第39話 苦境と助太刀
~sideライアン(リベルの父)~
「まずい事態になったな……」
領主屋敷の書斎にて。
リベルの父にしてレクシオン辺境伯領主、ライアン・エル・レクシオンは、冷や汗を流して呟いた。
書斎にいるのは彼の他、レクシオン家の筆頭執事、エイブリー。
部下からスタンピード発生の報告を受け、すぐさま書斎に報告に来た。
「お前の目から見てどうだ、エイブリー? 状況を打開する手立てはありそうか?」
「いえ、正直なところ……」
エイブリーは首を横に振る。
現在、領主直属のレクシオン騎士団にスタンピードの件を伝え、住民達への避難勧告と出動準備をしてもらっている状況だ。
避難勧告を出したということは、騎士団の戦力でスタンピードを止められる見込みが薄いということ。
冒険者ギルドの協力を考慮に入れても、厳しい状況と言わざるを得ない。
なにせ今回のスタンピードは、ここ最近の歴史でも稀に見るレベルの規模なのだ。
「スタンピードが起きた状況を見るに、禁域のモンスターが背後にいる可能性が高いでしょう。最悪、ロートネルの悲劇の再来になる恐れも……」
「ロートネルの悲劇……」
ライアンは眉間に皺を寄せる。
今から100年以上昔に起きた、禁域奥地のモンスターの出現だ。
非常に強力なその個体は今回のようなスタンピードを伴って、小国のロートネルを滅ぼした。
エイブリーの予想が的中した場合、アミュズ王国も似たような末路を辿るかもしれない。
「エイブリー、禁域のモンスターが出た時に備えて、近くの領と王都へ援軍の要請を出してもらえるか?」
「かしこまりました。冒険者ギルドにも他支部への通達をお願いしておきます」
「頼んだ。私は出る」
書斎を出たライアンは、屋敷の外で待機していた騎士団と合流する。
ライアン自身、武闘派の辺境伯当主として知られるので、騎士団達と共に戦うつもりだ。
「今しがた西門を解放し、領民達の避難を開始しました。冒険者ギルドも高ランク冒険者を招集し、モンスター討伐の準備を進めているようです」
「そうか。それは助かるな」
騎士団長からの報告に頷いていると、遠くからルティアが駆けてくる。
末男のリベルに仕える専属メイドだ。
「ライアン様、裏庭を見て来たのですが……」
「リベルはいなかったか?」
「はい……」
ルティアは俯きがちに答える。
スタンピードの発生にあたり、屋敷内の家族は領民達と共に避難させたのだが、リベルだけは屋敷にいなかった。
ルティアの他、数人の騎士達が庭とその周辺を捜索しているが、まだ見つかっていないらしい。
(リベル……)
ライアンの脳裏にリベルの顔が浮かぶ。
生まれつきの難病で、8歳になるまでまともにベッドから動けなかった息子。
ある時を境に突然病状が回復し、元気に動き回るようになった。
何が起きたのかはさっぱり分からないものの、とにかく喜ばしいことだ。
毎日のように外出するリベルを妻は心配していたが、8年間も不憫な思いをさせてしまったこともあり、もうしばらくは自由にさせようと思っていた。
「無事だといいのだが……」
一体どこへ行ったのかと、ライアンは森のほうを見る。
いつも外で何をしているのかは不明だが、リベルが何かを隠していることは知っていた。
剣の稽古を付けているディナードの報告では、かなり武芸に秀でているようだとも聞いている。
いきなり病状が回復したことと言い、何らかの特殊な祝福を受けているのではということだ。
ライアンもいつか聞きたいと思っていたのだが、まさかこんな事態になってしまうとは。
心配で痛む胸を抑えつつ、ライアンは首を横に振る。
自分は父親であると同時に、最重要の防衛ラインを任されている辺境伯。
1秒でも長くスタンピードを食い止めて、この街の民と国を守るのが役目だ。
ルティアが再び捜索に戻った後、ライアンは騎士団と共にモンスター討伐に出発した。
◆ ◆ ◆
「ピギャアッ!!」
「――ぐっ! 硬いな!」
レクシオン騎士団とスタンピードの戦闘が始まって数分。
最前線で戦っていたライアンは、戦況の悪さに顔を顰めていた。
(まさかこれほどとは……!)
