第32話 圧倒的勝利
「なんだなんだ? ガガイア様が人間と試合……?」
「なんで戦うことになったんだ……? あの子供は一体――」
「俺、さっき広場で見たぞ。たくさんの精霊が群がってて――」
「私知ってるわよ。友達から聞いたんだけど、里の外に――」
いきなりの試合が決まった10分後。
僕は中央広場から少し離れた場所にある闘技場に立っていた。
周囲には観戦しにきた森霊族がいて、興味深そうに話している。
分体をあちこちに飛ばした精霊様が、試合のことを触れ回ったみたいなんだよね。
今も続々と森霊族達が観戦スペースに集まっている。
そして、僕の向かい側には仁王立ちでこちらを見据えるガガイアさんが。
試合の話が出た時は戸惑いを見せていたけれど、僕が戦えるという精霊様の言葉を信じたようだ。すっかり戦士の顔つきに変わっていた。
また、事の発端となった精霊様も霊樹製の審配台に立っている。
祭壇を離れて大丈夫なのかと思ったけど、大霊樹の力が及ぶ範囲内なら自由に移動できるみたい。
大霊樹はあくまで力の源泉的なものなので、里の外にも出ようと思えば出られるとのことだ。
基本的に移動の必要がないから、滅多なことがない限り祭壇に引き籠ってるらしいけど。
実際、外に出てきた精霊様が珍しいのか、人間である僕と同等かそれ以上に注目を浴びていた。
年配の方々の中には、手を組んで祈りを捧げている人も。
あと、僕から見て正面――ガガイアさんの後ろ側には、武闘派っぽい皆さんが勢ぞろいしている。
「ガガイア様、やっちゃってください!」
「手加減は相手に失礼ですぞ!」
「勝負は一瞬でつくでしょうな」
ガガイア様を応援してるっぽいし、精霊様が言っていた“ギャラリー”の本命だろうね。
どんどん増える観客に唾を飲んでいると、後ろ側の席に立つロロネアから声が掛かる。
「リベル、頑張れよ」
「うん」
彼女の言葉に頷いた直後、精霊様が試合前のアナウンスを始めた。
◆ ◆ ◆
~sideロロネア~
『皆の者、準備はよいか? これから里外の客人リベルと、左霊隊隊長ガガイアの仕合を――』
精霊様が試合前のアナウンスを始めた。
私はガガイアの方に向き直ったリベルを見る。
リベル……とても不思議な人間の子供だ。
出会ったのは、ちょうど里外の見回りで森を歩いていた時のこと。
一部木々が倒れた場所があるのは知っていたが、その場所に不思議な囲いが作られていた。
散乱していた倒木も綺麗になっており、囲いの中には見慣れない不思議な物体が。
たしかビイコン? ベーコン? だったか、そんな名前だった気がするが、それを見ている時にあいつは現れた。
里の近くに人間の子供が? と驚かされたが、それ以上に彼の傍らにあったバイクとやら、聞けば乗り物だというので驚きだ。
その後、打ち解けたリベルと話をして、さらに驚かされることになる。
かなり距離のあるアミュズ王国から来たこと。
ビイコン? ベーコン? が持つ機能。
そして、あいつが即興で作ってみせたジェットスライダー。あれは本当に素晴らしい。
まず、遊ぶための巨大魔道具を作る発想が面白いし、あのようなスリルは他では味わえない。
初めての経験だったため、ついつい夢中で遊んでしまった。
その後もリベルとは度々会う仲になり、その度に楽しく遊ばせてもらった。
あいつの使う“くらふと”とやらは異常に優秀で、巨大なジェットスライダーも簡単に改良できる。
また、リベルが作った魔道具――彼曰く魔遊具の種類も異常に豊富で、到底子供が作り出したものとは思えない。
遠くにいても会話ができる摩訶不思議な石板や、使い手の限られる転移魔法を組み込んだ謎の装置。
レレノン、ミルミーと共に森の狩りに出た時は、遠くのモンスターを簡単に見つけたり、魔石を一瞬で回収したりできる魔遊具も使わせてくれた。
他にも様々な魔遊具を見せてもらったが、度肝を抜かれた経験は枚挙にいとまがなく、本当にリベルは何者なのだと思わされる。
気軽に森に来られることや、質の良さそうな身なりから、それなりに裕福な家の子供なのだろうとは思うが……
一体どのような祝福を持っているのかは、まるで見当がつかない。
なお、現在リベルは森の中――ジェットパークに、新しい遊具を作製中だ。
詳細は聞かされていないが、ジェットスライダーや先日加わった魔スレチックを超える大規模な遊具になるとのこと。
ジェットスライダーは言わずもがな、魔スレチックも素晴らしい遊具だったので、どんなものが出来るのだろうかと胸の高鳴りが止まらない。
そういえば、里長の案が許可されたことで、里の中にも新しい遊具が増えることになるのか。
いやあ、たくさんの楽しみが控えているというのは最高だな!
