皆僕の遊具に恩返しをしたいらしい。


 もはや遊具の虜、僕がいなくなるとこの先困ると茶化す人達もいて、なんだかとても嬉しかった。


 そんなわけで総勢数十名のメンバーを送っているわけだけど、僕は途中で離席して1人屋敷の裏庭に転移する。


 屋敷にまだ父さんがいるかもしれないし、いた場合は援軍の話を伝えたほうがいいからね。


「うーん、もう行っちゃったかな……?」


 庭から屋敷の中に入ったけど、閑散としていて誰もいない。


 街のほうからも鐘が鳴り響いているし、父さんと騎士団は出陣、それ以外は避難したんだろうね。


「急いで加勢しないと……」

「リベル様!」


 庭に戻り、皆のところへ向かおうとした時、森のほうから声がする。聞き覚えのある女性の声だ。


 やって来たのはメイド服に身を包んだルティアと、ガシャガシャと鎧を鳴らす2人の騎士。


 察するに、僕を捜索していたっぽい。


 珍しく泣きそうな顔をしたルティアは勢いのまま僕に抱き着いて、「良かった……!」と声を震わせた。


「どこへ行っていたんですか? ずっと探していたんですよ?」

「あー……その、ごめんね……」


 冷静さを取り戻し、ジト目になりはじめたルティアに言う。


 彼女は「はぁ」と溜め息をつくと、現在の状況を説明してくれた。


 大体は知ってることだったけどね。


 スタンピードは街から10~20キロメイル付近にいて、父さんと騎士団が向かっているらしい。


 他の家族や使用人達は、予想通り避難中だそうだ。


「ライアン様や騎士団の皆様が戦ってくださいますが、いつまで持つかは分からないと仰っていました。悠長にしている時間はありません。私達も早く……」


 ルティアが僕の手を引こうとするが、僕はその場を動かない。


「リベル様? 何をしているんですか……?」

「う……」


 ルティアの目がスッと冷たくなる。


 おっかないけど、僕にはやるべきことがあるからなぁ。


 変に誤魔化しても怪しまれるし、どうせルティアには後々バレる。


 ここは素直に話したほうがこじれない。


「えっと、ちょっといいかな?」

「……なんでしょう」


 襲い来る視線の圧。


 ……ゴクリ。


 僕は唾を飲み込んで、諸々の事情を話すのだった。



 ◆ ◆ ◆



 結果から言って、ルティアの説得は成功した。


 いや、最悪の場合は強引に振り切るつもりだったけどね。


 伝えたのは僕が特殊な能力を持っていることと(【遊者】についてはとりあえず秘匿)、精霊の里の援軍がこちらに来ていること。


 最初は『何を言ってるんだこいつ?』という目をしていたルティアだったけど、レーザーガンを使って見せると黙り込んだ。


 待機していた援軍についても、ルティアを転移魔法で送って実際に確認させている。


 騎士の人達にも見せちゃったけど、緊急事態だったし仕方ないよね。


 里の援軍を見た皆は口をパクパクさせながらも、完全に僕の言葉を信じてくれた。


「……あとでじっくりと説明してもらいますからね」


 ルティアはそう言い残して、騎士の人達と避難誘導に向かっている。


 あとが怖くなったけど、ひとまず障害は乗り越えた。


 僕達は現在、さらに1度の転移を経て平原上に移動している。


 ジェットバイクで先行した僕がスタンピードの影を見つけ、皆を転移で運んだのだ。


 ちなみに僕がルティアと話していた間、ミルミーさんが援軍のメンバーに加わった。


 ヌヌンギさんの部下から話を聞き、すぐに駆け付けてくれたようだ。


 彼女の魔法は非常に強力なので、とてもありがたいし心強い。


「――それじゃあ、行こうか」


 スタンピードの間近に迫った僕達は、それぞれの部隊に分かれて行動する。


 僕とミルミーさんは部隊に属してないから、遊撃的な役割かな。


「戦線が乱れてる。急いで助けないと」


 ぱっと見た感じ、戦況はかなりの劣勢だ。


 中にはこちらに逃げる冒険者もいるから、前線は相当厳しい状況だろう。


 父さんやディナード達の安否が心配だ。


 逸る気持ちを抑えながら、レーザーガンでピンチの人達を援護する。


 少し進むと完全に混戦状態で、そこら中で戦いの音が響いていた。


 ストロングローブを嵌めた拳とレーザーガンでモンスター達を屠りながら、周りの様子を確認する。


「なっ!? 森霊族!!?」

「強えぇ! モンスターがどんどん減っていくぞ!」

「何がなんだか分からんが、この流れに乗って戦うぞ!」


 森霊族の登場に困惑してる人もいるみたいだけど、援軍の効果は覿面だった。


 冒険者や騎士達が苦戦していたモンスターを森霊族が怒涛の勢いで倒している。


「この辺りは皆に任せて大丈夫そうだね」

「だな。私達は最前線へ向かおうか」


 僕の呟きをロロネアが拾う。


 戦況が安定してきたため、部隊から独立して戦う作戦に切り替えたようだ。


「レレノンも前線に向かったようだしな。奥に行くほど強いモンスターが増えるから、私達が行ったほうがいいだろう」

「そうだね」


 ロロネアの言う通り、先を見るとレレノンさんの姿が見える。


 相変わらずとてつもない身のこなしで、まさに疾風の如きスタイルだ。


「む! あれは大鬼か」


 ロロネアはそう言うと、大弓から青緑の矢を放つ。


 大鬼って……オークか何かかな?


 少し離れたところで襲われていた冒険者を助けながら、放たれた矢の先を見る。


 青緑の矢が貫いたのは、巨大な人型モンスターの眉間だった。


 あれはたしか、デビルオークとかいうAランクモンスター……って……


「父さん!?」


 斃れたデビルオークの近くでよろめく人影に目を見開く。


 間違いない、あれは父さんだ。


 無事なようで安心したけど、ダメージを負っているらしい。


 ふらついている父さんの目の前に、さきほどよりも大きなデビルオークが現れる。


 デビルオークキング、たしかSランクモンスターだ。


「グオオオオオオ!!!」


 長剣を拾って構える父さんの前で、咆哮を上げるデビルオークキング。


 僕はレーザーガンを構えると、高出力の1撃をお見舞いする。


 瞬間、デビルオークキングの頭部は消滅し、後方にいたモンスターも轟音と共に爆散した。


 おっと、少しやりすぎたかも……!?


 やはり遊者は恐るべしと思っていると、呆けた顔の父さんと目が合う。


 轟音の後に訪れた静寂の中、僕はふっと笑って言った。

 

「助太刀しますよ、父さん」

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