スタンピードの規模が想像以上に大きく、モンスターの数がとにかく多い。
前線のモンスターを狩るにつれて敵の平均レベルも上がっており、Cランク以上のモンスターがゴロゴロいた。
(今はなんとか持ち堪えているが、このままでは……)
長剣でモンスターを切り伏せ、素早く周りを確認する。
騎士団長のローゼン、副団長のディナードにはまだ多少の余裕が見えるが、その他の騎士は徐々に押されはじめている。
その後さらに数分が経過し、高ランク冒険者達が加勢したが、依然として戦況は不利だった。
モンスターの平均レベルはますます上がり、もはや1対1では勝てない者が続出している。
(この感じ、やはり背後には――)
明らかに普通ではないスタンピード。
ライアンは禁域奥地のモンスターの存在を確信する。
それからしばらくしたところで、偵察部隊から報告が入った。
遠視の魔道具でスタンピード後方を確認したところ、巨大なモンスターの影らしきものがあったということだ。
「巨大な影……禁域奥地のモンスターか」
ライアンの言葉に、共に聞いていた騎士と冒険者達が息を呑む。
(最悪の予想が的中してしまったな……)
Bランク上位のモンスターが増えはじめ、想定以上に押されている状況の中、ライアンは歯を食い縛る。
こうなってしまった以上、もはや自分達の生存は絶望的。
仮にレクシオン領を突破されれば、王国内部にも甚大な被害が出てしまう。
後ろを振り返ると、ちらほらと撤退する冒険者達の姿が見えた。
冒険者に命をかける義務はないので、絶対に勝てない戦いからは身を引くということだろう。
悪化の一途を辿る戦況の中、ついにAランクのモンスターまでもが現れはじめる。
「オオオオオ!!!」
「デビルオークか! ぐっ……!」
「ライアン様!」
Aランク上位のモンスター、デビルオークの棍棒を受け、長剣を吹き飛ばされるライアン。
ローゼンが助けに行こうとするが、別のAランクモンスターに阻まれてしまう。
(くそっ! これまでなのか!)
続けざまに振り下ろされる棍棒を見て、ライアンが目を細めた時――青緑の電撃を纏った矢がデビルオークの眉間を貫く。
「一体何が…………森霊族!?」
振り返ったライアンが見たのは、大弓を構えた森霊族の女性。
さらに、驚く彼の横で別の森霊族が疾走する。
彼女は驚異的な身のこなしでモンスターの喉元を掻き切って、次々と屍の山を築いていった。
「なぜここに森霊族が……?」
よく見ると2人の他にも、後ろから来る森霊族達の姿が見える。
騎士団長のローゼンに目配せするが、彼も困惑の表情を浮かべるのみ。
残った冒険者達の反応からも、完全に予想外の事態だった。
「グオオオオオオ!!!」
「……っ!! デビルオークキング!」
呆けるライアンの視界に、デビルオークキングが映る。
デビルオークの数倍強いSランクモンスターだ。
(森霊族が来たのは謎だが、今はスタンピードの対応が最優先……)
ライアンは飛ばされた長剣を拾い、再び戦闘の構えをとる。
強力と言われる森霊族達の協力があっても、Sランクモンスターは簡単な相手ではない。
ライアンが唾を飲み込んだ次の瞬間、背後からカラフルな光線が飛んでくる。
大木のように太く、凄まじいスピードで通り抜けたそれは、デビルオークキングの頭を消し飛ばし、背後にいたモンスター達もまとめて消し炭に変えた。
「なっ!!!?」
衝撃に目を見開き、思わず振り返るライアン。
「今の攻撃……は……いった……い……」
ライアンの言葉はそこで途切れる。なぜなら、彼の目の映ったのは――
「助太刀しますよ、父さん」
ルティア達が捜索していた末男、紛うことなきリベルの姿だった。
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