「――と、いかんいかん。観戦に集中せねば」
まだ見ぬ遊具に思いを馳せかけた自分を現実に引き戻す。
里内に遊具を作る案を巡って、予期せぬ戦いが発生してしまったのだ。
精霊様はリベルが強いと暗に言っているようだったが……仮にそうなのだとしても、1対1でガガイアに勝つのは難しい。
彼の肉体は武闘派の中でも特に頑丈で、得物の長槍を扱う腕も一級品。
まともにダメージを通すどころか、そもそも長槍によって近付くことさえ困難なのだ。
槍から魔法を放つ遠距離攻撃も得意なため、離れた距離で戦うのも得策ではない。
『闘技場には一時的に儂の結界を張っておる。結界内で攻撃を受けても――』
精霊様が戦いのルールを説明する。
安全に戦えるよう、特殊な結界を張ったらしい。
結界内で受けた攻撃は、審配台の左右に生やされた小さな霊樹が肩代わりする。
一定のダメージを受けると萎れる仕様とのことで、相手の霊樹を萎れさせたほうが勝者だ。
「なるほど、それなら安全だな」
リベルの身に危険がないと分かり、安堵する。
ダメージの通り方は両者の防御力に依存するようなので、ガガイアの強みが消えるわけではないが。
いずれにせよ、リベルが勝つ可能性があると精霊様が感じたのであれば、全力でリベルを応援したい。
ガガイアの態度と考え方には、私も思うところがあったからな。
『――説明は以上じゃ。両者共に質問はないか?』
精霊様がリベルとガガイアに尋ね、2人とも首を横に振る。
お互いが所定の位置に着いた後、精霊様の合図と共に戦いが始まった。
「……一瞬で片を付けてやる!」
先に仕掛けたのはガガイア。
背中の長槍を素早く構えると、ぶつぶつと魔法の詠唱を始める。
まずいな、一切の手加減をしないつもりか。
長槍の先端に紫の炎が宿り、激しい渦を作り上げる。
ガガイアが持つ最強の遠距離攻撃・紫炎弾だ。
彼が契約する炎の精霊固有の特殊な炎を突きで飛ばし、一方的に相手を蹂躙する。
最善手は発動前に潰すことだが、初見で分かるわけがないよな。
「はあああっ!!!!!」
ガガイアの突きから目にも止まらぬスピードの紫炎が放たれる。
無防備なリベルに直撃とすると思われたが――
「何っ!!!?」
リベルは超人的な反応でそれを躱し、続けて放たれた2発目の紫炎もあっさりと躱してみせた。
「なんだあの動きは……?」
人間の子供とは思えないスピードに驚愕する
もしや、あれは何かの魔遊具か……?
地面を蹴る度に衝撃波的なものが出ているし、蹴った地面が靴の形に凹んでいる。
「馬鹿なっ!!! 何だその速さは!!!!」
ガガイアは面食らいつつもすぐに切り替えたようで、接近戦に変更する。
リベルに劣らないスピードで近付いて長槍を突き出すが、リベルはそれを横合いから手で弾く。
ちょっとやそっとの力では弾けないはずなのだが、もしかしてパワーもあるのか……?
「ぐっ!! 攻撃が当たらん!!!」
体勢を立て直したガガイアが連続で突きを放つも、リベルは超速のステップで全て躱す。
「なんだ、あの人間!?」
「子供にできる動きじゃないぞ……?」
「ガガイア様の槍も弾いてたよな……」
ギャラリーがざわめく中、リベルはポーチから手袋のようなものを取り出した。
何をするかと思えば、それを右手に嵌めてガガイアの懐に潜り込む。
「なっ! ――ぐううっ!!!!!」
ガガイアは咄嗟に片腕でガードするが、リベルの拳は爆音を鳴らしてガガイアの体を吹き飛ばした。
馬鹿な!? ただのパンチであれほどの威力を出すだと!?
爆音もさることながら、ガガイア側の霊樹から「バキッ!」と鈍い音が響き、かなりのダメージが入ったことが窺える。
ガガイアは驚愕に目を見開きつつも、仰け反った体を瞬時に戻し、先ほどよりも大きな紫炎を長槍の先端に纏わせた。
「超火力で一気に決めようというわけか……」
試合開始時はリベルの心配をしていたが、今は完全にガガイアが劣勢だ。
避けられる隙間もないほどの紫炎弾で勝負を決めるつもりなのだろう。
一方、リベルは焦る様子も見せず、再びポーチに手を伸ばす。
何を出すのかと思えば、筒状の魔遊具を取り出した。
「あれは……?」
以前、魔石回収の際に使っていた魔遊具に似ている気がするが、どのような効果が……?
ガガイアの長槍から特大の紫炎が放たれると同時に、筒の魔遊具の先からも謎の光線が発射される。
「…………は?」
明らかにとんでもない魔力を秘めた光線はあっさりと紫炎を貫いて、ガガイアの体に命中する。
ドゴオオオオオオオオッ!!!!!
直後、闘技場に響き渡った轟音と共に、ガガイア側の霊樹が爆散するのだった。
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